解析
「あら?お早いですわね」
「…マリィ」
「何でございましょう?」
「部屋に入る時は何か合図してくれないか?」
今、着替えてる最中なんだ。
黒と金の本を受け取り怪しげな陰謀論の本を手に入れた翌日、マリィに起こされるよりも早く目が覚めて着替えていると足音も気配も無いマリィは部屋の扉を開けておはようございますと挨拶をした。
女性がいきなり男の部屋に入るのは如何なものかとあまりよろしくないのではと思っているがマリィにそう言う感情は無いのだろうか。
「朝食が出来上がりましたので、早く起こさないとと」
まったく気にしていない様子のマリィは今日は黄色いワンピースを着ている。黒と灰色に続いていきなり色が明るい。
「うーん…ここに来てからずっと食べさせてもらってるな」
「何回も言うけど悪いよ」
「旦那様と二人きりの食事よりも賑やかで楽しいですわ」
「その割には」
マリィは一人で先に食事を済ませている。
彼女曰く作りながら食べてしまったり一番起きるのが早いから出来る事は先にしてしまうらしい。
「今日のお昼は一緒に食べないか?」
「私も?」
「そう。マリィも」
「私お腹が空いて先に食べてしまいますわ」
「それじゃあ」
それなら今日は昼食を作る所から一緒にしても構わないだろうかとマリィに提案する。そうすれば作りながら食べる事も自分達が止められてうっかり先に食べる事も無いだろうと言うと、マリィは口許に手を当てて視線を逸らして考える。
「旦那様に相談しますわ」
「何で?」
わざわざそんな事を相談しないといけないのかと疑問に思うとマリィはその言葉を聞かずに部屋の外に出て朝食が並べられているであろう下の階へと足早に降りていく。
「マリィ…」
その後ろ姿を追うと彼女の黒い髪に光る物が見えた。
「あ」
「ん?」
「マリィ、ヘアアクセサリー着けてる」
「あ、本当だ…」
「着けてるな」
「着けてる、けど」
あれは正しい着け方なのだろうか。
マリィの黒髪にまるでぶら下がるようにしてキラキラと光るヘアアクセサリーは間違いなくあの宝箱の中にあったヘアアクセサリーだが、どう見ても男の自分達から見ても着け方は正しくないように見えた。ぶら下げり、しかも後頭部に着いている。
「…お洒落に疎いのかな?」
「いや…もしかするともしかすると…正しい着け方かも?」
「あんな今にも外れそうなのが?」
「俺には分からない…」
とりあえずは下に降りてそれは正しいのかと聞いてみる事にしよう。
黒髪に花のヘアアクセサリーをぶら下げているマリィは相変わらず早い足取りで下に降りてしまいそして朝食を食べ始めようとしているレアがいた。
「おはよう」
「おはよう」
「おはよ…」
「昨日やった本、どうだ?」
「いや。読めないんだよ」
「変な字だろう?」
「字に変も何も無いだろう」
自分が持っている黒と金の本について聞かれ、聞かれるも何も読めないので何も言う事がない。言えるのはせいぜい表紙が分厚くて重い本だと言う感想しかない。
率直にそう伝えるとレアはほんの少し口角を上げて笑う。
「レアは読めるんだろう?」
「読めるよ」
「内容は覚えてるか?」
「確か、推理小説か何かだよ。世界的に有名だった本」
「世界的に有名…この言語の国は有名な作家がいたんだな」
「いや。違うよ」
「違う?」
「作者はこの国の人間だ。かなり売れてそれが翻訳されて世界中に売り出された」
「何だ。そう言う事か」
「私のルーツがある国は、そんな賢い人間いなかったしな」
「レアとマリィのルーツがある国」
するとあの黒と金の本は。
「あの言語は二人の国の言語か?」
「そうだな」
「ちゃんと国の言語は今も残ってるんだな」
「たまたま残ってただけだ。争いが始まる前からその言語の本、持ってる事も駄目だった」
「持ってる事も?」
差別意識が強くなっていた頃にはもう、友好国の物でも持っているだけで嫌な顔をされるし、更にその内持っていると持ち主は反逆者なんて噂が立った。
あり得ない。あの陰謀論の内容ぐらいあり得ないと思ったが、間違いなく現実に起こったらしい。黒と金の本はこのマンションに住んでいた物好きが集めていた物ではと言うのがレアの想像だ。
もしかすると噂や差別に反抗して他国の言語を守ろうとした人間がいたのではと言いかけたが、マリィが朝食を運んで来て会話の流れが止まってしまう。彼女のぶら下がったヘアアクセサリーを指摘しないと。
「朝食どうぞ」
「あ、マリィ」
「何か?」
「髪に」
「髪に?」
「ヘアアクセサリー…その着け方であってる?」
「ヘアアクセサリー」
カイがマリィの髪に手を伸ばしてヘアアクセサリーに触れようとすると立ち上がったレアがマリィの髪からヘアアクセサリーを取り、顔の横につけ直した。
「…こうだろう」
「旦那様」
「うん。合ってると思う」
髪にぶら下がっていたヘアアクセサリーは今はきちんとマリィの黒髪を飾り立てている。
「このヘアアクセサリーは?」
「昨日見つけた」
「どこで?」
「…使ってない部屋の、ベッドの下に」
「そうか。マリィにくれたのか」
レアはマリィの髪を撫でて譲ってくれた事にお礼を言う。
「いや…俺達は使わないし」
「うん。男だしねえ」
「そんなの分からないんだよ」
朝食を食べながら話そうと、レアは過去にあった性別に関する事を話し始めた。
「男女の性別は本当に必要なのか?そんな議論があったよ。男はこうであるべき、女はこうであるべきと作り上げられた想像を…男はこうであると言う必要は無い。女はこうであると言う必要は無いと言う意見が多く出た」
「えと…」
「過去、何前年も前はもっと凄かった。男はこうであるべき女はこうであるべきと言うのが非常に強くて…結婚をして男は稼ぎ、女は家で家事、育児をすべきなんてのが当たり前だったらしい」
「それは…まあ…決めつけられるのは窮屈だな」
「そう。生まれた性別なんて本人に決められる訳がないし自分の思考と世間の押し付けで挟まれて窮屈な思いをしていた人がたくさんいただろう」
それからレアは朝食を食べながら過去のそうであるべきが段々と変わっていった旨を話す。性別によって男はこれが好き、女がこれは好きと言うものを取り払い、個人の意見を尊重するようにと世間は段々と変わっていったと言う。そのため自分達が可愛らしいヘアアクセサリーを女の物と言うのも本当にそうなのかと疑う事も必要だと話す。
「しかし中には性別とは?と言う風に疑問を思う者もいた」
「…どう言うことだ?」
「性別によって分けられる事を無くしたい。男でも女でも無いと主張する」
「それ、トイレとかどうするの?」
「ん?一時男子トイレと女子トイレの間にそう言う人向けのトイレが出来た」
「…あったのか」
ここまで見てきた中で、そんなのは一つも無かったと聞くとすぐに撤去されたらしい。
「何で?」
「いくら性別は無いって主張しても体はどっちかに傾いてる。共同のトイレに男女両方とも利用出来るから悪用が増えた」
「悪用?」
「性被害があってすぐに撤去された」
性被害?と首を傾げるとレアは眉を潜めて小声で説明をした。その内容にこちらも眉を潜めて顔が嫌悪で歪む。
「……やっぱり分ける所は分けた方がいいだろう。体を晒す場所まで共同にしたらどうなるか想像つかなかったのか?」
「それがな…その頃はそう言う運動が盛んでな。性差を無くそう。差別を無くそう…あぁ言うのを作ることで性差が無い。差別がない、素晴らしい国を周りに知らしめたかったらしい」
「呆れた」
「馬鹿みたい」
「本当にな」
話がだいぶ脱線したような気がするが朝食はすっかり空になっていた。マリィが素早く片付けてレアは彼女の手伝いをすると言って台所へと消えた。
「……」
「どうしたの?」
「いや…」
「まあ、何となく分かるけど」
「部屋行くか」
「うん」
台所にいるレアとマリィに部屋に戻る事を伝えて階段を上がり与えられた部屋に戻るとお互いに顔を見合わせる。
マリィの髪に触れようとした時のレアの行動とマリィのヘアアクセサリーの着け方について聞く暇がまったく無かった。何だか隙を与えられずに話を展開されてしまった。
「探索しないの?」
「この本が気になってな」
黒と金の本を開いていく。カイは読めない本に顔をしかめていき昨日の部屋から持って来た読める本だけを開いている。
「読めないじゃん。つまらないよ」
「不思議な言葉だよな。何が何だかさっぱりだ」
「読めないのが最初から最後まで詰まってるといーっとなるね」
「理解できない物にはストレスが溜まるからな」
そう言って昨日よりも丁寧に一ページづつ捲りながら見ていく。簡単な単語だけでも読めないかと思いながら捲っていくがその簡単な単語も読める気がしない。
やっぱり理解するのは難しいか。そうなるとこの言語を知っているのはもしかするとこの世界でレアたった一人になるのだろうかと思っていると話が一度区切られたのだろう。数字は世界共通なのでここからこの話は第二章にでも入っていくのだろう。
そこでその第二章と大きく書かれたページに小さくある挿絵。
「……ん?」
この挿絵に描かれたのは登場人物だろうか、特徴的な服装と特徴的な顔立ちは読んだ事のある本の描写に似ていた。
世界的にも流行った推理小説だと言うその本は、過去に図書館で読んだ推理小説にあった主人公の服装とその周りを取り巻く登場人物の顔立ちの描写に当てはまっている。
「…カイ」
「ん?」
「紙とペンくれるか?」
「何で?」
「大量に使う。本を一冊書き出す」
「え?何その作業」
気が遠くなりそうとカイはリュックからありったけの紙とペンを出して渡した。そこから図書館で読んだあの推理小説を書き出していく。ひたすらペンで紙を真っ黒にしながら推理小説の内容を何枚も何枚も書き出していく。骨が折れる。
「どうしたの?」
「この言語が分かるかもしれない」
「へぇ?読むの?使う人いないのに理解するの?」
「覚えておいて、損はない」
知識は力になるんだよ。
「まぁ…ジンがしたいなら」
「分からないものが解き明かされるの面白くないか?」
「興味があるものならねー」
僕はあんまりかな?とカイは退屈そうに呟いた。退屈そうではあるが自分が書いている側を離れずに見つめていた。手が疲れたと感じたら一度休み書き上げた文章と翻訳された本の内容と照らし合わせる。
「読めるの?」
「台詞だと分かりやすいな。この挨拶の台詞だとレア達の国の言語でこう書くらしい」
「どう読むんだろう」
「さぁ?」
「もし読めるようになったらどうするの?レア達に言うの?」
「……さぁ。これは俺が好奇心でやってる事だしな」
「…うん」
翻訳されるとこうであると分かりやすい部分を見つけて単語がどう書かれるのか理解していく。段々と分かっていく様がパズルのピースがはまるようにして心地良い。あの台詞の言葉は先程も出てきた。それならこの言葉はこうで、この流れで行くと恐らくこのページの台詞はあの図書館で見た本の台詞で言うとこうなるはずだ。
「陰謀論訳分かんない」
「…読んでるのか」
「あり得ないのばっかり。他国の人間は人間ではなく悪意で作られた殺人ロボだとか」
「本当に…真面目に書いたのかな」
作業を続けながら翻訳とこの国の言葉を何度も見直しながら段々と理解していく。口に出して話すのは出来ないが単語の連続になるが文章を調べること無く読めるようになるかもしれない。
「…ねえ。集中してるところ悪いけどさ」
「……うん」
「マリィと昼食作るって話したんじゃん?」
「あ…今…」
「いつもよりは早いと思うけど、下に行った方がいいんじゃない?いつも早いし」
集中して忘れるところだった。マリィに言っておきながら結局何もしてないと不満に思われるかもしれない。
黒と金の本を開いていたページ数だけ覚えておき閉じる。翻訳される前の本の写しはどうしようかと思ったが散らかしているのは良くないとリュックの底にカイがやや乱暴に積めた。
下に降りるとマリィはもう昼食の用意を始めているだろうかと、台所を覗くと彼女は昼食に使う材料だろうか。缶詰や調味料を並べている。
「マリィ」
「あらお二人とも」
「手伝うよ」
「お客様にそんな事させられませんわ」
「いいから。手伝わせてよ」
「やってみたいんだよ。料理」
「……」
マリィの金色の目が泳ぐ。
まさかまたレアに旦那様に確認するつもりだろうか。
「今朝も思ったけど、いちいち確認する必要あるか?」
「マリィはレアの確認無しじゃないと駄目なの?」
「……」
少し責め立てているような気もするが、こんな小さな事をわざわざ昼食作りに参加していないレアに確認を取る必要があるのかと疑問だ。
マリィはじっと視線を床に落としながら黙っていた。口元は何か言いたげに動いている。
「何なら俺がレアに」
「いいえ。一緒にやりますわ」
「…うん?」
「まずは手をお洗いになって?」
突然吹っ切れたようにマリィは顔を上げて笑い指示を始める。
手を洗って清潔にして、缶詰を開けて中身を取り出してほしい。取り出した中身に調味料を加えてほしい。
「どれぐらい?」
「美味しくなる量を」
「いや、グラムとかで言えば分かるが…」
「三十二グラムを」
「三十二」
「四人分ですので」
計りをカイに出してもらい正確にグラス数を計って混ぜる。カイにそんな細かくなくてもいいんじゃないかと言われるが、それで味が崩れたらどうするのか。
「カイ君はこちらを茹でて」
「わぁパスタだ」
「私はスープを作ります」
四人分の料理の匂いで台所が充満する。料理や食事と言えば保存食を温めて食器に移しそれで終わりだがここまで本格的に料理を行うのは初めてだった。火にかけた赤い缶詰の中身、トマト缶にマリィが刻んだ何を横から加える。
「何入れた?」
「ベーコンですわ」
「ベーコンあるのか?」
「こちらに」
マリィが見せてくれたのは保存食の野菜スープだった。その中身にベーコンが入っておりそれだけ抜いて入れたらしい。野菜スープが本当にただの野菜スープになってしまった。
「具材減ったな」
「まあお腹に入れば同じだしねえ」
「減っても平気ですわ。ご覧になって…」
何かここからあるのかと見ると、マリィは野菜スープに何の躊躇いもなく白い液体を入れた。透明だったスープが真っ白になり匂いも変わる。
「え?」
「マリィ!何入れたの?」
「牛乳を少々」
これで美味しいミルクスープになりましてよとどこか誇らしげにこちらを見るマリィにカイが拍手する。そのままでも良いものを何か加えるとこうも変わるものかと感心すると、ふと焦げ臭い。
「……ジン!焦げてる!」
「え?…あ!!」
「火、止めて!」
「カイ君!お鍋が!」
「え?…あぁ!」
「溢れる!カイも火を止めて!」
台所が騒がしくなった。
火にかけていたトマト缶は赤から黒に混じりカイが茹でていたパスタの麺はいつまで茹でるつもりだとお怒りのようで慌てながら火を止めると大きな音を立ててもう一人台所へとやって来る。
「…何してるんだ」
「悪い…少し料理した…」
「ちょっと焦がした…ジンが」
「………」
台所に駆け込んで来たレアはいつもと違う騒がしい状況を端から端まで見渡して顔を伏せてため息を吐いた。
「レア。ごめんな。俺がマリィを手伝おうと思ってな」
「下手くそだな。料理」
怒るだろうと言う雰囲気を纏っていたレアは顔を上げて今度は苦笑いをして呆れた声を出す。
「料理、した事無いだろう」
「…こう言うのは、無い」
「だろうな。あーあ…本当だ。焦げてる」
「そこは俺が食べるから」
「そうしてくれ」
「旦那様」
「マリィ、出来たら呼んでくれ」
「えぇ、分かりました」
マリィの肩に手を当てて騒がしい台所からレアは出ていく。残った自分達でマリィの指示を受けながら何とか料理を形にして食器に盛り付ける。
いつもよりも少し不格好な昼食が出来た。マリィ一人で作るともっと綺麗に出来ただろう。
「私、旦那様を呼んできますわ」
「それじゃあ運んでるね」
「ゆっくりでいいぞ」
レアを呼びにゆっくりでいいと言ったのにマリィは駆け足で向かう。湯気が立つ料理を運んでいるとカイと目が合い小声である事を言われた。
台所に駆け込んだレア、ほんの一瞬あの光景を見てしかめた表情。それはいい、あんなの見ればそうなるのも無理は無い。ただその後だ。
マリィの、彼女の細い肩を触れた時に服に皺がつき爪が食い込むのではと思う程に力強く握られていた事を。
やっぱりあの人怖いよ。
カイが消え入りそうな声で呟いた。




