シェルター【覚悟】
シェルターの外には大きな車が停められていた。両親が外に出る際に利用していた車であるらしくこれからは自分達の移動手段であり家になるらしい。
「家に?」
「車中泊、後ろのシートを倒すと寝れるようになるんだ。ジンとカイはそこまで大きい訳じゃないから寝れるだろう」
「これから伸びるかもしれないぞ?」
「そしたら窮屈に寝るんだな」
外の世界がこうなる前は食糧や体を発達させる物はたくさんあったらしい。シェルターにも食糧はあったが自分達の体を十分に発達させるためには足りなかったかもしれないと未だに背を越せない父は言った。
カイと共に初めて車の中に入ると確かに広く、既に倒されたシートはベッドのようになっている。試しに寝てみると距離は近いが二人で眠るのは十分だった。
「太陽光で動かす事も出来るが燃料で動かす方が天候に左右されずに動かせる」
「燃料…どこにあるの?」
「車の燃料補給は思っていた以上に残ってる。外に出る事が出来なかったから…補給も出来なかったんだろうな」
運転席に座り父が指し示す方向を見るとこの車の残りの燃料がどれぐらいあるか分かるようになっていた。そこからこの部分は速度を示す、ここの部分はランプが付く。順に車の動かし方を教えてくれる。そして運転席に座りカイはまずは隣の助手席に座る。
「運転席に座って…言われた通りにエンジンかけてみろ」
「…いきなり走り出したりしないか?」
「大丈夫だ。やってみろ」
言われた通りに操作をすると車が起きたかのように音を立てて車内のあらゆる明かりが付く。
「お、おお…これがエンジン」
「車の音ってこんな感じなんだね」
「ジン。ゆっくりでいい。言われた通りにしろ」
「怖かったら怖いって言うんだよ」
両親にそう言われながら指示通りにするとゆっくりと車は動き出した。両手でハンドルを痛いぐらいに握りしめながら歩いた方が早いぐらいの速度で動かして停める。
「…動いた」
「次、僕にやらせて」
「駄目。危ないから」
「ジンが運転しない時もあるでしょ?僕も覚えるから」
「ジン!カイに代われ!」
「本当にカイにも運転させるのか?」
「二人とも出来るようになれ!」
そう言われては代わるしかない。場所を代わりカイに運転席を座らせる。もしおかしな運転をしたらハンドルを奪って止めてやろうとしたが自分と同じくゆっくり車を動かした。ハンドルを痛いぐらいに握っていた自分に対してカイはハンドルを握る手が震えていた。こんな大きな鉄の塊を動かすのだ。面白半分で動かしている訳ではないときちんと分かっていた。
「…怖いよ運転」
「徐々に慣れような…」
両親から少し離れた場所まで停めて歩きで戻ると今度は後退の仕方、曲がるやり方。駐車場での駐車方法を教わる。
「…駐車方法?」
「そう。他の車とぶつからないように車を停める方法」
「他の車あるのか?」
「無いな」
「それじゃ別に」
「それじゃ狭い場所での駐車方法を教える」
初めてハンドルを握った日はそこまで辿り着かないまま終わった。走る曲がる後退する。この三つで精一杯だったのだ。代わる代わる運転をして一日が終わり再びシェルターに戻る。
「それじゃ…休んでて」
「ご飯用意するから」
動くのが辛い両親の代わりに食事の用意をするのはもう慣れたものでカイと役割分担をして台所に立つと母が口を開く。
「ごめんねありがとう」
「ママ何で謝るの?」
「いつもママがしてたのに出来なくなっちゃったから」
「今までずっとやってもらったんだ。今度は俺達がするよ」
両親は謝ることが多くなった。
あまり聞きたくはなかった。今までやってもらった事を今度は自分達が返す番だと思えば自然なことなのに、両親は忙しなく動く自分達を見て感謝と同時に謝るのだ。
「なあお父さんお母さん」
「ん?」
「何かされても謝らないでくれ。感謝だけしてほしい」
「んー…でも二人に申し訳な…」
「申し訳なくないよ。何も無くないよ」
「悪いことをしてる訳じゃないんだから。だから謝らないでほしい」
「うん。僕もそうしてほしいかな?本当に悪い事した時だけ謝って…それ以外はありがとうでいいよ」
「お父さんとお母さんの今の状態は俺達に迷惑かけてやろうって思ってなった事じゃないだろ?」
だから謝らないでほしいと告げると父は少し時間をおいて頷き母は頷いた後に少し泣いた。
カイが慌てて母のもとに生き涙を拭うと母カイの事を思い切り抱き締めていた。戸惑いながらもカイは母の背中の手を回して抱き締め返しカイの服に母の涙が染み込んだのが見えた。
その日から両親は何かを代わりにしても謝る事無くただ感謝してくれた。
そして来る日も来る日も外に出るための準備を行う。車の運転や車の構造を理解して両親が見てきた外の世界の現状を学んでいった。
食糧は今は保存技術の進化によって生鮮品以外であれば消費期限などは無いに等しい。缶や真空パックに詰められた物は全て食べられる。初めて食べる物には注意するように、もしかしたらアレルギーの発症があるかもしれないから慎重に。
なるべく清潔を保つように、水は水道が無事な箇所も多いためなるべく細かく補給をするように。
建物の中に入る際は割れたガラスや瓦礫に注意するように。なるべく階段を使う事。
「それと…もし人がいたら」
「俺達以外に?」
「そう…もしいたら」
「パパとママは外に出た時に会った?」
そうカイが聞くと父はゆっくり首を振った。どこまで両親が見てきたか分からないが見える範囲内ではどこにも自分達以外に生存してる人間はいないように思えた。
「その人が…どんな人間か見極めろ」
「見極めろって…どうやって?」
「武器を持ってるか見るんだ」
「…武器?」
「二人とも、寝室にあるクローゼットの奥を確認してきて」
母に言われてカイと共に寝室にあるクローゼットの奥を確認すると家族の衣類の奥に知らない箱がある。それを引きずり出して確認すると中には真っ黒な銃と銀色のナイフがあった。思わず手から離して落としてしまい人を傷付ける物だと知っているため慌てて寝室から出て両親の元に向かう。
「物騒な物があったけど!」
「何であんなのあるの!?」
両親に尋ねるとその武器をしっかり持っておけと言う。あんな物騒な物を持っていけるかと反論したが必ず持っていけと譲らない。
「怖い!持っていけないあんなの!」
「持っていくんだ。外にお前達と同じような生存者がいたとしても…必ず害を加えないとは限らない。お前達の持っている物を奪うかもしれない…」
「…そうさせないために持っていけって?」
「身を守るために必要だ…」
使い方はまた教えると言って両親はソファーの上で眠った。日に日に眠る時間が多くなっているため特に驚く事無く二人に毛布をかけるが人の命を奪う武器を目の前にした事でまだ少し動揺があった。
カイと共にもう一度寝室に行き床に落ちた銃とナイフを見つめてもう一度手に取る。銃は見た目よりも重く冷たかった。
「…ジン…外ってもしかして怖い?」
「分からない…どんな人がいるか分からない…でも…そうだ絶対に安全とは言い切れないから」
「持ってかなきゃいけないのか…そっか…」
両親と言う優しい守ってくれる存在に慣れ過ぎて外の人間もきっと優しいと思ったままだとどうなるか分からない。その時持っている物を奪って行くかもしれない。そのどころか自分達の命まで脅かされるかもしれないのだ。
「…何でこんなの持たなきゃいけないのか…」
どうしてこんな世界になってしまったのだろう。
「起こった後で何を言っても仕方ないけどやるせないな」
「でも怖いことが起こるかも、嫌なことが起こるかもって考え始めたらキリがないよ。前向きに行こうよジン」
「前向き…前向きかぁ…」
「大地がずーっと向こうまで続いてるなら何か楽しめる物もあるよきっと。無くても、うん…僕にはジンがいるし」
「まあ…一人じゃないからな」
「パパとママとの思い出も…あるし」
「……」
これからそうか、両親は思い出だけの存在になってしまうだろう。両親の元に戻りこれからの事に出来ているようで出来ていない覚悟のままに眠る両親の胸が上下している事を確認し目蓋が再び開くのを待っていた。
両親の目蓋が再び開いた事に安堵しながらその日から運転の練習に加えて銃の扱いを習った。銃は自分が持つ事になりカイはナイフを持つ事になった。どうやら銃は一発撃つためにも手順があるらしくカイは覚えられないと言ってナイフを持つ事にした。
「お父さん何で撃ち方知ってるんだ?」
「今のジンと同い年の頃に父親に連れられてそういうのを習う場所で知った」
「軍隊?」
「そんなところだ。一年間鍛えられた」
「何でお祖父様がそんな所に連れていったんだ?」
「自分の事は自分で守れるようになれって…無理矢理な」
「ふーん…」
もしかすると祖父もこの世界の未来を案じていたのかもしれない。国同士の争いが始まる前に亡くなった祖父は自分よりも多く消えていく国々を見てきたであろう。いずれは自分の国も、そんな風に考えていたのだろうか。
そう思いながら手を動かす。銃の撃ち方を父に習い何も遮る物が無い外に向かって引き金を引いた。
すると耳に響く音と撃った衝撃が体に走り思わず踞る。
「ジン!平気?」
銃の音に驚きながらカイが心配して駆け寄るがすぐに立ち上がり平気だと答える。
「…本当に平気?」
「平気だ」
「……本当に?」
「…平気だ」
「……」
「…少し、肩が痛い」
「ほぉら!痛いじゃん!」
こればっかりは慣れだと言う。その後休み休みだが何度か撃ってみるが手が疲れてしまい今日は止める事にした。明日は的を作りそこに撃つ事にしようとなり翌日言われた通りに撃ってみたが狙い通りに当たらず銃の扱いの難しさを実感する。
カイはナイフの扱い方を複雑そうな表情で習っていた。どこに撃てばいいのか、どこを刺すのがいいのか人体の急所について学びながら次第に的に当たっていくようになり気のせいだが強くなった気がした。ただこの武器を持つという事を当たり前に考えるんじゃないと両親に言われる。
「撃つ機会が無ければいいけど」
「僕も人に向ける機会が無きゃいいよ」
「どうなるか分からないからな…」
「あ、僕ママの所に行ってくる」
そろそろ起きるかもしれないと眠る時間が長くなった母の元にカイは駆けていく。寝室の扉を閉めてカイが母を起こす声が聞こえた。
ソファーに座る父の隣ですっかり慣れてしまった銃の手入れを終えて息を吐く。
「…昔な」
「え?」
「別の国の話だ。もう滅んだ国の資料を見ていた時にあった記録で…劇場だった建物の写真を見たらステージの上に廃材で作られた妙なマークがあったんだ」
「妙なマーク?」
「その劇場に残された手記によると、滅び行く最中に劇場に人を集めてそこで一人の女の子を天使と呼んでたらしい?」
「何でだ?」
「救いを求めたんだと思う」
「女の子に?大人もいたんだろ?大人達が自分達より小さい女の子に救いを求めて何になるんだ?」
「助けが来なかったり希望が無いと…その存在が無力と知ってても縋る存在に作り上げる事で消えていた希望を見出だす事も出来るんだ」
「…だとすれば…良い事…なのか?」
「ただ、行きすぎると破滅する」
「破滅…」
「偶像崇拝で生きる気力を取り戻す事も可能だが…縋りついて祈っても叶わなかった時、偶像にされた存在はその思いも向けられる事になる」
「…そんなの、勝手に奉られた存在からしたら理不尽じゃないか?」
「逃げられたりそんな存在じゃないと否定出来るならまだいいかもしれないが、それが出来ない環境だとしたら最期は悲劇だ」
天使と呼ばれた女の子は大人に崇高な存在とされて彼女に縋る事で心が安らぎ不安定だったその環境は穏やかになったとある。
しかし縋るだけで食糧が湧いてくる訳でも無く娯楽が生まれたり人が治る訳ではない。あんなに天使に祈ったのに何もあなたはしてくれなかったと言ってまだ大人に守られるはずの女の子はその罵声を浴びせられて報いだと言い今まで自分に祈っていた人間から口にするのもおぞましい程の暴力を受けて死んだのだ。
何故そんな話をしたのかと気分が沈んだままに父に尋ねる。
「…お前達もそういう存在にされる可能性がある」
「は?」
「人は、神様に縋る」
「…俺もカイも人間だ」
「分かってる…分かってるけども、お前達は無垢だ」
「いや…そんな訳無い…」
「滅んだ国で記録が残っている場所でもこんな凄惨な事が起きた。でも、ジンもカイもその事実を見ていない。それどころかお前達はこのシェルターで外を知らずに存在していた」
「でも、俺もカイも悪い事を考えられる。武器だって持つ事が出来るんだ」
天使だ神様だなんて呼ばれるよう存在なのでは決して無いと首を振る。
「そんなの大した事では無いかもしれない。凄まじい環境にあったこの世界を見てきた人間からすればお前達は」
人と関わらず生きてきて、悪意を持つ人間に触れた事が無い。無垢で何も汚れが無い存在だ。
「…そう言う人間に神々しさを見出だす人間はいるかもしれない」
「…神様に、ならされるかもって…?」
そんな想像も出来ない事を言われてしまった。
「見た目もな…はは、お父さんとお母さんの美形の血を継いでなぁ…」
「いや見た目は知らないけど…」
「…そう言う事実があったから…外に出ないでここで一生…人類をギリギリまで絶やさない方法も考えた」
「絶やさない方法?」
「…カイがもし女の子だったなら、お前とカイの間に子どもを作らす、何ておかしな事も考えた」
父の信じられない過去の考えに背中が一気に冷える。歴史上で近親相姦があった事も学んだが血縁関係が濃いと次世代に重い障がいが残る可能性が非常に高いのを知っている。それを教えたのは父だ。知っていながら人類の存続のためにそんな方法も考えていた事実に少なからず衝撃を受けた。
「すぐにそんな馬鹿な事出来るかと止めたよ。お腹の中にいたカイは男の子だと分かって安心すらした」
汗をかいて無言で狼狽えていた自分に安心させるかのように父は言った。
「…うん。良かったカイが弟で…」
そう答えるのが精一杯だった。
「……ジン」
「…何?」
「外にはそんな、考え付かない事をしてくる人間もいる。どれぐらい生き残ってるか分からない…全員善人とは考えられない。無垢なお前達を騙そうとしたり汚したり殺そうとする人間もいるかもしれない」
「神様にしてくる人間もいるかもしれない?」
「いるかもしれない。縋る存在を作る事で統一性が作られるだろうし極限に陥った精神をコントロールするのに利用されるかもしれない」
「でもそんなのすぐに分からない…」
「だから、武器を持て」
「武器を…」
自分と大切な人間が傷付けられそうな時は迷わずに武器を向けろ。
「悲しいけども、これが一番効くだろうな」
そう言って父は寂しく笑った。目の前にある銃をいつか人に向ける日が来るだろうか、優しい存在しかいなかった事に慣れ過ぎた自分は悪意のある人間を見抜く事が出来るだろうか。
そう思っていると寝室の扉が開き慌てた様子でカイが走って来る。
「パパ!ジン!」
「どうした?」
「ママが!ママが大変!」
そう言って震えるカイを受け止めて青ざめる。開いた扉の向こうで母は顔を真っ白にしていた。




