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2回目のデート 絹代目線

今日は颯太さんとの2回目のデートだ。


仕事が終わったら、ホテルの正面玄関の車寄せで待ち合わせをすることになっていた。


今回は新幹線ではなく、わざわざ東京から愛車で来てくれたらしい。ドライブデートをするために。


朝から落ち着かず、凛にコーディネートしてもらった服を選んだ。


黒地に小さな白いドットが散りばめられたロングワンピース。その上に羽織ったのは、膝下まである深いネイビーのロングカーディガン。足元はヒールブーツ。シャネルの斜めかけのチェーンバッグで華やかさを添える。


「……私、まるでモデルみたい」


鏡に映る自分を見て、思わず微笑んだ。


そして、待ち合わせ場所の正面玄関へ。


そこで、思わず足が止まった。


鮮やかな真っ赤に輝くオープンのスーパーカー。


その運転席には、サングラスをかけた颯太さんが涼しい顔で座っていた。


「……な、何これ? 恥ずかしい……」


胸の奥で小さく悲鳴をあげた瞬間、彼が私を見つけて大きく手を振った。


「凛さーん!!」


朗らかな声が夕暮れの空気に響き、周囲の視線が一斉にこちらに集まった気がした。


近づくと、すぐに白い手袋をはめたホテルのドアマンが駆け寄ってきて、慣れた手つきで助手席のドアを開けてくれた。


胸がくすぐったくなり、私は小さく会釈して車内に身を滑り込ませた。


シートに腰を下ろすと、レザーの香りがふわりと漂う。


颯太さんがサングラスを外し、にやりと笑った。


「よく似合ってますよ、そのワンピース」


私は照れ隠しのように髪を耳にかけながら、思わず口を尖らせた。


「…もう…目立ちすぎて恥ずかしいんだから!」


「ハハハ、凛さんらしい!では行きましょうか?」


胸の奥まで震えるような重低音が響く。


颯太さんがアクセルを軽く踏み込むと、真っ赤な車体は猛獣のような唸りを上げる。


VWOOOOOOOOOOOON!!!!!


「ちょ、ちょっと!うるさすぎる!」


思わず耳を塞ぐ私に、颯太さんは愉快そうに笑った。


「ランボルギーニ・ウラカンですから」


「…知らないわよ…」


次の瞬間、車体が弾けるように前へ飛び出した。


オープンの車内に風が一気に流れ込み、髪がばさりと舞い上がる。


街並みがみるみる後方へと流れていき、鼓動まで速くなってしまう。


「ひゃああっ!」


声が勝手に出てしまい、私は慌ててシートにしがみついた。


そんな私を横目に、颯太さんは少年のような笑顔を浮かべたまま、軽快にハンドルを操っていた。


うるさすぎて、話ができない…。


凛のクラシックカーも、ちょっとうるさいけど比べ物にならない。


ようやく信号で止まる。


やっと話ができそうだ。


しかし、街中の人々が明らかにこちらを見ている。


気のせいでなく、本当に見ているのだ。


「恥ずかしい」


呟く様にそう言ったが、アイドリングの音がうるさくて颯太さんには届いていない様だった。


今更ながらBGMはジャズを流している事に気がついた。


そんな私の事にはお構いなく、颯太さんは終始楽しそうだ。


「楽しそうね!?」


今度は負けじと大きな声で叫ぶ。


すると、颯太さんも同じくらいの声量で、満面の笑みを浮かべながら返してきた。


「凛さんと一緒だと最高に楽しいです!!」


その一言に、胸が熱くなる。


“私と一緒で楽しい”その一言だけで十分だと思った。


東京からここまで車で半日かかるのだから…。


最初は最悪だと思ったこのドライブも、時間が経つにつれ、不思議と楽しくなってきた。


爆音も、信号待ちでの注目も、気づけばすべて、胸の高鳴りを増幅させるスパイスのように感じ始めていた。


なんか芸能人のデートみたいだ。


颯太さんが車を止めたのはスターバックスコーヒーだった。


意外と普通の場所でほっとする。


「今日はここでゆっくり話しましょう。この前みたいな高いところだと気を使わせてしまうんじゃないかなって思って」


「もう十分気を使ってまーーす!」


「ハハハ、違いない!」


「この前割り勘って譲らなかったですもんね。今度は僕が奢らせてください」


「はい!」


素直に返事してしまった。前回の“攻防戦”が思い出されて、少し頬が熱くなる。


「凛さん、飲み物は何にしますか?」


「じゃあ…コーヒーで」


「フラペチーノとかじゃなくていいんですか?」


「そういうの、よくわからなくて…」


「ハハハ、いいですね。じゃあ僕もコーヒーにします」


ふたりはカウンターで並んで注文を済ませ、運よく空いたソファ席に腰掛けた。


ガラス越しに差し込む夕方の光が、店内のざわめきを柔らかく包んでいる。


高級フレンチの緊張感とは正反対の、肩の力が抜ける空気に、私はふっと息をついた。


「ドライブ、楽しかったですよ。最初はうるさくて、恥ずかしかったですけど。慣れると注目されるのも悪くないですね」


「そうでしょ?」


颯太さんは嬉しそうに目を細める。


「でも、僕のことを“派手好き”って思ってるかもしれませんけど、実は全然そんなことないんですよ。今はたまたま事業が上手くいってるから、こうして思い切り楽しんでるだけで。もしお金がなかったらママチャリでサイクリングするだけでも、僕は十分楽しいです」


思わず笑ってしまった。


「……ああ、そういうの、私も大好きです」


「でしょう?だから、僕のモットーはこれなんです」

颯太さんは胸を軽く叩き、少し照れくさそうに笑った。


「いつだって人生は最高!」


「まあ……素敵!」


「凛さんのモットーは?」


一瞬迷ったけれど、すぐに答えが浮かんだ。


「笑う門には福来る……かな?」


「へえ……ぴったりだ」


颯太さんはマグカップを持ち上げ、少し楽しそうに目を細めた。


「たしかに、凛さんはいつもニコニコ笑ってますもんね。初めて会った時から」


「そうかしら?」


それは本当は、凛としてではなく、絹代として長い人生で大切にしてきた心がけだった。


笑っていると、不思議と自分の心もやわらかくなるし、相手も構えずにいてくれる。私にとって、それは生きるための知恵だったのだ。


颯太さんはカップをそっと置いて、まっすぐ私を見つめた。


「僕も経営者として色々な人を見てきましたが、若いのに凛さんみたいな雰囲気を纏った人は1人も見たことありません」


「…そうかしら?」


思わず目を逸らす。


心臓が妙に騒がしい。


「初めて話した時から、凛さんの不思議な魅力の虜です」


「……ありがとうございます……」


「……それで……」


「……何……かしら?」


「……僕の彼女になってくれませんか?」


その言葉が、ふっと時間を止めた。


「……」


「ダメですか?」


「いや、そんなことないです。ただ……颯太さん、すごくモテそうだから……その辺が不安で……」


ふとあの人のことを思い出す。性格は全く違うが、彼も颯太さんの様に顔もスタイルもよかった。


ただ寡黙で口下手だったので女性が群がってくるという感じでもなかった。


遠洋漁業の機関士だったあの人は、世界の港に寄るたびに大金を使っていた。


問い詰めると悪びれた様子もなく、タバコをふかしながら言ったのだ。


「女を買っているんだ」


「なんでそんなことを?」と聞くと、遠い目をしながら言った。


「海の男はみんなそうさ」


浮気とはまた違うのかもしれない。


悔しかった。


けれど、もう2度と、あんな思いはしたくない。


そして凛にも、絶対に味わわせたくなかった。


「僕は絶対に浮気はしませんよ」


その目は真剣そのものだった。


怖いくらいに…。


この人に嘘はない。


そう思った。


「はい!こちらこそお願いします」


少し間が空いたが、きちんと返事をした。


「やった!!ありがとうございます!!」


気づけば、隣の席の女子高生たちがこちらを見てニヤニヤしていた。


どうやら一部始終を聞かれていたらしい。


しかし、その直後パチパチと盛大な拍手が起こり、私は思わず顔を覆った。


恥ずかしい。


でも、嬉しい。


胸の奥が熱くなった。


あの人とはお見合い結婚で、特に恋愛期間みたいなものはなかったから、私にとってこれが初めての恋愛なのかもしれない。


凛に身体を返すまでの『期間限定の恋』。


そう、私も颯太さんが好きだ。


それは隠しても隠しきれない、胸の奥の灯りのような感情だった。



         * * *



この日は車で家まで送り届けてもらった。


去り際、颯太さんはふっと笑って、どこから取り出したのか、小さな花束を差し出した。


「これくらいがちょうどいいでしょう?この前は大きすぎましたね?」


前回の腕いっぱいの大きな花束とは違う、手にすっぽり収まるくらいの大きさ。


街灯に照らされてた真紅のダリアの花束は宝石の様に輝いていた。


「ありがとうございます!」


「では、また連絡します」


私は花束を抱えながら、颯太さんのスーパーカーが見えなくなるまで、手を振り続けた。


相変わらず、すごい音だ。


しかし、見えなくなっても、爆音のエンジン音は街中に響き渡っていた。


「…まるで暴走族…ふふっ…」


その助手席にさっきまで自分が乗っていたのかと思うと、おかしくて声を出して笑ってしまった。


残されたのは、腕に抱いた花の温もりと、まだ耳に残るエンジンの轟き。けれど、そのどちらも、今の私には愛おしくてたまらなかった。







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