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シェルター【日常】

カイが話し始めるようになった頃。シェルターでの生活にはすっかり慣れていた。朝起きて顔を洗い朝食を食べて両親が洗濯や家事をしているのを手伝うと言ってほぼ邪魔していたり、昼食を食べた後は本を読んだり遊んでいた。

自分は文字の読み書きは自然と身に付いていた。両親の読み聞かせや自分で読む事が好きだったため読める本は棚から出してどんどん読んでいた。

「これ読んで」

「お母さんに読んでもらって」

「ジン読んで」

「僕これ読んでるからやだ」

「読んで!」

「だからこれ読んでるから!」

まだ文字の読み書きが出来ない年齢だったカイは両親に読み聞かせしてもらうよりも何故か自分の元に来て本を差し出して読んでとせがむ。

「カイ、ほらお母さんが読んで上げるから」

「やだ!ジン!」

「カイ、お父さんは駄目か?」

「ジンがいい!」

部屋の中にカイの鳴き声が響く。両親も自分の読書を中断させてカイの相手をするように言わずにいてくれたがこうなると仕方ないので本を閉じて泣いてるカイの側に来る。

「もー…カイはしょうがないな」

「読んで」

「…顔汚い」

「はいはい鼻かんで」

涙と鼻水で真っ赤にした顔を母に綺麗にしてもらうと泣いてた事など無かったように笑いながら本を読んでもらっていた。

カイも次第に読み書きが出来るようになった頃には父が読み書き以外の勉強も教えるようになった。数字の計算や理科や歴史の事を教えるようになったのだ。母は道徳や音楽の事を教えてくれた。

人が生きるのに何が必要なのか。

この人類が生まれるまでにどれだけの月日が必要だったのか。

この物語から何が読み解けるのか。

この計算式はいつ使う物なのか。

父は淡々と教えていた。カイは教わっていたがいまいち面白くなさそうで何度と欠伸をしていた。

今カナエと受けている現国の授業の様子と変わらない。

「お父さん」

「ん?」

「外に出たらここに書いてあるみたいにたくさん人がいるの?」

「かもな」

「僕達と同じような子もいる?」

ある日、外を知らないカイがそう聞いた。社会の授業でこの世界には肌の色や目の色、髪の色が違う人がたくさんいると父が教えた時だ。

「カイと同じぐらいの子?」

「今ジンしかいないもん。もっとお友達欲しい」

「そうか。いるかもな」

「どれぐらいいる?」

「それはお父さんにも分からない。お父さんもここから出てカイと同じぐらいの子は何人かなって数えた事が無いから」

「ここから出ちゃ駄目?見てみたい」

「まだ駄目。お外は今体に悪いものがたくさんあるから」

「何で?」

「それはもう少し大きくなったら教えるよ」

まだ七歳のカイは腑に落ちない様子で頷いた。


幼い頃の記憶を呼び戻しながらヒデタカとジュンに話す。あの頃は外で何か大変な事があった事は分かっていたが自分達以外に何人いるのか、そんな事までは想像出来なかった。透明な天井から空を眺めてもしかすると、あの天井から自分達を覗き込む誰かが来るのではと思っていた。

思っていたが誰も来る事は無かった。そこでヒデタカに尋ねる。

「カナエ以外に若い生存者はいたのか?」

「初めの頃はいた。でも外から避難して来た訳から体が兵器に蝕まれてな…七歳まで生きた子はいなかった」

「カナエはどうやって生き延びた?」

「カナエちゃんは兵器が降り注いだ頃はまだお母さんのお腹にいたんだ。妊娠中の女性は何人かいたけど兵器の影響で生まれてもすぐ亡くなったり死産が殆どだった」

「…やっぱりそうか」

「カナエちゃんが生まれてすぐにお母さんは亡くなって生存してる大人が皆親代わりになった。でもお母さんが兵器の影響受けてたから胎児だったカナエちゃんも今…」

「…よく生きてくれてるよカナエは」

「うん。仲良くしてやってくれ」

「友達と言うよりは…少し違う感覚だけどな」

「カイと同い年だし妹と思ってるんじゃないか」

「あ…妹か…そうか」

言われてしっくり来た。友達と言うには少し違う。恋愛感情は無い。それでと構ってやるのはカイと同じように守るような存在だからだろうか。

「それで?」

「それで?」

「キリヤとナギさんの事だ。お前達二人を育てて教育させて…ずっとそうだったのか?」

ジュンが自分達の過去の話を急かす。しかし何故父の名前は呼び捨てで母の名前はさん付けなのか何か区別でもしているのか。

「…まあ変わらないな。朝起きて食べて授業して遊んだり本を読んだり…」


体が大きくなり読める文字も理解出来る事も増えていきこれが好き、これは嫌いと兄弟で明確な違いが出てきた。自分は本が好き歴史が好き科学やそう言った人が見つけ刻んだ物を見るのが好き。

父はそれを見て自分にそっくりだと笑う。

「読んだ本全部覚えてるのか」

「だって面白いしすぐに覚えられる」

「すごいなジンは」

本棚の本を全て読んでしまったのは十四歳の頃だった。端から端まで読んでおり内容は全て覚えている。

「カイは」

「カイは歌が上手いよ」

母が教えた歌や絵の授業の方がカイには面白かったらしい。歌を覚える早さは自分よりもずっと早く歌詞を変えて父が教えた歴史や科学の内容を歌にするとつまらなそうに欠伸をしていた内容をすぐに覚える事が出来た。絵も、自分は苦手だった。観察してそれを真っ白な紙の上に表現するのは難しかった。頭の中ではこれを書こうとしてと出来上がったそれは何を表現したのかと首を傾げる出来である。

それに反してカイは絵も上手かった。本人曰く自分の手で出来上がっていく様子が面白いと言って両親の姿や自分の姿を描いていた。

シェルターの中には娯楽は本やスケッチブック。母がピアノを奏でて歌ったり、それ以外は殆ど無かった。夜にガラスの天井を見上げて星を見たり月を見たりと両親もその頃は可能な限りの娯楽を見つけて毎日楽しませてくれようとしたのだろう。

父も母も優しかった。

父は知識を与えてくれて分からない事があれば分かるまで教えてくれたが時折話しかける事を躊躇う程に無表情になる事がある。

視線に気付けばすぐに笑ってどうしたのかと聞いてくるが何を思ってそんな冷たくも感じる程の無表情になるのか聞けなかった。

母は優しい歌や自分達の手で生み出す作品作りを教えてくれた。砂場で砂と水を混ぜて泥で何を作るのか、真っ白な紙に色とりどりの鉛筆で何を描くのか。

出来上がったそれはジンとカイが作り出したたった一つの作品なのだと笑って壁に飾っていた。そして寝る時はいつも優しく子守唄を歌う。十歳を過ぎた頃にはもうその子守唄は無くても寝れると言ったのにそれでも寝る時間になると母はその子守唄を口ずさむのだ。

「お母さん」

「なあに?」

「僕もそれ歌いたい」

「いいよ。それじゃお母さんと一緒に歌おうか?」

母が知らない歌を口ずさむとカイはすぐにその歌を教えてくれとせがんで母と二人で歌うのだ。

「ね?カイは歌上手いでしょ?」

「そうだな。カイは歌が本当に上手。ジンは何でも覚えられる」

「そうでしょ?」

「二人はきっと…」

「ん?」

「いや、何でもない」

「?」

体が大きくなった。両親の授業を受けていた。子守唄はもう必要無いと言った頃、自分は十二歳でカイは十歳だった。

その頃からもしかしてではあるが、この世界には自分達以外存在していないのではと思い始めるようになる。


それがほぼ真実である事を知らされたのは自分が十四歳。カイが十二歳の頃だった。

十二年前に起こった事をここで改めて両親から知る事になる。

「ジン。十二年前に起こった事を覚えてるか?」

「あのすごい音や揺れがあった日?」

「えぇ知らない、何か怖かった記憶はあるけど」

「十二年前にな、今住んでいる国に別の国が奪うために攻撃をしてきた」

「攻撃?」

「空から爆弾を落としたり、武器を持って人を殺したり」

「何でそんな事したの?」

「言っただろ?奪うためだ。食糧や資源…生きるための物を奪いに来た」

「自分達の国にはもう無かったんだ」

「そう。無かった」

「下さいってお願い出来なかったの?」

「この国も…与えるだけの量は無かった」

「ふーん…そうすると傷付けちゃうんだ」

カイがこの世界にあった事を聞きながら不思議そうに呟いていた。

この国以外に国があり、過去にはもっとたくさんの数え切れない程の国があった事もある。ただその国は次第に姿を消していった。向こうも滅びたくて滅びた訳ではないそれは当たり前の事だ。

会った事の無い、本でしか登場しないたくさんの人種が住んでいた世界はもう無いのだ。

「初めはな。自然災害で一つの国が滅びた」

「どんな自然災害?」

「水害だったな。五百年ぐらい前だが」

「他の国も全部か?」

「いや、戦争で滅んだのもある」

「何で戦争なんかしちゃったんだろ?」

「理由は様々、資源を奪ったり領土の拡大。この世界は自然から採れる資源を頼って自分達の生活を楽にしたり発展してこの季節でしか食べられない物を年中食べられるように開発した。それもこの世界にある資源あっての事…資源が無くなれば生活出来ない」

無くなった資源の代用品を作ったり捨てていた物を再利用して生き長らえて来たがそれも無くなり奪う事にした国。結局その国々は無くなった。

「奪う事はせず、自国で何とかしようとしたけど成果が得られずに国民が死んでいった国もある」

「その国の人達は黙って死を待ったのか?」

「国から逃げた人もいた。船に乗ってまだ資源や発展している国にたくさん逃げたけど」

「けど?」

「文化や言葉が違う人達をたくさん受け入れる事は困難だったんだ。他国に生きて逃げたとしても言葉が違うから意志疎通が難しい。そうすると他国に逃げてもその人達はどうするのか」

「逃げて…助けてもらって…言葉が話せないなら学ばないと?」

「そう。学ぶ必要がある」

「大変だねえ。でも生きて着いたら何とかならない?」

「それがな…ならなかったんだよ」

「え?」

滅んでいく自国から逃れて新たな国で新たな生活を。ただそうなると住居、言語を整えて彼らに仕事を学ぶ必要があるなら学校にも行かせる。

ただそれが可能かどうか、住居を与えるにしてもその住居は誰が提供するのか言語を教えるにしても誰が教えるのかそもそも彼等はそうしたとしてと与えた分だけ金銭を払えるのかと不満が上がった。

そもそもその頃には他国から国民を受け入れる事自体あまり良い事ではなくなったらしい。自国民を守るだけで手一杯な国が多くありそこに更に自国から逃げて来た者までどんどん受け入れると元々住んでいた自国民の生活を脅かす事になると考えられていた。

「でももう逃げてきたからには受け入れないと…ってなったのか?」

「それがな。あっちこっちで自分の国はもう駄目だってなって別の国に逃げようとした人達への審査がすごく厳しくなったんだ」

「どんな審査?」

「他国に移住希望する場合、その国の言語と文化の理解度を試す審査と面接があったんだ。それに加えて財産がいくらあるか確認させる。それも家族で移住するなら家族全員やるんだ。一人でも駄目なら移住は無理」

「それだと優秀で金持ちしか安全な所に行けなくないか?」

「確かに」

「そう。だからさっき行ったように審査や面接無しで無理矢理入国しようとして船で海を渡った人が後を立たない」

「それで来て…でも来たから受け入れた?」

正規のやり方で入国してこなかった者達は入国した国の文化や言葉をどれぐらい話せるか理解しているか確認する。そこで基準に満たなかった場合は強制的に母国に戻す。

「抵抗しないか?」

「抵抗しただろう。お父さんもその対策が始まった頃はまだ生まれていなかったけど、当時の事をまとめた本だとやっぱり不法に入国した人は言葉を話せないし文化の理解も低い。これから学ぼうにもその教育に関するお金も払えないと言う」

「じゃあ暮らせないねえ」

「そう。だから母国に帰る事を言われてでも母国にいたくないからこの国にいさせてくれってな」

「…言葉も話せない文化も分からない。学ぶにも金は無い。けどいさせてほしいって…都合が良くないか?確かに生まれ育った国は危機的状況だけど」

「そう。だから帰らされるぐらいなら逃げたんだよ。そう言う人は」

「逃げたらその国にいる資格がないから逃げた瞬間に犯罪者にならないか?」

「どうしようも無いな」

「本人達ももう生きる方法が無いから逃げたんだよ。犯罪者と言われるけど逃げた」

そうして他国で不法滞在の犯罪者が溢れてしまい強制的に国に返そうとして暴れてしまい負傷者や最悪死傷者を出す事件もあった。ある日その不法滞在者が母国に帰されるのに必死に抵抗した結果不法滞在者か亡くなり彼等が母国から逃れて生きようとした結果こんな最期になってしまった事に国民は同情的になった。

「その“可哀想”って言う気持ちを悪い方向に使い始めた」

「悪い方向?」

不法滞在者が自分達の境遇を大声で話し彼等に同情した者を多く集めて自分達の滞在を認めるようにデモを起こしたのだ。それが引き金となり戦争が無かったはずの国で他国から逃れて来た者とその彼等を助けたい者と正規の届けをしていない者を認めない側とまさかの内戦が起こり大きな被害を受けた国もある。

「嫌な滅び方だな。優しくなければ滅びなかったし助けてもらいたいのに悪い方向に使った側もやりすぎだ」

「そう。そして他の国でもあった。それで頼りにした国も打撃を受けて更に住む国を終われた人がまだ機能してる国に行って…そうすると人が溢れて食糧や住む場所も間に合わない」

「そんな風に滅んだの国もある?」

「ある。そんな歴史があったから災害や戦争で人が住める国が無くなっていくに連れて他国の人間を一切受け入れない時代が出来た」

「ふーん。それじゃもう別の国の人と仲良くとかは出来なかったんだ」

「別の国と話せたり会えるのは、国の代表みたいな地位の人だけだよ」

「限られてるねえ」

「そうだよ」

そうして国との交流は貿易と限られた地位の人のみ。他国からの移住は厳正な審査のみ受け入れて国が少なくなったのもあるがそれで長く情勢は安定していた。

それでも限りはある訳で、資源が枯渇し始めた頃に奪うために悲劇は起こり双方滅びた。

「みんないなくなったのかな」

「俺達みたいに逃げれた人はいないかな?」

「分からない。もしかしたら…こんな風にシェルターを作れるぐらいの人はいたかもしれない」

「このシェルターって誰でも作れる?」

「誰でもは作らない。お父さんもお母さんも持ってるお金全部使ったからな」

「ふーん?」

「偉い人とかもしかしたらシェルター作って生きてるかもな」

「それならお父さんとお母さんは」

「そうだよ。パパとママは偉い人なの?」

「偉くないよ。必死なだけ」

そう言って両親は目を伏せて笑った。

その必死なだけの行動を起こすのにどれだけ悩み苦労してきただろう。幼い自分達にはそれを想像出来る事は無くただ外の世界の過去にあった歴史を学びながら如何にしてこの世界はこうなったかを学んだ。

この国も資源があった。それ故奪われたのだと滅んだのだのだと教わりそれと同時にこの国に兵器が降り注ぎ命を奪った事を知った。


「…シェルターの中にいてどうしてキリヤは外で起こった兵器の驚異を知れたんだ?」

ジュンが不思議そうに尋ねる。

「ガラスの天井、ほんの少し開ける事を度々してたんだ。適度に日を浴びないとって…確かに兵器が国を襲った時にお父さんが外の様子を見るために少し開けた時に鳥が落ちてきたんだ」

「鳥が?」

「ガラスの天井にへばりつくように落ちて死んだ様子に異常事態が起きてる事を察したんだと思う」

「なるほどな…」

そろそろ座るのに疲れたと、ジュンが診察室のベッドにヒデタカの手を借りて横になる。そしてずっと話を聞いていたヒデタカが思い出したように尋ねる。

「ジン。ご両親は亡くなったんだよな?」

「うん。死んだ」

「シェルターにずっといたなら兵器の影響は受けないはずだろ?それともお二人ともシェルターで生活する以前に何か疾患があったのか?」

「いや…シェルターに確かに俺達はずっといたけど両親はそれより早く外に出てたんだ。想定してたよりも早く食糧が尽きそうになって…それで」

兵器の影響がまだ残っていた頃に両親は食糧が尽きる心配から自分達を置いて外に出て食糧の調達をする事にしたのだ。


自分が十五歳。

カイが十三歳の頃の事だ。









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