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7/12

その日は朝から空は灰色に包まれていた。空気も冷たくこれは降るかもしれないと思っていたら予想通りに雨が降り始めた。

車の窓を雨が一粒一粒濡らしていくのは久しぶりだ。弱い雨から段々と強くなり車内を随分賑やかにさせてくれていた。

「…視界が悪いな…」

「どこか屋根のある場所に避難する?」

「そうだな…止むまで待とう」

強くなる雨が更に強くなり視界が完全に遮られる前にどこかで休んでおこうと目を凝らしながら周囲を探す。

見つけたのは屋根だけ辛うじて残った建物だった。

「あそこに入ろう」

「あれだけ壊れてたら車ごと入れるしね」

「有難い事だよ」

建物の方向へ走りそのまま屋根の下へと入るととりあえず雨から避難する事が出来た。車を降りると改めて今日の雨の強さに驚く。

「すごいな、前が見えないわけだ」

「大きな水道が全開したみたい」

「そりゃ大変だ」

ほぼ屋根だけになった建物はテーブルと大きなソファーは残っていたためそこに座り雨が止むのを待つ。このまま止まなければここに泊まる事になるだろう。

「雨って飲める?」

「…飲まない方が良い。水はたくさんあるから止めておけ」

「そうだね」

足止めされて暇になってしまったのか、カイは周囲を探索し始める。真似して探索しようとするが、雨の音に気を取られて探索する足が止まる。

「いつ止むかな…」

「気長に待とうよ…」

「そうだな…」

「僕は結構雨の音好きだし…」

「雨の音…」

「寝てる時に降る雨とか…何か落ち着かない?」

「考えた事無かった」

「それじゃ目を閉じて…音に集中して」

言われた通りに目を閉じて集中してみる。外の地面や瓦礫に当たり同じ雨粒でも違う音がしている。

不規則に落ちて音を立てるそれは静かにだがしっかりと聞こえてうるさくは感じない、どこか心地良いと思える。

それに交じり歌が聞こえる。雨の音に交じりよく知るこの歌声はカイだ。

「急に歌うんだな」

「何か、そんな気分でさ」

カイの歌声は好きだ。両親に勉強を教えられていた時に母から歌も教えられた。本を読む方が好きだった自分はあまりそれに関心を持てなかったがカイは自分の声が音に合わせて一つになるのが好きらしく、母から習った歌をよく披露しておりそれは成長しても変わらない。シェルターのように壁があり天井がある場所ではないのによく響く、綺麗な歌声だ。

「…雨もいいな」

「でしょ?」

「歌、続けて」

「分かった、任せて」

大きく口を開けて声を出して歌う。カイのその姿を見つめているとつい時間を忘れるなと思っていると辺りが一瞬光る。

カイも驚き歌を止めてその方向を見つめると大きな音が響いた。

「雷だ…」

「近い?」

「多分遠い…それに近くても屋根はあるし平気だよ」

「空からあんな怖いの落ちてくるなんて信じられない」

隣に座り雷の音がした方向を見つめていると雨は一気に強くなる。激しさを増して視界は遮られた。

「…車、もっと中に入れよう」

「うん。そうしよう」

屋根の入り口すぐ側に停めていた車を動かし自分達が座るソファーの側に停めておく事にした。

こんな強い雨は初めて…ではないが、シェルターのいた頃に見た事がある。シェルターの一部は厚い透明な天井になっていてそこから空や毎日の天気を眺めていた。七歳の頃に強い雨が降り透明な天井を耐えること無く濡らしていき強い光が何度と見えた。

父からそれは雷だと教わった。空の高い場所で起こる放電現象だと言った。電気を起こす機械が存在しているとは考えられない遥か空であんな大きな放電現象が起こる事が信じられなかったがそれは目の前で確かに起こっていたのだ。

空から水が落ちてくる事も、放電現象が起こる事も、雪と言われる白く冷たい綿のような物が落ちてくるのもすべてこの世界を取り囲んでいる自然が起こす事などだと言われた。

「雨は…恵みの雨って言われる事もあるんだって」

「あー…パパがそんな事言ってたね」

「乾いた地面に雨が吸い込まれて言って…太陽が照らして植物が育つ」

「この雨が止んだら育つかな」

「何年も何十年もかかるかもな」

「気が遠くなるね」

「まあ…大変だけど悪い事じゃないんだろ。雨が降るのは」

シェルターから出て初めて雨に触れた時、記憶には確かにあったが十七年ぶりに触れた雨は記憶よりもずっと冷たかった。

「じゃあ雨を楽しむ?」

「どうやって?」

「雨が降った時に歌う歌があるんだよ」

あめあめふれふれって。

「すごい子どもの頃に歌ったやつだな」

「そうそう…あ、そうだ。ジン、僕さ雨の中歩きたい」

「濡れるから駄目だ」

「雨の日は傘を使うんでしょ?傘って無い?」

「無いな…」

「探したら無いかな…」

もう一度改めて建物の中を探索する。ここは何を目的にした建物だったのか。何か集まるための建物だったのかテーブルと椅子は多くあった。使えなくなったペンやボロボロになってしまったノートもある。本は、千切れてしまい読むことは叶わなかった。

「ん?」

ふと、視界に入ったのは一本の細長い白い棒のような物。箱の中に無造作に置かれており箱には“忘れ物”と書かれている。

「カイ、見つけた!」

「何を?」

「傘!」

「傘!?」

本の挿絵で見た形そっくりだ。カイを呼んで見せるとカイは挿絵は覚えていないらしくこれが傘なのかと怪訝な表情をしている。

「形違わない?」

「形?」

「広がる…丸い形でしょ?」

「どこか操作するんだろ?えーっと…」

傘を回しながら見ると紐のような物で縛られているためそれを外すと透明な布のような物が解放される。だがこれだけでは記憶の中の傘にはならないと布のような部分を引っ張り確認するとボタンのように押せる箇所がある事に気付き、押してみると音を立てて布のようなヒラヒラした部分が広がり記憶の挿絵と同じ形になった。

「…びっくりした」

「すごい!屋根みたい!」

「雨に濡れないようにするからな…屋根で間違いはないかも…」

「これを持って歩けば濡れないんだ」

「二人だとはみ出ないか?」

「いいよ。僕別に濡れても」

「良くないだろ」

傘を持ったままゆっくり外へと出ると空から落ちる雨が傘を打ち付けて音を立てる。遠くに聞こえていた雨の音が一気に近くなる。

「濡れない!すごい!」

「俺はちょっと肩が濡れてる!」

「音が近い!ジン、上見て!」

「え?上?」

「雨が落ちるの分かるよ!」

言われて上を見ると透明な傘だからか、空から落ちる雨が目の前で弾けて落ちていく様子が見えた。シェルターでも見た光景だがここまで身近に見た事は無い。

「…悪くないな」

「雨の日もいいね」

「少し楽しみになったな」

傘を持ち少し歩くと雨によって作られた水溜まりに思い切り足がはまり濡れてしまった。カイも肩が少し傘から出ていたので同じように濡れていた。濡れて寒くなった頃に車の側に戻り、あのカフェで手に入れたコーヒーを飲んでいると妙に落ち着く。段々とコーヒーの味は好きになっていたがカイは相変わらず苦い苦いと言って進まなかった。

「傘持っていこう」

「そうだな、これは車に仕舞って」

「さっきの形に戻せば場所も取らないしね」

「よく考えてるよな」

広げた要領で傘を細長い元の形に戻して車へと仕舞う。止みようも無い雨を見つめながら音を聞きその日はそのまま眠りについた。

眠っている内に雨は止んだらしく役目を待っていたかのように太陽が顔を出している。軽く食べて出発しようと思っていた矢先、カイが走り出して行く。

「どうした?」

「ジン!こっち来て!こっち!」

「え?」

言われるままに向かうとそこには驚く光景があった。半円形の色鮮やかな光が見える。

あまりに信じられない光景にすごい、綺麗の言葉すら出ずに口を開けて見つめていた。

「…すごい!これ!こんな綺麗なの見た事無い!」

「…色があんなに…半円形で…」

「雨から何かあったのかな?」

「思い出した!虹だ!」

「虹?」

「こういう雨上がりの天気の時に稀に見られる現象だって…本で読んだけど…こんな綺麗なのか…」

「これも自然が作ったの?」

「そう、大気中に浮遊する水分が…」

「すごいね!こんなのが人の手無しに作られるんだ!」

「…人の手が無いから作れるかもな」

説明しようとしたら難しい話だと察したのか話を遮りただただ感動しているカイが言う。

「虹に向かって走ろうよ!」

「次の目的地?」

「うん!絶対面白い!」

「…了解。いつも気の向くままに走ってるもんな」

走る方向が決まったのは良い事だと、そのまま虹が消える前に車を走らせた。

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