血縁
四人分の昼食が並ぶ。
レアとマリィと向かい合い口に運ぶとやはり自分が焦がしたからだろうか、マリィがいつも作る料理よりも美味しくはない気がする。
「なあ。もし食べれないなら…」
「ちょっと焦げはあるけど美味いよ」
「ジン。平気だよ」
何も気になるところは無いと言ってカイはどんどん口に運ぶ。レアもたいして気にしてはないと言って食器を空けている。
「……」
「平気だって。料理なんて最初から出来る人なんて少ないしな」
「そう…か」
視線を向けたレアはいつものように怖くなどないように笑いながら答えるため、こちらも不自然に見られないようにといつもの食事のように振る舞う。マリィの作った野菜のミルクスープに口をつけるとまだ熱く驚き声を上げてしまった。
「ジン」
「ジン。冷ましなよちゃんと」
レアの言葉に被せてカイが背中に手を触れる。少し落ち着き冷静になりいつものように振る舞う事が出来た。
「……マリィ」
「何か?」
「あんまり食べてないな」
「あら?」
「マリィは少食なんだ。だからこんな細いんだよ」
半分も減っていないパスタに野菜スープ。本人も食べていない事を指摘されて何故か驚いていた。
指摘されてゆっくりパスタをフォークに巻き付けると口に運び自分達よりも長く長く咀嚼している。
「…本当に少食なんだ」
「だからいつも一人で済ませてるんだ。一緒に食べると待たせるからって」
「待つぐらいなら別に」
「マリィが嫌なんだよ」
「えぇ。他にもやる事があるのに私のせいでお待たせする事は嫌ですわ」
そう言ってマリィは野菜スープをほんの少し飲んだ。
自分達とレアの食器が空になったがマリィの食器にはまだまだあった。料理も冷めてしまっただろうと思っていると突然マリィは口元を押さえて蹲る。
「マリィ!?」
「え!大丈夫!?」
慌てて手を伸ばすとレアがマリィを抱き抱えて立ち上がる。
「すまない。ちょっと気持ち悪いみたいだ」
レアに横抱きにされたマリィの表情は見えないが口元に手をずっと当てて無言でいた。
「…やっぱり焦がしたからか?」
「いや。そうじゃない。マリィの体質だ」
この物資が少ない世界に適応したのかマリィは少量で平気な体の作りだが、本人もどこまで平気か分からず今回知らない間に容量を超えてしまったのだろうとレアは説明する。
「マリィを休ませてくる。食器はそのままでいいから」
そう言ってレアはマリィを抱き抱えて自分達の部屋へと向かった。レアの腕の中で身動き一つしないマリィに不安を覚えレアに声をかける。
「なぁ!俺、医療の知識はあるぞ!」
その声にレアは止まり振り返る。
「気持ちだけ受け取る」
ただ振り返り、その一言だけ置いて部屋へと消えていった。扉が閉まる音だけがこの空が見えるこの建物に響き渡る。
「………」
「大丈夫かな…」
「…食器、片付けよう」
「でもそのままでいいって…」
「自分達の分ぐらい構わないだろう」
「う…うん」
マリィが残した物はそのままにして空になった食器を下げて洗う。カイと二人で無言のまま汚れが取れていく食器を見つめながら洗い、水気だけが残った食器を適当に空いている所に片付けておく。
台所から出て見るが、二人はまだ戻って来てない。
「…どうする?」
「どうするって?」
「レアとマリィの所に行く?」
「行かない」
「…ジン…ちゃんと行ったら駄目だとか分かるようになったんだねえ」
「どう言うことだ」
「危ないから行くなとか言って慎重な性格に見えるけど…だけど人に対してだと考えた事そのまま言うし、気になる事に直球だもん」
「気になる事に直球なのはカイもだろう…」
「僕はちゃんと人の顔を見るもん。ジンは人の表情の変化に疎い」
「……知ってる」
「あ、怒った?」
「いや。分かってる事」
そんな自分でもあの二人の間に入る隙は無いと分かっている。マリィに無理をさせてしまった事は改めて謝る事にしようとカイと話して自分達の部屋へと向かう。部屋に置かれたままの黒と金の本を取り相変わらずカイに他の事をしようと、車を直すための行動をしようと言われるが、翻訳された言語が理解出来る感覚がなかなか面白いと言う事もあり、カイに呆れながら頭の中の翻訳される前のこの国の言葉と翻訳された後の言葉を見返しながら、世界的に有名になったサスペンス小説の恐ろしい人を殺す手法の解明まで進んだ時に、翻訳された文章の中に見覚えのある単語が出て来た事に首を傾げる。
自分はこの言葉を知らないはずなのに、どこかで見ただろうか。今まで他国の言葉に触れた事は無かったため、不思議な感覚だった。
「…ジン?」
どこだろう。
過去の記憶を巡らせて十九年、膨大な記憶の量でいちいち思い出すのは疲れてしまう。黒と金の本と睨み合っていると、その様子を見たカイが本を閉じてしまう。
「もういいでしょ?レアの所に返して来ようよ」
「レアの所に」
「そう。大体言葉が分かったらいいでしょ?」
「………あ」
「ん?」
思い出した。
レアが研究していると言っていた部屋の中にあった読めない本。開かれたままのその本に太字でその単語は書いていた。
ただ、それは世界の平和、資源を甦らせると言う行動からは程遠い物のはずだ。
(あれ、毒だ)
人を苦しめて殺す事が出来る薬物だ。
この小説の中で犯人が苦しんで死んでほしいと言う理由でその毒薬を使い人を殺している。開いていたページに偶然その単語が載っていただけなのか、髪を取り出してその毒の単語が載っていたページを思い出しながら紙に綴る。
「すごいねえ。もう別の国の言葉覚えたの?」
「いや…これ」
サスペンス小説の推理の部分に事件に使われたと思われる毒薬をいくつも提示して原因を突き止める場面がある。飛ばしながら頭の中の本と翻訳された文章を合わせながらそのページにたどり着くと、台詞の中でいくつもレアの研究している部屋に置かれた本に載っていた単語と翻訳された毒薬の名前は一致していた。
「……い、や…え?」
「…ジン?」
レアの何の研究をしているのか。
あの時研究する部屋に入る前にこの本を渡してきた。そこで読めないと確認して見せても何も理解出来ないだろうと思ったからか本をいくつも開いたままのあの研究している部屋を堂々と見せたのか。
自分は何も怪しいところなど無いと証明するかのように。
「…カイ」
「ん?」
「耳を貸せ」
何か恐ろしいものに触れてしまった気がする。小声でカイにレアの研究にあった事を伝えると表情が分かりやすく凍りつき荷物を取って出て行こうと提案する。
「…ゆっくりな」
立ち上がりなるべく音を立てないように部屋を出て、出口はこっちだとカイが案内する。小さな扉は非常口。どこでもこんな風に出れる扉があるんだなと思いノブに手をかけると。
「……?」
「何?」
「開かない」
「え?」
「嘘だろ…」
ノブは全く動かない。扉の隙間のと言う隙間に強力な接着剤でも塗り込んだのかと言うぐらいに動かず焦る。
最初からそう言うつもりなのか。
「閉じ込められた…」
空は見えているのにここから出る事が出来なくなっていた。
「え、どうしよう。どうしよ」
カイが焦り青ざめる。
「僕が着いて行かなきゃ」
「そもそも俺が気を失ったから…」
「ごめん、ごめん、どうしよう…」
「…深呼吸…」
「……」
こちらも心臓が恐ろしい程に動いている。
ただここで焦りレアが何をしてくるか予想が出来ない。人が怖い。
それは初めての感情だった。
「二人ともーー」
「……っ」
上の階からレアの声が聞こえる。カイが泣きそうな表情でこちらを見るが何も言わないように指示して答える。
「レア!マリィは平気か!」
「平気だよ!ただの腹痛!」
「分かった!悪かった!」
「謝らなくていい!…今日も何か探索か?」
下に聞こえるように上から大声で降ってきた声が少し小さくなる。
「…ガレージ見に行くんだ。マリィが平気なら後でマリィの様子を見に行っても構わないか?」
「いや。俺が診てるよ」
「…分かった」
レアの足音が遠ざかり扉が閉まる。
「……」
「…どうする」
「探索…探索しよう」
もう駄目だと思うのは早過ぎる。まだ開けられていない扉がいくつかあるのだ。そこを開けられれば何かここから出る事が出来る道具や鍵が見つかるかもしれない。
久しぶりに背中に持ったリュックの重みを感じながら地下に降りる。相変わらず冷たい雰囲気のガレージは走る事が不可能になった車がいくつもあった。地下のガレージから外に出る事が可能らしき出口があったがそこも勿論閉められて無理矢理開けようにも叶わない。
「車、残ってる車の中を見てみよう」
「だな…とりあえず見れる物から見よう」
残された車の中を覗いてみると割れたガラスが散乱しており危ない。椅子の上に車の鍵もあり開閉ボタンを押してみるがどの車も反応しなかった。割れた窓に注意しながらダッシュボードを開けてみると何も入っていない。
「ねえ。後ろの席に鞄があるよ」
「取れるか?」
「割れてるからね」
「気を付けろよ」
「うん」
後部座席に置かれたままの鞄を取りだそうとすると途中で割れた窓に引っ掛かり破けて中身が出てしまった。
「…何だ?」
「何これ?」
「分からない…」
初めて見る物だ。四角い手の平サイズの大きさのそれは手に持ってみると重量感がありどこかに繋げるようなコードが一本伸びている。
「説明してくれる紙も無い…」
「何だろうな」
「とりあえず持っておく?」
「一応な」
何のための道具なのか分からないがリュックに入れておく。他にも何か、役に立つ物がないか探してはみるが残された車はもう本当に何も残っていない。窓ガラスを割られてタイヤはパンクし原型を無くしている。
「何かさ」
「うん」
「壊され方が何か、嫌な感じ」
「嫌な…感じか」
「うん。それ以上に説明が上手く出来ないけど」
カイの言う嫌か感じとは、自分も感じてはいる。何と言うか、地上にあった瓦礫の山が積み上げられるような壊れ方、壊し方と言うよりもそれよりももっと暗い。この地下の雰囲気がそうさせているのか悲しい、暗い、人のどこか重い感情が込められているような気がする。
「…出るか?」
「…うん」
これ以上は何も見つからない。ついでにこの地下の雰囲気にあまりいたくないため地下から出ると、やけに空が眩しい。
瞬きを何度かして目が慣れるとカイと共に階段を少しずつ上がって行く。開けられていない部屋を何とかして開けたい。鍵はない。マリィに犯罪行為と言われたうまい具合に鍵穴に何か差し込んで解錠させるのか操作盤でどうにかするか。
「…あ」
「あ」
どうしたものかと思っているとレアが部屋から出てきた。思わず体が固まり階段の途中で止まる。それにすぐに気付いたレアの服は赤く染まっていた。
「……それ」
「…マリィが吐いた」
「え?」
「トマトソース…参ったよ」
笑いながらこちらに近付き赤くなった服を見せて言う。近くで見たら分かったが確かに昼食にあったトマトソースだ。
「吐いた…のか?」
「二人のせいじゃない。マリィの体質。気に病むなよ」
「……」
「大丈夫だよ」
どうにもならないからこの服は捨てるけどな。そう言ってレアは着ていた服をさっさと脱ぎ捨てて投げてしまう。下の階に向かって落ちていく赤いシミの付いた服は音もなく落ちてゴミになった。
「…洗えば使えたんじゃないか?」
「洗っても落ちない。無駄だよ」
「そこらに、捨てるなよ」
「こんな瓦礫の中でゴミが一つ増えても気にはならないよ」
「……俺は気になるよ」
「俺は気にならない」
「そうか。お互い、考えてることが違うな」
「はは」
いつもよりもずっと乾いた笑い声を残してレアは部屋へと戻る。その扉の隙間からマリィの背中が見えた。扉が閉まる一瞬、彼女が振り向き目が合った気がしたがすぐに扉に隔たれてしまう。
「……」
「早く行こう」
「うん…」
開けられない部屋の前に立ち鍵穴を眺める。自分達の持っている物で何とか差し込む事は出来ないか。ペン、太過ぎて入らず。定規、長過ぎて入らず。細く巻いた紙。強度足りず。
「さっきのコード付きの何か」
「…うーん…」
コードを差し込んでみるがぐにゃぐにゃしていて役に立たず。
「駄目だ…もう一回隅から隅まで見るか…」
「霧がないよお」
二人で扉の前に座り込みどうしたものかと考える。本がまだ残っていた部屋で出れる助言のような物や隠し扉でもないかと考えて座ったまま顔を上に向けると相変わらず青空が見える。
「空が綺麗だ…」
「本当だねえ…人の状況なんて知らずに…」
「空に文句言っても仕方ないだろう…」
「ごめんなさい…空」
扉開かない。レアは怖い。ここに閉じ込められた。何て事だ。生まれて十九年、カイは十七年。人にこんな事をされたのは初めてだし人に恐怖を感じたのも初めてだ。こんな時、どうするのか両親に助けを求めたいがもういない。二人で何とかしないと…。
「……ん?」
そこで開けない扉の横にある操作盤。
視界を低くして気付いたが操作盤の下に差し込み口がある。何を差し込むのかと思ったが今持っている四角いコード付きの何かのコードとこの操作盤の差し込み口が一致するのではないかと気付く。
「…開けばいいけどな…」
「ん?」
「物は試し」
何をするのかとカイが見つめられながら四角い何かのコードと操作盤の差し込み口を繋げる。ぴったりとはまったそれはだから何なのかと言わんばかりに静かだった。
「…本当に何だこれ…」
『……セキュリティロックシステム起動しました』
「え?」
「へ?」
何も起こらないと思って抜こうとした矢先、機械音声と共に操作盤が鈍く光り始めた。まさかの出来事が起こりカイと顔を見合わせていると操作盤が開き丸い、まるで目のような黒い球体とその下に真っ黒な画面が出てくる。
『マスターの指示のため、入室可能なのはご家族様のみとさせていただきます。登録している網膜、もしくは指紋認証でご解錠下さい』
「…何て?」
聞き慣れない言葉が並びカイは首を傾げる。
「要は…この部屋に住んでた人の家族じゃないと入れませんって…」
「無理じゃん」
「まあ…そうだよな」
家族はここじゃない場所に住んでいた。両親もシェルターに入る前はこんな高い所に住んでいなかったと思い出しながら指紋認証されると言った黒い画面の上に指を置く。
「どうにしか開けられ」
『認証完了致しました。お帰りなさいませ』
「……え?」
扉の鍵が開く音がした。
「………」
「………」
お互いに顔を見合わせながらその扉に恐る恐る手をかけると扉は開いた。カイとまた顔を合わせながらお互いに混乱したままにその部屋へと入る。部屋に入り扉が閉まると自動的に鍵がかけられてカイが焦るが中からなら出られるからと説明すると落ち着いた。
中は既に開けられた部屋よりもずっと綺麗に残っていた。閉められて誰も立ち入る事が出来なかったかためか埃がすごく窓から差し込む光りに宙に浮いた埃が光っていた。
「窓、開ける?」
「いや…タオル口許に巻いておけ。体に悪そうだからあんまり吸うなよ」
「分かった」
リュックから取り出したタオルで口許を隠しながら探索する。他の部屋と内装は変わらないため扉から真っ直ぐ進むとそこは居間らしき部屋だった。大きなソファーとテーブル。何も映し出さないモニターがそこにあり、棚にはガラスで作られた人形や綺麗な皿。火の着いていない蝋燭。そしてこの部屋に住んでいた家族だろうか、写真が二枚飾られていた。
「…どんな人だろう」
「どんな…」
三人家族だろう。静かに微笑んでいる綺麗な女性が右側に、やや厳しい顔つきの男性を真ん中にしてその男性の左隣には若いもう一人の男性がいる。
「……ねえこの人」
「だよ…な」
「パパじゃない?」
記憶よりも若い。
恐らく今の自分と変わらないぐらいの年齢の父がその写真に映っている。その写真の隣に飾られていたのは真っ黒なスーツ…だろうか。真っ黒なスーツを着た父と真っ白なドレスを着た母が写った写真がある。
「お母さんとお父さんだ…」
「…どういう事?何でパパと知らない人の写真があって…パパとママの写真がここにあるの?」
「ちょっと待てよ…もしかして…」
レアがここはお金持ちが住んでいたマンションだと説明をした。どんな人間が住んでいたか、スポーツ選手に大手企業の役人。芸術家。百貨店経営者。
病院でジュンが教えてくれたの生まれる前に無くなったお祖父様の事。
お祖父様は百貨店の経営に携わっていた責任者だと。
「…ここ俺達のお祖父様の家じゃないか?」
「へ?僕達の?」
血縁のある家族でないと招かれないこの部屋は自分達のルーツがある人の場所だった。




