ファッションビル
変わった形の建物があると見つけた。所々壊れてはいたが中は想像以上に綺麗に残されていた。今まで探索して来た建物とは違い、随分変わった形の置物や明かりの形の奇抜さに不思議な形の椅子がある。
テーブルもあったがそこには何やら何に使うのか分からない物があり、ふと見ると自分達の同じ人の形をした人形がいくつもある事に驚いた。
一つの建物の一つの階に空間を切り取ったような場所がいくつもありそれが何なのか分からなかった。上を行く毎に建物は更に綺麗に残っているが食べ物などは無さそうだと分かった時にあの自分達と同じ形をした人形が何とも奇抜な服を着て真っ直ぐ立っていた。
「変わった服だな…」
「どうやって着るんだろ」
「こんなヒラヒラして…歩いてるだけで引っ掛かるぞ?」
「それが良かったのかも?」
その人形がある場所へと足を踏み入れると変わった形の明かりに書いてある文字が読めない看板に、テーブルにしては高く機能性がないため、ただの棚にこれまた変わった形の服が並べられていた。
その並べられた服の横に本がある。
「…今季の流行ファッション…」
「あ、この服と同じだね」
「色とか細かい形は違うけどな」
「見てよジン、この靴すごいつま先立ちしなきゃ歩けない靴」
「ヒールで決めろ。街の視線を一人占め…」
「一人占めしてどうするの?」
「さぁ…注目されるのがいいんじゃないか?」
自分達の着ている服は動きやすさを重視している。寒さに耐えられるように雨風を通さないようにと厚い記事で作られていた。
探索以外の寝る時間などはゆったりとした服を着ているがそれもこんな目の前にあるような動きづらいわざわざ注目を集めるような服ではない。
「これ着てみようよ」
「どうやって?」
「着方はそんな複雑じゃないでしょ?頭通して腕通すだけ、触ると分かるけど…結構しっかりしてるよ」
手袋を外してカイの持つ服を触ると確かに見た目よりも生地は厚いらしい。
「でも…着てどうするんだよ」
「気分が変わる」
「持って帰らないぞ」
「持って帰らないよ。絶対動きづらいのに…」
「なら何で」
「だから今着るの」
「…分かった分かった」
服の大きさ大丈夫なのか?と思いながら上着を脱いで中のシャツも脱ぎカイが持つ服を受け取る。確かに着方はいつもの服と変わらずに頭を通して袖を通すだけだと思い着てみる。
「……入らないが?」
「…あれ?」
どうやっても途中で止まる。あの人形のように着ることが出来ず頭を通してそこから先が動かない。おかしいな、服とは着れる物でもはないのだろうかと首を傾げると、服に一枚の紙がありそこに書いてある文字を見て納得した。
「…これ女性用だ」
「え?」
「お母さんが着てた服にレディースって書いてあったろ…男と女は体が違うから男が女の服着る事は出来ないんだよ」
「あ、だからか」
そうと分かればすぐに脱いで元の場所へと戻そうとするが訳の分からない服はどう畳んでいいか分からずとりあえずそのまま棚に置く事にした。
どうやらここに置いてある服は女性の服が多いらしい、綺麗に残ってはいるがどう見ても自分達には入りそうにないほど細い服が多くあった。ただ探せば着れる服もあると分かり、頭を通し袖を通す。随分動きづらい服だと言う感想しかなかった。ボタンを全て留めると体が締め付けられるように感じて何とも窮屈だった。更にそんなところにこんな装飾はいらないだろうと思える鎖のような飾りがあった。ふと顔を上げると見える所にいてくれと言ったカイは言われた通りに見える所で探索していた。
ここを探索し始めてから楽しいのか鼻唄が聞こえる。このまま歌ってくれればこちらも気分が良くなるが、鼻唄は歌になる事なく止まりカイはこちらを振り向く。
「ジン、こっち…なにその格好!」
「着れる服があったから着てみたんだよ…でもすごい窮屈だ」
「そのままこっち来て!」
「え…もう脱ぎたいんだけど」
「こっち!来て!そのまま!」
こうなると聞かない。変に頑固なところがありカイの言う通りに窮屈な格好でカイの元に歩み寄るとカイがいた場所は目が痛くなるほどに明るい色の壁と天井で他の場所とは違う雰囲気をしている。
「ここに座って」
「何する気だ?」
「面白いの見つけたんだ。試させてよ」
「俺は実験台か…」
カイはこの場所にあったのか、これまた明るい色の柔らかい椅子を持って来て座らせると目の前に何に使うのか小さな道具を持って笑っている。
「何する気だ…」
「見て、これ。ネックレスにブレスレット、アクセサリーがたくさん!」
「あー…お父さんとお母さんがしてたな…指輪もある。指輪にしては…随分大きな飾りだな」
「あとこれ!」
「…何それ?」
三角の形をしたそれはアクセサリーのように大きな装飾が付いている。細長い何に使うのか分からないそれにもあのぬいぐるみを手に入れた場所にあった透明な石のような飾りが付いている。
「さっきの場所にもあったのと同じ本があったけど…これ頭に付けるんだって」
「何のために?」
「これでおしゃれになれるって」
「おしゃれ…」
カイが見つけた本には確かに目の前にある三角のそれと細長いそれを付けた女性の写真がある。それを付ける事でどうやら周りの人間と差を付けるらしい。
「どうやって付けるんだ…?」
「挟むんじゃない?」
「…もしかして皮膚を?」
「…何それ痛い」
改めて写真を見るが多分髪だ、髪に挟むらしい。
どうやって挟むのかと試行錯誤しているカイだがこのまま変な実験台にされるよりは諦めてくれた方がこちらとしては良いかもしれないと思っていたが、三角のそれは真ん中を押すと開き、細長いそれも指でこじ開ければ挟むことが出来るとカイが気付いてしまった。
「痛い痛い痛い…!」
「痛いの?」
「髪の毛引っ張ってる!抜ける!痛い!」
「ジン、我慢して!」
「カイも付けろよ!」
「ジンに付け終わったらね!」
こんな髪を引っ張られながらおしゃれになるのかとあの本の女性は涼しい顔をしていたが内心我慢して撮られていたのかもしれない。そう思うと健気に見えて名前も知らない写真の女性にただただ感心した。
「よし…」
「終わったか…」
「ジン、頭キラキラだよ」
「どうなってるんだ。俺の頭は」
「あっち見て、あっち」
カイに手を引かれて立つと大きな鏡がありそこに映る自分は窮屈な服を着て頭はキラキラとした装飾で何とも奇抜で奇妙な格好だった。
「…おしゃれか?」
「おしゃれ」
「おしゃれって分からないな…」
「だからこんなに服があるんだろうね」
「みんな迷いながら正解のおしゃれを探してたのか…ここで…」
この格好をおしゃれだと褒める人もかつていたかもしれない。頭は重いし体は窮屈だったがカイが楽しくなってしまったのかあちらこちらから何に使うのか分からない物を持って来ては自分で実験し始める。首にかけられたネックレスは随分長く、飾りは大きい。ハートの形のそれは自分の胸元で激しく存在を主張している。
「これさ、こんなに大きかったら武器になるね」
「振り回して悪い人に向かって投げたり?」
「おしゃれをするとと同時に身を守れる」
「…ここはおしゃれと武器を人に与えたのか」
「だって、見てよ。この小さな剣を」
カイが手に持っているのは確かに剣の形をした何かだ。子どもの頃に絵本の挿し絵にあった形その物で恐る恐る触れてみるがどうやら切れ味は無いらしい。
「これでどう戦うんだ」
「威嚇?僕には剣があるぞって」
「何なんだ。この場所は」
威嚇する道具も帰るのか。
これからの探索に何の役にも立ちそうに無い物ばかりが出て来る。元々着ていた服をリュックに無理矢理詰め込んで窮屈な服のまま探索を進めていくと壁が全てガラスの階へと着く。
「うわ…すごい」
「天井も高い。綺麗な場所だね」
外の景色が遠くまでよく見える。ガラスはひびが入っている箇所もあるが割れて外の風が吹き込んで来る事は無い。形の違うテーブルや椅子が並び枯れた植物が規則正しく並べられていた。
「服が無いな」
「この場所…何か食べる場所かも」
「食べる場所?」
「かふぇって書いてあるよ」
「ここがカフェ?」
カイの言う通り、テーブルに置かれた本のような物を見るとカフェの文字があった。あの映像を見た場所のように食べ物と飲み物の写真とそれらの値段がある。
「前に映像見た場所のコーヒーの値段…」
「え?」
「それよりもずっとお金がかかる」
「何で?物の価値って同じじゃないの?」
「何か理由があるのか?」
倍も違うその数字にここは何がそこまで高くしないといけない理由があるのかと思いながら眺める。物の価値というのは何をもってこうも変わるのかと首を傾げてみるがその理由の一つではないかと思う物をカイが見つける。
「見てよこれ!」
「…紙じゃない」
「綺麗なカップ…」
物がたくさん並べられた棚の側にあったのは紙ではない、綺麗な花の絵が描かれたカップだった。殆ど割れてしまっているが一つだけ無事に残っていたらしい。持ち手もまた、ただ持つだけが目的ではないようにフリルのよう変わった持ち手をしていた。
「こんな綺麗なカップで飲むから高いんじゃない?」
「なるほど…使ってる物で変わってくるのか…」
「それでこのカップを使って飲むとすごく美味しいと感じるかも」
「水しか入れられるものがないぞ」
「探せばあるかも」
カップは割ってしまわないように離れたテーブルに置く。ガラスの壁から差し込む光で一層綺麗に見えたが同じ仲間のカップが割れた場所にあったからか光が当たると傷や汚れがいくつか見えた。
「……」
リュックから水筒を取り出してほんの少し着ている服に含ませる。その湿った部分でカップを拭くと、汚れは無くなり傷はあるが十分美しい。
カップは飾られるだけでなく、食器としての役割も果たしてやらねばとカイと共にカフェを探索する。
何か、あのカップに相応しい。両親が真っ白なカップで真っ黒なコーヒーを飲んでいたのを思い出す。あの光景は子どもだった自分には何とも魅力的でそのカップの中身を両親の真似をして含むとあまりの苦さに口を押さえて驚いた。
それを見て両親は笑って頭を撫でてくれた。
「あ」
「え?」
「何かあった…?」
「もしかして…!」
記憶の中の両親を思い出しながら手を動かすと、四角い缶が見つかる。密封されたそれを開けると中には銀色の袋がある。
「カイ、ナイフ」
「うん」
中身を溢さないように慎重に開けるとそこには真っ黒な何かがあったが、鼻に届いたその香りは間違いなく両親が飲んでいたのコーヒーの匂いだった。
「…コーヒーだ」
「パパとママが飲んでたやつだ。苦くて…苦手だった」
「俺も…」
手袋を外して中の一粒を取る。何だか豆みたいだ。
「…あ、いや…コーヒーって豆か?」
「豆なの?それならこのまま食べられるの?」
「違う違う、粉にするんだよ」
「粉に?」
「お父さんが何かそうしてたんだよ。何かこう、こうして引いてたんだよ」
「いつやってたの?それ」
「俺が二歳になる前にやってた事だよ。カイは赤ちゃんだったから覚えてないだろ?」
「あー…地下に入る前か」
確かにこう、手を回しながら何かをしていた。このままではコーヒーを飲めないというのは分かってる。しかし粉にするための専用の道具も必要なのも分かる。ここにまだあるのだろうか、それは。
「機械使って粉にしてたんだね。ここ」
それらしい機械はあるが、それはもう動くことはなくこのまま豆のまま持ち帰ってしまおうかと諦めかけた時だった。
「……これもそう?」
「え?」
「この機械の隣にあるやつ」
コーヒーの豆を粉にする専用の機械の横、絵や人形が並べられた大きな棚の中にコーヒーの絵が掘られた小さな道具がある。
「…あ!」
「え?」
「それ、それだ!お父さんが使ってたの!」
記憶の中の父の道具と今目の前にあるその道具は瓜二つだった。この道具にコーヒーの豆を入れて手で回していた。道具を見たら過去の記憶が一気に引き出されて父の姿を思い出しながら銀の袋から豆を入れて手で回す。
「わ、粉々になっていく」
「そう…こうやって...そうだ、コーヒーを飲むにはお湯が必要だ」
「車から取って来る!」
「ここは水とか火は使えないのか?」
「試してみたけどここはもうそういうのまったく動かないみたい」
「ま、一緒に行くから待っててくれ!」
「一人で平気!」
「カイ!」
「コーヒー飲む準備してて!」
こちらが制止する声を無視してカイは走って行ってしまった。ここに来るまではそこまで階段を昇る事も無かったので真っ直ぐ行けばすぐに戻って来るだろうが、それでも一人でカイの姿が見えなくなるとほんの少し不安になる。
(寝ても覚めても一緒にいるからな)
むしろ側にいない時間の方が少ないのだ。
カイが走って行った方向を見つめるのを止めて豆を粉々にするが、これにこのままお湯を入れてもコーヒーにならない気がする。粉になりきっていないしお湯に浮いてしまうような気がする。
父の姿を思い出す。豆を粉々にして、そしてカップに直接入れていたわけではなく。確か…。
「袋…何か袋をカップに」
白い袋をカップにセットしてその上からお湯を注いでいた。その時にコーヒーの香りが辺りを漂い
不思議な飲み物が出来たと思ったのだ。
「袋…」
カフェの中を再び探索する。割れた食器に開け放たれた箱の中は食べ物の容器の空がある事から食糧棚か何かだったのだろう。コーヒーの豆も一応食べ物飲み物に分類されるがそのままでは食べられないため残されたのだろうか。
「あぁもう…動きづらい」
探索を始めると本当にこの服は窮屈で仕方ない。腕を伸ばせないしあちらこちらに引っ掛かりそうだ。カイもいないし脱いで元の服に着替えてしまおうかと思ったが、今度は脱ぎ方が分からない。
「どこかファスナーがあったと思ったけど…」
背中にそのファスナーがあったがもしかしてこれは本来人の手を借りて着る物ではなかったのか、試行錯誤しながら一人で脱げる服ではないと結論づけて脱ぐのを諦めて探索すると、記憶の中にあったあの白い袋を見つける事が出来た。
ここに粉々にした豆を入れて後はお湯を注ぐと出来上がったはずだ。そうなると後はカイが戻って来るまで待つだけだ。
「……」
どうせならテーブルを綺麗にしておこうとカップを置くテーブルの上を布か何かで拭こうと思い周囲を探索する。服など布がたくさんある建物だからか、すぐに見つかった布は穴が空いてはいるが濡らして拭くぐらいには支障の無い物だった。
水筒から水を出して濡らしてテーブルを拭いてカップを置くと先ほどよりもカップが一層美しく思える。
気分が良くなり大きな棚にある、人形や絵を拝借してテーブルに並べて見ると少し違うような気がする。絵は退かして元に戻し、人形のみ置いてカップと向き合わせる。
何だか面白い、一人で満足して笑ってしまう。
「何か遊んでる?」
「おかえり」
「テーブル綺麗になってるね。掃除したの?」
「拭いただけ」
「いいじゃん」
「ありがとう」
「この人形も?」
「面白くないか?」
「賑やかでいいと思うよ」
コンロを持ってカイが戻って来ると早速お湯を沸かしてその間にコーヒーのセットをする。父と同じくカップの縁に袋をかけて、沸かしたお湯を溢れないようにゆっくり注ぐ。
「一気に匂いがする」
「これだね、コーヒーの匂い」
「懐かしいな…真っ黒だ」
「この袋に残ったやつは?捨てる?」
「食べれないしな…」
袋に残ったコーヒーの元をそこに転がっていたゴミ箱に捨てるとあの綺麗なカップには真っ黒なコーヒーが残る。テーブルに座りまず一口含んでみると、やはり苦い。
「…どう?」
「苦い…」
「僕も」
「どうぞ」
ずっと口の中に苦味が残る。カイも一口含んで飲み込むと首を振っていた。
「苦い」
「だろ」
何回飲んでもやはり苦い。それなのに妙に落ち着く。両親の事を思い出させるからだろうか。
「ここでおしゃれして…それで疲れたらここで何か飲んだり食べたりしたのかな?」
「そうじゃないか?いっぱい服を着て疲れてそれでここで…」
「わざわざあんなお金出して着たり飲んだり、おしゃれって大変だね」
「…それでさ」
「何?」
「そのおしゃれって…人に言われたり自分で認めて完成するのかもな」
「完成?」
「自分でこれが良いって満足してもいいし、人からのおしゃれだねって言葉で完成するんだろうな」
「そんなのたくさん着たり脱いだりしないと完成しなさそう」
「だからここ、こんなにたくさん服があるんだよ」
そうして完成したら満足してここで休む。
そういう場所だったのかもしれない。
「ジンは今おしゃれというか面白いけどね」
「この格好作ったのカイも含んでるからな」
そう呆れて返す頃にはコーヒーはすっかり空になっていた。




