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祖国

 日記はここから何も書いていないページが続いた。この日記を軍に持っていく事は叶わなかったのかそこからマリィの筆跡は一度と無かった。

 代わりにしばらく空いてから再び日記が記されたのはマリィではない違う人間の字。


 “この日記は私の精一杯の抵抗だ”


 冷たく感じ取れるその一文から始まった。

「…ねえ、この字は」

「……」

「ここで日記のマリィの旦那さんがレアって事が分かったよね」

「……」

「…ここからマリィは書けなくなってレアが書いた…で、いいかな」

「……読み進めないと…分からない」

 自分が翻訳しながらカイに伝えていき、確定ではないと思いながら更に読み進める。

 “ここに記すのは私が受けた仕打ちで私の妻が受けた仕打ちでやり場の無い怒りと憎しみをひたすら綴る事になる。

 嫌ならばここで閉じてほしい。この世界がどうなろうとも私は自分に起こった出来事を忘れてはいけない事実として歴史としてこの世界に残す。滅亡して知性を持つ存在がいなくなったとしてもこの日記は残す。

 決して忘れない”

「…何か怖いね」

「そうだな…」

 “私の名前はレア。他国とこの国の混血だ”

「やっぱりレアじゃん」

「…レアだな」

 “純血なこの国の人間ではなくこの国に移住してきた母とこの国の人間の父の間に産まれた。

 幼少時は何の不自由も無く過ごしていたが母の国が戦争を始めた事により周囲の目が変わる。

 戦争を起こした国の血が流れている事を理由に友も離れ学校を追われ父は私と母を守る事無く消えた。

 混血と移住、移民が集まる学校に転校しすっかり変わってしまった環境に耐えるしかない。

 それでも同じ境遇の友達が出来て母が他国の言葉を父がこの国の言葉を私に両方与えたためどちらの言葉も話せる私はこの国の言葉を話せない同級生の通訳をしていた”

「この頃か…マリィに会ったのは」

「だろうねえ」

 “運命的な出会いもあった。

 転校生かやって来たと聞いて好奇心でその転校生を見に行くと何てかわいい女の子なんだと私は一目惚れしてしまった

 彼女がこの国の言葉しか話せない事を知り通訳を名乗り出て目一杯彼女、マリィに親切にする。

 そのおかげか…私は彼女の恋人になる事が出来たのだ。世界一幸せだと思っていた”

 学生時代に知り合いそのまま交際を続けてレアは他国の言葉を話せるのを活かして言葉を教える先生になっていた。他国相手に仕事をする可能性がある限られた生徒だけに教える日々は苦労する事もあったが楽しさもあったらしい。

 そんな日々を過ごしついにマリィにプロポーズをして結婚する事になったと、記念日にしようとまるで最近の事のように書かれていた。

 幸せだった。マリィと夫婦になって本当に良かったと全て過去の話として書かれている。

「…お母さんの事も書いてる」

「本当だ」

 “せめて指輪を買おうと、しかしどこに行っても断れた私達は半ば諦めていたが、マリィの親友だと言うあの人が受け入れてくれた。

 マリィがナギさんは女神みたいに綺麗で聖母みたいに優しいのと言っていたが、私にはなかなか活動的でとてもじゃないが聖母や女神のイメージとは離れたパワフルな女性に見えた。

 ナギさんは混血の私達でも分け隔てなく接してくれた。これは私達が受けた救いだった。同じ人間なのだと感じさせてくれる。

 光る指輪はそれを思い出させてくれた。いずれまた国と国が手を取り合い生きる事が出来るように、もう二つしか文明が生きている国がないのだ。協力しなくては必ず”

 マリィが母をなかなか大袈裟に伝えているのが分かる。それを冷静に捉えながらまだ希望を捨てずに生きている。マリィと同じ様にまた国と国が手を取り合えるようにと信じながら。


 “そんな未来がまた来るのを願った”


「……」

「すごい字だね」

「そうだな…」

 濃い筆圧でまるで感情を叩きつけるような一文に息が詰まりそうになりながら読み進める。

 レアが軍に入った頃だ。

 表向きは他国に友好関係を見せるように攻撃するのものなど何も持っていないと言うように軍事勢力を整える事は無いように見えたが、混血や移住、移民を集めて軍に半ば無理矢理入隊させて対抗しようとしていた。

 父が求めていた軍事勢力は影でひっそりと強められていたらしい。

 ただそれは自国民は傷付けず、その他をまるで使い捨てのように扱う所業だった。

 “武器の持ち方から無理矢理体を鍛えて過酷な環境でも生きていけるようにと人間の限界を無視するように行う訓練に逃げようとした仲間は秘密裏に処理されたらしい”

「…処理って?」

「…殺されたと思う…」

「……無理矢理来させられてそれは無いんじゃない?」

「…本当に…そうだな」

 レアもその過酷な環境はあまり思い出したくないのか淡々と短く書かれていた。

 その最中、混血、移住、移民の女性達も軍に来る事になったと聞きもしかするとマリィがいるかもしれないと何度も尋ねたが軍の偉い方は答える事は無かった。

「何で教えてくれないの?」

「えっと…」

 “会わせて子どもでも作られると困るから会わせないらしい”

「駄目なの?」

「駄目らしい…」

 会わせてもらえない事に肩を落としながらもいつかは終わる必ず終わると言い聞かせていた矢先に友好国からの攻撃から始まった争いにどんどん巻き込まれていってしまったらしい。

 “マリィはどこにいるのか、マリィは無事なのか。ナギさんは元気だろうか。ナギさんの顔も知らない旦那さんはナギさんを守ってくれるだろうか。私が教えた生徒はマリィは、マリィは”

 最悪の状況を考えないように自分自身に大丈夫だと言い聞かせながら倒れないようにしていたが、あの兵器が空から降り注がれる。

 “人が倒れていく。空から落ちて来る雨のような兵器によって倒れていく。

 皆が怯える中で仲間が必死にそれを降り注がせる敵を撃ち落として捕らえると、私はその敵兵の前に連れて来られてこう言われた”

「何て?」

「…“こいつから…”」

 “こいつから兵器の情報を聞き出して、あの国にも同じ目に合わせろ”

 “母の国の言葉を人を殺すための兵器を生み出すために使われる事になった”

「え?」

「…なるほどな…」

 向こうから兵器の攻撃を受けてすぐに同じ兵器を作り出してやり返した裏にはこんな事があったのか。

 レアが、その兵器を生み出す一人になってしまったのか。

「…レアのお母さんがいる国でしょ?」

「…そうだな」

「…そんなのやらせるの?」

「……やったんだな」

 他国の言葉を話せるのはその時レア以外に見当たらなかったのか、それとも話せた人間はいたが拒否したのか。

 その後の日記でこの国に住むために言葉を忘れてしまったのが殆どであり言葉を教えるために覚えていたレアに白羽の矢が立ってしまったと。

 しかも断れない理由が出来てしまった。

 “兵器が完成した後にマリィに会わせる事を約束された。自分の中に流れている国の血を滅ぼすために、愛しいマリィと会うために私は必死に兵器の製造法方を聞き出して伝えて作り出した”

 “そしてこの国も、私の母の国も滅んでいった”

「…どんな気持ちだったんだろう」

「やりたくなんか…なかっただろけど、選択肢も無かったんだろうな」

 言うことは聞いた。

 レアはマリィに会えたのだろうかと一時でも二人の時間がまた出来ればと日記を読み進める。

 “マリィに会わせてもらえると”

 何とか生き延びた軍の偉い方に連れられて満身創痍になりながらレアはマリィに会える事に期待しながら着いていく。

 “どういう顔をして会えばいいか、私は自分のために一つの国を滅ぼす手伝いをした。マリィにどう伝えよう”

 軍の偉い方が重い扉を開ける。

 “マリィが”


『旦那様』


 マリィは確かにそこにいた。

 ただ人間ではない。鉄の固まりとして存在していた。


『どういう事ですか』

『実は君の妻は兵器で倒れた人達を助けるために外に飛び出してな』

『どういう事ですか』

『手は尽くしたが亡くなってしまって…でも君の思いに応えるために手を尽くした』

『どういう事ですか』

『可能な限り残された体を使って決して君の前からいなくならない存在にしたよ』

『妻の体を道具に使ったんですか』


 マリィに会わせると話を持ちかけた頃にはもうマリィは死んでいた。

 その体をバラバラにして鉄の固まりを埋め込んで決して腐らない決して逆らわないいつまでも美しい姿のマリィを作ったと、喜んでくれと。

 これは私が会いたかった妻ではありません。ただの鉄の固まりですとレアが怒鳴り軍の偉い方に殴りかかる。それを止められて押さえつけられて投げられた言葉と真実に理性が飛んだと。

『たかだが混血の女一人の命』

『これは世紀の実験だ。人が永久に生きれるように新たな一歩だ誇りに思え』

『むしろ混血でろくに価値も無い女をこうして使ってもらえた事を喜べ』

『また会えて嬉しいだろ?』


 「ふざけんなよ」


 “ずっと逆らわずにいた軍の偉い方から銃を奪って撃った。叫び声を上げて逃げる背中を淡々と撃って静かになると鉄の固まりと二人きりになる。

 旦那様だなんてマリィがしない従順な呼び方をしてこちらを見ている。マリィと同じ顔で体で声で、それなのに凍るように冷たい存在だ。

 私は何なんだ。混血に生まれたとしてもこの国の人間であるはずなのに疎まれて差別されて生きている。もう一方の国にも居場所なんて無い。私はあの国を攻撃し続けた。

 私は何だ。私はどこの国の人間だ。私の祖国はどこだ。この世界はなんだ。どうしてこうも争いをしたがる。理由があってもそれは悲劇しか生まない方向に何故突き進む。それならいっそもうこの世界に知性を持つ存在など人間などいても無駄じゃないか。何故知性を持たせた”

「……」

 カイが自分が読み聞かせる中で耐えるように腕を握る。

 いつもなら聞くのが辛いならば止めようと閉じてしまうが、ここで止めてはいけない。これは自分達が知るべき歴史だ。口を閉じて忘れてしまおうとしていた悪しき歴史を刻まなければいけない。

 “私は鉄の固まりと人がいなくなった世界を進んだ”

 “その最中で私と鉄の固まりを見て“奪ってもいい人間”だと判断して来た人間を撃った”

 “撃てる物が無くなり他国の兵士から聞いた毒の製造法方を思い出しながら作り上げて、善人の顔を覚えて考えた”

「…この世界は」

 “この世界には何十、何百と国が存在していた頃から世界が平和になるようにと夢を見ていたはずだ。

 しかしこんなにも少なくなりながらそれが実現しなかったのなら、この世界から人間そのものを絶えさせてしまえば実現するはずだ。

 どんなに見た目が違っても誰もなにも言わない。言葉が違っても何も責められない。暴力も暴言も何もない。何も存在しない世界なら世界平和が実現出来る”

「世界平和…か」

「これが…レアが考える世界平和か…」

 存在しなければ争いも生まれない。

 “鉄の固まりをマリィと呼んでやる。不自然に思われないように設定も付ける。

 自分がかつて妻と憧れたこのマンションで少しずつ世界を平和にしてあげよう

 これが私に出来る最後の世界平和への行動だ”


 日記を閉じる。

「……」

「……」

 閉じて俯き言葉を探す。レアにかける言葉か自分達を立ち上がらせようとするための言葉か必死に頭の中で明るい言葉を前向きな言葉を探したがどれも手の平からすり抜けて落ちる砂のようにどの言葉にも何も意味が無い気がした。

 どこから間違っていたのだろうか。

 どこから悲劇は始まったのだろうか。

「……この世界は」

「……うん」

「…どうすれば良かったんだろうな」

「…どうすれば…どうすれば」

「争いをしなければ良かったとか…そうすると資源が無くなって滅んでいく。手を取り合って生きていけば…手を取ってもらおうとして逃げてきた人達は振り払われて差別された…いっそ攻撃されてとやり返さないでいけば……駄目だ。どう考えても駄目だ」

 こうしていれば、ああしていればと考えてもどこかで悲劇が生まれて憎しみが生まれていく未来が見える。どうすれば良かったのか、生き残った自分達はこれからこの悲劇と自分達と同じ国の人間が犯した過ちを知りこれからどうやって前を向こう。

「……何にも知らなかった…ただ自分が生きて守られて…何も知らなかった…」

 温かい場所でしか生きていなかった事が罪のように感じられる。自分にはマリィにレアに存在も知らない混血や移民に移住者にとんでもない所業をしてきた国の人間の血が流れている。

 こんな感覚は初めてだった。

「……」

「…ねえ」

「……」

「…ねえ。ジン」

「…ん?」

「…昔あった事を…今どうこう言っても仕方ないよ」

「…仕方ない…」

「だって、もう戦争も起こって死んで滅びて…泣いても後悔しても…死んだ人は生き返らないし…時間は戻らない」

「…それじゃあ俺達は…どうすればいい」

「ずっとやってる事を続けようよ。覚えておくの。過去にあった事を、死んだ人も争いがあった事もこんな差別があった事も全部覚えておいて…それでもしこれから僕達以外に生きてる人がいたら…この日記にあったような悲劇を繰り返さないように努めよう」

「…覚える…覚える事は出来る。忘れる事はきっと出来ない」

「うん。ジンの得意な事だね」

「出来るかな…何かこんな事をした国の人間だって思うと」

「僕達はその人達と同一人物じゃないよ。出来る」

「…出来るか」

「出来る」

「出来る」

「だから、ここから出よう」

 カイが立ち上がる。それに続いてようやく立つ事が出来た。

 きっとこの部屋から出たらレアがいる。その時は、どうするか。

「…見逃してもらえないか」

「…どうだろうね」

「話をする事が出来ればいいけど」

 レアとマリィの事は知った。きっとレアは自分達を世界平和のためにと手をかける事になるだろう。

 ただそれを黙って受け入れる事はしない。知ったからにはここまで続いたレアの事を止めて、ここから出してもらおう。

 平和な頭で考えだと笑われるかもしれないが、それでも俺とカイにはそれ以外にここから出る方法が思い付かないでいたのだ。


 祖父母の部屋からゆっくりと扉を開けて部屋を出た。空は相変わらず雲一つ無い青空だった。

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