病院【灯火】
ベッドを移動して三人部屋だった部屋に二人詰め込んで寝てみると初めは狭いと思っても慣れれば最初からこうだったかのように思えてくる。
三人の患者は寝てしまうと深く眠り静かな寝息が聞こえてくる。この部屋に寝てから気付いたが定期的にヒデタカ先生とウメノが寝ている間も様子を見に来ているらしい。
そうすると二人の睡眠は途切れ途切れではないかと聞くとすっかり慣れてしまったため今ではお互い起こさなくても勝手に目が覚めようになったらしい。
今夜もまたウメノが夜に部屋に静かに入り寝ている患者達の確認をして部屋を出ると目を開けてガラスの天井を見つめた。今夜は雲一つ無く星が光っておりプラネタリウムの光景と同時にステラの事を思い出す。
(今でも元気にしてるかな)
またプラネタリウムを訪れる機会があればステラはあの時のようにようこそと招き入れてくれるだろう。
「……」
昔の事を思い出しながら天井を見つめていると、ずっと過去の話。こことおなじようにガラスの天井だったシェルターを思い出す。空に光る星を見ながら両親に守られていた頃を最近一層思い出すようになった。楽しい思い出と最期の時を同時に思い出しながらベッドに潜り込み目を閉じる。
「……?」
そうしていると気配を感じてベッドから顔を出すとカイが側に立っていた。
「…どうした?」
「…ちょっと寝れなくて…」
「…そうか」
それじゃあ少し歩くか?
そう提案するとカイは静かに頷いた。他が目覚めないように静かにベッドから抜け出して扉を開ける。真夜中の病院は昼間の光が降り注ぐ明るい廊下とは真逆に今にも何か起こりそうな暗い雰囲気を端から端まで醸し出していた。
「外に行く?」
「…うん」
明かりが無いと足元が見えない。一度部屋に戻って明かりを持って来るか悩んでいると急に明るい光に照らされて驚く。
「何してるんだ?」
「ヒデタカ?」
「ヒデタカ先生か…」
「寝れないのか?」
ウメノと交代で見回りに来たヒデタカ先生が明かりを持って驚いていた。
「カイが寝れないんだって」
「うん。それでちょっと散歩」
「危ないからこれ持っていけ。予備の明かりだ」
ヒデタカ先生がポケットから小さな明かりを渡す。照らしてみるとその小ささから想像出来なかった程に明るく足元を照らしてくれていた。
「ありがとう、ちょっと借りるな」
「もう遅いから早く戻れよ」
「分かった」
そう言って明かりで足元を確認しながら病院の外に出る。外には明かりが無いため夜は何も見えなくなり出ないようにしているのでなかなか無い経験だ。
病院の外は昼間ときっと同じ景色が広がっているはずなのに何も見えず足元を照らす明かりと空に輝く星と月だけが自分達の存在を知らせていた。
「カイ」
「んー…」
「寝れないなら…何か話すか?」
「うん…」
明かりを照らしながら座れそうな場所を探し丁度良さそうな瓦礫があったためそこに腰かける。思っていた以上に冷える外に上着か毛布の一枚でも持って来れば良かったと後悔すると静かだったカイが小さな声で話し始めた。
「今…同じ部屋で寝てるでしょ?」
「カナエ達と同じ部屋な」
「何かあったらすぐに気付けると思って…それで同じ部屋にしたんだけどね」
「うん。それで?」
「…呼吸の音が聞こえるの…そうすると生きてるって安心出来るけど…その呼吸の音が小さくなっているとすごく不安になって…寝れなくなって…」
「カナエの呼吸…小さくなってるのか?」
「パパとママも同じ様になってから…死んじゃって…カナエももうすぐかと思うと部屋から飛び出しちゃった…」
そう言って塞ぎ込むカイの背中を擦りながらかける言葉を探す。
カナエの事は分かってはいるがいざそれが目の前に来ていると思うと怖くなるものだ。仲が深まれば深まる分別れが来た時に正常でいられるのか不安だろう。
「…僕、最期までカナエに泣かないで一緒にいられるかな」
「…俺は」
「ん?」
「別に無理して笑う事も無いと思うから…カナエを見て辛いなら泣いても構わないと思うが」
「……」
「一緒にいて辛くなるなら一緒にいなくても構わないと思う」
「…カナエの最期までいてほしいって…頼まれたじゃん」
「頼まれてはいるけど裏切る事も出来る…俺達はここから今すぐでも出ていける事が出来る。カイがこれ以上カナエといるのが辛いなら今すぐ車に乗ってまた何処かに行ける」
暗闇の中車がある方向に指を差してそう言う。
「カイ。ここから出て行こうか?」
そうカイに向かって言うとカイはすぐに首を振った。答えは分かりきっていた事だがわざわざこんな風に聞くようになるとは。そう思っているとカイが今度ははっきりとした口調で答えた。
「ここにいる。カナエの側にいる」
「泣くぞ?」
「我慢する」
「辛いぞ?」
「受け止める」
「出来るか?」
「出来る」
「分かった」
「でも今だけ少し泣いていい?」
「どうぞ」
そう言うとそれが合図のように両目から涙を流して膝に顔を埋めた。泣き止むのを待ちながら明かりに灯された足元を見るとカイの涙が一滴二滴と地面に吸い込まれているのが見えた。
(人が、カナエが死ぬ)
死なない人間などいない。
それは分かっているがその人間が自分達に関係する場合こうも辛くなるのだ。両親の冷たい体を思い出しながら二度と同じ人には会えないと言う喪失感。それを再び味わう事になるとは思っていなかった。
いや、これから何年も経ち自分達も年を取り別れが来る時は必ず訪れるがそれはきっと何十年も先の話だと思っているしその間に死を持っての別れがあるとは思っていなかった。
ただそれからは目を逸らし逃げる事も出来る。彼女の冷たい体を土に埋めるような光景を見ないようにする事も出来る。それでもカイが、自分も目を逸らす事無く最期の瞬間まで向き合う事を決めたのはカナエの事を好ましく思っているからだろう。
お互いのその感情は違う形だが、父と母がお互いに向けた感情と同じものを向けたカイ。
それとは違い友人としての感情を向けた自分。
そんな存在のカナエの最期を看取るのは、彼女の最期が少しでも幸福であればと願う。
(それとは別に)
泣き止んだカイの背中を擦り落ち着かせる。
(孤独に死ぬのは辛いだろう)
この世界で誰かに存在を確認されながら死ぬのは幸福な死ではないだろうか。
「…戻るか?寒くなってきたし」
「うん…戻る」
立ち上がり再び病院に戻る。
足元を気にしながら病院へと戻ると扉から光が揺れていた。近付いていき確認するとヒデタカ先生が明かりを持って待っていた。
「おかえり」
「ただいま」
「寝れそうになったか?」
「俺は平気。カイは?」
「ちょっとすっきりしたから...多分大丈夫」
「分かった」
二人で来た道を今度はヒデタカ先生が加わって三人で戻る。明かりで他の患者が起きる前に消してゆっくり音を立てないように部屋に戻りそれぞれベッドに入ると小さな声でヒデタカ先生からの「おやすみ」が聞こえた。
「おやすみ…」
聞こえるか聞こえないかそれぐらいの小さな声で返し目を閉じた。
朝日が昇ると皆が起き出して来る前に朝食の準備があるため早く起きないといけないが夜中に一度起きてしまったせいかその日は寝坊してしまいウメノに笑いながら起こされてしまった。
カイも起こそうと思ったがあまりに深く眠っているため起こす気になれずそのままカイを抜きにして朝食作りを始める。
「昨日、あれから寝られたのか?」
お湯を沸かしながらヒデタカ先生が尋ねる。
「寝れたは…寝れたか?」
「寝る場所変えたから寝られないんじゃない?」
「まあこんな大人数で寝るのは初めてだしな」
「修学旅行みたいだろ?」
「修学旅行?」
「あぁ…そうか。修学旅行って言うのは学校で行く旅行で同級生と一緒に泊まって観光したり学ぶ旅行だよ」
「へえ…学校に通ってればそんな事があるのか」
家族とは別の親交がある人達と一緒にどこかに行きながら騒ぎながら寝る時まで同じなのはそれは楽しいだろうと想像する。ミナモと眠くなるまで話していたあの日が続くようなものだろうか。
「…ねえ起こしてよ」
「あら。おはようカイ君」
「おはよう寝坊助」
「寝坊助にしたのは起こしてくれないからじゃん」
慌てて起きたのか髪は寝起きそのままに着替える事もせずにカイは不機嫌そうに立っていた。
「起こそうとしたよ。でもあんまり気持ち良さそうに寝てるからそのままにしておいた」
「仕事サボらせないでよ」
折角出来る事を与えられたのにそれを成さない事が悔しいらしく何か今から手伝おうかと見回していたがもう朝食の準備は終わってしまった。
「カイ。顔洗って来い。すぐに朝食だ」
「は~い」
「カイ君」
「ん?」
「カナエちゃん。起きてた?」
「…寝てる」
「…そっか…分かった」
顔を洗って来ると言ってそのまま台所から姿を消したカイを待たずに部屋に朝食を運ぶ。エリカとジュンは起きているがカナエはカイの言うように寝ている。ウメノが揺すってみるが起きる気配は無し。呼吸はしている事を確認したためまた朝食は起きた時にしようとカナエの分は台所に戻す事にした。カイも戻って来たためそれぞれ朝食の配膳をする。
「はい。エリカ」
「ありがとうね」
「ジュンもどうぞ」
「悪いな」
「それじゃ、いただきます」
「いただきます」
いつも通りウメノがエリカの側にヒデタカ先生がジュンの側にいて必要であれば介助をする。未だに起きないカナエの側でカイが自分の朝食を食べて時折カナエの様子を見ていた。
皆がそれぞれ朝食を食べ終えるとようやくカナエの起きて半分だけ目を開けた。
「おはようカナエ」
側にいたカイがすぐに挨拶をするとカナエは小さな声で返す。
「おはよ」
「朝ごはん持って来るね」
そう言ってカナエの側から離れて走って台所に向かおうとするとウメノから「病院では走らない」と軽く注意されて早歩きに切り替えて台所へと向かった。
「食器洗って来る」
「ありがとう。お願い」
皆が食べ終わった食器を持ってカイが向かった台所に行くと丁度カナエの食事を持って出て来たカイと会う。食事の量はここに来てからカナエの分はずっと変わっていないが食べれる量がどんどん減っていきカナエも少しでいいと何回も言うが誰も聞かない振りをした。
「何か違うのないか?」
「おまけ」
そんなカナエの食事にいつもと違う食べ物が一つある。自分達が持っていた飴だ。おまけにと言って付け加えたそれを果たして食べてくれるかどうか。
「まあ…何も食べれないよりはいいか」
「ごめんね。勝手に持っていって」
「いい。それぐらいなら好きにしろ」
「うん」
カナエの食事を持ってカイは部屋へと戻って行った。自分は空になった食器を洗いながら考える。エリカとジュンはまだ食べる事が出来る。これならまだ何年か生きる事が出来るだろう。
「……」
自分達は恐らくこれから先食糧が尽きない限りは何十年も生きる事が出来る。明日も楽しみだと言いながら明日が来るのを当然だと思いながら生きている。
しかし自分の明日が来ないかもしれない両親とカナエはどうだろう。
(看取る覚悟は出来ていたけど)
死ぬ覚悟は出来るものだろうか。
そうしているとカイの歌声が聞こえる。すっかり当たり前に歌ってくれるようになった事に驚きはしない。食器を洗い終えて部屋に戻るとカナエの側で歌うカイにその歌声に耳を傾けているであろうエリカとジュンの姿がある。
「…カイの歌い方」
「うん」
ジュンがカイの歌声をこう話す。母にそっくりだと。
「歌い方って似るものなんだな」
「カイに教えたのがお母さんだからそうなるもんじゃないのか?」
「変な話、ナギさんが男だったらこんな歌声なんだろうって思うんだ」
「その考えは…理解出来ないが。お母さんはお母さんの歌だしカイはカイの歌声でどっちも唯一無二だとは思うが」
「分かっちゃいるが…それでもナギさんと重なるんだ」
ジュンはそう言ってカイから目を逸らしベッドに沈み込む。その姿にふと思っていた事を聞く。
「…なあジュン」
「何だ?」
「お母さんの事、今でも好きなのか?」
「…好きって言ったらどうするんだ」
「叶わないのに思い続けるのは虚しくないか?」
「お前は誰かを好きになった事はあるのか?」
「恋愛や性愛ではいない」
「ならまだ言っても分からないかもな」
「…否定したいが出来なさそうだな」
「でもまあ…叶わないのに俺が未だに忘れられないのは…ある意味自分を形成する感情にもなったからな」
「失恋でジュンは成長したのか?」
「そうだよ。失恋してお前の父親、キリヤより偉くなろうと必死になって立場を追い越したんだよ」
「へえすごいな」
「…キリヤと同じ反応しやがる」
あいつも俺が立場的に自分を追い越したと思った事を言ったら眉一つ動かさずに“すごいな”と一言くれてやるだけだった。そう不満そうなジュンに対して勘違いをしているようなので答える。
「…称賛したつもりだが?」
「あいつあの時称賛してたのかよ」
恐らく父もその時純粋に努力を褒めたはずだ。
「…いっその事忘れる事も出来たかもしれないが…憎いと思ってたキリヤも…ナギさんもいなかったら今が無いんだろうな」
「不思議なものだな」
「不思議なんだよ。人の縁は」
どこで繋がってどこで結ばれてどこで千切れるか予想がつかずひたすらその時の流れに身を任せていかないといけない。それを一つでも抜かすと今が存在しない。
悲劇に繋がるのかそれとも希望に繋がるのか分からないが抗う事も出来はしない。それでもこの縁が悲劇に終わるかもしれないとしてもそれを糧にしてこれからを形成してくれればいい。
「…カイとカナエか?」
「……」
独り言のように話すジュンの言葉を漏らさずに聞いてそれが今のカイとカナエの二人に贈られる言葉のようにも聞こえ尋ねると黙って眠くないはずなのに寝たふりをし始めた。
歌が終わりカイがカナエに話をしている。
ここに来るまでの話でまだしていなかった話、人がいないのをいいことに店で好き勝手に遊んだ事。たくさんの装飾品が並ぶ建物で自分の事を散々遊んだ事。
博物館で眠り駅の電車を見つけて泊まった事。
「ねえカナエ、カナエの話も聞きたい」
「…私ここにずーっといたから何も面白い事無いよ」
「あるよ。カナエは僕よりたくさんの人に会って来たでしょう?」
「人に…」
「僕はパパとママ、ジンがいた。生まれてから十七年ずーっと同じ顔しか見てない」
「私…私は…」
「カナエがちっちゃい頃は誰がいた?」
「…私が小さい頃はね」
カナエを眠らせないためかカイが話を促す。小さな声で風が吹けば書き消されそうなその声に耳を傾ける。
小さな頃は親代わりになってくれる大人がたくさんいた。母は自分を出産した際に亡くなり代わりに母の世話になったと言う女性が親代わりになってくれた事。
優しいが大雑把な部分があり親代わりにして大丈夫かと周りが不安になっていたがカナエにとって寂しさを感じさせない明るく素敵な母だと言う。
その女性が亡くなると次はその女性の恋人だった男性が親代わりになり、女の子の親として自信がないと言ってエリカに何度もやってはいけない事や親としての心得を聞いていた。少々気が弱かったが優しい男性だった。
その男性が亡くなると次は老年の夫婦が世話をしてくれた。孫が出来たと怒られる事など一度もなく育てられていき、夫婦は一番短い間だったがカナエが生きている事を全て褒めてくれた。
「いたね」
「あの夫婦か」
「あの人ね。本当に気が弱いけど優しくて」
カナエの話を聞いていた部屋の皆も反応をする。カナエが見てきた覚えているこの病院であった多くの人達の記憶を振り返りながら。
「…たくさん」
「たくさんいたんだねえ」
「たくさんいた…私、たくさんの人に育てられたんだ」
「カナエが可愛かったんだろうね」
「そうかな…」
「そうだよ」
「カイもそう思ってる?」
「う、ん。かわいいよ」
「声変だぞ」
「うるさいよ。ジン」
「ねえカイ」
「え?」
「手握って」
カナエが殆ど動かない手をゆっくりカイに差し出す。それだけで驚いたのにカイがその手をゆっくり握ったと思ったらカナエの指が動きカイの手をしっかりと握りしめた。
「…私、カイの事も覚えてるから」
「…うん」
「カイも私を覚えてて」
二人は手を握りながらその日を過ごした。
カナエが途切れながら過去の話をして、それから自分達がこの病院に来た頃の話をしながら一日を過ごしていた。
カナエが手を動かした事にウメノとヒデタカはこれから回復するのではないかと奇跡を信じていた。エリカとジュンはまだカナエはカイといれば生きる事は出来るのではと感じていた。
(何だか俺には)
それでも自分には。
(走馬灯を口にしているみたいだ)
残酷な事を思っていた。




