浮気心? 凛目線
東野さん。裏表がなく、穏やかで、とにかく優しい、そんな人だ。
リハビリの延長線上の関わりだったのに、最近は心の奥でフタをしていた気持ちが、少しずつ顔を出し始めている。
顔立ちはまあまあ、身長は175㎝。年収だって、以前の私より200〜300万円ほど低いだろう。
それでも、頻繁に近くで接していると、そういう数字や肩書きはどんどん霞んでいく。
むしろ、清潔感のある見た目が心地よい。
笑顔や仕草が“可愛らしい”とすら思えてくるのだから不思議だ。
ステータスばかり気にしていた私が、こんなふうに感じるようになるなんて思いもしなかった。
以前の私なら、絶対に接点を持つことのなかった職業の人だし、興味すら持たなかったスペックの人。
仮に仲良くなっても、凛の身体の私だったら、自室に通し、一緒にピアノを弾くなんてありえないだろう。
“おばあちゃん”になってしまったからこそ、東野さんとの距離を近づくことができたのだと思う。
これはまさに“怪我の功名”と呼ぶべきだろうか?
しかも、今は“おばあちゃん”だから、余計な恋愛的な気配を警戒する必要が全くない。
だからこそ、多少聞きづらい質問も素直に投げかけることができる。それがまた面白い。
寡黙で聞かれなければ、余計な事は全く喋らないタイプだけど、私が質問すると嬉しそうに答えてくれるからだ。
東野さんは私と同じ27歳。颯太さんが32歳だから、世代的には同じ東野さんの方が話が合うのだろうか?まだ直接深く話したことはないので、そのあたりはよくわからないけれど。
そういえば、この前おばあちゃんが「今度家に連れてきて、凛にも紹介するわね」と言っていた。
フルネームは、東野優真さん。優しいに真実の“真”。なんて素敵な名前なのだろう。
最近は、親しみを込めて下の名前で「優真君」と読んでいる。
敬語もやめてタメ口で喋っているが、礼儀正しい優真君は敬語だ。
「彼女いるの?」と尋ねたとき、驚いたように目を丸くしてから「……えっ……彼女なんて……そんな」と照れ笑いを浮かべながら答えた。
あの反応からして、きっと今まで誰かと付き合ったことはないのだろう。
その様な雰囲気って、女ならなんとなくわかるものだ。
誰とも付き合った事ない男。
以前なら絶対敬遠していたけど、よく考えたら何が問題なのだろう?
優真君は、紺野リハビリテーション病院所属から、デイサービスには派遣されてきているらしい。
なので当初思っていたよりは、かなり安定していると思われる。
他にも色々と聞いた。お姉さんがいそうな雰囲気を持っていたので聞いてみると、やはり2人の姉がいるだそうだ。
おっとりとしているのも、その為だろう。きっと可愛がられて育てられたに違いない。
部活は中高と卓球部で汗を流していたと言う。彼の雰囲気からして“卓球部”っぽくて、聞いた途端思わず笑ってしまった。
高校卒業後は専門学校に進み、そこで理学療法士の資格を取ったのだと言う。お姉さん2人は看護師で、勧められてなんとなく進んだ道だが、今ではやり甲斐を感じ、天職だと思っていると言う。
優真君の趣味は小説を読む事と書くこと。
好きな作家は星新一だそう。
オチが秀逸な作品が大好きみたい。
次回のレッスンの時、書いた小説を私に読ませてくれる約束した。
「書いているのはショートショート・短編ばかりですよ。長編はどうしても最後まで書ききれなくて…」
優しい優真君、一体どんな小説を書いているのだろう?
小説って内情も深く知れる気がする。
読ませてもらうのが楽しみだな。
でも、最近は私に教わっているピアノの方が楽しいって言ってくれた。
お世辞でも嬉しい。
こんな感じで、知れば知るほど魅力的な優真君。
もし、おばあちゃんが颯太さんと上手くいかず、バトンタッチができなかったら……優真君でも良いかもしれない。
タイプは全く違うけれど、優しさや穏やかさに惹かれているのも事実だ。
もちろん、今の私は誰かと付き合っているわけではない。
だからこれは浮気心と言う訳でもない。
ただの“心の保険”みたいな気持ち…。
いや…私の身体が颯太さんと付き合っているのか?
なんだか訳がわからないな…。
思わず苦笑する。
それでも、優真君の笑顔を思い出すと、心が温かくなるのだった。




