プラネタリウム【後編】
「わっ…」
「すごい…!」
真っ暗になった空間に星空が浮かび上がる。いつもの夜に見る星空とは違う近い距離に星空が浮かんでいる。そしてどこからか風の音が聞こえて何かを揺らすような、ざわめく音が聞こえると目の前の星空
の一つの星が流れて行く。
「これ、これが流れ星か?」
「あんな風に光りながら墜ちるんだ」
「それが燃え尽きなければあぁなって」
あの透明な箱の中の隕石を思い出す。こんな光が輝く空から一つ、何故墜ちていくのだろう。そう思っていると、一つ、二つと星が線で繋がれていき繋がれて完成した星は一つの星座出来上がる。
するとその完成した星座はいかにして出来上がったのかいうのを、ステラではない。優しい声の女性が説明していく。
「…誰の声だろう」
「ここにいた人のかもな…」
静かにゆっくりと女性の声で星座の話が紡がれていく。毎日綺麗だからと眺めている星には実は意味があり、その星座を見つめて自分達にこれから何が起こるのかを予言したり、時には道に迷わないように目印になったりと知らない話がどんどん語られていく。
「あんなに意味があったのか…」
「ただ光ってるだけじゃないんだね」
「人が見つけたり勝手に意味を付けたりしたかもしれないけど…間違いなく必要な物だったんだな」
「そうだね…流れ星には願いを込めるんだって」
「叶うのか?」
「さぁ、でも…祈ったり願うのも分かるかも」
「これだけ綺麗だもんな」
星座の話を終えると再び星空は最初の空に戻り星が流れて行く。いくつもの星が流れ信じられないけどような光景が目の前に広がる。
「え…?」
自分達の側に光が流れる。
カイもそれに気付いて目の前に来た光を掴もうとするがすぐに光は消えてしまった。
『どうぞ流星群を感じて下さい』
ステラの声だ。
流星群と呼ばれた流れ星は空を流れて自分達の周りを光り思わず掴まえようとすれば消えてなくなる。
「すごいね!星が目の前にある!」
「流星群って、こんななのか!?」
目の前の光景に思わず笑いながら星と戯れていると最後に目の前に来た星は泡のようにはじけて空へと返っていった。
『ーこれにて上映は終了です。いかがでしたでしょうか』
周囲は明るくなりステラが扉を開けて笑っていた。目の前に確かにあったのに信じられないのか未だに体が椅子の上から動けない。そのままの姿勢でステラの方を向いて思わず笑ってしまう。
「…すごかった…」
「あんなの初めて見た…」
星の意味や星座の成り立ち、流星群と呼ばれた流れ星の数々を思い付く限りの感想を話すとふと時間の流れを忘れている事に気付く。
「うわ、外は暗いんじゃないか?」
『午後十九時十三分でございます』
「夜だね」
起きてから移動してそれなりに時間は経っていると思ったが、このプラネタリウムは夜を再現するためにか窓一つ無く外の様子は分からない。これから車に戻り夕飯を食べて眠るのも特に問題は無いが、どうせならばステラともう少し話をしたい。
「ステラ、ここに泊まってもいいか?」
『えぇどうぞ。ここをベッドにしてお休み下さい』
「寝る時にまたプラネタリウムを見せてくれる事は出来る?」
『申し訳ございません。電力を節約してますので一日一回とさせていただいております』
「そっか…分かったありがとう」
一度第一ルームから出て初めに案内されたソファーに座り夕飯の準備を整える。リュックから固いパンとそれに味を付けるジャムを取り出し今日の夕飯とする。それを見つめていたステラがどこかへと行ったと思うと皿を一枚用意してくれた。
「わざわざ良かったのに」
「綺麗なお皿だね。これも星座が描いてある」
『食器を加える事でいつもの食事も豊かに見えます。どうぞお召し上がり下さい』
「ステラは何を食べるの?」
『私は電気で動きます』
「電気がご飯か」
何となく予想はしていたがと思いながら星座の皿に並べられたパンを食べる。確かに見た目はいつものパンとは変わらないが皿が豪華なせいかどこかパンも味が違うように思える。パンに挟んだジャムが垂れて皿に落ちると新しい星が出来たとカイが笑っている。
「そう言えば…」
『はい』
「俺達ステラに名前言ったか?」
『まだでございます』
「そうだよな…俺はジン」
「僕はカイ」
『ジン様、カイ様。素敵なお名前でございます』
「素敵なって…」
『ジン様も私の名前を聞いた時にそう仰って下さいました』
「…言ったな」
ステラは本当に人工知能だと言ってはいるが自分やカイと変わり無いように感情を表現して表情が何度も変わる。展示の説明をしている時は真剣になりこちらが質問をすると嬉しそうに答えるのだ。自分達がここに来てからは随分嬉しそうな表情しかしていないように見える。実は中に人が入っているのではないかと疑う程にだ。
試しに手に触れて顔に触れるが冷たい機械の温度ととてもじゃないが人が入る隙間は無さそうだった。
唯一ここが出るという水道に案内されて寝る前の支度をすると、髪を洗い、その濡らした髪を乾かさないカイがステラをいる方向を見つめる。
「…カイ」
「車にスペースまだあるよね」
「駄目だ。連れていけない…ステラは電気を燃料にしてる。俺達の車はそんな燃料を供給出来ない」
「分かってるけど…僕達がいなくなったらステラはまた一人なんだね」
「……それでもだ」
「ん…分かった。明日にはもう出る?」
「起きてご飯食べて身支度したら出よう」
「それじゃあギリギリまでステラと話してよう」
「今日はもう寝るぞ」
「はい」
車の中にカイと自分とステラがいる事を想像する。探索する時はあの足だから段差は無理かもしれない。それなら車の中で待ってもらい帰って来たらおかえりと言ってもらう係になるステラを想像する。人工知能で自分達より博識であろうステラの知恵を借りて先に進む、進んだ先に必ずステラを生かすための電気があるとは限らない。
それが尽きたら、尽きた時のステラを見たくはない。
ベッド代わりの大きな椅子で横になりながら目を瞑る。
「……」
眠れない。いつもよりもずっと柔らかいのに眠れない。隣を見るとカイは寝息を立てて静かに眠っている。前に化石や剥製があった建物は冷たい空気が流れていたがここは眠るのに丁度いい室温だった。ステラが調節してくれたのか分からないが、本当に良くしてくれている。
体を起こしてカイが寝返りでひっくり返した毛布を直すとそのまま靴を履いて重い扉をなるべく静かに開ける。開けた隙間から明かりが漏れてまだ自分達が眠る第一ルーム以外の明かりが点いている事が分かった。
カイを起こさずに第一ルームから出ると外の様子は分からないが静かな夜の雰囲気があった。歩いて見るとカフェの場所は明かりが消えている。どうやら明かりが点いているのは通路だけらしい。
その明かりが照らされる道を歩くとここに初めて来た時にステラが佇んでいた場所にステラはいた。こちに気付いて目が合うとすぐに歩み寄ってくれる。
「…ステラ」
『ジン様。いかがなさいましたか?』
「眠れなくて…」
『左様ですか。それではヒーリングミュージックを流しましょうか』
「いや、そういうのはいいんだ。ステラ、話をしてくれないか?」
『私と、お話を?』
「駄目か?」
『いいえ。喜んで』
近くのソファーに座りステラはその側に佇む。少し時間を置いて口を開く。
「隕石の事なんだ」
『隕石でごさいますか』
「ここに来る前に寄った建物に大きな化石と大昔に存在した生物の事を展示していたんだ」
『化石ですか』
「うん。…それでその大きな生物は人間が存在する前に地球にいたけど、滅亡した」
『はい。諸説有りますが』
「その原因が隕石だって」
『そうと考えられています』
「だけど、俺が今日見た隕石は思っていた以上に小さい。本当にそれが原因だったのか?」
文字で知った時は頭の中でもっと大きな、それこそあれだけ大きな生物が滅亡に追いやれる程の隕石なのだからその生物を凌ぐ更に大きな隕石だと思っていたが、実際に見たそれはずっと小さい。
『隕石というのは私達では考えられない程に地球に降り注ぐと凄まじい威力を発揮するのです。墜ちてくる隕石の成分、大きさによりますが、過去の記録に残っているデータでは地上に大きなクレーターを作りました』
「クレーター…」
『はい。人が作り出した兵器よりももっと凄まじい威力を隕石は持っていたのです』
「いつも見上げている空の向こうにはそんな恐ろしい可能性も秘めていたんだな」
『はい。未知の世界です。なので長年人類は研究しておりました』
これから先、自分達が生きている内に今日知った出来事が現実の物になるかもしれない。美しい流星群を目の当たりにするかもしれないし大きな隕石が降り注ぐかもしれない。自分達の起こした行動で存在が無くなってしまった事よりも、自然の力で明日を迎えられない可能性の方がもしかしたら高いのだろうか。
そして、別の可能性もあるかもしれない。
「ステラ。隕石で滅亡した後に長い時間をかけて生物はまた生まれたんだろう」
『はい。そうです』
「……ステラが考える範囲で良いんだ。これからこの地球はまた人類が再生すると思うか?」
人工知能のステラにほんの少し自分が望む未来を聞きたくなってしまった。
ステラは自分の問いかけを聞いて考えているのかこちらを見つめて言葉を選んでいる。そして、真っ直ぐ見つめて返した。
『再生します』
「……え」
『私はそう願いを込めています』
「ステラ?」
真っ直ぐそう答えたステラに違う誰かの声が混じった気がした。すぐにステラ一人の声になったが誰なのか分からず驚いているとステラは手を差し伸べる。
『ジン様。そろそろお休みになられた方がよろしいです。もう、深夜ですので』
「…分かった」
ステラの体温の無い機械の手を握り返しながら第一ルームに向かう。重い扉をわざわざ開けてくれたステラを振り返る。
『お休みなさい』
「お休み…ステラもな」
第一ルームの眠っていた場所へと戻ると流石に起こしてしまったのかカイが半分目を開けた状態で横になりながらこちらを見ていた。
「…どこ言ってたの?」
「眠れなくてステラと話してた」
「ずるい…」
「悪かったよ。ほら、もう寝よう」
「ん…」
素直に目を閉じてすぐに寝入ってしまったカイの隣で横になる。今は何も映さない空間に静かに寝息だけが響く。
人類は再生すると言われた。
これから先それが何十年、何百年。もしかしたら何千何万とかかる時間かもしれないがここに存在していた生物は再び地球に戻る可能性はゼロではないと自分以外に肯定してくれる存在があるのが励みになった。
十年前にステラと生きていた誰かもここで自然が作り出した現象を見つめながらステラと同じように話をしていたのだろうか。ここでこの椅子をベッドの代わりにしながら生活をしていたのだろう。呼吸をして食べ物を食べて飲み物を飲んでステラと会話をして最期を迎えるまできっと。
そう顔も知らない誰かと生活するステラを想像しながら眠りについた。深く夢も見ない眠りに落ちてステラの足音が近づき「おはようございます」の声で目が覚める。
「おはよう…」
「おはようステラ」
『おはようございます。ジン様、カイ様。ご朝食をご用意いたしました』
「え?いいのかフードはもう無いって…」
『カフェで提供するフードメニューはございませんが。非常用のフードがまだいくつかございます』
「そんなわざわざ…ありがとう」
その前にご洗顔とお着替えをお済ませて下さいと水道に案内される。今日も泊まる事を考えたがこのまま居続けてもステラと穏やかに過ごせるがそれ以上は得られる事が無いと分かっており朝食を食べたら身支度を済ませてここを発つ事をカイに伝える。ほんの少し寂しそうな表情を見せたがお互いに考えている事は察しているため頷いた。
『お召し上がり下さい。野菜スープと栄養ブロック食です』
「ありがとうステラ、それじゃいただきます」
「ステラありがとう!いただきます!」
星座の絵が入った食器で食べる朝食はゆっくりとした時間が流れて何度も美味しいとステラに告げる。自分達の食事を側で見つめていたステラは機械のはずの目を細めて笑っていた。
片付けを手伝うと申し出たのにステラは素早く空になった朝食を片付けてしまい、今度は自分達がステラの片付けを側で見るしかなかった。
「ステラ、ここにいた人達の事聞いてもいい?」
『はい、勿論です』
カイが食器の片付けをしているステラに尋ねる。
「どんは人達だった」
『初めは五人いらっしゃいました。男性三人と女性二人。ただ一人の男性はすぐに下のフロアに助けを求めている方がいると知り降りていきました。その後は亡くなりました』
「その人はどんな人だった?」
『体格の良い、声の大きな男性でした。人を助けるお仕事をされていたそうです』
「優しい人なんだ」
だから、留まる事なく助けに行ったのか。
それから残った人達でこの場所で生活をしていた。予想通りにあの大きな椅子をベッドにして眠り、ここにあった非常用の食糧で飢えを凌ぎ生きていた。
体格が良く声の大きな男性は毎日のように下のフロアに生きている人がいない確認してその内亡くなった。
残った二人の男性は食糧が尽きるのを予想して下のフロアに食糧や飲み物を探しに行き、時折女性達に服やアクセサリーを差し上げたらしい。
その男性も下のフロアに行く毎に弱り亡くなった。
残された二人の女性は彼等を弔い生きていた。彼等と同じように生きるために食糧を探し、時折プラネタリウムを見ていた。
『皆様が生きていた頃はプラネタリウムを何度も見ました。ステラと呼んで私も共に鑑賞しておりました』
カフェで店員とお客様に別れてまるでこの施設が運営していた頃のように賑やかにしてくれた事もあったのです。プラネタリウムの星を見て星座を全て覚えてしまった。自分達の創作した星座を作りその星座の話まで作り私は困惑しました。それがとても明るいのです。
「素敵な人達だね」
カイがそうステラに伝える。
『はい。とても』
それでも別れはやって来て、女性二人の内の一人が立てなくなり食べられなくなりそして亡くなり、五人の中で一番若かった女性とステラの二人暮らしが始まったのだ。
幸い周囲を探索して得た食糧や飲み物で長く生きたが徐々に彼女も動けなくなったらしい。
『私は彼女を看取りました。そして彼等が生きた場所のここにずっとおります』
「…そっか、思い出がたくさんあるからね」
『はい、彼等の記憶がたくさんあるのです』
「でもここを離れたら?無くなるのかな」
「カイ」
『無くなる事はありません。ですが、私は人と違い人工知能のロボットです。人よりも長く動き、しかし人と違いここを離れて動く事は不可能なのです』
「……」
『それならば私はここでこの施設を守り続けるのです。再びジン様やカイ様のように訪れる方がいるかもしれません』
「…そうか、そうだよな。俺達以外にも、また…」
人類が再生する可能性はゼロではない。
その前に自分達以外に人類がまだ生きているかもしれない可能性はゼロではない。
食器を洗い終えたステラは食器が傷付かないようにゆっくり置き、こちらを見つめる。
そしてこのまま支度をしてここを発つことを伝えるとステラは静かに頭を下げた。
「…準備をしよう」
「そうだね」
リュックの中身を整理して、ステラに了承を得てから水筒の中身を水で満たす。散らかしてしまったかもしれないから掃除用具を貸してくれと頼むとステラは自分が片付けるからそのままで良いと断った。
服を着て靴を履きリュックを背負い準備を整える。
「ステラ!」
「ステラー!」
出発の前にステラを呼ぶとすぐに側に来てくれた。その手には何か持っている。何を持っているのか覗き込むと月の形と星の形をした綺麗な物がチェーンに付いている。
「これは?」
『どうぞこちらをお持ち帰り下さい。月と星のキーホルダーでございます』
「…キーホルダー?」
『リュックに付けると…このように』
ステラが月のキーホルダーとやらを持ってリュックに何かしている。確認して見るとリュックにその月のキーホルダーがぶら下がり何だか違うリュックのように見えた。
「わ…綺麗。いいのステラ?こんな綺麗な物を」
カイのリュックにも同じように星のキーホルダーを付けてくれたらしくお互いのリュックに月と星が揺れていた。
『良いのです。どうかお元気で』
「…ステラも。ありがとう、元気でな」
「うん。本当にありがとうステラ」
ステラに手を差し伸べるとそれに応えて手を握ってくれる。体温の無い冷たい機械の手が熱く感じられる気がした。
「……ん?」
その時ステラの方から何か巻き取るような読み込むような音が聞こえた。一瞬ステラの目が消えたと思うとすぐに光を宿しこちらを手を握ったまま見つめ直して喋りだす。
『どうか、忘れないようにしてほしい。私達がいたことを』
「え?」
ステラの声ではない、女性の高い声だ。どこか聞いたことのあるこの声。
「…!プラネタリウムの女の人の声!!」
「!!」
それだ、あのプラネタリウムを見ていた時に流れた声だ。
『命は巡る。必ず地球は再生すると信じてます。それまでどうか、ここに誰かが私達が存在していたと記憶の片隅に覚えていてほしい』
「……」
『どうぞ、お願いしますね。私の知らない誰かさん』
そう言い終えると女性の声は無くなりステラは元に戻った。
「…今の」
『私の録音機能を使った彼女の声です。再生する手順私も知りませんでした』
「…人に触れたからかな?」
『そうかもしれません』
「なるほどな…」
ああなるほど、昨日の会話はその女性の願いも込められての言葉だったのかと納得した。
「…聞けて良かった。これは忘れる事が出来ないな」
「うん。僕もずっと覚えてるよ」
そう言ってもう一度ステラの手をしっかり握りこの施設から外へ出る。ステラはそれを最後まで見つめて深く深く頭を下げた後に人と変わらぬ仕草で手を振った。
窓の無い施設から外に出るとリュックにある月と星が空の光を受けて眩しいぐらいに光っていた。それを見つめる度にプラネタリウムを、ステラとそのステラと過ごした彼等がいた事を思い出すのだろう。




