表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/41

眠らない男 絹代目線

代表取締役で、背も高く、ハンサムでお金持ち、しかも優しい。


まるでスーパーマンのような人間、神谷颯太さん。


そんな完璧に見える人に、弱点や悩みなんてあるのだろうか?


電話で雑談していたある晩、何気なく聞いてみた。


颯太さんは少し間を置いて、穏やかに笑いながら話し出した。


「成功の理由を聞かれることはあっても、弱点を聞かれることは少ないですね。でも、それが僕の強みでもあるんですよ」


今までの話に重複する事もあるが、彼の話によると、小中学校時代は“神童”と呼ばれていたが、栃木県内トップの高校に進むと、さらに優秀な生徒が何人もおり、全国模試でも上には上が幾らでもいて、衝撃を受けたのだそう。


両親は異常なほど勉強に厳しく、テストの出来が悪いと激しく叱責されるだけでなく、夕食を抜かれたり、蔵に閉じ込められたりした事もあったのだそう。


その時にいつも助けてくれたのが、おばあちゃんだったと言う事だ。


高校時代に興味のあった野球部に入ったものの、始めるのが遅く、部活もあまり活発ではなかった為、こちらも上手くいかなかった。


大学はなんとか東大に入ったが、勉強への熱意が持てず、2年で親に内緒で中退し勘当される…。


友達と起業へと踏み出したが、こちらもうまくいかず、危機感から本当にがむしゃらに働いたそう。


「睡眠時間なんて4時間以下。徹夜も当たり前でした」


成功しても、それがいつしか、彼のライフスタイルになり、今に至るのだという。


とにかく寝ずに働き続けることが成功の理由だった

――颯太さんはそう語った。


心身を鍛える為に、トライアスロンにも始めた。


副産物のように“更に徹夜しても平気な身体”になったが、その裏側には“眠れない身体”という深刻な問題が隠れていた。


「寝ないで働ける体力、気力は世界の誰にも負けないと思います。でも実は、眠りたくても眠れないんです。


今では眠っても2時間くらいで起きてしまうんです。起きた瞬間にエネルギーが満ち溢れている様な状態というか…」


颯太さんは静かにそう告げた。


20代の頃は“最高の体質”だと思っていたが、30代に入ってからは、“突然死するのではないか”と恐れるようになったという。


周りからも「そんな生活を続けたらお前は必ず突然死する」と口々に言われるようになり、最近では常に“死”が頭をよぎる、と。


様々な睡眠薬を飲んだ事もあったが、いずれも翌日に不快な眠気と身体のだるさがずっと残り、身体には全く合わなかったそうだ。


完璧に見える颯太さんが抱える闇———


その言葉を聞きながら、私は胸の奥がきゅっと締めつけられるのを感じていた。


誰もが羨むほどの成功と輝きを手にしながら、毎日死に怯えて生きている。


人生の光が強いほど、その闇も深のだろうか?


その闇に寄り添えるのは、もしかしたら……世界で私だけなのかもしれない。


僭越ながら、そんな事を思ってしまった。


一方、凛との交換授業の料理の方だが、最近あまり上手くいっていない。


ある程度までは覚えたのだが、どうしても易きに流れてしまい、頭打ちにになってしまったのだ。


たとえば味噌汁。


私は昆布と鰹で丁寧に出汁を取るように教えてきた。水加減や煮出す時間、鰹を入れるタイミング。どれも些細なことだが、味の決め手になる。


けれど最近の凛は、鍋を前にため息をついてこう言う。


「おばあちゃん、もう液体味噌でいいんじゃない?これなら溶くだけで済むし…そもそも2人しかいないじゃん?」


確かに市販の液体味噌は便利だし、忙しいときには助かるものだ。だが、あの「ひと手間」の差で、心に残る味になるのだと私は知っている。


「でもね、凛。液体味噌は“味噌汁”の形はしていても、“お出汁の香り”が抜け落ちちゃうの。身体を芯から温めてくれるのは、やっぱり本物の出汁なのよ」


そう言うと凛は苦笑して、肩をすくめる。


「う〜ん……そこまでこだわる気力が出ないんだよね。ピアノもリハビリもあるし、料理ばっかりに集中するわけにもいかないよ」


要するに、凛は料理そのものが好きではないのだろう。


針仕事も同様だった。ほつれたものを直したり、裾上げをしたり、簡単なポーチなどは作れるのだが、刺繍や複雑なバックなどになると、「買った方が安い」「高級感ゼロ」とか言い出す始末だ。


それでも、どちらも最初の頃に比べれば見違えるほどできるようになった。


それで充分なのかもしれない。


私だって同じだ。


タイピングやスマホはそれなりに使いこなせるようになったけれど、凛のようにプログラミングを学びたいとも思わないし、できる気もしない。


ピアノだって以前凛に教えてもらって、簡単な曲を弾けるようになったところで止まってしまった。単調な反復練習がものすごく苦痛だったのだ。


人には得意不得意があって、好き嫌いがある。


そう考えれば、お互いにここまで歩み寄れたこと自体が奇跡なのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ