病院【成就】
カナエの側でカイが手を握ったまま眠っていた。まさか本当に一日そのままで過ごすのかと言おうとしたが、その手を離そうにも出来ず昼も夜もそのままにカイとカナエは手を握ったまま就寝した。椅子に座ったままカイはカナエのベッドに突っ伏すように眠りカナエは本当に静かに呼吸をして眠っていた。
「…カナエちゃん。このまま」
「少し食べれる量も増えてるし何とか回復を」
「今までの患者さんとは違います。今までなら…」
歩けなくなりベッドから起きられないような状態になるのあっという間に亡くなる。カナエの今の状態で今日も生きながらえているのが信じられない限りだ。医者二人の声は部屋の外で何とか奇跡を信じてもしかしたら回復がと何度と言っていた。
「…奇跡か」
「…ジン」
眠っていたカナエが目を覚ました。半分だけ目を開けてこちらを見ている。
「起きてたか?」
「今…起きた」
「そうか…何か話すか?」
「んー…そうだね」
椅子を持って来てカナエの側に座る。
「カイの事…」
「カイの何話す?」
「…カイに…好きって」
「……」
「言った方がいい?」
「…それ、カナエが本当に思ってる事か?」
わざわざカイの気持ちに合わせる必要は無いと思う。そう言うとカナエは僅かに首を振った。
「本心…だけど」
「だけど?」
「それでずーっとカイが引き摺るのやだなぁって」
「あぁ…ジュンみたいにか」
「え?」
「ジュン。俺達のお母さんに失恋したんだよ。それからずっと経ってるけど好きらしい」
「…それ知らなかった」
「だろうな」
「…カイの事は…好きだよ。カイも私の事…」
「好きだろうな」
「…でも気持ちを伝えてもさ」
「糧になるかもしれないぞ」
「…糧?」
「ジュンはそうしたらしい」
方向としては違うかもしれないがジュンは失恋した悲しみや憎しみを自分を磨き上げる力に使い仕事で成果を得たらしい。そう伝えるとカナエはそんな風な事もあるのかと感心する。
「…じゃあ言った方がいいかな」
「そもそも何で俺にそんな事言ったんだ?」
「…だって…ジンだし」
「意味が分からない」
「何か相談したくなって…年上だからかな…お兄さんだからかな」
「はいはい。お兄さんだよ。伝えるか伝えないか悩むぐらいなら…伝えておけ」
「…大丈夫かな」
「後悔したらどうする。やり直しなんて出来ないんだよ」
「人生一回だもんね…」
それじゃ頑張ってみるかなと、カナエは小さく小さく呟いて再び眠った。呼吸を確認して貰ってからずっと着けたままの貝殻のネックレスが髪に絡まないように整えながら自分も眠る事にした。
カイとカナエが手を握ったままに眠りそのまま朝を迎えると流石にいつもと違う体制で一晩過ごしたカイは体が固まっているらしく寝たのに疲れが取れていないと寝ぼけ眼で言っていた。
「当たり前だろ。ほらストレッチしろ」
「あぁ~何か凄い音が聞こえる」
「だろうね」
珍しく朝食の前に起きたカナエがヒデタカ先生に施術されて体から聞こえる音と言う音を全て出していた。その様子をカナエが見つめて笑っており昨日よりも元気な様子にウメノとヒデタカ先生は見るからに安心していた。
「ねえカイ」
「何?お腹空いた?」
「違うよ。ご飯食べたら水族館行きたい」
「え?車椅子乗れる?平気?」
「うん。今日は何か…調子が良いの」
「本当?それじゃすぐに朝ごはんの用意するね!」
カナエが昨日よりも元気な様子にカイは嬉しそうにしていた。ヒデタカ先生からの施術が終わり朝食の用意を急いで取りかかり久しぶりにここにいる全員での朝食だった。
ウメノが介助しながら本当に久しぶりにカナエは朝食を全部食べる事が出来た。心なしか顔色も良いと言って二人の医者が言っていた事が本当に実現するのではと思いながら水族館に向かうカイとカナエを見送った。
「ジン」
「ん?」
「授業は殆ど終わりだが…何か他に学びたい事とかあるか?」
「学びたい事か…」
本に記された知識はもう頭にある。後はそれを実際に活かす事が出来ればいいがそれは簡単には出来ない。他に学びたい事、学びたい事と言えば。
「精神的な…そう言う内面の力が体の回復に繋がるのは多いのか?」
「多いか…どうかはなあ…でも絶対に回復するって言う精神は治療に必要だと思う。もう自分は助からないからと諦めてしまうと一気に人は死に近付くだろう」
「治りたい。助かりたいって言うのはそう言う環境も必要だと思うが…もしその希望すら持てないような環境だと何に縋ればいいんだろう」
「それこそ…目に見えない存在か?神様とか」
「なら…この世界で何人も神様に願って気力を振り絞った人間はいたのに助からなかっただろうに」
「つまり?」
「この世界に神様なんて必要無いだろうな」
「絶対とは…言いきれないがな」
目に見えない存在に縋る気持ちも分かるし俺も神様やそんな助けてくれる存在がいるなら医者なんて必要無いだろう。
それでもそんな存在に縋る、そして生きる気力を見出だすのは生きてる人間の想像力の特権なのだろう。
「…存在は信じてないけど…もし生きる気力を与えるためにその存在が必要なら医療の知識とそう言う存在を信じさせるのも必要かなって」
「…そう言う存在信じてなさそうなのに何か考え方が変わったか?」
「カナエを見てたら…奇跡を起こしてくれる神様っているのかなって思ってな」
「…ジンもそう思うのか」
現代の医療だと説明がつかない事が起こるのが人体でそしてその奇跡はもしかしたら信じていない神様の気まぐれだとおかしな理由をつけたくもなる。
それがいつまで続くか分からないが。
「…カイ?」
水族館に行っていたカイたカナエが顔を赤くして帰って来た。
「……ただいま」
「…おかえり?」
ぎこちない動きでカナエを車椅子からベッドに戻して赤い顔のままにカナエの椅子の側に座る。
「…えと」
「カナエ」
カイの様子に昨夜のカナエとの会話を思い出し口を開いたがカイが手を出して「言うな」と目で言ってきた。なら黙っておこうと口を閉じているとカイが口を開いて何か言葉を紡ごうとしたが閉じてまた開いて閉じている。何度かそれを繰り返してようやく口を開いて言葉を出す。
「カナエと、恋人になりました」
最後の言葉は小さく消えて聞こえなかったが周囲はきちんと言葉を理解して呆気に取られた後に慌てて拍手をした。
「おめでとう!」
ウメノが大きな声で祝いエリカもおめでとうと何回も言って最終的には涙ぐんでいた。
ヒデタカ先生も口を開けて驚いていたがその後すぐに拍手をして喜んでいた。ジュンは拍手は出来なかったため小さくおめでとうと言っているのを聞き逃さなかった。
「水族館で言ったのか?」
「言ったよ。言った」
祝われて恥ずかしいらしか顔を覆いながらカイは答える。
「どっちから言った?カナエか?」
「私から」
「カナエちゃんから!?」
エリカが声を上げる。カイから気持ちを伝えると思っていたようでまさかのカナエからにまた周囲は驚いていた。
「カナエちゃんから…そうか…そうか」
ヒデタカ先生が拍手をしたままの手で小さく呟く。
「…カナエから言ったのが不思議だったか?」
「……これからの…カナエちゃんは…これから先の事を考えているような事がずっと無かったから…カイとそう言う関係になるなんて事を」
未来を考えているような子で無くなってしまったからとヒデタカ先生は言う。カイから気持ちを伝えてその気持ちに応えてやるのなら納得だが自分から踏み込むような事はしていなかったらしい。
「ジン。お前彼女作るの越されたな」
「全然構わない。嬉しいもんだよ」
ジュンがからかうように言った言葉にそう返す。僅かばかりの時間かもしれないが、それでもカイとカナエがそんな間柄になるのは純粋に嬉しい。
「だって家族が増えるって事だろ?」
「…ん?」
ジュンが怪訝な表情をする。
「?恋人になるって事はいずれ結婚するから…カナエが俺の妹になるって事じゃ…?」
「ジン。飛躍し過ぎだ」
「え?違うのか?」
いいか。恋人になるが全て結婚する結果になるとは終わらないだ。いつになくジュンに真剣な表情で説明された。恋人として接した上で人生を共に歩む伴侶としては足りないから別れる場合もあるんだぞと説明された。
自分が本で読んだのと違う。
人間同士が繋ぐ縁とは思っていた異常に複雑怪奇らしい。
「でもさ」
祝福されていたカイが思い出したように声を上げる。
「恋人って何するの?」
祝福していた大人達が止まった。
「結婚したら子ども作って家族が出来てって言うのは分かるけど…その前は?」
祝福していた大人達が集まって話し出した。途中からお前も必要な知識だと言われて話し合いに参加して恋人とは言うものを学んだ。
「…まあでも…カイにはまだ早いから」
「十七歳ですよ?知識としては知っておいても」
「プラトニックな関係にしておけ」
「清い交際で良いだろ?」
「つまり恋人って何だ?」
口づけや性行為に関しては知ってはいるがそれは今のカイとカナエには早いと結論付けて代表してウメノがカイとカナエに教える。
「二人で今の気持ちを持ち続けるのが恋人として必要な事だよ」
手を握ったりお話したりで十分だからねと、ウメノが教えてカイとカナエは納得したようだった。
後方で見ていた大人達は頭を抱えていた。
「シェルター育ち…難しい」
「まったく恋愛知識の無い恋人同士ってどうすればいいんだ」
「分からない…分からないけど大人の知識を植え付けたくもないの…」
「つまり恋人同士って何をするんだ?」
「…色々だよ」
その色々の中身を知りたいが今の苦悩する大人達に聞く事が出来ずその日、カイとカナエの記念日だと言っていつもより夕飯が多かった。カイの歌もいつもより雰囲気が違い何故か顔を赤くしてしまった。
夜が病院を包んで空になった食器は下げられる事無くそのままに大人達は楽しげに話していた。カイとカナエはウメノが見ているからと言って部屋におり、残りの大人達はカイと自分が以前使っていた寝室で騒ぎ、自分もその中に混ざりながら話半分聞いている。
「お祝いだね」
「こう言う時は…酒でもあれば良いけどな」
「酒…」
「そう。お酒。祝いの席にはお酒だよ」
「あるぞ」
「え?」
「嘘だろ」
「何でだ」
まだ十代だろと方々から言われる。空港で飛行機の中を探索した際にスパークリングワインと言うものを見つけて少し飲んだが飲みきれずに車に置いてあると言うとジュンが目を輝かせてヒデタカ先生は嬉しそうに笑いエリカは信じられない様子で見ていた。
「…持って来るか?」
「そうだよな。ジンは十代だから飲めないしな」
「わざとらしいぞジュン」
「大人として十代が口をつける前に処分しないとしな」
「嬉しそうだなヒデタカ先生」
「お酒とか…何年も飲んでないから」
「エリカも嬉しそうだな」
「…貰ってもいい?」
「いいよ。持って来る」
三人の顔があからさまに明るくなった。
明かりを持って部屋を出ると皆が寝ている部屋にカイとカナエ。ウメノがおりウメノは毎日患者の様子を記録しているらしく部屋にあるテーブルに向かっていた。カイとカナエは小さな声で話しておりその様子は不思議とそこには誰も入ってはいけないような、そんな雰囲気を醸し出していた。
気付かれないように部屋を通り過ぎて外に出る。昨日よりも低い気温が体を一気に包み足早に久留間の中から飲みかけのスパークリングワインを取り出して戻って行く。
「ジン君」
「ウメノ」
「外出てたの?それ何?」
「スパークリングワイン」
「へぇ…スパークリングワイン……あなたまだ十代でしょ?十九歳こら!」
「待てって!俺が飲むわけじゃ無くて…ヒデタカ先生達が…ウメノも飲む?」
「あー…先生達か…浮かれてるなぁ私はいらないよ」
「お祝いには酒だって…大人はそうなんだな」
「理由つけて飲みたいだけだよ。大人はねそう言うもんなの」
「ふーん…俺もそうなるのかな?」
「ならなくていいよ。大人になったら…そう言う理由無しに飲みたい時に少しだけ、飲みなさい」
摂取量誤ると毒になるからねと、ウメノは部屋に戻る。
理由をつけて飲みたい酒を両親が飲んでいるのを見た事は無かった。存在は知っていたが体にどんな作用をするのかまではあの時飛行機の中で飲んだ時以来知らない。
「持って来たぞ」
「うわ、本物だ」
「飛行機の中にあったのか?」
「それじゃあファーストクラス様の飲み物じゃない?」
「なる程な…」
「…はしゃいでるな」
「はしゃいでるように見えるか?」
「違うのか?」
「はしゃいでるかもな」
ヒデタカ先生はそう言って笑い台所からコップを取ってくる。部屋にいる人数で分けると大した量にならずコップ一杯でお仕舞いだ。
「はい。ジン」
「俺十代だぞ」
この国の法律だと二十歳でないと酒は飲めない決まりなのだと習っている。いやもう飲んでしまったがその時は好奇心が勝ったのだ。カイに怒られた事もあり今回は飲まないと思っていたが本来十九歳の飲酒を止めるはずの大人が進めてきた。
「ま、いいだろ。若いのと飲みたいんだよ」
「何で?」
「大人はな。若いのにたくさん食べたり飲んだりしてほしいんだよ」
「理屈が分からないが…」
「その内分かるよ」
それじゃ乾杯。
スパークリングワインが入ったコップを合わせる。音がなり中のスパークリングワインが揺れると三人の大人はその中身を少しづつ飲み干していく。
「ーっ久し振りのアルコール…!」
エリカが噛み締めるように言った。
「こんな味だったか…何回も飲んだのに」
ジュンが手にしたコップを溢しそうなので慌てて介助に回る。こちらも噛み締めるように少しづつ少しづつ飲んでいた。
「…キリヤも成人した息子と飲みたかっただろうな」
「…そう言ってたのか?」
「いや言ってない。でも世の親はそう言うもんだよ」
「何で?」
「子どもがそれぐらい成長してくれたって事が嬉しいんだろう」
「…へえ」
シェルターには酒類は無かったためそんな事は出来ず、ましてや未成年だったため両親と酒を飲むなんて事は考え付かなかった。
グラスに揺れるスパークリングワインを見つめながら両親が生きていれば自分が二十歳を向かえたら飲めただろうかと叶わなかった未来を考える。
「ジン。俺をお父さんと思って飲みなさい」
酒を摂取したヒデタカ先生は何故か涙を浮かべながらそう言った。本能的に面倒くさいと感じてしまった。
「ジンのお父様…お母様…ご子息は立派でございます」
「ヒデタカ先生なんか面倒くさい酔い方ね」
「一杯でこんななる?」
「弱過ぎるだろう」
普段のヒデタカ先生との違いに困惑しながらもその雰囲気に当てられて、まあ一杯だけならと思いコップを傾ける。
「……?」
向こうの部屋から何やら騒がしい声がする。うるさいと言う訳ではないがいつもの静かな病院では珍しく声が弾んでいる。
「何か盛り上がってる?」
「そんな楽しいかな?」
「まあ…おめでたいことだからね。案外周りの方が本人よりも浮かれてるものだよ」
ウメノがそう言って笑う。
そんなにカナエとの関係性が変わった事が喜ばしいのかと思い恥ずかしくなる。カナエからまさかそう気持ちを伝えられるとは思っておらず驚きと嬉しさで宙に浮いているのではないかと錯覚したが、ちゃんと足は床についていた。
それほど気持ちが通い合うと嬉しいのかと分かったのだ。
「でもちょっとうるさいかな?」
「僕言って来るよ」
「ありがとうね。カイ君」
「いいよ。カナエ寝てるし起こしたら悪いしね」
カナエの側から離れて騒がしい声がする部屋に向かうと驚いた。
「何してんの!?」
「カイくんじゃん」
「よお、色男」
「こんばんわ幸せ者」
中にいる大人は僅かに紅潮した顔にいつもと違う匂い。部屋の真ん中にあるのは見覚えのある瓶。
「…お酒飲んだの!?」
飛行機の中で見つけたスパークリングワインが空になっている。何をしているのか大人しか飲んではいけないのに。
この人達は大人だった。
いつもより大きい声にカナエとの事を声を大きく何度も祝福されてカナエが寝てるから静かにしてと何度も言ったが聞いてはくれない。
「ジン!何とか言ってよ!」
部屋の椅子に項垂れて座っているジンに声をかけるとゆっくり顔を上げてこちらを見る。その顔は飛行機の中で初めてお酒を飲んだ顔だった。
ジンも飲んだのか。
「カイ。ふふ…」
「何で人の顔見て笑うのさ…」
「嬉しいんだよ。ちゃあんとカナエとそうなれて」
「あーもう分かった分かったありがとう」
「結婚するのか?」
「あのねえ…」
「カナエに俺の事兄だと思ってくれて良いって伝えてくれな」
そう言ってけらけら笑うジンに呆れながら鬱陶しい程に祝福された。
「幸せしろよー」
「するよ。してもらってる」
「そうかそうか」
お酒を飲んだら気持ちが大きくなったり普段言わない本音が出てくるなんて事もあるらしい。それならこの時にそういう言葉が出ても可笑しくなかったのは皆がカナエの残り時間に目を背けていたからだろうか。




