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病院【体温】

起きているカナエの側でお酒を飲んで鬱陶しかった大人達の話をする。あの後楽しげに笑うジンを引きずるようにして部屋を離れると何故かそれに着いてきた大人達に翻弄されながら水を飲ませようと台所に向かうが何も無いのに楽しく笑い、肩を組んで陽気に歌い始めたはいいが正直下手くそなその歌は聞くに耐えなかった。

そんなおかしな状態でも医者としての意識はしっかりしておりヒデタカはジュンを支えて歩きエリカの車椅子をいつもより陽気に押してるジンの姿には少し安心した。もしこれで更に酔いが回った状態で人を支える事すら出来ない状態であればウメノを呼んで二人で引きずりながらベッドに押し込んでいただろう。

ちなみにウメノもおかしな雰囲気に顔を覗かせてその光景に絶句していた。

「それでね。皆言うんだよおめでとうおめでとうって」

「私も見たかったな」

「駄目だよ。あんな駄目な大人の見本」

「そうだよ。カナエちゃん。あれは駄目な大人の酔い方よ」

「まさかたった一杯でこうなるとは」

「そんな度数高かった?」

「そんなに高くは無かったけど…久し振りの酒で雰囲気もあってな」

ウメノに醜態をさらしたヒデタカは気まずそうにしているジュンの回診をしている。エリカも普段なら何とも無い事で笑っていたのが恥ずかしいのかいつもなら楽しくお喋りするウメノに対して物凄く素直な受け答えをしていた。

「酒が大人になってからって言う理由が…体が未熟だとアルコールに対して分解能力が無いから危険だって聞いたけど…大人でもおかしくなる時はなるんだな」

「僕絶対にお酒見つけても飲まない」

「そうしておけ」

自分の発言や行動をしっかり覚えているジンもまた酒を飲んだ自分の事を何度も思い出しているのか顔を覆っている。

「…カナエに兄と思ってくれていいとかさ」

「え?そうなの?」

「言ったな…」

「言ったよ」

カナエはベッドに寝たまま視線をジンに向ける。その視線にジンはまた更に顔を覆う。

「まあでも…嘘ではないから」

「気が早いぞ」

「そうだぞ」

ジュンやエリカがそう声をかける。

「…ジンお兄さんか」

「カナエ?」

「…ジンお兄ちゃんか?」

「カナエ?カナエ?」

「言ってみただけ」

カナエが小さくそう言って笑う。

そして息を吐いてまた眠ってしまった。

この調子だと今日もまた授業は無さそうだ。カナエと並んで受けたい事を察してくれてエリカはカナエが授業に参加出来なそうな日はそのまま授業は無しにするようになった。

ジンはもうヒデタカ先生との授業を終えてしまい授業以外に聞きたい事があれば尋ねるようにとなっている。

ここに来てもう二週間経つがすっかり馴染んでしまった。

「ヒデタカ先生。ちょっと聞きたい事があるんだが」

「分かった。先に診察室に行っててくれ」

「分かった」

いつの間にジンが先生と呼んでいるようになったヒデタカは寝ているカナエの様子をウメノと診るとすぐにジンが向かった診察室へ行ってしまった。

今日も呼吸をしている。今日も生きている。


診察室で待っているとヒデタカ先生はすぐに部屋に来た。

「はい。どうした?」

「飲んだ後で言うのもなんだが…患者に酒は大丈夫なのか?」

「あんまり量が多いと駄目だが、アルコールの分解能力がジンと同じぐらいにはなってるぐらいだ」

「大人はこのぐらいで酔わないと思ってたから…おかしいと思ったんだ」

過去にまだお酒が残っていた頃に兵器の影響を受けた患者が飲酒をして本人も酒には強かったはずなのに酔ってしまい体の内部でそう言った変化も起きていたと分かったらしい。

「だからエリカやジュンはあんな風に…」

そこで思い出した。

ヒデタカ先生も同じ様子になっていた。アルコールの分解能力がまだ追い付いていない自分と分解能力が衰えたエリカとジュンと同じ様に。

まさかと思いヒデタカ先生を見つめる。ここに来てからずっと兵器の影響が無い自分達と同じ様に行動していたヒデタカ先生がまさか。

「気付いたか?」

自分の視線を受けてヒデタカ先生がそう呟く。

「…そんな風に見えなかった」

「外に出て、兵器の影響を受けた訳ではないんだが…患者を受け入れる際に短時間だが外に出て影響を受けてたんだ」

「それ、誰が知ってるんだ?」

「ウメノだけだな」

「皆には言わないのか?」

「言わない。と言うか…兵器の症状が出る頃には恐らく今の患者はいないと思うんだ」

患者達と比べて圧倒的に兵器の影響を受けた時間は少なく今の今まで大丈夫だと思っていたが緩やかに気付かれない程度に症状はあったらしい。

「言わないでくれな。余計な心配事を増やしたくはないし」

「でも、ウメノには言ったんだな」

「彼女はこの世界がこうなって以来医者として苦労を共にした戦友だ。そんな戦友に言わなくちゃと思ってな…」

「…ウメノは?」

「ウメノは俺よりも兵器の影響は少ない。それでもいずれは症状が出るだろうな」

そうするといずれここの病院はウメノ一人になってしまうのだろうか。

いっそ気付かなければ良かったと思ってしまう真実に言葉を失った。ヒデタカ先生と診察室で向かい合ったままに俯いているとその肩に手を置かれて顔を思わず上げる。

「遅かれ早かれ人は死ぬ」

「…分かってる…分かってるけど」

今日会って明日も会えると信じて疑わない人間に死が近付いているのは信じたくはないだろう。

「後悔が無いように生きれば明日死んでも本望だ」

この世界でここまで患者を診てきた事が誇りであり何も後悔の無い人生だと言う。

「…そうは言うけど…周りが追い付かないだろう。ヒデタカ先生がいつ死んでも良いみたいな心持ちでも…周りはそれを賛成しないだろう」

「それが人生の難しいところだな」

「せめて…もう死ぬなって分かっても…踠いてくれよ」

「…そうだな」

「そうだよ」

「…先輩はそれが出来なかったから死んだんだな」

「あぁ…あの先輩」

患者の願いを聞いて死んだヒデタカ先生の先輩の医者。ヒデタカ先生が診察室のベッドの下に手を伸ばしてそこから取り出した銃はその先輩が最期に使った物らしい。軍人の患者から預かったそれは護身用に持っているらしい。

「ヒデタカ先生。それ使うなよ」

「はいはい」

「…本当に分かってるのかよ」

この銃が使われていた事を知っているはずのヒデタカ先生の返事はやけに軽いものだった。


「何か顔色悪くない?」

「本当だ。ジン君ちょっと診ようか?」

「…平気だから」

部屋に戻ると顔色が悪くなっていたらしくカイとウメノに心配せれる。ヒデタカ先生の事を知ってしまい頭の中が整理が付かないままに戻って来る事は無かった。

椅子がカナエのベッドの側にしかないためそこに座り息を吐く。

「本当に平気?」

「時間が経てば…大丈夫」

「そう…?」

カイの心配そうな声を横に眠っているカナエを見つめる。首には貝殻のネックレスがずっと飾られている。髪に絡まるからと寝る時ぐらいは外したらとウメノに言われていたがカナエはその時は我が儘になり外さないと言っていたのを覚えている。

「…カイ」

「何?」

「…カナエと仲良くな」

「うん?」

今にも消えそうな命でも抗って生きてほしい。


それからヒデタカ先生とウメノの回診に付き添うようになった。兵器の影響によってもたらす体への影響や、痛みなどは無いが今の状況に出来る事など可能な限り教えてもらう。改めて思う、残された時間の有効活用。

今ここにいる間で可能な限りの知識を身につける。実践までは出来ないと思っていたが介助の正しい方法を改めて教わる。自己流で行っていた部分もあるためその矯正にも近かった。


ジンがカナエと仲良くと思い詰めたように話す。

毎日朝が来ると彼女の呼吸を確認して生きている事を確認する。

目が覚めるように歌を歌い酔ったヒデタカが歌っていた歌を歌うとカナエが昔聞いた事があると言って驚いていた。

聞くとカナエにヒデタカが歌ったらしいがあまりに下手くそで小さかったカナエが止めてと怒ったため封印していたらしい。

その事実を知ったカナエはヒデタカに謝るが周りはその事に大笑いをしていた。

カナエも声を小さく上げて笑ってしまった。


兵器による体の影響を止める手立ては無い。

ならばせめてその最期が悲しいものにならないように今を一瞬を少しでも安らぐようにと奮闘してきた二人の医者の知識と経験を叩き込む。

ウメノにヒデタカ先生が兵器の影響を受けている事を知ったと言うとウメノは黙って頷いた。

「ジン君はそれを聞いてどう思った?」

「…何も考えられなかった」

「私はね。良かったって思ったの」

「何で?」

信じられないままにウメノを見つめる。

「この世界で五体満足に健康で…長く生きても何も得られる物は無いんじゃないかって思ったから」

「え?」

「だから短く人生を終える事がもしかしたら今の世界にとって幸せなんじゃないかと思ったの…だから良かったって」

「…それは…これからきっと長く生きる俺達にとってすごく残酷な事じゃないか?」

「うん…ごめんね」

「考えを改めてほしい」

「…うん。だから君達が来て少し変わった。先の未来に希望を持てるんじゃないかって」

毎日命を引き伸ばすような行為に時折意味はあるのかと思う事があったが、この世界に残されて残された欠片で楽しさを見出だす自分達に考えは変わったらしい。

「こうなっても人は生きて食べて…眠って楽しみを見つけて…誰かを愛する事が出来るんだって」

「そうだな…まだ、たくさんあるんだよ。そう言う事が」

「だから今は踠いて抗って生きる気持ちが強いの」

ノグチ先生にもそうしてもらうからとウメノは笑った。


カナエの眠る時間が増えてしまった。

起きている頃に何とか食事をしてもらい、また眠らないように歌ってほしい歌を聞いた。声を拾って望み通りに歌うと笑ってくれる。手を伸ばして握り締めると僅かではあるが手を握り返してくれる。

「…カイは」

「うん」

「本当に綺麗な歌…」

「ありがとう。いくらでも歌うよ」

「じゃあ…先生の歌」

「分かった。任せて」

後から聞いたがヒデタカが歌っていたのはカナエのお母さんがカナエがお腹にいた頃に歌っていたものらしく、ヒデタカがそれを聞いてカナエに聞かせてあげたが前にも言った通りに不評だったため封印した。

一曲の歌にそこまで人の思いがあったのかと込めながら歌う。恐らくカナエのお母さんのような高い女性の声ではない。ヒデタカのように下手くそに歌う事は出来ないため自分なりにカナエに向けて歌う。歌詞は分からない部分があるらしくそれらしく埋めながら歌う。

歌い終わる頃にはカナエはまた眠ってしまった。


カナエの眠る時間が多くなっている。

食事の量は減っている。体を動かせる事は殆ど無い。診察室で話し合いながら過去の患者の経過を見せてもらう。

両親の事があるため分かってはいるが、こうなってくると後はもうどうするか分からない。点滴で栄養を直接流そうにもその設備が無い。あるもので何とかするにはカナエに頑張ってもらうしかないのだ。

「それでもね…食事の量はジン君とカイ君が来る前はこんな量だったの」

「…俺達が来た後で増えたのか?」

やけに賑やかになった食事の席でカナエはほんの少しだけ元気になっていたらしい。

元々消えてかけていたそれがまだ消えないように何とか何とか引き伸ばす事が出来た。何なら今も生きている事が奇跡だと。

「治れば…そうでなくとも動けるぐらいに一瞬でもなった事事態が奇跡だったんだ」

「カナエちゃんはもう、奇跡を起こしたの」

「…もう、起きてたのか」

カナエと同じ様な状態になった患者はその後すぐに亡くなっている。そこから少しでも回復した患者はいなかった。


エリカに言われて歌を歌っているとカナエが目を覚ます。ゆっくり目を開けてこちらを見て来たため歌っていたのを止めて目を合わせると「最後まで歌って」と小さく言われた。

カナエが起きた事でウメノがご飯の用意をし始めウメノがご飯を持って来ると丁度よく歌が終わった。

「ゆーっくり…食べてね」

「うん…」

ウメノに起こされながら一口づつゆっくり食べていく。時間をかけて進めていき食器の中身が半分になったところでカナエが首を振る。

「いらない?」

「うん…」

「もうちょっと食べない?」

「いらない…」

「…そう」

「カナエ」

ウメノが持っているスプーンを譲ってもらって一匙お粥を救う。

「これだけ」

「…うーん」

「んじゃこれの半分」

「…それなら」

一匙の半分。いらないと言って首を振ったカナエに食べてもらいご飯の時間は終わった。そのままベッドに横になり、目は開けているのでそのまま眠らないように話をする。視線をカナエと同じ方向に向けるとガラスの天井が今日の天気、真っ青な空を映していた。

「青いねえ」

「青いね」

「海みたいだね」

「海…見た事あるの?」

「無い。本で読んだ」

「青い水が…どこまでも続いているって」

「すごいよね。そこから色んな生き物が生まれるって」

「…カイ」

「ん?」

「海行きたい」

「え?」

「水族館連れて行って」

「水族館?」

「うん。連れて行って」

話が聞こえていたヒデタカは驚いた。今の状態だと車椅子に乗るのも難しいためどうした事かと。ベッドごと運ぶのも考えたがそこまでの道のりが割れた道や大きな瓦礫がそのままの場合もあり容易にベッドを運べない。

「え?そしたら…」

「うーん…水族館をいっそこっちに」

「僕が運ぶ?」

「…ん?」

「僕がこう…抱っこで…?」

「…抱っこで」

子どもの頃にしてもらったようにカナエを抱えて水族館に連れて行く方が早いかもしれない。

「あー…カイ、カイ」

「駄目?」

「いや…カナエちゃんがいいならいいが…彼女と体が密着するが平気か?」

「……じゃあヒデタカやジンがする?」

「それはちょっと…」

「だから僕がやるんじゃん」

カナエ、僕が連れて行くけど大丈夫?

そう聞くとカナエは静かに頷いた。

「…おんぶか?それとも横抱き?」

「おんぶの方が安定感があるからそっちで」

「カナエちゃん両手を前に…落ちたらまずいから…」

「カナエちゃんちょっと両手縛るよ?」

周りに支えられながら背中にカナエを乗せる。前に交差した手が落ちてしまわないようにとウメノが少し手を縛る。安定したら立ち上がりカイが一歩踏み出す。

「…重くない?」

「…軽いよ」

「良かった」

「良くないよ…食べてよちゃんと」

「ふふ…そうだね」

背中で笑いながらカナエと水族館に行く。その少し後ろでジンとウメノが見守りながら自分達の様子を伺っていた。

水族館はあれから何度も代わる代わる人が訪れておりカナエは久し振りだったが壁を泳ぐ魚を見ながらゆっくり周り時折ジンにこの魚は何だったか聞いていた。

美術館も巡りすっかり忘れていた絵画の名前とその作者の名前をまたジンに教えてもらいながらゆっくりと周り水族館を泳ぎ美術館を旅した。

「死んだら…」

「ん?」

「何も残らないと思ってた」

「そんな事無いよ」

「うん…今は分かる。記憶が…証が残る」

「そうだね。誰かが覚えて語り継いでれば…形が残ればずっと残り続けるね」

「うん…」

「カナエ?」

「良かった…私もこの世界に残れるんだ」

「残るよ。ずーっとね」

「カイは長く生きるからね」

なら私もずっと

そうカナエが小さく呟いて目を閉じた。また眠ってしまったとウメノに確認してもらいそのまま部屋に戻り寝かせる。ベッドに寝かせる時にカナエの貝殻のネックレスが髪に引っ掛かりほんの少しの痛みを伴い離れた。









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