プラネタリウム【前編】
たどり着いた建物はどうやらカフェがあるらしい。これは期待出来るかもしれないとカイと二人で探索するがまったく何も無い。かつてここにいた人達がすべて食べて飲んでしまったのかもしれない。綺麗なカップや皿も無く、割れた破片のみがここにあった。
階段を昇り他の場所を見てみると、そこは服があった場所らしく何枚か服は残っていたがどれも大きさが合わなかったり女性の服であったりと着れる物ではなさそうだった。綺麗に箱に残された靴を見つけたが踵が高い。爪先も異様に尖っているそれは歩くのに適してはいなそうだと思いながら好奇心でお互いに履いてみる。
「…一歩も歩ける気がしない」
「これ何のための靴なの?」
「…歩くのに向いてないな…もしかしたら護身の武器かもしれない。この尖った部分で相手をこう…」
「物騒、変わって」
自分の考察がお気に召さないのかカイが履いてみる。同じように一歩も動けない…と思ったがこちらの手を借りて一歩、二歩と踏み出す。いつもの靴が鳴らす音より高い音が響いていた。
「…これ以上は無理」
「走る事も歩くのとも無理…何だろうな」
「あ、でもすごい背が高く見える」
「本当だな、見下ろされてる」
「まぁだから何なのかって話だね」
「置いていこう。この真っ赤な靴は」
「箱に戻そう」
来た時と同じようにして箱に戻して探索を続ける。上にもまだ何かありそうだが階段が見当たらない。どうやら階段はここまでてここからは“エレベーター”で進む以外は無いらしい。
「エレベーター?」
「昇降機だな」
「どんなのだっけ?」
「箱に入ってその箱を上とか上げたり下に下ろしたりする移動用の機械」
「それがこれ」
「まったく反応が無いな」
押せるボタンをすべて押すが反応は無い。どうやらもう動かせる物ではないらしい。仕方ないと諦めて車へと戻ろうとするが、諦め切れないカイが辺りを探り窓という窓を開けて見ていると別の道を見つけたらしい。
「…非常用」
「外に階段があるよ。ここから行こう」
「なるほどな…よし、手を繋いで行こう」
「……あたかも僕のために繋ごうみたいに言ってるけど怖いの?」
「だって外の景色剥き出しだし…高いし」
「平気だよ。先に行くよ」
「あ、ちょっとカイ!」
建物の外側に付けられた階段は手すりはあるし、落ちようとしなければ落ちる事はないが、つい下を見てしまう。青ざめるようなその高さに目を逸らしながら先に行くカイの背中を追う。足早に追い付いてカイの肩に手を置いて昇ると安心した。振り向いたカイは一度こちらを向いて呆れたような表情を見せたがこちらはカイと違って用心深い性格なのだ。
「…建物はいくらか残ってるね」
「ん、んー…」
階段を昇る途中で足を止めて周囲の景色を見回す。確かにいくつか建物は残っている。そこに建物がありましたという痕跡だけ残っているものもあれは、まったく残っていないという場所もある。
「でも、生きてる人には会ってないね」
「…俺達がシェルターで生きてる間に外ではあっという間に人が死んだんだろうな」
「パパが言ってたね。空からそういうのを降らせて人を減らすの。自分達が生きるためにって」
「そうした人も、結局報復を受けて死んだらしい」
「…あのさ」
「ん?」
「僕達その死んだ人にも会ってないね」
「……埋まってるんじゃないか?」
「地面に?」
「死んだら埋めるだろ?」
「埋めるね」
「だからだろ」
「ふーん…」
「な、早く先に行こう」
「肩押さないでよ」
カイの肩を押して先に進むと扉がある。こちらも非常用と書いておりドアノブを開けると鍵はかかっていないらしく素直に自分達を招いてくれた。
床は柔らかい足音が立たない場所で、下の荒れ果てた光景とは変わり綺麗に建物の内部が残っている。少し薄暗い空間を抜けると、光を放つ文字が自分達を迎え入れた。その文字の下で俯いている何かがある。人ではない、人と似た頭をしているがどうみてもそこから下は機械の塊がある。
「…プラネタリウム?」
『セントラルプラネタリウムドームへようこそ』
「うわっ!!」
「わっ!!」
突然聞こえた第三者の声に体が跳ねて驚くと俯いていた機械がこちらを向いて、目を表しているのか二つの黒い球体がこちらを見ている。口を表すその三角の凹みから音を発している。
「は?え?何?」
『私はセントラルプラネタリウムドームの案内係をしております。ようこそお越しくださいました』
「機械…?」
『はい。人工知能を完備したロボットでございます』
「ロボット…人じゃない?それなのにこんなに人みたいに喋るの?」
『お越しくださいましたお客様をスムーズにご案内出来るようにプログラムされております。何なりとお申し付け下さい』
「な、何から話せばいいやら」
『それではこちらのソファーへどうぞ。まずはごゆっくりとご休憩なさって下さい』
プログラムの文字の下から動いたロボットはどうやら自立して動けるように足の代わりにタイヤがあるらしく滑らかに移動してソファーへと案内した。建物はいくつか重そうな扉があり扉の反対側には空になった棚が並び飲み物と食べ物らしき物の写真がいくつが貼られている。カフェだろうか。
壁は濃紺で不思議な事にキラキラと光っている。更に星や月の形が壁へと貼られている。
『お飲み物をお持ちしましょうか?』
「あるのか?」
『はい。緊急時ですのでご料金もいただいておりません。お飲み物は星空ソーダと惑星アイスソーダがごさいます』
「どっちも聞いた事が無い名前の飲み物だな…」
「どんな飲み物なの?」
『あちらのカフェのメニューでごさいます。お飲み物の写真もあちらへ』
「見に行っても?」
『どうぞ。こちらです』
段々とロボットに慣れてきたため案内されるままに重い扉の反対側にある場所に来るとロボットは写真を一枚示す。
泡がある水色の飲み物に星形の何かが浮かんでいる。
『あちらが星空ソーダ。イエローのソーダに星形のゼリーを浮かべた飲み物です』
「あ、そう…」
「綺麗な飲み物だね!」
あまりに見慣れない飲み物に頭がこれは飲み物だと認識していないらしくどうも美味しそうだと思えない。そして次に指を示したのは暗い、濃紺の飲み物に白い大きな塊が乗っている。その塊には黄色い、赤、青の粒が見える。
『こちらは惑星アイスソーダ。宇宙をイメージした濃紺のソーダに惑星の球体をアイスに見立てて乗せおります。アイスにはチョコレートが練り込まれています』
「へぇ…すごい色だな」
『着色料は人体に問題御座いません。フードメニューはご用意出来ませんが、どちらがよろしいでしょうか?』
「星空ソーダと惑星アイスソーダを一つづつ!」
『かしこまりました。ソファーでかけてお待ちください』
「え!飲むのか!あれを!」
「人体に問題無いって言ってたじゃん」
「本当に食べられるのか?水色だぞ…」
「楽しみだね」
「怖い…」
未知の飲み物が来るのを怯えていると向こうからロボットが飲み物を用意しているのか音が聞こえる。カイは途中でソファーから移動してロボットのその作る様子を見に行った。自分は一人でソファーに座り先ほどからの出来事に頭が追い付かなくなっていたがようやく整理がついてきた。
「…人はいないと思っていたけど…」
人工知能があるロボットがいるとは思ってもいなかった。
『お待たせしました』
「お待たせしました!」
カイとロボットがソファーに戻りあの写真の通りの飲み物を渡して来た。受け取ったそれは冷たくあの惑星アイスソーダと言う飲み物だった。
「…すごいな写真通りだ」
『アレルギーはございますか?』
「いや、平気だよ。ありがとう…」
「綺麗な飲み物…勿体ないな」
カイは目の前の飲み物に感動しているが、どこからどうしていいのか分からず目を泳がせていると、気付いたようにしてロボットはどこかへ生き戻って来たかと思えば片手にスプーン。片手に小さなテーブルを持っている。
『こちらのテーブルに置いてスプーンでアイスをお召し上がり下さい』
「……ありがとう」
「ありがとう!いただきます」
「カイ、先に俺が!」
本当に何も無いのかと疑っているため先に自分が飲んで本当に安全だと分かったら飲ませようとした矢先、星空ソーダを受け取ったカイは何も疑いも無く口へと入れた。
「…わっ!!」
「え!?」
「すっごい美味しい!口の中弾けて美味しい!」
「弾けて美味しい!?」
何だその感想はと思ったが、何も無いのを見るにどうやらそちらは安全らしいと確信してこちらは惑星アイスソーダと向き合う。
『アイスは溶けるので先にお召し上がり下さい』
「アイスってこれ?」
この白い何かがそうらしく。スプーンで触れると柔らかく掬う事が出来た。口へ近付けると冷たく氷のようで一瞬躊躇ったが意を決して口へと入れると冷たく甘い物がいっぱいに広がる。
「…美味しい」
「美味しい?」
『お気に召したようで嬉しいです。ごゆっくりお召し上がり下さい』
「食べてみな…甘いぞ」
スプーンを掬って今度はカイの口へと運ぶとカイも目を瞬かせて美味しいと言い気に入ってくれたらしい。今度はカイの星空ソーダを飲むと味は自分のよりも甘くはないが、アイスがあるか無いかの違いだろう。カイが言っていた通りに口の中で泡が弾けるような飲み物に驚いてしまったが美味しい。
「中の星のゼリーも美味しい」
「アイスも甘い、何これ甘い…」
こんなにたくさんの甘いを口にしたのは久しぶりだった。空にした器を見てロボットの目らしき部分は人と同じように笑ったようだった。
「ありがとう。すごく美味しかった」
「うん。綺麗で美味しかった。ありがとう」
『とんでもごさいません』
器を片付けて行くロボットを見送り、再びこちらに戻って来た頃に質問する事にした。
「人工知能…初めて会ったけど人と同じように質問しても大丈夫か?」
『ええ、どうぞ』
「まずここには君以外に誰かいるか?」
『いえ、稼働しているのは私以外誰も。生命反応も今はお客様方以外に何もございません』
「プラネタリウムドームって何?」
『人工で星空を再現し室内で鑑賞する施設でございます。星空のみならずこの空の彼方…宇宙をご覧いただく事も可能です』
「宇宙を?」
普段見上げている星空をわざわざ室内で見る事が出来る施設なのかと不思議に思う。しかし見る事が叶わない宇宙も見れる事は興味深い。
「今も見れるのか?」
『可能です。あちらの第一ルームはまだ稼働しておりますので』
「ここに来る前に下の方は電気や水道はもう無かったが…ここは平気なのか?」
『独自に予備電源を備えていたので…水道もこちらを運営していた者が非常時でも使えるように一つだけ使えるようにしていたのです』
「…だったら非常時に動くここに人がたくさん来たんじゃないの?」
カイが首を傾げながら言う。確かにそうだ。ここは少なくとも明かりが灯り水道もある。自分達に振る舞える程に飲み物もある。
『その非常時が起きた際は当館は第二ルームの点検のため臨時休業しており閉めていたのです。非常用階段でフロアに来れる移動手段はありましたが、その非常用階段に気付く事が出来なかったのか、それともその前に力尽きてしまったのか僅かなお客様しか、来れませんでした』
「その僅かなお客様は?」
『しばらくはこちらで生活していましたが最後の方が十年前に亡くなられてから誰もおりません』
「亡くなった人はどうした?」
『下のフロアで安置していましたが、十年前経った今はもう何も残っておりません』
「……それから一人で?」
『はい』
悲しいのかどうか分からないロボットの表情で淡々と話をされた。人工知能の彼に向かってこの事実に何と言葉をかけたものかと思案していると、カイは黙ってロボットの手の部分を取る。
「君は名前あるの?」
『名前ですか?』
「呼ぶのに不便だなって」
『私はステラと呼ばれておりました』
「すてら?」
『はい』
「…星を意味してる言葉か?」
『ご存知でいらっしゃるのですね』
「君と暮らした人が名付けたのか?」
『はい。素敵な名前をいただきました』
「うん…良い名前だ」
「ステラ、ここを案内してもらっても?」
『勿論でございます』
カイの提案でステラにこの施設を案内してもらう事にした。下の部分は服屋に雑貨屋、カフェがあったらしいがここの施設はプラネタリウムの運営とそれらに関する展示にカフェと店があったしい。カフェに関しては先程聞いた話でここに来た生き延びた人達のために残っていた食糧や飲み物を提供していたらしい。下のフロアからも持って来ていたためそのためあの場所には何も無かったのか。
「結構長い間持ったんだな」
『はい。約七年持ちました』
「そんな大量にあったのか、ここの建物…」
『外に出て調達もしておりました。その度に帰って来る方は減りました』
「そうか…」
話の中に何でもないかのように恐ろしい事を挟んで言うのはやはり機械なんだと思わせるような一面を感じる。過去に人がいた話を聞いていると大きな展示がある場所へと案内される。
「これは…」
『今の時点で分かっている。惑星についてです』
「ずっと空の上の…宇宙の話?」
『はい。長年に渡り研究された、この世界とそれ以外の惑星です』
「これが地球…水星…金星…地球…火星…木星」
「こんなにあるんだ」
「この中で人が住めるのは、地球だけみたいだけどな」
『はい。そうです』
「逆に人以外が住んでるのかな。僕達が知らないだけで」
『今のところは生命反応は無いそうです』
「そっか…まあだから、地球だけがこうも色彩豊かなのかもな」
一色で表せる他の惑星と違い地球は色鮮やかに存在している。これが何年前の地球の姿か分からないが、人が生まれるために揃った環境がかつてあったのだろう。
「こんなに地球には土地があるんだな」
『はい、かつては数えられない程の国と人、言語と文化がありました』
「俺が生まれた頃には一つ、二つしか国は存在していなかったよ。大災害や戦争に自然環境の変化…病気での人口の現象…どんどん無くなっていたらしい」
『はい。残った国も生き残るために他の国へとの侵略と略奪を起こしました』
「それが何千年と続いた。結果はこうだ」
今ある地球はまだ人が生きる事が出来る環境なのに人はいなくなってしまった。
『そうして国が無くなった頃に、他の惑星への移住を進める計画もありましたが。出来ませんでした』
「そうだろうな」
「この惑星ってどんな環境なの?」
『こちらはとても太陽に近い惑星です。人が住まうにはとても耐えられない気温をしております』
「こっちは?」
『地球とよく似た惑星ではありますが、こちらも地球と比べて太陽には近く高温です。また、二酸化炭素ばかりで人が生きていける環境ではございません』
「へぇ…それじゃあこっちは」
カイがステラと一つ一つ惑星について話している間に他の展示を見てみると厚い透明な箱の中に大きな石がある。特に変哲もないただの石に見えるが、そな箱には“隕石”の文字がある。
宇宙から降って来た石だ。
「こんな…ただの石にしか見えないのに」
『不思議でしょう』
「ステラ、これが隕石なのか?」
『はい、間違いなく』
「宇宙から降って来た…信じられないけど、毎日見ている星の正体もこれなのか?」
『はい。隕石は流れ星と呼ばれる物が地球の大気との摩擦で燃え尽きずに墜ちてきた貴重な物質です』
「…この物質が…不思議だな。地球から見るとあんなに光り輝いて見える物がこんな物質だなんて」
『まだまだこの世界には解明出来ない事がたくさんあるのです』
「その世界は宇宙を含めた存在になるのか?」
『私はそう教えられております』
「…俺はまだまだ知らない事が多いな…本を読んで、知った気になっていた」
「それじゃ知ろうか?」
「知ろうか?」
「ステラ。さっき言っていた第一ルームはまだそのプラネタリウムって言うのが見れるんでしょう?」
『ええ、ご覧になられますか?』
「…お願いしても?」
「見たい見たい!」
ステラに案内されて重い扉の一つを開く。
そこにはたくさんの椅子が円を描くように並んでいる。
『お好きな席へどうぞ』
「じゃあここ!ベッドみたいだね」
カイが選んだの他の椅子と違い丸い形をした確かにベッドのように寝る事が出来る椅子だった。
「…これ本当に椅子か?」
「きっと特別な椅子だよ」
『それではそのままでお願いいたします』
ステラが扉の外に出て行くと部屋は暗くなり静かにステラの声が響いた。
『今より上映されるのは満点の星空。星座が紡ぐ物語、どうぞお楽しみ下さい』




