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しるし

 両親は祖父母の事を話した事は殆ど無かった。どちらも自分が生まれる前に亡くなったとだけ話しておりむしろ祖父母の情報に関しては他人のジュンの方が知っていた。

 棚に飾られた二枚の写真の裏側には日付と写っている人物の名前が書かれている。三人写っているのは今から三十五年前の日付。

 父:トバリ ヒラク

 母:トバリ ルア

 息子:トバリ キリヤ

「…それじゃこっちがおじいちゃんで…こっちがおばあちゃん?」

「そう…なると思う…実感が湧かないが」

 当たり前の事だが自分達に本当に祖父母がいたのだと言う事実をどこか他人事のように思えた。

「もう一つの写真が…」

「裏の日付は二十二年前だ。トバリキリヤ、トバリナギって書いてある」

「…パパとママ綺麗だね」

「そうだな…」

 両親の顔を久しぶりに見た。

 リュックに二枚の写真を積めて他の部屋を探索する。広い居間から出て次に見えたのは台所。一応冷蔵庫や貯蔵庫を確認したが何も無かった。

「何も無いね」

「無いな」

 食器棚の中にはここに住んでいた頃使われたと思われる食器が綺麗に並べられている。攻撃を受けて建物が半壊している状態なのにここの部屋は綺麗に残っている。

「食器…何か食器っぽくないのが沢山だ」

「だな。何か…食べ物乗せると言うより飾るために作られたみたいな感じだな…」

 祖父母の趣味だろうか。煌びやかな物を好んだのだろう。

 台所を抜けて他の部屋を探すと次にあったのは殆ど空になった棚と何とも重そうなごちゃごちゃした飾りがある大きな机と椅子だった。

「何かすごい家だね」

「すごい家?」

「あっちもこっちも何だかきらきらしてて寛げない」

「だな。分かるよ」

「パパは…おじいちゃんやおばあちゃんの話した事無いよね」

「無いな…」

「政治に携わってたって事も話してない」

「もしかしたら俺達にそれが原因で何かあるかもしれないからな」

「だったらおじいちゃんやおばあちゃんの事を話さなかったのも何か思う事があったのかな」

「かもな…家族なのに…」

 一番近い棚から一冊ファイルのような物を取り出す。中身を開いてみるとお店の経営に関する事が事細かく書かれていた。

 経営者としてのあり方、店の配置、時代による変化に合わせる。顧客を満足させるためのあれこれが書かれており赤線を引いていたり何月の売上、○○様への対応など目が痛くなる程に細かく書かれていた。

「すごい。訳分かんない」

「俺もだよ…」

 百貨店の経営に対してかなり熱意があった事がよく分かる。他の百貨店に負けないように戦略を練っており会議を何回も繰り返し時折失敗したのか悔しさが滲み出ている部分もあった。

 百貨店を共に経営している人と争う事もあったのかトラブルの詳細が書かれている。とんでもない要求をするお客様もいたようだが頭の中では苛立ちながらそれを隠し上手く対応出来たと書いている。

「苦労してるな」

「色々あったんだね…見てよ。“経営に関するいろは”」

「…トバリヒラク著…」

 本も出していたのか祖父。

 百貨店の経営に関してはもうどうでもいい。今役に立つ知識ではなさそうだ。他にも無いかと隙間かだらけの棚からはやはり経営していた百貨店をより発展させるために勉強していたと思われる経営に関する知識ばかりであった。中には他国からの来客も想定してなのかこの国の言語ではなく他国の言葉を教えている本もある。

「百貨店の事ばっかり」

「そうだね」

「他行こう他」

「うん」

 棚から離れて何とも動かすのが大変そうな机と椅子を見る。

「…わー何かすごい」

「座るなよ…」

 机の引き出しを開けようとした矢先、カイが椅子に座っていた。

「何か…偉くなった気分」

「椅子一つでか」

「まるで飛行機のお金持ち椅子を思い出すよ」

「あー…あったな」

 それはいいから早く探してくれ。

 カイを椅子から下ろして引き出しを開けると中はやはりと言うか百貨店に関する情報。持ち出し禁止の赤い文字が目立つその情報は顧客に関する個人情報であった。その顧客の住所や家族構成。購入した商品の情報から読み取れる好みなど細かく書かれていた。

「あーもう…こんなの」

「役に立たないよ」

「もういるかいないか分からないような人の情報なんて」

 持ち出し禁止の顧客情報を置いて机の引き出しをとにかく開ける。空っぽの引き出しが殆どでやっと何か入っていると分かったら中身はただの判子で肩を落とした。

 書きづらそうなペンやすっかり乾いてしまったインクなど何も無い。

「…何も無い」

「本当、何も無い」

「何で無いんだよ…何か役に立つ物」

「家族なら何か残しておいてよ…」

 カイと二人で既に開けた引き出しを何度も開けて閉めてを繰り返す。何も無い事は分かっているがそれでも納得がいかずに何度も何度も引き出しを開けると小さな音がした。

「…?」

「ねえ。何か下に知らない引き出しがあるけど」

「何?」

 カイが覗いている机の下。

 そこには確かに何でそんな所が開くんだと、誰にも分からないような引き出しが開いて綺麗な表紙の本があった。

「…何だこれ」

「何だろうね」

 人目に触れないように隠された場所にあった本を開くと中は日記のようだった。妻が、息子がと書いてある視点からこれは祖父の書いた物だと分かる。

「何て内容?」

「お父さんが大学卒業した頃からの話だな」

 書いた日付は飛び飛びで中には年単位で書いていないのもあるが、一番最初のページは父が大学を卒業して公務員として働きだしたと言う事だった。

 “経営に関して殆ど興味を持っていなかったため私の後を継がない事はやはりかと驚かずにいた。

 妻は就職と同時に一人暮らしする事に最初から最後まで反対しておりキリヤは何とも鬱陶しそうな表情を見せていた”

「鬱陶しいって」

「家から離れてほしくなかったのか」

 父は一人息子であるため祖母には昔から随分可愛がられていたらしい。ただ過干渉とも言える部分がありそこを嫌がる父を祖父は分かっていたらしい。分かっていたなら注意をすればいいものの、仕事ばかりで子育てに関して任せきりであったため口を出せなくなってしまったらしい。

 “初めての一人暮らし。妻は何度もキリヤのマンションに訪問して怒らせていた。私に何とかしてくれと言ったがここで止めてしまうと息子の世話が生き甲斐の妻は憔悴するのではと思い口約束だけをして終わった”

「駄目じゃん」

「おばあ様はそう言う人なんだな」

「他に何か見つけなよ。生き甲斐」

「簡単に見つけたら怒られるような事も無かったろうな」

 “キリヤが何も告げずに引っ越しをしたらしい。新しい住所も知らせずにいたため妻が探偵を雇ってキリヤの場所を探そうと言ったためこれもまた分かったと口約束をする。正直そんな暇はない。ただでさえ他国の言語しか話せないお客様の対応に追われてるのに”

「…嫌われてたんじゃないか?」

「自分のパパとママを嫌う人いるの?」

「現にお父さんは…離れてるしな」

 この日記だけでは祖母の過干渉とはどういうものだったのか想像が出来ないが、少なくとも今まで育ててくれた愛してくれた両親から離れたいと願う程の事をしてしまったのだろう。

 祖父もそんな祖母の行動に疲れているような様子が日記の文章から伝わるようだった。この頃はまだ他国の人間が普通に買い物を出来る程度には情勢が安定していたのだろうか。 

「お父さんはまだ…お母さんと結婚してない頃だから二十二年以上前か」

 まだ国同士が対立していない頃。まだこれから来る時代よりもずっと平和だった頃だ。

 “キリヤから久しぶりに連絡が来る。国に関わる仕事をしたいために安定した仕事を辞めるらしい。そんな責任が伴う仕事をするのはあまり賛成したくない。しかし、これだけは分かる。キリヤは頑固だ”

「頑固だって」

「カイと同じだな」

「どこが?」

「一回これって決めたら譲らない時あるだろう」

「それは…そうかも?」

 頑固な父は意思を曲げずにその世界へと入った。

 “と言うよりも最初からそのつもりで公務員になったのかもしれない”

「へえ?そう言う道のりなんだ」

 父が外交官へとなり忙しくなると顔を出す機会が減っていき祖母が悲しんでいると何度も連絡したが返事は無かったらしい。ただ、ジュンが言っていたように父の容姿は人目を惹くらしくこれは面白くなるとしてあちらこちらでイケメン外交官だと言う記事やニュースがあったらしい。

 その情報が入る度に祖父は面倒なのにつけ回されていないかと心配し、祖母は外から自分の息子の情報が入ってくる事に喜んだとある。

「何で喜んでるんだ」

「…褒められるのがいいんじゃない?」

「……ここまでおばあ様に良い印象が無い」

「パパに嫌われてるみたいだしねえ」

「お祖父様は色々言われてる事に不安みたいだ。ハニートラップで変な女が寄ってくるんじゃないかって」

「ハニートラップ?」

「何か甘そうだな」

 ハニートラップの意味は理解出来ないが、外交官として働いている父に祖父母が結婚をするように進め始めた。

「ママ出てくるかな?」

「いや…?」

 “顧客の一人の空港会社のご令嬢。年齢は同い年。大人しく可愛らしい女性、キリヤと釣り合うと思ったがキリヤが断る。

 宝石商の末娘、少々お転婆だが家柄良し。しかしキリヤが無愛想だと言って断る。

 一流企業のご令嬢。美人で気品もある。義理の娘として申し分なし。しかし今回も破談”

「……」

「ママが出てこない」

「仕事のパーティーで会ったらしいから…まだじゃないか?」

 父は母の前に何人か女性も会っていたらしいがどれも上手くいかなかったらしい。日記の内容を見ると祖父母が父のためにと選んだ女性らしい。

 それだとこの女性達はあくまで祖父母の好みで父の好みではないのではと疑問に思いながらページを捲ると字が荒れている。

 “キリヤが結婚相手だと一人の女を紹介する。たいした学歴も無い女”

「…はあ?」

「何これ」

 これは、母の事だろうか。

 “何の仕事をしているのか、歌手だと言う。家柄も普通で有名でもはい売れない歌手の女と結婚などあり得ない”

「…物凄い反対してる」

「いや、歌手はすごいよ。歌上手いよ」

「違うんだろうな…凄くないって思ってるんだ」

 祖父はこの文面で分かるぐらいに両親の結婚に大反対していたらしい。母はまだデビューする前で知名度は殆ど無いらしく、そんなたいした経歴も無い母と父が結婚するなど不釣り合いだと反対して父が何度言っても聞く耳を持たなかった。

「いいだろう…もう自立した大人二人だぞ」

「本当にね。…ところでおばあちゃんは何も言わなかったのかな?」

「確かに何も書いてないな…賛成したのか反対したのか」

「反対してそうだけど…ん?絶縁?」

 “その女と結婚するなら家族としての縁を切る。キリヤにそう伝えると何の迷いもなく了承した。少しは悩め絶縁だぞ”

 父は祖父母と絶縁していた。

 遺産など一切渡さないとして父に聞いたが父は迷わず了承し、それから祖父母との連絡を一切遮断したと。

 今まで祖父母の事を話さなかったのは他人になっていたからか。まさかの自分達の身内の事情に頭を抱える。

「……え?なら何でパパとママの写真飾ってるの?」

「…あ、確かに縁切ってるのにおかしいな」

 そこからだ。

 そこから日記の日付が一気に飛んでいる。

 “妻があの女と連絡を取り合っている事が分かる”

 たった一言だけそうあった。

「……おばあ様が?」

「ママと?」

 そこからまた更に日付が飛んでおり内容はこうだ。

 “妻から息子夫婦に子どもが出来ている事を知る。出産はまだ先、妻がベビー服を笑いながらあの女と選んでいると部下から聞かされる”

 “問い詰めると妻は息子の結婚相手に関して何ら不満は無かったと言う。むしろ、素敵な女性だと、美しい歌声を持ちキリヤの隣で凛として立っている姿がむしろキリヤに持った無いぐらいだと言う”

 “家柄も普通、学歴も無い。ただ歌を歌っているだけの女が私達の息子に釣り合うかと聞けばとてもお似合いだと言う。しかも妻はその女の歌が好きだと言った。歌が好きなんて聞いたことが無い。妻は私の好む小説や観劇を共有してきたはずだと言うと妻は一言”


『全然違うわ』


 “妻は私と結婚する時に私に相応しい妻になるようにと言われ、こんな立派な人と結婚出来るなんてあなたは何て幸運の持ち主だと何度も言われ、捨てられないように喜ばせない。あなたの趣味・嗜好は捨てて全て向こうに合わせなさいと言われ続け私が喜ぶように合わせた来たと”


『少しならいいかと私は好きな音楽を聞いたわ。あなたは低俗だと言って否定した』


 “覚えていない。そう言うと都合の悪いことは忘れるの?それともたいした事じゃないから忘れたの?と結婚してから初めて妻に睨まれた。

 キリヤが生まれて全てをこの子に捧げようとしてしまった。手を離れて私は空っぽの自分に気付いたわ。だけどそれなら今から自由に生きればいいとナギさんは言ったと”


『彼女は歌手として自分の歌声で立っている。おんな強い女性を初めて見たわ。勇気を貰えた』


 “あなたからは今まで私を蔑ろにした。妻としての役目を果たせ。母として完璧でいろと、もう結構。私はもう、あなたから離れて生きていける”


「…お祖父様の印象が悪くなったな」

「我慢してたんだねえ…別れたのかな」

「いや…」

 ページを捲ると別れる事を提案した祖母に祖父が凄まじい勢いで謝り最終的に土下座までして変わることを誓った。祖父が情けない。

 その後、祖母を通じて再び関係性を元に戻して家族として新たに出発したと祖父の字で書いている。

「あ、ジンが生まれたって」

 自分が生まれ日付まで来てそこには赤ん坊の頃の手形があった。

「へー…こんな小さ……」

「どうしたの?」

「…どうしてお祖父様がまだ生きているんだ?」

「……あ」

 父は祖父は自分が生まれる前に亡くなったと言っていた。何故まだ自分が生まれてからも日記は続いているのか分からない。死者がペンを持てる訳がない。

 ここから先はどういう事なのかと混乱しながらページを捲ると一枚の紙が挟まれている。そこには何とも冷たい文字“死亡届”と書かれていた。

 日付は自分が生まれる前、祖父が死んだと書いていた。

「は?はあ?どういう事だ?」

「生きてる?生きてたけど…死んだ?」

 矛盾してるだろう。

 すると、そこから続く日記は雰囲気が変わる。


 “今まで家族のしるしとして記帳していたがここからこの国の行く末を記す。

 三つある内の国の一つが沈む。残った二つの国は表向きは友好関係。しかし、いつどうなってもおかしくない。

 キリヤが滅んだ国へと支援を求める発言が国民と勝った国の逆鱗に触れる。無責任な発言として辞職を求める声が相次ぐ”

 知っている。ジュンから聞いた事だ。

 “他国からの顧客を切るように同業者から言われる。今は友好関係だが、一国を滅ぼした国へと見方が変わり、今まで通り平等にしては野蛮なあの国の人間と同じ店で買いたくないと客足が遠退くため国籍がこちらでも他国の血が入っていても駄目だとして来店を控えるように通達する。どの店でも同じらしく、何とか移住してきた人間、他国の血が混じる人間は追いやられている”

「…不穏だね」

「不穏だな…」

 “デモ活動が起きる。移住者と混血の人間が平等にするように抗議をしてきた。政府との衝突、死者が出る”

 “資源の不足、向こうの国が枯渇していると、向こうから得られる物が無ければこちらも輸出する意味が無いと輸出を止める可能性があり、そうすると軍事力はある向こうが何かするかもしれない”

「…戦争が」

 戦争が始まる。

 “シェルターの建設を息子夫婦に進める。するとキリヤは自分の今の状態だと難しいと言う。ナギさんも仕事が少なくなり難しいと首を振るが私に一つの提案がある。”

「提案?」

「お金持ちだから建設にかかるお金だしてくれたとか?」

「いや、でも不安定な情勢で百貨店の売上は落ちてるって…」

 “何の心配もない。百貨店の権利は部下に任せている。引退をして世間は私を忘れようとしているしたいしたニュースにはならないだろう。世間から隠れて私が死んだ事にすると膨大な遺産が手に入る。それでシェルターを建設する”


『何を言ってるんだ!』

『そうですよ!お義父さん!』


 “息子夫婦に怒られる。しかし老い先短い私より、未来がある若い者にこの世界の行く末を託そう。無責任かもしれないが今まで妻の事も息子の事も義理の娘の事に何もそれらしい事が出来なかった。それに妻は大賛成だった。夫の死を偽装することに何の躊躇いも無い。躊躇え”


『書類を偽装して世間的に死んだことにするわ。あなた達に遺産が全て行くように遺書を書かせる。その後は私がシェルターを建設するように頼むから安心なさい』

『お義母様。お義母様も一緒に』

『駄目よナギさん。私は世間的に死んだこの人の面倒を見るから一緒に行けない。キリヤ…あなたの手の届く範囲で構わないから守りなさい』

『……本当に…いいのか?』

『いいんだよ。世界が終わりそうになった時は皆愛してる人だけを守ろうとするもんだ』


 “そうして関係者に金を渡して私は死んだ。日付は孫が生まれる前。私の存在など気にしないようにそうしてもらった。そこから生きた亡霊として世間から隠れながら生きる事にする”


 祖父はこの日から死んだ。

 そこからこの国がどうなったか誰にも知られずに見ていたのだ。



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