平等と平和
扉を開けた先には遠く見える青空。静寂。足音しか響かないその空間をゆっくり進み螺旋階段を降りようとすると、その視線を感じて振り返る。
自分達が立っている場所よりも少し高い、離れた場所にレアが立っている。銃はすぐ手に取れる。心臓の音を感じながらレアと真っ直ぐ目を合わせると、無表情でいたその顔はいつものように笑って見せた。
「何処に行ってたんだ」
「……」
「姿が見えなくてな、探したぞ」
「…どうして?」
「どうして?どうして…自分で分かるんじゃないか?マリィが倒れてたぞ」
マリィを寝かせた自分達の部屋の方向を指差してレアは尋ねる。レアが何か言う毎にカイは服の裾を握りしめていた。
「…マリィが倒れてた…か、それを知ってるって事は俺達の部屋に入ったんだな」
「プライベートな空間に入ることは気が引けたが…マリィの姿が見えない事に不安だったんだ。勿論二人の事も心配だった」
「心配?」
「ここを探索して…迷っているんじゃないか、瓦礫がそのままだから崩れて生き埋めになっているんじゃないか…温室育ちのお坊ちゃんが傷付いていないか心配なんだよ」
「……俺達が、心配か…」
目を伏せて、息を吐く。深く深く吸って落ち着けと頭の中で言い聞かせながらもう一度前を向く。
「…レア。聞いてもいいか」
「勿論」
「ここに来る時の話だ。俺は気を失っていたから覚えていないが…車がパンクしたんだよな」
「そうだぞ。大きな音がして何かと思ったら釘が刺さってな」
「釘が…」
「そう、釘だ」
カイと目を合わせる。小さく頷きそれは事実だと知るがそれならば。
「レア。ここに来る前に聞いた話だ。俺達は長いこと地下のシェルターで暮らしていて地上に出た時に感じた事があったから、道中で会った人に聞いたんだ」
“遺体は無い理由は何か”
「それが?」
「この世界にはお掃除ロボットが多くあった。そして世界がこうなってからもお掃除ロボットは稼働してバグを起こし遺体を“ゴミ”と判断して片付けられていた」
「…それが?」
「遺体も片付けられていて、それならそれ以外のお掃除ロボットが可能ならゴミと判断された物は殆ど片付けられていた。重い瓦礫は片付けるのが不可能だったからそのままだったけど…それ以外の細々とした物は外に出ていたお掃除ロボットが片付けていたはずだ」
「……」
「だから俺達は今まで釘が刺さってパンクした…そんな事にはならなかった。そんな小さな物ならお掃除ロボットが片付けるはずだから。現に俺達は今までそんな事になった事が無い。不自然だ」
「運が良かったんじゃないか?たまたま今までそうだっただけで…お掃除ロボットが片付けられない場所なんていくらでもあるぞ?」
「確かにある。ガラスが割れてそのままの場所もあったが…でもそれは車が通れないような建物の中や室内だけだった。そこはお掃除ロボットがいなかった理由は外に出れなくなった人間の代わりにロボットが建物の外に出されていたからだ」
「それじゃあ何だ?俺が、君達を、わざとここに連れて来たって事か?」
「…そうとしか、もう考えられないんだ」
レアの青い目が鋭くこちらを捉えた。
睨んでいる訳ではない。ただ笑っていた顔が歪むように一瞬笑顔が崩れたのを見逃さない。
「わざと君達をここに呼んで…それに私が何のメリットがあると思ってる」
「…メリットなんて…そんなの最初から考えないだろ…」
「レア…僕達もう分かってるよ」
「分かってる。何を」
お互いに目が合った場所から動かないでいたがマリィとレアの二人が書いた日記を見せる。自分の私物がこちらの手に渡っている事に驚くだろうと思ったが、また一瞬だけ笑顔を崩しただけでそのままだった。
「…マリィから盗った鍵で入ったのか」
「お互い…プライベートな空間に入ったのは同じだったな」
「それで?それが何になる」
「これを読んだ」
「二人ともその字は読めないだろ」
他国の言語は読めないと、こちらが虚勢を張っていると思っているのかレアは笑っていたが日記の一文を翻訳して読むとレアの表情は変わった。
笑顔が落ちて冷たい無表情になる。
「………」
「…違うか」
「…いいや。合ってる」
声色もこちらに優しく投げ掛けるような声ではなく何の温度も感じない声になる。
「読めないんじゃなかったのか。あれは嘘か」
「ここに来た時は読めなかった。それを確かめるために渡した他国の言葉の本があっただろう」
「渡したな」
「世界的に大ヒットした小説が翻訳された物…俺はその翻訳される前の同じ本を読んだことがある。頭の中にある翻訳される前の本の内容を書き出して翻訳された本を両方見ながらこの言葉はこの国の言葉にするとこう書く…そうやって覚えた」
「…何だそれ」
レアが無表情から首を傾げる。
「意味が分からないが…」
「だから頭の中にある翻訳される前の文章と翻訳後の文章を両方照らし合わせながら…」
「違う。そこじゃない…いや、そこか…頭の中の本って…読んだことはあってもそこまで一字一句完璧に覚えてるわけないだろう」
頭を振ってレアが尋ねる。
「…覚えてる」
「覚えてる?」
「一字一句、俺は一度読んだなら覚える事が出来る。完全記憶能力…カメラ・アイの持ち主らしい」
病院で初めて分かった自分の事をレアに伝えると眉をひそめてこちらを見て考えるような仕草をした後に息を吐いた。
「何だそれは」
「俺も最近そうだと知った。嘘じゃない。だからこの力で知らない他国の言葉の意味や…二人が書いた日記の内容も分かった」
「…ずるい力を持ってるな」
羨ましいよ、そうふざけたようにレアは言った。
レアの青く深い目が何を思っているのか、人間の表情はその時によっては口から出て来る言葉よりも多く語る時があるが、レアの青い目はそれをまったく感じさせなかった。意図して感じさせていないのか、それとも本当に何も自分達に対して思う事が無いのかまったく分からない。
だから、分かるまでこちから語りかける。
「日記を読んで…レアとマリィの事を知った」
「本当に読んだのか?読めたのか?」
「読めたんだよ。レアとマリィが出会った時の事、差別を受けて学校を移った事から百貨店で二人が揃いの指輪を買った事から」
「そこからあったほんの少しの新婚生活の事もか」
レアが無表情に尋ねる。
静かにそれに頷いて続ける。
「その事も…それからレアとマリィが軍に行った事も」
「自分から行った訳じゃない」
「……そうだな。そこで争いに巻き込まれた事も」
「そうだな」
「…言葉が話せるせいで…あの兵器の製造に携わった事も」
「そうだな。通訳して分かったが、最新科学の結晶らしい。驚いたな。頭のよろしい人間が集まって作ったのが人を効率的に殺す方法だよ」
子どもの頃から勉強して優秀で将来を期待された連中が集まってあれこれ考えたのがそれだぞ笑えるだろうとレアが無表情で笑いを誘った。
冷たい物がこの空間にいくつも降り注ぐような感覚に自分の手を強く握りしめる。ここで臆してはいけない。
「…レアの、レアの受けた苦痛や起こった悲劇は俺達にはきっと分からない。俺はずっとシェルターで守られて生きてきて…差別があったと聞いてもそれを具体的に想像できなかったぐらいに無知だ」
「そうだな。二人は守られて生きてきた。顔を見れば分かる。まるで生まれたばかりの赤ん坊だ」
「赤…」
レアの言葉につい引っ掛かり否定しようと口を開いたがカイがそれを服の袖を引っ張り止める。
それに冷静になりここで乱れる訳にはいかない。
「……確かにそうかもしれない。俺はマリィが混血だと言うだけでこんなにもひどい仕打ちを受けて人間じゃなくなってしまった事も理解を拒むぐらいに、この国はそんな事を本当にしたのかと混乱した」
「マリィの事知ってびっくりしたろう?見た目は人間そのものだろう?でも中身は機械なんだ。お前達が何も知らないで食べ物食べさせて…あれ除去するの大変だったぞ…」
「それは…まあ、悪かった」
知らなかったとは言え悪いことをしたとそこは素直に謝った。
「……恨むのも分かる」
「分かる、」
「混血、それだけで差別されて拒まれて…挙げ句の果てに自分のルーツがある国を攻撃する役割を担わされてそうさせた国の血が流れる俺達を激しく恨むのも分かるんだ」
「そう、分かるのか」
レアの声にカイの袖を掴む力が強まる。
「…だけど、それが俺達を殺していい理由にはならないし。なってはいけないと思う」
「それは何故」
「この国の人間だから、それで恨まれて殺されるのならレアやマリィが受けてきた差別と同じだ。その人間の内面を知る前にただこの国の人間だからと言って殺されるのは結局差別だ」
レアとマリィが嫌と言う程に受けてきた。とれだけ辛く酷いものか分かるはずだ。
「…世界を平和にする、そんな言葉でここまで生きてきた人間を殺めるのは…本当にレアが望んだ事か?それで気が晴れるのか?俺にはそうは見えない…やり方を変えてくれ。今日から変えてくれ」
「変える、か」
「…まずは俺達を…見逃してくれないか…」
縋るようにレアに伝える。
言葉が途切れて静かな空間に自然からの音だけが流れていくと、レアは無表情のまま答えた。
「都合が良くないか」
「……」
「マリィを撃っておいて、自分達を見逃せと」
「……確かに撃った。ちなみに撃ったのは俺だ」
「僕も撃ったよ!側にいたから似たようなもん!
」
「でも」
やはりすんなりと行かない。マリィを撃った事を持ち出されると確かに都合が良いお願いをしているが、言い訳するならこちらが先に命を狙われたからだ。
「先に…毒を盛ったのはそっちだ」
「確かにそうだな。それじゃあこれで平等だな」
対等にいこうか。お互い命を狙った事だしとレアはわざとらしく笑う。
「ジン。俺はな、お前達の事を好ましく思ってたんだ」
「…なら見逃してくれよ」
「駄目だよ。だからここで終わらせないといけないって思ったんだ。これから先…若いお前達二人が平和に生きていけると思うか?俺達の所には住居や食糧を奪うために醜い争いをした奴らが何人も来た」
協力しながら生きているのもお前達は見ていたんだろう。でもその中に俺達のような混血や他国の血が流れている人間はいなかったはずだ。
この国の純粋な血が流れている人間だけが集まり共生して生きようとしている。だから安住の地を求めてここに来たこの国の人間達は俺達が混血の人間だと知るとまるで畜生のように扱いここを自分達の物にしようとした。一回二回だけじゃない。結局そうなる。どうしたってそうなる。異物があれば排除をしようとする。
「異物なんて…」
「この国からしてみたら俺達はそうなんだ。ジン、カイ、狭い世界で生きてきたお前達には想像がつかないだろうけどもこの世界にはもう平等や平和は知性を持つ人間が存在する限り無理なんだ」
「それは…それはどうしてそんなにはっきり言える」
「この世界には多くの思考がある。どの国で生まれたか、どんな教育を受けたか、どんな文化に触れたか、どんな宗教を教えられてどんな神を信じているか、男女の違いはどんなものか、どんな髪の色かどんな肌の色かどんな目の色か」
レアが自分自身の髪や肌、目を指差しながら言う。
「あまりにも価値観の違いが多いと思わないか、自分の中の常識が一歩踏み出せばそれは違うと言われる。だけどその考えを価値観をすぐに相手に合わせて変える事など出来ない」
「……」
「平等や平和はまずその価値観を擦り合わせてお互いに合わせて同じ目線に立つことが重要なはずだ。だけど生まれながらにしてずっとそれが当たり前だと言われて来た価値観を簡単に変える事は出来ない。なら相手に自分に合わせて価値観を変えてもらおう。それは嫌だと言われたらもう…そこから仲違いや争いが生まれる」
過去にもそうして争いはいくつも生まれた。
レアは今まで一番よく喋る。時折こちらを見て薄笑いを浮かべながら。
「…ここまで国が人間が減少して争いは生まれる。それどころか数える程しかもういないのではと考えられる今になっても争いは起きる。平等と平和は人間が存在する限りもたらされない。なら、二度と争いが起きないように息を止めて天国で何も不自由せずに存在していた方がよっぽどいいじゃないか」
「…そんなの、殺された相手が望んだ事じゃなくてレアの独り善がりだろう」
「それでも構わない。独り善がりだとしても、俺はこの世界を俺の手で平和にする」
「……マリィは」
服の裾を掴んで後ろにいたカイがレアに目を合わせて話し出す。
「…マリィも巻き込んで?」
「…カイ?」
「…好きだった人と同じ見た目のマリィも巻き込んで…そんな事をして…レアが死んだ時に向こうでマリィにこんな事をしたって胸を張って言えるの?」
「……死んだ時に?」
レアが薄笑いを浮かべたままにカイと目を合わせている。こちらも目を合わせて逸らさないように見つめる。
「あんなにレアの事が好きで、マリィもレアがすごく好きで…そんな人がこんな事して……本物のマリィは絶対辛いもん」
「本物の」
「そうだ…マリィだ」
自分達にも愛してくれた両親がいた。その人達がいつでも見守っていると信じて生きている。
レアにもかつてマリィと言う愛した人がいるならば彼女の存在を出せば揺らぐはずだ。カイに同意するようにマリィの名前を出してレアに言うと薄笑いを隠すように顔を伏せてしまった。
(やっぱり)
罪悪感はあるのだろうか。
本当は、心の奥底ではこんな事は望んでいなくてもやり場の無い怒りや悲しみを誰かにぶつけずにはいられずにこの行動を起こしたのだろう。
今までレアが奪った命がそれで返ってくる訳が無いが、これ以上増やす前に止める事は出来る。
一歩踏み出してレアに近付いて行くと、後ろからカイの止めるような小さな声が聞こえたが振り返り大丈夫だと目で伝える。
「…レア」
「……」
「ここで止めよう。ここで踏みとどまってくれ。マリィが愛したお前はこんな事をする人間じゃないだろう?」
顔を伏せたままのレアに触れようと手を伸ばす。
「……!」
その瞬間手を取られて強く握られる。痛みで顔を歪めるとカイが焦ったように声を上げ向かおうとすると顔を上げたレアと目が合いその足が止まる。
レアはひどく歪んだ笑いを見せていた。
「マリィか、そうだなマリィはこんな事を望まない」
「…っなら、」
「そんなの分かってる。分かってやっている。俺は地獄に堕ちるだろうな。それでいい」
「何言ってるんだ!」
捕まれた手を振り払おうと踠くが振り払えない。視界にレアの笑った顔が映りまた怖くなる。
「もうな。もういいんだよ。世界を平和にする。この世界から知性を排除する。何も争いが起きない、不平等が生まれない。何も生まれない世界を作って俺は」
「俺は…?」
「天に向かって暴言を吐いてみじめに死ぬ」
「…意味が分からない!」
「守られたお前達には分からないだろうな。この世界にもう何も期待しちゃいないんだ。俺は…ここでもう止めましょう。それはもう無理だ」
世界平和を歪んだ形で実現する。誰にもなし得なかった事を成し遂げて今まで殺めた人間の恨みを全部背負い愛するマリィに二度と会えない地獄に堕ちて行く。
「…何だよそれ…何だよそれは!一つも理解が出来ない!レアの悲しみや恨みは分かっても…そこまで人の道を外れた選択肢を選び続けるのが理解出来ない!」
「そうだろ?人間って何もかも失うと一周回って何でも出来るんだよ。それが良いか悪いかは置いといて」
腕が痛むぐらいにレアに捕まれてもう片方の手で口を塞がれる。鼻まで覆われているわけではないが声が出せなくなり青ざめるカイと目が合うとその後ろに影が見えた。
「ジン。お前ももうちょっと非道にならないと駄目だぞ。あの鉄の固まりは一発撃ったぐらいで制御不能にはならないんだよ」
「…え?」
気配を感じてカイが振り向く。そこには倒れていたマリィが既に起き上がりカイの後ろに立っていた。
驚き固まるカイにマリィは手を伸ばしてカイを軽々と抱き上げる。
「何するの!?何する気!?」
「…丁度いい。そろそろあの鉄の固まりにも嫌気が差していたから一緒に落ちてくれ」
「一緒に落ちてくれって何!?」
「この世界って、食糧よりも武器が残ってる方が多いんだよ」
例えば小型爆弾とかな。
「…!!」
レアが口を塞いでいた手を離してポケットからスイッチのような物を取り出す。一瞬でそれが何か理解したがこちらが手を出して奪うよりも早くレアはそのスイッチを押してしまった。
カイを抱えたマリィの周りが音を立てて爆発し崩れた足元から二人が落ちていった。
レアの一人称が私から俺になっているのは素がこっちだからです。




