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死者の話

 祖父が死んだ事になり日記はそこで途切れた。代わりに残りのページをがくり貫かれて一つの鍵が見つかった。

 “この日記を読んでいると言う事はこの部屋の隠し引き出しに気付いたのだろう。私はこれからこの鍵で開けられる隠し部屋で生きる事になる。この国がこの世界がどうなるか妻から得られる外からの情報で可能な限り綴る”

「隠し引き出し…」

「ちゃんと手順通りに引き出しを開けたりすると出てくるからくりだな」

「僕達そんなのやった?」

「滅茶苦茶に開けたから偶然だな…」

 まさか祖父もそんな状態で開かれるとは思っていなかっただろう。

 日記にある通りに祖父母の寝室に向かうとそこには大きなクローゼットがあり中を開くと中身はそのままらしく掛けられた服の隙間から鍵穴を見つける。

「すごい作り…」

「秘密基地だな…」

 鍵穴に日記で得た鍵を差し込むと開く音がする。こうやってこの建物からも鍵が空いて出る事が出来たらいいのに。

 鍵を開けて押してみるとそこには確かにもう一つの部屋があった。元々作られていたのかそれともここに祖父母が後から作ったのか。

「結構広いね」

「地下のシェルター程じゃないけど…」

 そこにはソファーとテーブル。映像を見るためのモニターと本棚にはたくさんの本。経営に関する本は無く、見る限り自分が読んでいた本が多く並んでいたためどうやら自分の本の趣味は祖父に似ているらしい。

 奥には寝室と小さな台所。トイレにシャワールームと人が暮らすのに十分な設備があった。

「ここに一人で住んでたのかな?」

「おばあ様もここにいるのは知ってたし、顔は合わせるぐらいは出来ただろう」

「そうだね」

 本棚の本は読んだ事のある本だけだった。どれか一冊でも読んでいないのがあると少し嬉しかったが何も無い。

 早々に探索を止めて寝室へと向かうとそこにはここに来てから書いたの日記がある。

「読むぞ…」

「何かここから出るための手段とか書いてあればいいね」

「そうだな…」

 こんな場所を作れる程の財力があるならここから出るための鍵の一つや二つを作る事が出来るではと僅かに期待しながら日記を開く。

 日付は自分が生まれてからだ。

 “妻を通じて初孫の顔を写真で見る。赤ん坊なのに既にキリヤそっくりだと妻が言う。そんなに似ているかと疑問に思うがあなたは生まれた事以外は関わらなかったからねと嫌みを言われる。

 その言葉に無言でいると名前はジンと言う事を知らされた。由来はキリヤが元職場の同期からで努力家で負けず嫌い。いつもその姿に感心していたジュンと言う男の名前を真似たらしい”

「え?ジュン?」

「そうなの?」

 まさかここでジュンの名前が出てくると思わなかった。向こうからは良く思われていなかったがどうやら父はジュンに対して好意的な印象を抱いていたらしい。

 “妻は何度もナギさんを通じてジンの事を聞いていた。本当にかわいい。私達に幸せを届けるために生まれてきた赤ちゃんと少女のように笑いながら言う”

「ねえ。ジンはおばあちゃんの記憶ある?」

「いや…無いんだ。日記の中にはお母さんを通じて聞いていたってだけだし…直接会ってないんじゃないか?」

「何でだろう」

「別におばあちゃんは死んだ事になってないだろうし」

 “息子夫婦からジンの手形を貰う。妻にやり方を教えて指紋認証にジンを追加した。もしシェルターの建設が間に合わないような事があればここに逃げ込むように伝える。

 妻名義で建設を進めているとは言え人員不足とキリヤの身内からの依頼と言う不信感からなかなか作業を進めてくれないらしい”

「あ、ここで登録したのか」

「赤ちゃんの頃に?指紋変わってないの?」

「いや…指紋は変わらないはずだ」

「へぇー便利だね」

 この頃にはもうシェルターの建設を始めていたらしい。しかしスムーズには進んでいない様子が分かる。勝手に中断されたりと作業が滞る事が何度もあったらしい。

 “何とか進めてもらうが別の問題も浮上。百貨店の経営に関してだ。移民な混血の国民を来店する事を控えるようにしていたがどこにも拒否されてしまいお金はいくらでも払うと言って聞かない客が来ているらしい。いつもなら移民や混血の国民が経営している店に案内し来店を拒否しているがその頼みの綱の店も無くなってきているらしい”

「移民…混血の」

「色々不安定な頃だねえ」

 滅んでしまった国から逃げて来た移民。友好関係を築く国からしてみればその移民を受け入れる体制も気に入らない。受け入れ体制を厳しくしているとはいえ潜り込むように入り込み挙げ句に受け入れをしろとデモ活動をしたりと自国民の不満は高まり前々から住んでいた正規の手続きを踏んで来た移民やその国の血が混じる混血。友好関係の国の移住者、その混血。

 自分達の国を荒らす存在として、滅んだ国、友好関係の国であってもその国の血が少しでも混じっているような人間が経営する店での不買運動が起こり次々と閉店。国籍はこちらでも混血ではあれば他国者専用の学校に無理矢理転校。勤め先も退職するように求められたりと特に何もしていないが他国の血が混じると言うだけで端に追いやられるように差別が強くなっている。

「お祖父様の百貨店もこっちの国籍だけど混血の店員が働けなくなって辞めてるらしい」

「面倒な世界だね」

「でも…とにかくここに来れば何とかしてくれるって考えも無責任かもな」

「そう?」

「どんどん受け入れるとその分誰かのご飯が減ったりするかもしれないし」

「…色々対策するのも国を思ってだよねえ…でもそのせいでちゃんと正しく住んでる人が刺されるんだ」

「この国も他国の人間は傷付けていいって思ったんだな…」

 “部下は何度も断ったがすぐに帰ります。ほんの少しだけでいいんですと頭を下げ続けて平行線。何とか帰ってもまた何日か空けてここに来るらしい。

 そこまでして何が欲しいのか訪ねると結婚指輪が欲しいらしい”

「結婚指輪…」

「結婚指輪?」

「結婚した人が着けるお揃いの指輪だよ」

「素敵だねえ」

 “混血の夫婦は元々同じ混血のジュエリーショップに注文していたらしいがその店が強盗に襲われて指輪を手に入れる事が叶わず、そこで同じ混血の店員がいると言う我が百貨店を訪れたらしい。

 混血の人間に売ったとなるとこちらもあの野蛮な国の人間に物を売ったのかと白い目で見られる。今後の営業に関わると断ったが一瞬だけ、すぐに決めて出ていくと言うらしい。お金も倍は払うと滅茶苦茶だ”

「売ってやればいいだろう」

「おじいちゃんのケチ」

「ケチだな」

「ケチ」

 殆ど知らない祖父を責め立てた。

 “妻からその話を聞いて辟易していたが、その夫婦が来てから何日も経った頃に展開が変わった”

「何?売ったの?」

「ついに?」

 “偶然買い物に訪れていたナギさんがその夫婦の事を知った。”

「え?お母さん?」

「ママ?」

 “妻と一緒に訪れていたナギさんは入り口で頭を下げる夫婦を見て駆け寄り声をかけたらしい。

 驚く妻を置いてナギさんは混血夫婦の妻の方と話している”

『ナギさん?ナギさんなの?』

『お久しぶりです。いつ以来…ああ確か…私が学生の頃ですね。音楽コンサートで会って以来?』

『そう…そんなに経つのですね…まだあの頃は今みたいに……ナギさん、私と話してる見られたら駄目!あなたまで指を差されるわ!』

『指を差される?そんなのずっとずっとよ?私、今ね…自国民の裏切りの妻なんて呼ばれてるのよ?』

『え?』

『え?ニュースを見てないの?』

 “他国への支援を呼び掛けて我が国と友好国との裏切りだと言われたキリヤの妻であるナギさんは強かった。

 他国の血が混じる彼等と対等な関係だと証明するかのように堂々と話し、事情を聞いた。妻は狼狽えたがナギさんのその姿勢にもしかすると私は愚かな事をしているのでは?と思い直し混血夫婦に寄り添った”

「あ、考え改めた」

「ママすごい」

「すごいな。強いな」

『指輪を?』

『はい…結婚指輪を』

『結婚するの?おめでとう!』

『ありがとう…!』

 “この国の人に祝われるの初めてだ!と夫婦は喜んだ。妻は元責任者の妻と言う権限を使って夫婦に指輪を用意させた。

 ぴったりとはまった揃いの指輪に大層喜んだらしい。結婚式も挙げる事が出来なかったからと言って喜んだ。

 その話を聞いてそうだ。私はこの瞬間が好きだった。客が求めていた物を探してそれが見つかった時の喜びが好きだった”

「…考え改めたね」

「…ケチを撤回するよおじいちゃん…」

「俺もするよ」

 殆ど知らない祖父へのケチのレッテルを撤回する。

 そして次のページを開くと写真が一杯貼られていた。指輪を買った記念だと言うその夫婦が撮ったものらしい。左手に光る指輪を見せてカメラ目線に笑顔を向けている夫婦。

「………」

「………」

 日付は十九年前。

「……ちょっと待て」

「…間違えてない?」

 写真には日付が直接印刷されている。手書きではない。恐らく間違いない日付だがおかしい。


 その写真の夫婦にどう見ても今より若いレアと今と変わらない姿のマリィだった。


 青い目と金色の目をこちらに向けて目を細めて笑っている。

 瓜二つの他人です。そんな訳あるか、どう見たって彼等だ。おかしいおかしいおかしい。

「怖い…」

「どういう事だよ…」

「怖い怖い…」

 これは何なのか。

 この写真の通りの日付で進んでいるしたらマリィはレアと同様に年齢を重ねているはずだ。しかし今、ここにいるマリィは自分達と大きな年齢の差を感じない程に若いままだ。まるでこの写真の日から時が止まっているように。

「今の…僕達が知ってるマリィはマリィのそっくりな年の離れた妹とか?」

「…そうなるとレアはこの写真のマリィと別れて顔がそっくりな妹とまた結婚したと…」

「うわ、何か気持ち悪い」

「カイが言ったんだぞ…」

「変だよもう…意味が分かんないよ」

「一旦置いて…読み進めよう」

 “妻から受け取った写真は美しい物だった。目映く輝く幸せそうな夫婦の姿に私は安堵した。

 もしかしたらまた、どうにかなるのではと…今は情勢が不安定だがいずれまた手を取り合い同じ人間としてこの世界に残された者として自国と他国が協力し合える未来が来るのではと思う”

 “そうなるのではと気付かせてくれたナギさんは学生時代に所属していたクラブ活動で多国籍の学校と交流する事があり、その頃に件の夫婦の妻と知り合っていたらしい”

「へえ…そんな事が」

「ママも言わなかったからねえ。昔の事」

 “妻から息子夫婦の話を聞くのが楽しみだ。仕事をしていた頃よりも妻との会話が増えている。まさかこんな形でもう一度夫婦として再建出来るとは思っていなかった”

 “ナギさんの話を聞いた。友好国との関係が段々と怪しくなる中であの指輪の夫婦の妻と時折楽しげに話をしているらしい。妻だけかと聞くと、指輪の旦那の方はこの国への愛国心を示すために軍への行ったらしい。不安な毎日だがナギさんが得意の歌を聞かせているらしい”

「軍にか…」

「離ればなれだ」

 レアそっくりの夫は軍に。 

 不安な奥さんを母が慰めていると書いている。いつ帰ってきても大丈夫なように旦那様にいつ見られても綺麗だと思ってもらえるようにと祖父の百貨店で買い物をしているらしい。

 “キリヤから手紙が届いた。ナギさんが第二子を妊娠したらしい。ジンを妊娠した時もそうだが少々お転婆なナギさんに安静にするように勤める。ナギさんの友人の友人の彼女が大人しいお嬢様のような人だからか最近はより一層その部分が目立つ”


『少しはマリィさんを見習って欲しい』


 “お腹に子どもがいるのだから彼女のように少しでいいからお淑やかにしてくれと言ってしまったようだ”


「……うわぁ」

「…あぁ…」

 違うと思っていたがここで名前が出てしまった。母の友人はマリィと言う名前。

 どうしてここで名前まで同じなのか、ますますどうにかなってしまう。カイの存在がここで分かったがそう言う場合ではない。

「…いや、まだ日記は続きがある…」

「もうよく分かんないよ…マリィは何なの?不老なの?」

「俺も聞きたいよ…」

 “ナギさんのお腹が大きくなってきた。そろそろ出産の頃らしい。指輪の夫婦の妻…マリィさんも出産が無事に終わったらお祝いをさせてほしいと言っていたが”

「が?」

 “マリィさんもこの国への愛国心を示すために軍で働くようにと言われたらしい。既に他国の移住者や混血の国民はそうするように選択を迫られて頷くしかなかったらしい”

「…連れていかれちゃった…?」

「みたいだな…」

 この国の悪い部分が見えてきた。

 二つの国が争いを始めるまでの間に自国民に何かしてもらおうと言う訳ではなく、まずは敵意を向けられている移住者と混血の国民を戦力として使いだしたのか。

 しかし友好国だから攻撃はしてこないと言っていたにも関わらず対抗しようと準備はちゃんとしていたのかこの国は。

 “不穏な雰囲気が深まる中、息子夫婦に第二子が誕生。第二子もエコーで分かっていた通りに弟らしく妻が持ってきた写真はどちらかと言うとキリヤよりもナギさんに似ている。ナギさんに似て愛らしい子になるだろうか。

 名前はカイと名付けたらしい。海のようにこの世界を包み込めるような子になってほしいと”

「へえ…海から」

「海しらないけど」

「すごい大きいんだよ。海は」

「世界を包み込める程は…ちょっと難しいね」

「手の届く範囲でいいよ」

 そこから日記はまるで不穏な雰囲気から目を逸らすようにカイの成長や自分の成長を両親から聞いて一見穏やかな日記になっていた。

 しかし、気になるのはすぐそこまで二つの国の争いが迫っている事。

 そして指輪の夫婦のその後がまったく書かれなくなってしまった事だ。

「…カイ」

「何?」

「少し、ページを捲るのが怖い」

「…僕も」

 だから力を合わせよう。

 紙一枚捲るだけの事を二人で協力して行った。そして日記はその時になっていた。


 “資源の輸出を停止。これにより友好国との関係が破綻。国のためにと国民のためにと攻撃が始まる。

 いつもの日常が引き裂かれる。大きな攻撃はまずは国の中枢からされる。”

 “無差別に攻撃開始。恐らく今も国民が何百何千と死亡している。妻とこの隠れ家で僅かに聞こえる音は自分達の命を奪い来る音だがひどく冷静である”

 “もしかするといつの間にか受け入れていたのかもしれない。こうなるのは当然なのだと。

 長い年月をかけてこの世界から多くの国が消えていった。残った国は協力し合う時はあったが最終的には争う事になってしまった。そこから始まる新たな差別と暴力。自分達の身を守るために仕方ないと何もしていない赤の他人を犠牲してきた私達が何もお咎めも無しに終わるはずがない”

 “私も罪人だ。どうぞこの命は好きなように”

 “ここを出て、どうぞ好きなだけ撃ってくれ”


 日記はここで終わった。

 祖父母は恐らく最後にはここを出てそして攻撃を受けて亡くなったのだろう。

 思いもよらない祖父母の最期を知り重い物が頭の中に積まれるようなそんな気持ちになり顔を伏せる。

「……ジン」

「……ん?」

「まだ、終ってないよ」

「……そうだな」

 祖父母の事を知れたがここを出るための鍵は得られなかった。と言うよりも疑問が増えてしまった。頭の中で写真のレアとマリィそっくりの二人が甦る。

「…写真、どうする?」

「…何か恐ろしい感じもするけど…取っておくか」

「うん…」

 レアとマリィそっくりの写真を一応リュックに入れておき日記を閉じる。

「…なあカイ」

「ん?」

「俺、マリィに聞いてみようと思う」

「…何を?鍵が閉められている事?それとも写真の事?」

「…出来れば両方…答えくれるか疑問だが…レアに聞いてもレアは絶対にはぐらかして答えない気がする」

「…うん。僕もそう思う」

「それならマリィに聞いた方がいい…仮に、万が一…マリィとこの写真のマリィが同一人物ならお母さんの事を話せば友達関係だし助けてくれるかもしれない」

「…もし、違ったら…?ここから出してくれなかったら?」

「……」

「…ジン」

 ずっと避けていた事がある。

 今まで必要が無かったからでもあるが。

「…ここに閉じ込められて何かされるぐらいなら…二人に銃を向ける」

 閉じ込める事に正当な理由があるなら黙って閉じ込めたりはしない。人を殺すことも出来る毒ばかり調べていた事に閉じ込めている理由がほんの少しでもあるなら自分は銃を二人を向ける。

 これからもカイと二人で生きるために覚悟を決める。

「……分かった…」

「…ごめん」

「謝らないで僕も同じ事をするから」

 そう言ってカイはナイフを手にする。

 使いたくなかったはずの武器がひどく心強く見えてしまった。 


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