女神と天使
倒れて動かないマリィのワンピースのポケットに小さな鍵があった。それを拾いジンに見せようとするとベッドの上で項垂れて動かないジンがいる。
傍に歩み寄り隣に座ると僅かに動いたがそれ以上は無かった。
「…僕が撃てば良かったね」
穴の開いた水筒を見つめてそう言うと少し間を置いてジンは首を振った。
「カイは、下手だろう」
「この距離で、外すわけ無いよ」
マリィは人間じゃないと思う。
そうジンから言われた時は驚いた。それと同時に納得もしてしまった。ステラのように人工知能を搭載したロボットであるのなら食べ物を食べる事は出来ないし体が疲れる事は無い。ただひたすら“旦那様”に従うのだ。
「水筒穴空いちゃったねえ」
「…今度から二人で一つだな」
何でそんなの銃に被せるのか。
これもまた読んでいたサスペンスかミステリー小説のやり方で銃声を消す方法らしい。ペットボトルか空き缶でやっていたらしいがどちらも無いためじゃあ水筒でやろうかと実践すると確かに聞いた事のある音よりも小さくなっていた。
「…マリィ動かないな」
「…うん」
「ロボットなんだよ…もう分かったのに…嫌な気持ちなんだ」
「うん」
「他に…方法が思い付かなかった」
「僕もそうだよ」
旦那様に従うマリィが素直に僕達の言うことを聞いてくれるはずなんか無い。だから撃つことにした。決めたのはジンと僕の二人だ。二人で決めた。
ジンの背中に手で擦り隣にいる事を教える。
ゆっくりこちらを向いていつもよりもずっと弱気な顔で目を合わせた。
「…行こう」
早くここから出ないと。
「そうだな…」
ジンは立ち上がりマリィの事を抱き上げた。ベッドに寝かせて開いたままの金色の目を閉じさせて彼女に向かって一言。
「…ごめん」
一言、そう謝った。
リュックを背負い、警戒しながら部屋を出るとマリィの言う通りにレアは休んでいるらしく姿は見えない。その隙にマリィから拝借した鍵を持ちレアとマリィの部屋の扉に差し込む。
ゆっくりゆっくり鍵を開けてこれまたゆっくり部屋へと入ると中には必要最低限の家具しか置かれていない殺風景な部屋だった。
「…早く探そう」
「うん」
レアがいつ戻って来るか分からない。とにかく部屋にある僅かな物、棚に残る本を取り見れる棚は全て見る。
そこで一つの古びた本を取り出すと他の本よりも不自然に膨らんだそれに錆び付いた銀色の鍵があった。
「…これかな?」
「他に何かあるか?」
「無さそう…」
「よし、行こう」
「その本ごと持ってくの?」
「気になるんだよ」
「こんな状況でも本なんだから…」
鍵らしき物と本を持って部屋を出る。
このまま下に行き出ていこうと思ったがレアの気配がして音を立てずに視線を向けるとお休み中だったレアが出てきて下の階の椅子に座っている。
「……」
「……」
このまま下には行けない。
部屋には動かないマリィがいる。
時間が経ちレアがまた何処かに行くのを待つ…その間完璧に安全を確保出来る場所と言えば。
神経をすり減らしながら祖父母の部屋の前に立つ。カイが手を触れてみると扉が開いた音がしてまた神経をすり減らしながら部屋へと入り込み施錠の音を聞いて安心する。
「…カイの指紋認証も登録してたのか」
「助かるね…」
祖父母の部屋なら身内の自分達以外入って来れない。お金持ちの住む家ならば防音はされているかもしれないが安心出来ないままに静かに移動してソファーに座る。祖父母の家のソファーに初めて座ったが、固くて少々座り心地は悪かった。
手にした鍵と本を見つめて考える。どうしようか。
「…レアは…マリィに気付いたかな…」
「遅かれ早かれ…気付くだろうな」
「そしたら、僕達を探すよね」
「だろうな」
「レアは武器を持ってるかな」
「見せてないだけで、持ってるだろうな」
「…この扉の前にいたりして…」
「…隠し部屋に移動するか」
カイが怖いことを言うためあの祖父の隠し部屋に移動する。
ここでようやく落ち着いて、いや、落ち着かないが鍵は手に入った事に僅かに安堵する。
「隙を見て…一気に階段を降りて出る」
「ここから部屋の外が見えないしな…レアが寝た夜中とかにか」
「寝るかな?」
「…寝てほしいな」
「この部屋の扉の前で寝てたりして…」
「何でこの部屋にいる事分かるんだよ…」
「入れる部屋全部見ていないってなったら消去法でここにいるって答えになるかもじゃん…」
「……正面突破か…何とか」
「二人でなら何とかなるかもね」
「…かもな」
レアが何らかの武器を持っているならこちらも構えながら出て退くようにしてもらうしかない。銃をまた向けるのは気が重くマリィを撃った感触があるため思い出すと手が震える。
震えた手から本がすり抜けて鍵が床へと落ちて本が広がると、あの他国の言葉が並んだページが目に入る。
「わー…読めないや」
「……読める」
「すごいねえ。僕にはさっぱり」
「……これ、本じゃない。日記だ」
「また日記」
「……でも、一人が書いたのじゃないな」
「え?」
「筆跡が途中で変わってる」
「本当だ」
日記の初めの方は細い、綺麗な字で綴られているが途中から書いた人間が変わったのか筆跡が分厚く無骨な文字になっている。
一番初めの日付は二十二年前。
「…“結婚記念日”」
「結婚記念日?」
「最初のページにそう書かれてる」
本の題名のようにまずそう書かれており、読んでみるとその文章はまるで踊り出しそうな文章でこう書かれていた。
“やっと結婚出来た。混血の私達が受け入れてくれる教会も無くウェディングドレスも着る事が叶わなかった。それでも結婚の証が欲しくて求めた指輪をやっと手に入れる事が出来たわ!
今日が記念日!私と彼の永遠の愛が誓った素晴らしい日!私は今日と言う日を決して忘れないわ”
この日記の終わりにハートが書かれている。何とも浮かれた幸せそうな様子の日記から始まったそれはしばらく夫婦として幸せな日々が記録されている。
“左手薬指に誓った私と彼の人生。今日も天気は私の心を映したような晴れ晴れとした青空。
光る指輪が嬉しくて思わず歌いながら洗濯物を干していると彼は笑って私を見た。笑われた事に恥ずかしくなり私は顔を覆って赤い顔がもとに戻るのを待ったが彼が私から視線を外さないのに気付いて私はゆっくり顔を覆う手を外し彼と目を合わせた。
その歌はどこで?と彼が尋ねるので私は顔を赤くしたままに学生時代に歌った歌と短く答えると彼はもう一度聞かせてほしいと言った。恥ずかしくて歌えない。だって学生の頃に自分で作ったオリジナルソングよ?”
日記の最後は今度は音符が書かれている。
何と言うか、大人ではあるのだろうけどどこか子どものような可愛らしさがある日記だ。
「これ、レアとマリィの日記なら…これはマリィが書いた日記でいいのかな?」
「…どっちのマリィだ…」
写真に映る人間味のあるマリィかそれともロボットのマリィか。
「……ロボットのマリィがこの日記を書いてるの想像つかないよ」
「……」
「…指輪もしてないし…」
「それじゃあ…この日記は」
写真に映る人間のマリィだろうか。
“学生時代の思い出は暗い思い出もあった。三つしかない国同士の関係の悪化で他国の血が流れているというだけで私も彼も差別を受けてきた。今まで仲良くしていたはずの友達も戦争を起こした国の人間の血が流れている事を良く思う事は無く、ずっと通っていた学校も気付けば混血の、移住者の、移民の学校へと通う事になり他国の言葉が飛び交い私はさっぱり着いていけず通えなくなったのをよく覚えている”
これはレアが話していたのと同じ内容だ。他国の血が少しでも流れているだけで苦労をして差別を受けてきた様子が分かる。
“それでも良いことはあったのだ。一番の良いことは彼に出会えた事。この国の言葉も話せて他国の言葉も話せる彼は私の言葉を周りに伝えて孤立しないようにしてくれた。その優しさがとても嬉しくて私はすっかり彼に惹かれてしまった。
すると彼も私と同じ気持ちだと言ってくれたのだ。こんな幸せな夢がある?私は宙に浮いた気分で惚けていると彼は必死に私に一目惚れしたと真っ赤になり説明してくれたのだ。私はますます夢心地。きっと運命だわこれは”
「浮かれてるねえ」
「すごいな。夢心地だって」
「好きだったんだろうね」
「そうだな…」
幸せだと綴る日記は彼とデートをした。親の言い付けを破り夜に会った。記念日を決めたなどと恋人としての日々に差別を受ける辛い日々も忘れていたと書いている。
“それに学生時代の幸せな思い出は彼だけじゃない。ナギも私に幸せをくれた。上手くコミュニケーションが取れずに友達が出来なかった頃、学校同士の交流で多国籍の学校との交流が避けられる中で唯一交流をしてくれた学校の生徒だった。
今でも鮮明に思い出せる。彼女はとても綺麗で交流会で訪れた学生の中で一人光り輝いている女の子がいると思ったらナギだったのだ。”
「お母さんだ」
「ママ輝いてたって」
「まあ美人だしな」
「うん」
日記のマリィの目は確かだな。
“隠れるように彼女を見ていたけど目が合い驚くと彼女はお手洗いを教えてほしいと困ったように尋ねた。
私は緊張しながら案内して綺麗な彼女の前から去ろうとするとあなた、とってもかわいいねと真っ直ぐ言って来たのだ。驚き顔を赤くしていると彼女は謝り学校に着いた時にすごく素敵なワンピースが見えたから目で追ってみるとあなたがいたの。かわいいワンピースを着たお人形さんみたいな子がいると気になってついお手洗いはどこか?なんて話しかけてしまったと言う。
私はあわてふためきながらあなたの方が綺麗だと言うとありがとうと人を虜にする笑顔で返し私と彼女、ナギはまるで昔からの親友みたいに仲を深めた”
「ママすごいね」
「マリィがかわいいから声かけたのか」
「僕もカナエがかわいいから声かけたよ」
「カイは本当にお母さんに似てるな」
“私の学生時代の幸せな思い出は彼と出会えた事と親友のナギに会えた事。
歌手を目指していると言ったナギの歌は本当に綺麗で私は彼女のファン第一号になった
短い時間であったけど…必ずまた会えるのではと思い大人になった今、またナギに会えるなんて運命だわ!
しかも彼女が私と彼の指輪を得られるように協力してくれたのだ!
今ナギは結婚しており子どもがいるらしい。写真を見せてもらうと何てかわいい赤ちゃん!ナギが産んだのは天使なの?天使を産んだあなたってもしかしたら女神かしら?そう聞くとナギは鈴の音を転がすような笑い声を上げて首を振った”
「ママ女神だって」
「そうだな…」
「ジン天使なの?」
「天使じゃないな…」
「そっかー」
“私達には与えられる物が限られているのでなかなか情報が入ってこない。だからナギが歌手になれた事も結婚した事も天使を産んだ事も知らなかった。
歌手になれたのね、あなたの綺麗な歌声なら誰もが魅了されてるものと言うと実は今は歌手としての活動が出来ないと言った。何故かと尋ねると彼女は無言になってしまった。
話せない事なら無理に話してもらう事も駄目だと思い私はそれ以上聞かない事にしたが理由はすぐに分かった。
夫からナギの夫は政治に関わる仕事をしており滅亡した国の人間にたいしての支援や友好国の危険性を訴えていた事からこの国中から敵意を向けられているらしい
ナギの夫のキリヤさんは確かにこの国から嫌われているかもしれないが真っ直ぐで正義感の強い人なのだと思った。ただ発言があまりにも率直過ぎる”
「言われてるなあ」
「パパ…仕事してた時本当になんて言ったんだろう」
「時代もあるだろうけど…言葉を選べなかったんだな…」
「仕事辞める事になってるしね」
“ナギにまた会えた。その日私はナギに向かってあなたが私の味方をしてくれたように私もずっとあなたの味方。
もしこれから何かあっても私はあなたとあなたの旦那さん。あなたの天使の事を守りたい
心からの本心を話すとナギは驚いたように目を見開いたがその後すぐまた誰も彼も虜にする笑顔でありがとうと言ってくれた
ナギはキリヤさんの考えに賛同しているらしい。難しい時代だが人が人を助ける事を諦めたくないと思っているらしい”
「…“私も同じだとナギに言った”」
“ナギは頷く。
そして寂しそうに目を伏せる。何かあったのかと聞くとこの世界にどうにかなってほしいと思うけど、私はもしかしたら家族を助ける事で精一杯かもしれないと言った”
「“それは、仕方ない。いや…当たり前の事だ”」
両親はもうこの頃にはシェルターに避難することを決めていたはずだ。そうするとこの世界に友達を取り残す事になる。
目を伏せる事は、その後ろめたさからだろうか。
“ナギが謝った。
あなたは私達を守りたいと言ったのに私は守れないかもしれない。
いつも明るいナギが泣きそうになっていた。私は必死に首を振りそんなのいい。あなたは大事な家族を守ってほしい。私は私の勝手であなたを守りたいだけだからと告げる。
私は大丈夫だから”
そう強く書いてから日付を空けた日記には祖父の日記と同じ内容が書かれている。
マリィの夫が愛国心を示すためにと軍に行ったらしい。不安な日々が綴られているが母が頻繁に訪ねて買い物をしたり歌を歌い明るくさせていた。
いつでも愛している夫を綺麗な姿で迎えられるようにと服を買ったり着飾る様子が書いていた。
“あぁ私、彼女を守るって言ったのに慰められてばかり。
いつも明るい歌で私を支えてくれる彼女に何か恩返しをしたいのにと悩んでいると、何て嬉しい事が!
彼女のお腹の中にまた天使がいるなんて!
生まれたら私、天使が二人に女神がいる空間に耐えられるかしら?
どんなお祝いをさせてもらおう…真っ白なベビー服にかわいい靴下…小さな体をすっぽり収めてしまうベビーベッドもいいかもしれない。
また百貨店に行かなくちゃ…楽しみだわ楽しみだわ”
「…これはカイか」
「天使だって」
「マリィはすごいな…天使や女神なんてすらすら言えて」
「愛情表現がすごいね」
母の手を取りながら妊娠した体を気遣う様子が細かく書いていた。母は平気だと言っているがマリィは心配して心配して困っているようだった。
“ナギは活発な人だから、思うように動けないながストレスかもしれない。
分かるわ。確かに活発だし天真爛漫。私は頷きながら初めて会うのにナギの夫のキリヤさんとまるで昔からの友人のようにナギの話をしていた”
「パパだ」
「お父さんだ」
どうやら父は母の買い物に心配で付き添いに来たらしい。
“キリヤさんはナギと違いあまり表情が動かない人だった。
お顔とっても綺麗でお人形さんにも見えてしまう。ただナギの傍にいる時は優しい目をしていて彼女がこの人を選んだのも納得だった
私が混血だと言う事もたいした事では無いように受け入れると共に今の時代の差別を申し訳ないと頭を下げた”
『いいんです。そんなの』
『いや…他に何か…何か手を取り合うような方法があったのではと思うんです』
『…過ぎ去るのを待ちます。今の時代がどうにか過ぎ去りこの差別が過去になる可能性はゼロではないと思っています』
『過ぎ去る…今を…』
『今は耐えていきます。耐えてそして再び手を取り合えると信じています。出来るはずです。だって私とナギは親友になれたのだから』
日記の向こうでマリィの笑う顔が見えた気がした。
「…あ」
“混血の私に愛国心を示すために軍の医療部隊に入る事を勧められた。
私に医療の知識は無いと言ったのにそれなら覚えろと国から言われてしまった。
頷く他無い。それでも前向きに行こう。だって彼に…レアに会えるかもしれないのだから
でも少し残念。私、ナギが産んでくれる二人目の天使に出会えないかもしれない”




