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高層の人

 目が覚めると知らない場所だった。

 外にいて瓦礫の山で探索しておりその足元の瓦礫が崩れて落ちていったはずだ。それなのに今体を眠らせているのは病院のようなベッドの上で天井がある部屋だった。

 頭の整理をしながらゆっくり起き上がると何回見ても場所がおかしい、知らない場所だ。部屋の内部はベッドと中身がはみ出たソファーに窓はカーテンが破れた状態でかかっている。観察していると部屋の向こうから知った足音が聞こえてきたためそちらに目を向けるとやはり予想通りの人物がいた。

「あ!」

「…カイ」

「ジン!頭痛くない?気持ち悪くない?これ指何本?」

「三本」

「良かった…」

 水の入った洗面器を持ってやって来たカイに聞く前に自分の具合を聞かれて遅れたがカイは今の状況を説明してくれた。

 瓦礫の山から落ちて気絶した自分に慌てふためいていると知らない男性から声をかけられたらしい。

「男…?」

「うん。ここに住んでる人」

「……」

「駄目だった?」

「カイから見て…どうだった?」

 どんな人間か分からないが素性も知らない人間にあっさり着いてきたのかと思うと頭が痛くなりそだがそれを言う前にどんな人間であったか尋ねる。

「パパと同じぐらいの年だと思う。大学の先生だったって」

「大学の先生…」

「生き残りがいたのが嬉しいから、ここで休んでいってくれないかって」

「ここは…どこだ?」

「あの瓦礫の山からそんな離れてない。半分ぐらいの高さになったけど元々はお金持ちとかが住む大きなビルだって」

「そうか…それで、その人は?」

「下の方にいる」

「分かった。挨拶してくる」

「でもね」

「ん?」

「ちょっと怖い」

「怖いのに何で着いてきたんだよ…」

「…ごめん」

 自分が気絶した事で混乱して判断力が鈍ってしまったのだろうか。カイ自身が怖いと言っている以上はお礼だけ言ってここから去ってしまおうと思い立ち上がる。

「なあ、銃はあるか?」

「ここ」

 服の下からカイが銃を取り出して渡す。

「…隠してたのか?」

「下手に武器見せて警戒されるよりいいかなって」

「賢明だ」

 カイに習いこちらもいつもの場所にいかにも銃がありますと言わんばかりに見せずに一見見えないように服の下に隠しておく。部屋から出ると確かに上の部分は吹き飛んでしまったのか風通しが良くなっており空が良く見える。残っている部分は螺旋状の階段が深く沈み混むように下へと続いていた。美術館のような彫刻や絵が飾られておりお金持ちが住んでいたと言う場所はこう言う物だろうか。

 螺旋階段をゆっくり降りていくと一歩一歩降りる毎に足音がやけに響く。今まで歩いて来た道と違うようで響く音に少し驚きながら降りて景色が変わっていく。

「あ」

「ん?」

 カイが声を上げると階段の降りた先に人影が見えた。あの人がここに住んでいると言う男性か、こちらから声をかける前に影は動いて自分達の前に姿を現す。

「こんにちは」

 肌の色は同じ、髪の色も真っ黒な自分よりは白い部分が目立つが変わらない。

「こんにちは…」

 ただその目は青かった。

 階段を降りきる前の少し空いた距離でも分かるその目の色はまるでここから見える空のように青く澄んでいるように見えた。

「君が…何君だっけ?」

 栗色の君がカイ君だよねと青い目の男性は言う。

「俺はジン」

「そう。ジン君」

「気絶したのを助けてもらったみたいだな。ありがとう」

「構わないよ。それより生き残りがいた事に驚いたし」

「何か礼にあげたいが…足りてない物は無いか?」

「特に無いよ。強いて言うなら人との交流」

「…難しいなそれは」

 青い目の男性はそう淡々と喋る。

 カイが怖いと言うのも納得出来た。今まで会った人のように自分達を警戒するような事が無くどこか底が知れない。読める事が出来ない感情を乗せた声でこちらに語りかける。

 言葉は優しいが、どこかなんと言うか出てくる言葉が信じ切れないようなそんな言葉と声を出してくるのだ。

「国中を見ている途中で…あまり一つの場所に長居しないようにしているんだ。助けてくれてありがとう、礼に何も出来ないのは申し訳ないが失礼させてもらう」

「えと、それじゃあ」

 頭を下げて青い目の彼の前から去ろうとすると背中を向けると目を見開く。

「…っ」

 今降りてきた階段に女性が立っている。黒髪を顔の横で切り揃えて襟のついた黒いワンピースを着ており手には匂いからして紅茶だろうか、三人分の紅茶と焼き菓子を乗せた盆を持ってこちらを見ていた。視線に自分達を捉えるとゆっくりと音を一つも立てずに盆を持って傍に歩み寄る。

「えと…」

「申し訳ない。無理に長居させるつもりは無いんだが…マリィが君達にお茶を用意してくれたんだ」

「マリィ…?」

 マリィと呼ばれた黒いワンピースの彼女も近くで見ると初めて見る目の色をしていた。金色の作り物のような黄金の目をしていた。お茶菓子が乗せられた盆をこちらに見せて無言で立っている。

「そちらをせめて召し上がってくれないか?私も本当に久しぶりのお客様で少し浮かれている」

「……」

「自己紹介が遅れて申し訳ない。私はレアと言うんだ」

 青い目の男性、レアはそう言って青い目が隠れる程に目を細めて笑った。

 普段はこの部屋で過ごしているのか招かれた部屋は家具が綺麗に残っていた。壁や窓にはひびが入っているのが分かるが気になる部分はそれぐらいで人が何人いても持ち上がらなそうなテーブルに瓦礫の山の中にあった何とも座り心地の良さそうな椅子に似た物が二脚。その椅子と同じ素材が使われているらしい大きめのソファーがある。

更に本棚には隙間無く本がありつい目を輝かせてしまう。

「こちらにどうぞ」

 部屋の観察をして立ちすくしていると聞こえたのは高く凛とした声、マリィが初めてこちらに声をかける。テーブルに持っていたお茶菓子を並べてソファーに座るように促す。

「……」

「そんなに警戒なさらないで」

 ずっと無表情だと思っていたマリィの顔が柔らかく綻ぶ。口角を綺麗に上げて目元を細めてソファーの向かいにある一脚の椅子に座る。その隣の椅子にレアも座り笑い出した。

「何だか借りてきた猫みたいだな、だけどそれでいいんだよ。警戒するのが正解だ」

「…助けてくれたのは感謝しているけど、素性が知れないんだ。そんな人間といきなり座ってお茶をしましょうとは…正直」

「なら立ったままで構わない」

「いや…そう言う事じゃないんだ」

 警戒しているのが伝わりそれを笑われた事に少し顔が赤くなりながらも話す。今までこちらから来て警戒されるのが当たり前だったためこんなにもあっさり受け入れられるのは逆に警戒してしまう。カイが怖いと言っていたのも警戒を強くさせてしまい素直にソファーに座る事が出来ない。そんな自分達を他所にしてレアとマリィはテーブルに並べたお茶菓子を口に運んで行く。

「こっちは君達に敵意が無い事は分かるよ」

「それは…そうだろうな」

 自分は気絶してその側で混乱していたカイの姿を見れば何かしてくる人間だろうと思わないだろう。

「カイ君から聞いたかい?私は元々は大学の先生だったんだ。外国語を指導していた」

「外国語?」

「見たら分かるだろう?私とマリィはこの国の純粋な人間じゃない。この国と他国の人間同士が混じった混血だ」

 この国ではまずあり得ないとされる目の色を指差してレアは続ける。

「この国と争い合った国の人間の血が入っているんだ。怖い、恐ろしい、警戒するのは仕方ない」

 だがレアとマリィはこの国をどうかしてやろうと言う思惑でこちらに来た訳ではなく、国同士の争いが始まる前からこの国に住んでいたらしい。母が他国の人間で争いが始まる前に移住しこの国の人間と結婚して生まれたらしく、国籍としてはこの国の人間だと言う。

「とは言え…なかなか大変だったけどね」

 この国の人間だと言う証拠は戸籍を見れば分かることだった。とは言えまず人は見た目で判断するものだ。この国の純粋な人間ならばまずこの目の色はあり得ないと言う世間の認識からレアは成長するに連れて周囲から迫害を受けるようになった。

「子どもの頃は大した事はなかったとはいえ、国が争いを始めたりこの国が移民を受け入れるのを拒否したりすると風当たりはどんどん強くなってね。それまで国籍はこちらなのに移民専門の学校に転校する事になった。両親も仕事を変えたよ」

 また一口紅茶を飲みレアは喋るのを止めた。立ったままのこちらを見て自分の話を聞いて何を思うのか考える時間を与えるように沈黙する時間を作る。それに従うようにして頭の中で自分達の知らない時代を生きて知らない差別を受けてきたその姿を想像する。

 人は見た目でまず判断する。自分達もまずは相手がどんな人間か見た目でまず考えて危害を加えるような武器などは持っていないか確認する。明確に危険だと分かる物は無くともこちらと何かが違うとなると距離を空けてしまう。

「想像出来ないだろう」

「…知らない時代だからな」

「そう、同じはずなのに周囲の目が変わり攻撃されるとそれはそれは悲しい」

「戸籍があるんだろう?見せても変わらなかったのか」

「変わらない。ならその目の色はおかしいだろうって笑われるだけさ」

「友達もか?」

「そうだよ」

「ねえ。そろそろお座りなさいな」

 マリイが紅茶を片手に立ったままの自分達に向かいのソファーを指を差す。カイと目を合わせてどうするか声にならない会話をしてゆっくりとソファーに座り同じ高さの目線にようやくなるとレアは再び話し始める。

「しばらくしてカラーコンタクトを着けたよ」

「カラーコンタクト?」

「そう。この国の目と同じように」

「カラーコンタクトって何だ?」

「え?」

「コンタクトは知ってるけどカラーって?何がカラーなの?」

「…知らないのか?カラーコンタクト」

コンタクトに色が着いていて目に着けると本来の目の色を隠して別の目の色に見せる事が出来る物らしい。

「そこからカラーコンタクトを着けてこの国の人間だって言いながら生活していたよ」

 母の国を思わせる目の色を隠して生活するのは大人になってから続いていた。そうレアが話す最中何度か隣に静かに座るマリイを見る。足を綺麗に揃えて座りレアの話に時折頷くようにして首を動かしゆっくり瞬きする。口元は時折口につける紅茶により濡れて光る。

「ジン君」

「ん?」

「マリィが気になる?」

「…マリィもレアと同じ境遇なのか?」

「そうだよ。マリィも同じ様に国籍はこの国だけど差別を受けて追いやられた」

「そうよ」

 マリィはまた紅茶を口につけた。レアのカップの中身と比べると殆ど中身が減っていない。

「二人はどんな関係なの?」

 カイがレアとマリィを指差して尋ねる。確かにこの二人の関係性、ヒデタカとウメノのように仲間や友人同士と言った雰囲気はしない。人間が複数いればその誰と誰がどう言った関係が出来上がっているか気になるところだ。レアのマリィと顔を合わせて答える。

「夫婦だよ」

「…夫婦?」

 父と同じぐらいに年齢を重ねたレアと自分達と大きく年の差が無さそうなマリィと夫婦関係だと言う事に驚く。その様子を見たレアは顔を伏せて髪を乱暴に鋤いて言った。

「分かってる。言いたい事分かる。でも二人とも、夫婦と言うものは様々だ」

「俺達が知っている夫婦は…両親や物語の中に登場する夫婦しか知らないがレアとマリィは何歳なんだ?」

「私は四十五歳。マリィは二十五歳」

「随分年の差があるな」

「国が争いやら何やら始めた時にね、ますます周囲の目が厳しくなって…混血や移民を集めたシェルターを作ってそこで会ったんだ」

「シェルターを…?」

「シェルターとは名前ばかりだけどね。ただの集合住宅だよ。そこで彼女と会って…両親を失った彼女の面倒を見てる内にお互い成長して惹かれ合って夫婦になった」

「…おめでとう?」

「ありがとう」

 正直な話、その通りなら既に大人のレアと幼い子どもだったマリィの姿を知っていて恋愛感情を抱くような事になるのかと思ってしまったが、世界がこうなってしまっても尚、夫婦になり共に歩む事にしたレアとマリィの姿にカイは感心していた。怖いと言っていたはずなのに笑う顔に絆されたのか真剣に話を聞いていた。

「…シェルターにいた他の人達は?生き残りは二人だけか?」

「そうだね。私達だけだ」

「何故?食糧が足りていないとか…そう言う風には見えなかった」

「外に逃げた。私達以外」

 こう言ったら伝わるかい?とレアがこちらを見つめる。

「兵器が降り注いだ日から外に出たのか?」

「大きな攻撃が止んで安心して外に出たり、もといた場所で水道が出なくなったから雨が降った事に喜んで出たりしてあっという間」

「皆…似たような死に方をするんだな」

 これまで聞いてきた話を思い出しながら目を伏せる。

 その後今まで出会ってきた人達から聞いた話と同じ様にして亡くなっていきレアとマリィはその姿を見て決して外には出ずに長い間二人でいたらしい。立って歩き見たところ何も健康に問題が無さそうなため二人は殆ど兵器の影響を受けなかったと思える。

「二人は?」

「俺達?」

「二人も見たところ…健康そうだし兵器の影響が無い所にいたんだろう?他に仲間や家族は」

「同じだ。兵器の影響を受けない場所で育って影響が無くなってから外に出てきた。家族はいたが、同じ様に亡くなってる」

「そうか…若いのに…二人きりで」

 苦労をしてきたんだなとレアは紅茶を空にしてカップを置いた。

「これからの予定は?」

「今は国中を見ている。定住…家になりそうな場所があればと思っている」

「そうかそうか…国中を…だから車も随分疲れてたんだな」

「疲れてた?」

「聞いてないのか?君達の車、今動いてないぞ」

その言葉に驚きカイを見る。

すると何とも罰の悪そうな顔で頭を下げた。

「…走れなくなったのか?」

「タイヤが…」

「タイヤが?」

「ここに案内する途中でパンクした」

「パンク!?」

 車自体が壊れてもう動かなくなってしまったと言う訳ではないが想定外の出来事が起きてしまった。パンクは知識としては知っていたが代わりになるようなタイヤも持っていないし今まで走ってきた道中でも予備として使えそうなタイヤは見た事が無い。食糧や生活に関わる日用品が積まれた家にもなる車が走らない動かないとなると困る。頭を抱えてここに来るまでの間に本当に何か代用品になるのはなかったか思い出すが…あのバスターミナルのバスしか出てこない。あれは大き過ぎる。そもそもどうやって外すんだ。そして外せたとしても合わないだろう。

「参った…足止めか」

「うん…僕も案内してもらってる時に大きな音がしてびっくりしちゃった」

「今どこに停めてあるんだ?」

「ここから少し歩いた所に」

「分かった…見てみる」

「見てどうするんだ?スペアのタイヤもないだろ?」

「……」

 最悪の場合は持てるだけ持って行き歩いて進むか。あのバスターミナルまで歩いて重たいハンドルを握る手もある。

「車…何かあれば」

「この辺りで車ねえ…」

 どうすればいい。

 出来れば長居をしたくはない。

だが今まで頼りにしていた車が走れなくなりどうしたものか。答えの出ない悩みで頭を捻らすのは本当に嫌だ。途中途中で何かなかったか、車らしき物はあったが瓦礫に埋もれているか丸焦げか押し潰されて廃車になっているばかりだ。

「ここで直せる何かを探せばいい。もしかしたらあるかもしれない」

「…二人は知らないか?」

「私達は元々ここの住人じゃないんだよ。元いた場所で食糧が尽きてどこか探していたらここに着いた」

 カイが先に説明を聞いていたここはお金持ちが住んでいた場所であり何があるか分からない。

「地下にな」

 セキュリティが今でもしっかりしており二人でも開けられない倉庫がいくつかあるらしく地下にはガレージもあるためまだ開けられていないガレージには置いていかれた高級車が残っているかもしれないと語る。

「無理矢理開ける事は出来ないか?」

「かなり頑丈だから…重機でも持ってこないと無理だな」

「そうか…」

「見てみようよ」

「そうしてみなさい。どうせ移動するための車が動かないなら大丈夫になるまでここにいればいい」

「その間、私達にお話を聞かせてくださいな。毎日退屈でしょうがないの」

 向かいに座る二人はそう言ってお互い目を合わせて笑う。中身の減らない紅茶のカップをそのままにしてカイと目を合わせる。本当に車が動かない状態なのかカイに無言で聞くと本当に本当らしく頷いた。

「…ここを自由に見ていいか?」

「どうぞ。私達はあの扉の向こうの部屋で生活してるからプライベートさえ邪魔しなければこの成金マンションを好きにしていいよ」

「成金マンション?」

「何でもないよ」

 ここで生活をする間は目が覚めた部屋を好きに使って構わないと言う事。

 開けられていない倉庫やガレージは開けられるなら開けて中身は好きにしてもいい。

 あの扉の向こうの部屋、レアが指を差した部屋は壊れていない最上階の部屋が二人の生活の場であるためそこには踏み込まない事、プライベートルームだから。

「マリィ、部屋の使い方の案内お願いしても」

「えぇ分かりました」

 マリィに案内されてあの部屋に戻ると電気と水道はまだ通っているらしく、自由に使って大丈夫。ただし使い過ぎは厳禁。

 洗濯機は稼働しているらしくどのボタンで洗うのか丁寧に説明され、部屋のボタンもどこが何の明かりかを一つ一つこれまた丁寧に説明された。

「ご質問は?」

「…今のところはない」

「マリィありがとう」

「とんでもない」

 それでは失礼します。

 マリィはまた丁寧に頭を下げて真っ直ぐな姿勢で部屋から出ていった。

 二人では少々広すぎるような部屋に残されて自分達以外の人間がいるはずなのにずっと寂しいような雰囲気が漂っていた。




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