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シェルター【両親】

ジュンが自分の顔を見つめて驚いていた。自分も驚いた。誰も知ってはいないだろうと思っていた両親の事をまさか知る人が存在するとは。

「お前の父親は…」

「お父さんは?」

「外交官だった。短い間だったが一緒に仕事をしていた」

「外交官…?」

「国同士の交渉を担う役目。すごい仕事の人だよ」

聞きなれない職業に戸惑っていると自分の知らない父親の情報がどんどん出てくる事に更に戸惑う。

「そんな事…話した事無いぞ」

「この国がこうなる前…十九年前に辞めてる。ジンが生まれた頃か…」

「俺が生まれた頃…確かにシェルター作るために動いたりはしたけど仕事に行くような気配は無かったな」

「そうか…そうだよな。辞めるまでの経緯がな…」

「何があった?お父さんが何かやったのか?」

「そう言う訳じゃない。そのな…」

ジュンが話し始めたのは外交官であった頃の父の記憶だ。国の事を決める集団の中にやって来た父は周囲に比べて若かったが年齢の割には落ち着いており周囲から何か妬みや覚えの無い噂を立てられても顔色一つ変えずに仕事をしていたらしい。

周囲はそんな父をますます気に入らずにいたが当時の国の一番上の人間はそんな父を気に入り重要な仕事に割り当てて期待していた。

「周りの女もキャーキャー言ってた。思い出すと腹立つ」

「悲鳴上げられたのか?お父さんは」

「悲鳴は悲鳴だよ。黄色いけどな」

「黄色い…?」

「そんな感じで俺はキリヤと年齢が近かったから勝手に劣等感感じてたよ。でもまあ…その後だな」

当時人が残っていた国はここを含めて三つだったらしい。しかしこの国以外の二国が資源を巡り戦い片方は生き残り奪い、もう片方はその国の領土となりかろうじて存在していた。

奪った国とこちらの国は何百年も前に友好条約を結んでいたが雲行きが怪しくなっていた。

「外交官のキリヤはそれを察して軍事勢力を整えるうに言ったんだよ」

「戦う気だったのか?」

「生き残りの国が勢いそのままこっちにも手を伸ばす可能性があったんだ」

「友好条約を結んだのに?それは無視されていいのか?」

「約束してもそれを無視する。過去に条約が守られない事例はいくつもあった。圧倒的な武力で黙らせて自国を再び建て直そうとていると…キリヤは訴えた」

「…この国はどうした?」

「あの国とは親友同士だ。親友を攻撃するはずは無い…そう言った。キリヤの声は聞かなかった」

当時この国は資源に不足していた他国から凄まじく魅力的だった。独自に発展して資源が不足している他国へ輸出して経済的にも豊かであった。生き延びた国がどんどん資源が不足し枯渇する中で国民は餓える事も無く娯楽を楽しみ未来を想像する余地があった。

「その頃って…他国の状況はこの国に報道されてたりはしなかったのか?」

「してなかった。戦争が始まった頃は報道があったけど…数日報道されると慣れてしまって大した興味は持たれなかった」

「…俺も確かにそうだった。研修医だった頃で…他国の戦争よりも自分の勉強だったよ」

ヒデタカが過去を思い出しながらそう呟く。

父は危機が迫っていると周囲に訴えたが聞き入れて貰えずにいたらしい。外交官として生き延びた国の人間と話す事も多く、表面上では穏やかに見える話し合いも奪おうとする気配がにじみ出てきていると言っていたらしい。

「奪われた国にも輸出をしていたが生き延びた国がそれを止めたんだ」

「どうして?」

「奪った国に止めを刺したんだ」

「え?」

「輸出していたのは穀物や肉類と言った食糧だ。その輸出を止めさせてその国は緩やかに終焉した」

「でも…そしたらこっちも経済的に損失じゃないか?」

「…生き延びた方がそれを引き取った」

「……」

「しかも良い値段で…大きな打撃を生き延びた国が与えて止めはこの国が刺した」

「でもそれは意図してそうした訳じゃ」

「そう。でも奪われた国の状況から秘密裏に輸出しようとし心優しい人の行方が分からなくなった」

「…分からなくなった?」

「友好条約を結んでいたのは奪った国のみだ。奪われた国とは貿易はしていてもそんな関係ではなかった。自分達の支配下になった国に援助をしようなら…今度はこの国を攻撃する」

心優しい人の行方が分からなくなったのはそう言った奪った国からの無言のメッセージ。

「結果、奪われた国からの助けを無視して貿易を止めてそれらは全て奪った国へ向かった」

「奪った国が…そこまで危ない雰囲気を出してきたら流石に備えなきゃとならないか?その後は軍事勢力は備えたのか?」

「……」

「…いや、その」

「え?何もしなかったのか?」

本当に攻撃されるなんて誰も思っていなかった。

あの頃は誰もがそう思っていた。

「…このまま、従っていれば平和でいられると思ったんだろう。キリヤはそれは駄目だと言った」

もうこの国とあの国しかこの世界には残っていない。我が国の資源も無限ではない、いずれは枯れてしまう。それは向こうも同じ事、あの国は武力で生き延びる選択をしています。軍事勢力を整えてこちらを攻撃するなら迎え撃つと言う気概でいないと我々はずっと言いなりになります。

そう必死になり訴えた。

「でも国は一番上の人は…武器を持たない唯一の国は我が国だけ。武力に武力で返すのは悲しい未来しかないってさ」

「結局武力でやり返しましたよね」

「結果これだよ」

「まあ…結果は現状で分かるけど」

「…その言葉を聞いて…キリヤは諦めたらしい。国を守るのを諦めて…手の届く家族を守る事だけに専念したんだな」

「…お父さん…そんな事してたのか」

「ジン。お前名字を名乗る必要無いって教えられてたな」

「うん…名前だけで十分だって」

「キリヤは辞職する時に奪われた国への支援について言っていたから周囲から非難されていたんだ」

「支援について言っただけで?」

「友好関係にあった奪った国への裏切り行為だとか言われてな…お前達がシェルターの外に出た時にフルネームで名乗れば、キリヤの息子だと分かるしキリヤの世間的評価を知っている人間から責め立てられる可能性を考慮したんだと思う」

「そんな…そんな酷く言われてたのか?」

「最初に言ったろ?若くて優秀だったから周囲からの妬みがすごかったんだ。半分ぐらいはでっち上げだが…キリヤの事を知らない人間からのキリヤの評価は国の敵ぐらいの見方だ」

「そんな…でも、優しくしてくれた人はいたぞ?」

「どこの人だ?」

「お店…?大きな店の人達」

「…そこ多分お前のじいさんが代表の百貨店だ」

「…え?」

「知らなかったのか?」

「お祖父様は俺が生まれた頃に亡くなったから」

でもあの大きなお店が自分の身内の店だとは言っていなかった。

「えーっと?つまりジンとカイは…外交官の父親に祖父は百貨店の代表?」

「すごい一族なんだよ」

「…現状役に立ってないが」

すごいの度合いがいまいち分からないがすごいらしい。ただそのすごいが今の状況に何の役に立つのかふんぞり返るにしても自分は何も成し遂げてはいない。

「ジン。今なら別に名字を言っても何も言われないだろ」

「俺の名字…ジュンが知ってるのか?」

「知ってる。キリヤの名字は珍しかった」

「何て言うんだ?」

「トバリ」

「トバリ?」

「お前のフルネームはトバリジンだ」

ここで自分の名前をようやく知れた。まったく実感が湧かない。トバリと言う初めて知った自分の名字はこれから一体何の役に立つのか。

「…キリヤは」

「ん?」

「どんな父親になったんだ?」

「どんな…?」

「ナギさんは…どんな母親だった?」

「どんなって…」

「ジンとカイは、あの二人にどう育てられた?」

「どうって…」

どこかは話せばいいのか分からず戸惑っていると落ち着くようにヒデタカが背中を叩く。両親の話はカイ以外に話すのは初めてだ。

「……分かった。シェルターで生活し始めた頃から話す」


今までカイと二人で抱えていた両親の姿を両親以外の大人に、ヒデタカとジュンに話し始める。

シェルターは広くはなかった。

地下に続く階段を降りると重い扉が閉まり、そのには元々の家から持って来た本が本棚に隙間無く並べられていて、床にはカーペットが敷き詰められていてクッションやソファーがある。そこからほんの少しの段差を登るとまるで外を作り出したような室内の庭がある。

小さな砂場とブランコがあり、その時は白い天井で閉じられていたが後に開くと分厚いガラスの天井があったのだ。

「ここがお家?」

「そう。ここが今日からお家」

父は自分を抱いたままに家の中を案内した。母はソファーに座りまだ赤ん坊だったカイを抱いて子守唄を歌っていた。

「ここは?」

「ここは寝る場所。大きいベッドでしょ?」

寝室は四人で眠るらしい。大きなベッドが部屋いっぱいにあった。

「ここは?」

「ここはトイレです」

「ここは?」

「ここはシャワールーム」

前の家より小さいな。率直な感想はこれだった。後は台所と台所の奥にある部屋は食糧庫。冷たい空気が流れるその部屋は天井に届きそうな程の大量の食糧があった。

「何でここに住むの?」

「お母さんとジンとカイを守るためだよ」

部屋の案内を終えて素直な疑問を父に向けると母の隣に座り自分を膝に抱いたままそう答えた。

「何から?」

「怖いものから」

「ここにいれば大丈夫なの?」

「そう。ここにいれば」

そう言った父の顔が一瞬歪んだ。

「ジン。お菓子食べようか?」

「食べる!」

父の膝から降りてカイを抱いたままの母に着いて行く。母の腕からカイの足が無防備にぶら下がっていてまだ歩いた事も無いカイの足を触っては反応を確かめていた。

「カイー」

名前を呼ぶとこっちを見つめる。

「カイくん」

赤ん坊のカイがいつ喋るのか分からない二歳の自分は返事は無くとも話し続けた。

「早く大きくなって」

「だってさ、カイ」

早く大きくなろうねと、母は優しく微笑んでいた。

シェルターでの生活は退屈そのものだった。外に出れない事は思っていた以上に不満で本を読んだり砂場で遊んだり気を紛らわせたがなかなか不満は無くならない。両親にいつ外に出れるのかと苛立って聞いて困らせる事も少なくない。

宥められながら気を紛らわせながらひたすら毎日同じ景色を眺めていた日が何日も続いた頃だ。

大きな揺れを感じた。

驚いて固まっていると両親が自分とカイを抱き締めていた。その後に何かが崩れるような音に爆発するような音、何の音かは分からないが怖いと言う感情を起こさせる音が響いた。

「大丈夫大丈夫。何の心配も無いから」

「そうだよ。二人とも泣かなくて大丈夫」

両親はそう抱き締めていたがあまりの非日常な音に恐怖しか呼び起こされずその頃の記憶は断片的に途絶えていた。何日も続き寝ていてはその音で起こされて睡眠不足にはなるし揺れる度にここが埋まるのではと恐怖した。


「…友好条約破って資源奪いに来た頃だ」

「こっちの資源も不足し始めたから貿易を止めたんだな」

ヒデタカとジュンが十七年前の日を思い出しながら話す。

「向こうの国が財政も資源も無くなりそうになったんだ。確か…自然災害の連続で」

父から教わった通りの事が起こっていた。

「そう。それで輸出しようにも向こうはもう払える金が無い。こっちが輸入出来る物も無くなった」

「その頃この国も色々不足し始めたから…自国の事を優先して利益にならないから交易も止めたんだな」

「向こうがそれを裏切りだと言って…一向に貿易再開しない事にたいして武力行使した」

「まさかそんな事、あるわけが無いが起こったんだよな」

長く親友同士だと言っていた国はもう敵同士になっていた。日常を生きていたこの国はある日空から攻撃を受けて地獄へ変わったのだ。

「酷いもんだよ」

「生き地獄って一瞬で作れるんだな」

「…それに対抗したんだろ?」

「した。戦える人間はいたからこっちも武力で抗った」

「俺には…想像出来ない光景だ」

「…知らない方がいいんだよ」

何日も大きな音が響き地下にいるシェルターの自分達の上で何人死んでいったのだろう。ひたすら毎日震えて抱き締められて過ごしていたが、地上ではそれ以上に過酷で悲惨な状況を過ごした人達がいるはずだ。

「でも、ある日音が止んだ」

「うん。戦争兵器が空から降ってきたって」

「雨だと思ったんだ。でも、違った」

雨の形をした戦争兵器だった。

知らずに外を出た人間は雨を浴びて段々と体が機能しなくなり最後は自発的に呼吸も出来ずに死んでいく。

「降って終わりじゃなかった。その後地面に染み込んだ兵器が蒸発して空気中に漂って…」

「何人も死んだ。ようやく外に出られるようになったのは五年前だ」

「知らないで家に帰った人達が…次々と死んだらしい」

この国は、その報復とばかりに同じ兵器を作り相手の国に降らせて同じ目に合わせて結果双方滅んだ。死んだ人間が見つかった事から外に出るのは危険だとなり空気中の兵器が薄まるのを待ち外に出られる日を待ったのだ。

「それでずっと気になるんだが…」

「何だ?」

「俺達が外に出た時に…その、死体を見かけた事が無かったんだ。外でこう言う事があったってのは分かってたけど…」

「プラネタリウムで人工知能のロボットに会ったって言ってたよな」

「うん。ステラだ」

「そのステラ以外に家事手伝いのロボットや仕事を助けるロボットはたくさんあった。その中でお掃除ロボットってのがある」

「話は聞いた事がある。実物は見てないけど」

「遺体は土葬されたり火葬されたりはたくさんあったんだ。でもそれ以外、そうしてくれる人間が周りにいなかった時…放置された遺体はそのままにされる」

「だから、そうすると骨が残ったり人がいた跡が残るはずだろ?」

「人より長く活動出来たお掃除ロボットがそれを綺麗に片付けたんだよ」

「…あ」

「外に出れない人間の代わりに食糧調達や身の回りの世話でロボットは活用されたけど…メンテナンスがされなかったから次第に動かなくなったりバグを起こしたりで普段これは掃除をしないとされている物でも“ゴミ”と見なして片付けられた」

「…だから俺達は一体も見なかったのか」

ステラが亡くなった人間を下の階に安置してると言った時にその階には何も無かった事が不自然だったのだ。自分達が来る前にステラ以外のロボットが稼働していたとすれば安置されていた体を生物と見なさず片付ける物とされて骨一つ残されなかった。

「ステラ以外のロボットも見なかったろう?」

「確かに見てないな…もしかして動かなくなったロボットも同じように掃除されたって事か?」

「そう言う事だ」

自分達が来るまで役目を果たし壊れる事無く動き続けたステラはもしかしすればこの世界に残る唯一のロボットかもしれない。

「それで滅びた後はずっとシェルターで暮らしてたのか?」

「…ずっとシェルターにいた」


音が止んだ頃に自分の声が出ない事に気付いて両親も心配していた。意志疎通が難しく字を教えてもらい示す事もあれば読んでいた本を捲り自分が今したい事に一番近いページを指差して伝える事もあった。

「ジン。怖いものは無いからね」

母がそう言って頭を撫でる。まだ赤ん坊のカイはカーペットが敷かれた床の上で玩具を片手に這うように動いていた。母から離れてカイの側に歩み寄りその手を触れる。

柔らかい何も知らない手だ。

「カイはお兄ちゃんが好きだな」

「ね、ジンはいつもカイのお世話してくれるから」

「仲良くするんだぞ?」

「ジンの弟はカイしかいないしカイのお兄ちゃんはジンしかいないからね」

そう言うとカイは自分の手を握りしめたまま笑った。あぁ確かにお互い世界に一人だけの兄弟だ。

それから音はまだ度々聞こえるが恐怖の頂点は過ぎたのか声が出なくなってから思っていた以上に平気に過ごしている。両親に学んで遊んでもらいカイの側で過ごしてカイが両足で立った頃両親と共に拍手をした。

その頃音が止んで何日も経っていた頃だ。

「もう終わったか…」

(何が?)

父が沈んだ表情で砂場のある空間に行く。何やら操作をしているとその天井が開きガラスの天井が見えた。今まで白い天井だったのがいきなりガラスの天井に変わり何日かぶりに空を見た。

何も遮る物が無い空だった。

「ねえキリヤ、これからどうなる?」

「分からない。でも生き延びたんだな俺達は」

「外の人達は…どうなったのか」

「ナギ」

「え?」

「悪かった。君をこんな地下に閉じ込めて」

「…あなたに着いて来たのは私の意思よ」

「…ありがとう」

両親が遮る物が無い空を見上げてそう話していた。思えばあの時もう両親はこの世界はもう滅んでいくのだろうと確信していたのかもしれない。

母の腕に抱かれていたカイが空を見上げて声を上げていた。何と話しているのか分からない。それでも何かを感じて自分の声で伝えようとしている。

(何て言ってるんだろ)

カイはこの部屋に響くぐらいに声を上げている。

(誰に話しかけているのか)

父か母か、それとも自分か。

(僕だったら嬉しいな)

両親は無言で空を見つめている。風が強いのか雲の流れる速度が早い。ほら見てカイ、変な形の雲だよ。月も見える、こんな明るいのに月が見えるよ。今夜は星が見えるかもしれない。

「ねえカイ」

今日は空を見ながら寝ようか。

「…え?」

「ジン?」

「…あ」

声が出た。

自分でも驚いていていると母が泣きそうな表情でもう一回喋ってみてと言うので“お母さん”と言うと母は痛いぐらいに抱き締めていた。間に挟まれているカイはいつもこぼれ落ちそうな頬を挟まれて面白い顔になっている、

「お母さん、お母さんカイが潰れちゃう」

「本当だ、ごめんねカイ」

泣きながら笑って離れると今度は父に抱き締められる。父は無言で抱き締めると消え入りそうな声で“良かった”の一言だけ呟いた。

この世界が滅びに向かって行く日の事だ。







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