表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/41

作曲 凛目線

おばあちゃんが神谷颯太さんと“正式に交際を始めた”と聞いた。


「……おばあちゃんが……」


見た目は若い私、凛だけど、言葉にすると、どうしても違和感が拭えない。


正直に言えば、気持ち悪さすら感じる……。


私のためにやってくれているのに、そんな風に感じてしまう自分がひどいとも思う。


けれど、この感覚に慣れることは、きっとこれからもないだろう。


それは、おばあちゃんだって同じはずだ。


大切に可愛がってきた孫が“おばあちゃん”になってしまったのだから…。


しかも、その孫の結婚相手を探すために、一肌脱いで協力しているのだ。


……そう、一肌脱ぐ……。


もちろん本来の意味とは全然違うが、この状況には妙にしっくりきてしまう。


颯太さんとの交際が続けば、早かれ遅かれ肉体関係に発展するのは避けられない。


そう、文字通り“脱ぐ”のだ。


子供じゃないんだから、断り続ければ関係が終わるのは確実だろう。


じゃあ、おばあちゃんは、その時どう思うのだろうのか?


私としては、もう割り切っている。


でも、おばあちゃんにそんなことを背負わせていいのか。


それとも――おばあちゃん自身も、颯太さんと一夜を共にすることを、喜びとして受け入れるのだろうか。


その答えは、考えてもまったく見えてこない。


……言いづらい。


死ぬほど言いづらい。


でも、近いうち1度ちゃんと話してみようと思う。

お互いの為にも。



         * * *



今日は東野さんが、再びピアノを聴きに来てくれる日だ。


私は小学生の頃から名門のピアノ教室、“アルティス音楽院”に通っていたから腕には自信がある。けれど、プロになれるほどの実力はなかった。


同じ音楽教室内に、絶対に敵わなかった美亜ちゃんがいたからだ。


しかも、その子でさえ、本戦へ出場してもそこ止まりだった。


私くらいの演奏力の人間はごまんといるし、結局は同じような曲を同じように弾くだけ。


ショパンコンクールを聴いていても、みんな似たり寄ったりで、大した違いなんて感じられなかった。


審査員は一体何を基準に優劣をつけているのだろうか?


ブラインドで本当に奏者を聞き分けられるのだろうか?本当に謎だ。


それより私が夢中になったのは作曲のほうだった。

音楽ソフトを使って作ったピアノ曲を作曲してはYouTubeにアップしているである。


しかし、再生回数は200回に満たないし、感想のコメントなんて1度もついたことはない。顔出しをすればもう少し伸びたのかもしれないけど、その勇気は私にはなかった。


要は素人が作ったピアノ曲に需要など全くないのだろう。それでも、今日は東野さんにその曲を披露するつもりだ。もちろんYouTubeのことは言わない。


実際にちゃんと聴いてくれる人から、生の感想を聞きたいからだ。


         * * *



ピンポンが鳴り、私は東野さんを部屋に通した。


今日は業務外で、ジーンズにネルシャツというラフな服装だ。


テーブルの上には紅茶とケーキを用意してある。


理由はただひとつ。私の作曲した曲を、できる限り上質な環境で聴いてもらいたいからだ。


それ以上でも、それ以下でもない……。


そう自分に言い聞かせた。


軽く世間話をすると1人だけのコンサートの始まりだ。


私(絹代)が作曲したと、嘘をつく。


今は凛は関係ないから…。


最初に弾いた曲は「月あかり」


哀愁をまとった月夜をイメージして書いた曲だ。


東野さんを横目で見て、鍵盤に手を置き、深呼吸を1つ。


凛の身体で弾くのと違って、指の動きは滑らかではない。でもそれが、意図しない“ゆらぎ”となり、悪くない感じ。


自分で作曲した曲なのに弾いていて、すごく切ない気持ちになる。


…理由はわからない…。


弾き終わると、東野さんは静かに拍手をしてくれた。


続けて、同じ様な曲調の曲を続けて弾いた。


相変わらず、うっとりとした表情で聴いてくれているが、ものすごい感動している訳ではない。


私の曲はこんなものじゃないのに…。


次に選んだのは「蝶々」。


長い冬が終わり、咲き乱れる花の中を舞う蝶々。


懐かしい、友人にようやく会えたような…。


そんな光景を思い浮かべて作曲した曲だ。


冒頭は軽やかで可憐な旋律。


だが、進むにつれてテンポが加速し、華やかさと難しさを兼ね備えた展開へとなだれ込んでいく。


指先が鍵盤を駆け抜けるたび、抑えていた何かが少しずつ外れていくのを感じた。


はっきり言って、おばあちゃんが弾ける曲ではない。


凛の身体で、ぎりぎりなんとか弾き切れる難曲だ。


おばあちゃんの手の大きさや反応の遅さでは多分無理だ。


それでも、私はめちゃくちゃながら、なんとか最後まで弾き切った。


でも、そのめちゃくちゃなのが、不規則な蝶々の動きを表している様で、こちらも悪くなかった気がする。


今気がついたけど、凛の身体で弾くより、この身体で弾く方がいい味が出るかもしれないな…。


「…………」


東野さんは呆然としたまま、言葉を失っていた。


「……えっと……どうでした?」


恐る恐る声をかけると、彼は小さく息を吐いて立ち上がった。


「いや……正直、なんて言ったらいいか……。本当に感動すると、人間って言葉が出なくなるんですね。今でも感情がまとまらない。……もう少し余韻に浸っていたかったかな?そんな感じです」


そう言うと、彼はニコリと笑った。


余韻を壊してしまったのかもしれない――。


その言葉が私にとって最高の賛辞だった。


「ありがとうございます」


「一条さん……こんなに速い曲も弾けるんですね。全然知らなかった…」


「…はい…。それよりなぜ、東野さんはピアノを聴く事が好きなのですか?」


少し間があって、東野さんは穏やかに笑った。


「実は僕、子どもの頃、姉にピアノを勧められたことがあったんです。でもその時、自分から『男なので』って断ってしまって……。やらなかったことを、今になってかなり後悔しています」


彼はカップを手に取り、ひと呼吸おいて続けた。


「医療や介護の仕事って、人の命や心に寄り添うものじゃないですか?だからなのか、音楽――特にピアノの音色には、気持ち穏やかにしてくれる力を感じるんです。聴いているだけで、心の奥のざわつきが静かになっていくような」


「ええ、よくわかります」


「本当はね、僕も弾けたらよかったんです。自分の手で奏でた音で、誰かを少しでも癒すことができたら…。それが今の夢みたいなものなんです」


「素晴らし夢ですね。今からでも全然間に合いますよ?ピアノ、私でよければ少し教えますけど?」


咄嗟に出た言葉だった。


「えっ!? 本当にいいんですか?」


「はい、私も誰かに教えてみたいのです」


「嬉しい、ありがとうございます」


やった……東野さんが定期的に私の部屋に来てくれる…。


…えっ…?


なに思っているんだろう…私…。


その“想い”は、すぐに無理矢理かき消した。


こうして、週に1度、私の部屋で東野さんにピアノを教えることになった。


人に教えるなんて初めてだけれど、不思議と楽しみで仕方がない。


私の教えたピアノで、東野さんが誰かを癒す。


時には、私が作曲した曲で。


そう思うだけで、胸の高鳴りが抑えられなかった。


























評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ