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病院【残り時間】

夕飯を終えて病院の与えられた部屋でカイと過ごしながらウメノに言われた事を伝える。

「分かった」

「こんな長く、どこかに滞在するの初めてだな」

「そうだね」

「ミナモとムギの所にもこんないなかったし」

「図書館でもそうだよね」

まだここにしばらく、カナエの最期を看取るために滞在する事にしたと告げるとカイは特に驚く事無く頷いた。滞在する期間がどれぐらいなのか、両親はほぼ動けないような状態になってから短い期間で弱っていき亡くなった。カナエも今はほぼベッドから動けない状態で短い時間ではあるが車椅子に乗れる。食が細くなっておりほんの僅かな量でも食べるのがやっと。

「ジュンもかな?」

「いや、食事の量や普段の動ける時間の多さはジュンの方が多いからまだ平気だろう」

ウメノ曰く、カナエの母親が兵器の影響を強く受けており胎児であったカナエはジュンよりも濃く兵器の影響を受けているらしい。

「そっか…そっか…カナエが先が」

「悲しい?」

「うん。出来れば死んじゃうの見たくない」

「じゃあここから出るか?」

「それも嫌だ。まだ一緒にいたい」

「辛いけど一緒にいる方を選ぶか?」

「うん」

「分かった」

そうとなれば明日きちんとウメノに伝えておこう。ウメノに伝えておけばヒデタカの耳にも入るとは思うが一応自分の口でヒデタカにも伝えておこう。そう明日に明日にと思いながらとりあえず今日は寝てしまおうとベッドに横になる。

「ねえジン」

「ん?」

「僕達は寝れば当たり前に朝が来ると思うよね」

「そうだな」

「でもそれが当たり前じゃないって人は寝るのが怖くないかな?」

「そのまま目覚めないかも…確かにそれは嫌かもな」

「パパとママも怖かったかな…」

「かもな…だからなるべく隣にはいたけど」

「…そっか」

「え?」

「分かった。おやすみ」

「何が分かった?…おやすみ」

何か納得したような様子でカイは寝入ってしまった。こちらは何か納得出来ないまま眠ると翌日カイが分かったと言った事を実行に移していた。

「ここで寝たら駄目?」

「駄目って言うか…ベッド持って来れる?」

「ジンと協力してやるから」

「カイ。この部屋ベッドで狭くなるぞ」

カナエ達が寝ている部屋にベッドを持ち込みここで一緒に寝たいと言い出したのだ。話を持ち出されたウメノは困ったように考えており側で聞いていたエリカは「いいじゃない」と面白く笑っていた。

「驚かないか?カナエが」

「嫌ならすぐに戻すから」

周囲がこうもうるさくしているのにカナエは今日はまだ起きていない。呼吸をしている事は確認したため生きてはいるが未だに目覚めず他が朝食を終えたにも関わらずカナエの分だけ残っていた。

「…ま、いっか。いいですよね?先生」

「端の方に置きな。ただあんまり騒ぐようだとすぐに戻すからな」

「分かった!ありがとう!」

「早く運びな。カイはそっちでジンはこっちな」

「俺も?」

「僕もそうするからジンもでしょ?」

「別に俺はいいのに」

「ジンもだよ」

「分かった分かった…」

そうと決まればすぐに行動のカイは早速与えられた部屋からベッドを持って皆がいる部屋に移動させた。言われた通りに部屋の端にそれぞれベッドを置いて寝床の移動を完了する。重いと思っていたが使用していたベッドは軽く二人で抱えて楽に移動する事が出来た。

「にしても…カナエちゃんまだ起きないか」

「朝食そろそろ食べないと…カナエちゃん」

ウメノが揺らしてカナエを起こそうとするが未だに眠っており少し身動ぎしただけでまた眠ってしまった。両親と同じだ。普通に眠っているように見えるが起きる気配が無く日に日に眠る時間が長くなる。

「カナエ」

ヒデタカとウメノが起こしても起きないカナエにカイが声をかける。やはり反応は無いがカイは息を吸うとカナエの側で静かに歌い出した。

「目覚めの音楽か?」

ジュンがカイの歌にそう反応すると起きる気配が無かったカナエが閉じていた目を開きカイと目が合う。

「おはよ」

「…おはよ」

「起きたねえ」

「何か聞こえたから…」

「起きて良かった。ご飯食べよ?」

「うん…」

カイの歌で起きた事にヒデタカとウメノは少し驚いていたがすぐにカナエの朝食を運ぶ。ウメノに介助されながらゆっくり食べて少し残してはいるが十分であった。

「カナエちゃん。カイ君、授業する?」

「する」

「んー…少ししんどい」

「分かった。じゃあ僕だけやるよ」

カナエは見ててよと言ってエリカの授業はカイだけが受ける事になった。カナエはベッドに横になったままにエリカの授業を受けるカイを見ていた。時折読めない部分や分からない箇所をカナエに尋ねており結局のところカナエも授業を参加しているような光景であった。

「ジン。俺達も授業するぞ」

「分かった。よろしく」

カイ達の授業を見ているとヒデタカに呼ばれてこちらも授業を開始する。人体の構造や病気の種類。怪我や病気にかかった際の対応のやり方は教わったが習えば習う程に新たな病や治療方法が出てくる。

「治療方法って…無限にあると思うぞ」

「無限に?」

「投薬や手術やらで治す他に前に話した精神的な治療には愛情なんて…他にも動物や音楽療法なんかもある」

「どういう事だ?」

「動物と触れ合う事でストレスの軽減をしたり、音楽での治療も同様だ」

「実績はあるのか?」

「あるはある。だからこう言う治療方法もあるって教えられるんだ」

「色々考えるもんだな」

「カイの歌はそう言う治療が出来るかもな」

「カイの歌が?」

「…出来たらいいなって話だよ」

昨日歌った事で耐性がついたのか、カイは自分以外の前でも躊躇無く歌えるようになった。恥ずかしがりなかなか歌ってくれなかったのが嘘のようだ。

「人って」

「ん?」

「色んな方法で治るんだな」

「そうだな。過去に不治の病とされた病も治せるようになった。投薬だけじゃなくて様々な方法で治った奇跡もある」

「その奇跡って今度はいつ起こるかな」

「…なるべく近くで起きればいいな」

カナエに死んでほしくはないが、その最期が近付いてるのも分かっている。奇跡は簡単には起こらないがそれでも過去にあり得ないとされた出来事が数々起こっているのだ。それなら今ここで再び起きても良いだろう。

それぐらい望む事はヒデタカにだって許されるだろう。

「あ、また歌ってるな…授業終わったのか」

「本当だな」

カイの歌声はそれからよく病院内で聞こえるようになった。カイが自発的に歌うと言うよりはウメノやエリカ、カナエから歌ってほしいと要望を受けて歌っていた。ごく稀にジュンも歌ってほしいとカイに伝えていた。何を歌うかその時のカイの気分によって様々ではあったが歌い終わると必ず拍手や称賛の言葉を与えてくれるのがカイには毎回照れ臭いと言っていた。

「何回も歌えば慣れるだろ?」

「それでも照れるよ」

洗濯物を干しながらカイとそう話す。皆がカイの歌を気に入ってくれたのはありがたいが一日に何度も歌い疲れないかと聞くと首を振る。

「求められるなら聞かせてあげたいもん」

そう言ってカイはまた歌っていた。

「それにカナエが聞いてくれるから」

不思議な事に眠る時間が増えていき授業を受ける事が難しくなっていたカナエはカイが歌い始めると閉じていた目を開けてカイを見つける事が出来るのだ。歌い終わった後もしばらく起きる事が出来て調子が良ければ水族館や美術館に行く事も出来る。

その首には貝殻のネックレスが光っていた。


病院に来てから十日か経った頃。厚い医学書を全て読み終えた。人体の治療に関しては分かったが実践出来るかどうかはこればかりは経験してみないと分からない。

「…ジンは本当にすごいな」

「いや、書いてない部分はヒデタカが教えてくれたからな」

「それでもだよ。思っていた以上にすごいな」

「…すごいんだな。俺」

「すごいよ」

「…それはそうと…」

「ん?」

医療に関しては学ぶ事が出来たが未だに分からない治療がある。

それは兵器によって影響を受けた人の治療方法だ。

「…ん」

ヒデタカにそれを聞くと診察室を出てウメノを呼んで二人で説明を始める。

「ここに残ってる設備でありとあらゆる治療方法は試した」

「投薬やリハビリ、食べる事が出来ない場合胃に直接繋いで栄養を取ってもらったり」

他にも臓器移植を試した医者もいるが患者の体力が持たずに亡くなり生き残っていた医師で可能な限り治療を行ったが助かった例は未だに無い。

残ったヒデタカとウメノは病院に残されている設備ももう殆ど動かなくなってしまったために出来る事は彼等の生活を介助して少しでも長く生きれるようにリハビリをする事しか出来ないと言う。

「…そうだよな」

「頭ははっきりしてるんだよな…それなのに体の機能がどんどん失われていくんだよ」

「そうなるような兵器を先にこの国に振り撒いた国は何でこんな悪意の塊みたいなのを作ったんだろうな」

「自国を守りたかったから、それしか無いとは思うが」

「それでもこの国に、何も知らない赤ん坊や子どもがいる事を分かってたのに何でこんな非道な事をするんだろう」

「非道にならないと、そうしないと自分達が生きられない。極限に達した人間の思考回路は殺される不安が無い人間からすると理解が追い付かないものだよ」

「…だから、この国も同じ兵器を作った」

「そう。結局のところどちらの国も生き残りたかったからこんな事をした」

人体を知り尽くした医者の彼等もまだ治療方法は無いと言う限りこの世界から緩やかに人間の存在は失われていくのだろう。

「…奇跡は」

奇跡は起こらないだろうか。

そう何度も口にした言葉は拾われる事無く消えていった。静まり返った診察室にカイの歌声が聞こえてカナエが起きたのかと気付く。ウメノがカナエに少しでも食べてもらおうと用意した食べ物がまだあるはずだっと言い部屋にいるカナエにそれを運ぶため診察室から出ていく。

ヒデタカと授業と同じ様に二人きりになった時にふと思い出す。

「なあヒデタカ」

「ん?」

「兵器の影響以外に爆撃とかの攻撃でここにいた患者もいたはずだよな?」

「いたな」

「兵器の影響以外に入院してた患者は助からなかったのか?」

「トリアージを行って優先された患者は助けたが…それがどうしかしたか?」

「その人達はどこに行った?」

ここに来た当初に聞いたトリアージの話。それが行われていた頃はまだ兵器はまだ使われておらず爆撃などで外傷を負った人がいるはずだ。その人達を助けているならまだ外に何人かは生き残りがいるはずだ。

「あー…歩けるぐらいに助かった人はいるが、家族の元に帰るとかで出て行ったりで、それも止める事もしなかったからな…外傷負って治療して安心して外に出て兵器の影響を受けて…」

「全員が全員そうか?」 

「いや…中には命は助かったが障がいが残った患者がいた。目が見えなくなったり手や足が無くなったり」

「その人達は?」

「…命は助かった…けど」

「けど?」

「命は助かったけど希望は持てない。そう言って自死を選ぶ人がいた」

「え?」

「俺の先輩ですごく責任感が強い医者がいて…責任感が強くて優しくてな…その人がある日患者に安楽死を頼まれたんだ」

「安楽死…助かったのに?」

「助かったのに、希望は持てなかったんだ。国が機能していた頃なら発展した医療で障がいがあろうとも日常生活を送る事が出来たけど国がこうなると難しいんだ」

「それで…生きれないって」

「そう。でも安楽死出来る設備なんて無い。だから先輩はな」

患者の中に軍関係の患者がいた。彼は手足を吹き飛ばされて動ける状態に無かったため彼の持っていた装備を一時的に預かっていた。その中に銃があったのだ。ヒデタカが自分と初めて会った頃に手にしていたのがそれらしい。

「…使ってない部屋から銃声がして、そしたらそこで安楽死を希望してた患者と先輩が倒れてた」

「…死んでたのか?」

それにヒデタカは無言で頷く。

曰くこの頃が一番の地獄だったらしい。患者は減らずあちらこちらから助けを求める声がして看護師も医者も足りずにおり、外は兵器の影響で倒れた人々がいる。助けた患者は生きる希望が無いと言って自ら死を選ぶ人も少なくない。

段々と人が減り、静かになった今の病院にはそれまでに多くの命が消えていった結果なのだ。

「俺も何回死んでやろうかと」

「止めて」

「辛いぞ?助けたのに死んだり助けたいのに死んでいくの。嫌になる」

「止めて、止めて。そう言う事言うな」

「…冗談だよ」

「冗談でも言うな」

「…そうだな」

そう言って部屋の患者達の様子を見ると言ってヒデタカは診察室から出て行こうとした。この病院がどれだけ凄惨な光景を目の当たりにしたか自分には考えられない。いくらヒデタカから聞いても結局のところそこから離れて生きていた事はまるでこの国が恐ろしい事態になっても目を逸らしていたかのようにも思えてしまう。

両親が必死に守ってくれた事実をそう言ってしまうのは違う気もするが、改めて思う。

自分は無知なのだと。

「……」

診察室から出たヒデタカを追って彼の背中に向かって言う。

「ヒデタカ」

「ん?」

「ヒデタカ、先生」

ずっと呼び捨てにしていたヒデタカに敬意を持って呼ぼう。

「…どうした?」

「今日からヒデタカ先生って呼ぶ…」

「今更じゃないか?」

「いいだろう…別に」

「…はは…先生か…」

「…駄目か?」

「いや…ジン。顔真っ赤だぞ」

「…うるさいな!今更呼び方変えるの恥ずかしいんだよ!」

「先生だけど敬語使わないんだな」

「いいだろ!別に!」

先生呼びが今の自分には精一杯なのだ。

そうして赤くなった事を指摘されながらヒデタカ先生に着いて部屋へと戻る。


部屋ではカイが寝ているカナエに本を読んでいた。カナエは半分目が閉じているがカイの方に視線を向けて読み上げられる本に耳を傾けているようだった。途中で難しい字があるのかエリカに視線を向けて教えてもらいまた続きを読んでいた。すると部屋に自分が戻って来た事に気付いたエリカが声をかける。

「ジン君。授業お疲れ、何か飲む?」

「いや。喉乾いてないからいい」

「分かった。そしたら…水族館見たいから車椅子押してもらっても?」

「分かった。ちょっと待っててくれ」

「俺もいいか?」

「ジュンも?」

「そしたらハイザキさんは俺が車椅子押しますよ。ジンはエリカさんを頼む」

「私は部屋にいますよ。何かあったら呼びますね」

ウメノがそう言って手を振る。

部屋にウメノとカイ、カナエの三人を残して水族館と美術館に移動する。水中を泳いでる様子が伝わるようにと置いていた水の容器を新しく取り替えないといけないが未だに透明感を保っている様子を見ると“まだ大丈夫”と思ってしまう。

ウメノが水族館の絵の魚を見つめながら息を吐く。

「ジン君」

「ん?」

「ありがとうね」

「どうした急に?」

「色々してくれて、ありがとうね」

「別に、好きでやった事で…自分で決めたんだ。お礼を言ってもらおうと思ってやった事じゃない」

「それでも…君達が来てくれて病院の中で終わると思ってた事が色付いた」

「色付いた?」

「うん。まだ外に人が残っている事や二人が見て来た事を知れた事。ここに水族館と美術館を作ってくれた事」

「それが…色付いたって事か?」

「表現としては適切ではないかもしれないけどね。それでもこの言葉が合ってるかなって…ずっと同じ光景だったのが明るく変わり始めた」

「そんな…そんな大きな事をした訳じゃないが」

「したんだよ。ジンとカイは」

美術館の絵を見つめていたジュンがそう言う。

自分にとってはそんな大きな事ではない。自分達のためにここに立ち寄り仕事の代わりに知識を得ようとした。損得の無い交換条件だ。

水族館や美術館はカイの突拍子の無い提案だったがそこまで思われているとは思わなかったのだ。

「あなた達と会えて良かったと思ってる。叶う事ならずっといてほしい」

「…嬉しい申し出だけど」

「分かってる。引き留めない」

「ジン」

「何?ヒデタカ先生」

「お前ヒデタカ先生って呼ぶようにしたの?」

ジュンが目を丸くして驚いていた。今まで呼び捨てにしていた分余計に驚いただろう。

「もしここを出て新たな居住地が見つかってもこの病院の事を思い出してくれ。それかもし」

「もし?」

「新たな居住地が見つからないようならここに戻って来い。いつでも俺達はジンとカイを歓迎する」

そう言ってヒデタカは自分の手を取りしっかりと握った。父と同じぐらいの手の大きさに包まれてそこで久しぶりに自分はまだ十代で、大人の彼等からすれば守るべき存在なのだと思わされた。

「ーありがとう」

二人きりになったと思った世界はまだまだ孤独ではないらしい。











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