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病院【記憶】

ベッドに寝てばかりの時間は確かに退屈だ。人がもっといた頃には話し声が絶えずにあったが今は静かな時間が多い。手足の動きが自分の思い通りにいかずゆっくりとしか動かずに出来ていた事が出来なくなった事は何とも苛立たしい。

そんは感情を圧し殺して圧し殺して毎日過ごしてガラスの天井から見る景色は変わらない。晴れの日は太陽を探して曇りの日は雲の隙間を見て雨の日はひたすら落ちて来る雨粒を見つめて。

コンノ先生の授業は気晴らしになるけども、さてこの知識が今後いつ役に立つのかと思い過去に私に様々は授業をしてくれたはずなのにその先生達が亡くなっていくとその記憶も段々と薄れていく。

まあそれでも大丈夫だろう。

いつ役に立つかどこで使うのか分からないのだからと思っていたがどうやら違うらしい。

「先生?どうしたんです?」

「人が来たの!」

「え?生きてる人?」

「生きてる!しかも若い!カナエちゃんと同じぐらい!」

コンノ先生とウメ先生が話している内容はまさかの話だった。私が小さい頃、うんと小さい頃には何人か同じぐらいの子どもがいた。ただ彼等は生まれてからずっと歩けず立てず話せずばかりで稀に意志疎通出来る子がいてもすぐに歩けず立てず話せずになってしまい私が七歳になると彼等は冷たい土の中だ。

先生、何で皆死んだの?

そう聞いた時ウメ先生は考えるようにして黙った後に話してくれた。

この国の食糧や物質を求めるために他国から攻撃を受けた事、その兵器が健康な体に害をもたらし多くの人が亡くなってしまった事を私に教えた。その頃まだ自分の足で立てた私はじゃあ私は何で生きてるの?と尋ねた。

するとウメ先生はカナエちゃんのお母さんはこの世界がこうなってもお腹にいたカナエちゃんを必死に守ってくれたから。カナエちゃんもそれに応えて生まれてきてくれたから。

だからカナエちゃんは生きてるの。カナエちゃんは奇跡みたいだねとウメ先生は私の頭を撫でた。

私はそっかと納得していつも通りに病院内を駆け回り遊ぶのに戻った。今はいない__先生が算数の授業をするよと言ったのを算数は嫌だと逃げていた。

名前も思い出せない算数の先生は次の日亡くなった。

国語の先生がその先生と代わりに国語も算数も教えてくれた。

その国語と算数の先生も翌年亡くなった。

社会の先生はその半年後に。

理科の先生はその二年後に。

ホシノ先生は今から三年前だ。

その頃から私の体は動かなくなっていた。歩けなくなり車椅子を使って移動して手が上手く動かなくなり食事の介助をしてもらう。日常生活が徐々に出来なくなる毎日にこのまま最期の日を迎えるのは近いだろうかと今までの記憶からそう思っていると突然見知らぬ存在が出てきた。

兵器の脅威を知って即座に対応したウメ先生とヒデ先生のように五体満足でやって来たのは一人は十九歳のお兄さん。もう一人は私と同い年の男の子らしい。

「びっくりしたけどここから何か取ってやろうとかそう言う雰囲気は無いから。肌が真っ白でお人形さんみたいだけど…何だか子どもっぽい感じもするの」

「どんな人?」

聞けば聞く程分からない。

「きっと、良い子だとは思う」

そう言ってウメ先生が招いたのは話の通り肌が真っ白な若い男の子だった。大きなリュックを背負っていて部屋を珍しそうに見回している。ジンと名乗った方が十九歳のお兄さんは確かに綺麗な見た目でお人形さんのようだった。私と同じ十七歳の男の子はカイと言うらしい。お兄さんとは違って忙しく表情が変わる。大きな目が可愛らしく何だか見ていて飽きないな。

その日から随分賑やかになった。

二人はこの病院内で仕事をしだしてその見返りに医療を教えてもらっているらしい。とは言っても今はお兄さんのジンがヒデ先生と一対一で医療を教わっている。カイは私とコンノ先生の授業を受けている。私が教科書を捲るのがかなりゆっくりであるが手は出さず、私に合わせてくれていると思ったら現国の授業が難しいらしく自分に与えられた課題を解くのに一生懸命になっていた。

「えっと…?」

「ここはこう読むの」

「え?読み方違うんじゃない?」

「この字と組み合わせるとこうなるの」

「そうなの?」

コンノ先生が教えて出された問題を解いてカイはたまに着いていけなくなり宿題にされ解き方を授業が終わった後に私に聞いて来ることがあった。

「…誰かに教えるの初めて」

「僕も今はジン以外は初めてだよ」

「ジンは?頭良さそうだけどジンには聞かないの?」

「ジンは丸暗記の人だから。きっと教えてって言ったら教科書の中身そのまま言ってくるよ」

「…あれすごいよね」

ジンと初めは授業を受ける事になり年齢が二つ上ともありコンノ先生がジンに私達とは違う授業をすると、読んだ話の作者の別の作品を知っているとなり、それをまるで本があるように読み上げたのだ。そこまでならすごいねと終わるのだがそこまでで終わらなかった。途中で見たと言う博物館の説明文を話し始めた。しかも長い。

周囲の大人の見る目が変わり不安げに視線を伏せた後、ヒデ先生がジンを連れて行きそしてそのままヒデ先生がジンの先生になった。

「ジンの記憶力の良さって昔から?」

「だと思う。僕が昔読んだ本の題名忘れたらすぐに言ってくれたし」

「すごいね」

「すごいことなんだよね。僕も言われてあ、すごいんだって気付いたし」

「そうなんだ…そっか比べる人がいなかったら」

「うん。鍛えたとかじゃなくて生まれつきなんだと思う」

「本一回読んだら覚えてられるのいいね。頭の中が本棚だ」

「でも忘れたい記憶もあるのが嫌だってさ」

「そっか…そう言うのもあるか」

「すごく後味悪い結末の本読んじゃってしばらくすごい顔してた」

「すごい顔…?」

「眉間に皺寄せて目細めてさ…」

「あの顔でそんな顔してたらすごいでしょうね…」

宿題が終わって洗濯物を畳んでいるカイとまだ授業をしているジンは戻って来ない。そうするとカイと二人で話す時間が出来る。ジンも話す事はあるが彼はなんと言うか悪意があるわけでは無いがなんと言うか遠慮や距離感が無い。本人は分かっていないらしく距離感の取り方が上手く出来ていないらしい。私に子どものような扱いをする度にウメ先生やヒデ先生に呼ばれている。

その反面カイは合わせてくれる。体の動きがゆっくりになっている私に合わせてくれるのが安心するのと少々複雑だ。私の事は放っておいても良いと思う反面同い年同士で構ってほしいと言う気持ちが両方あるのは何とも面倒くさい。

「カナエ食べな」

そんな日が続き本人なりに周囲との接し方を学んでいるのかジンがご飯を全部食べるように言う。ウメ先生に毎回言われてる事をジンにも言われるようになった。

「うーん…」

「痩せるから。食べな」

食事は大量を使うのだ。リハビリも兼ねて自分で食べるようにしているのが胃が小さくなっているらしく一人前を食べる事が出来ない。

「お、食べたな」

「食べたね」

「えらいえらい」

なのに最近は食べられる。

「飴食べるか?」

「それ二人の食べ物でしょ?貰えないよ」

「食べな。この飴まだあるんだ」

そう言って子どもの頃以来の棒付き飴を口に入れた。

「…甘い」

「甘いよね」

「美味しいね」

「美味しいよね」

「ねえカイ」

「ん?」

「水族館と美術館って完成しそう?」

「するよーもう目の前」

手を色んな色で汚したカイが笑って言った。


物置だった部屋が何とも色鮮やかに彩られていった。左側にカイが描いた水族館の魚が壁を泳いでいる。水槽は流石に用意出来ないので透明な容器に雨水を満たしていくつも置く。その容器越しに見つめると魚が泳いでいるようにも…見えなくはない。

右側には美術館が出来ている。あの美術館の小さな絵画達はポストカードと言う物らしい。それを美術館で見た順番に貼りながら美術館を再現していた。

「…出来たな」

「本物には及ばないけど…」

「十分だろ」

「……」

「ヒデタカ?」

「こんな事…」

「こんな事?」

「しようと思わなかった」

「そうなのか?」

「…作るなんて、発想無いだろ?」

「覆したねえ。作れるんだよ」

「そうだな…」

出来るんだな。諦めてやらなかっただけなんだとヒデタカは独り言のように呟いた。

「完成したし!皆呼ぼうー!」

「車椅子で連れて来て…エリカは大丈夫だけどカナエとジュンはどれぐらい車椅子に乗れるんだ?」

「そこまで長くは…座ってるのがすぐ疲れちゃうから辛そうな様子ならすぐにベッドに戻すね」

「二人とも、車椅子乗せるから手伝ってくれ」

「分かった。カイ…カイ!皆連れて来るぞ」 

「待って!ジン…ちょっとお願いしてもいい?」

「何?」

カイが袖を引き耳打ちしてくる。

「……なるほど」

「いい?」

「構わない。貰った物は他にもあるし、そうしたって言ってもきっと怒らないだろ」

「ありがとう!」

そう言ってカイは車へと走る。ヒデタカとウメノは首を傾げていたが残った三人で部屋にいる三人を迎えに行き車椅子へ乗せた。ウメノはカナエをヒデタカはジュンを、自分はエリカを。

「ありがとうね」

「構わないよ」

「ジン君。何か慣れてる?」

「慣れてる?」

「車椅子に移動させるの…何か手慣れてる?」

「親にやってた」

「あ、そうか…」

両親も同じ状態だった時にカイと協力して世話をしていた事を思い出す。車椅子は無かったが椅子に移動させたり食事や生活の手助けをしていた。

「それじゃ行こうか」

「どんな感じかな」

「……」

車椅子を押して部屋を移動する。今日は授業は無しにして朝食が終わったらすぐに水族館と美術館に行く事になった。カナエは久しぶりの車椅子らしく時折ウメノに様子を確認されながら少しづつ移動する。エリカは自分達の手作り水族館と美術館を笑顔を浮かべて待っている。ジュンは無言だった。

「あ!いらっしゃい!」

車にいたカイが戻って来ており水族館と美術館の部屋の前で大きく手を振っていた。振り返す事が出来る者は振り返している。カナエは難しいらしくカイと目が合い笑っている。

「入って入って!たくさん見る物用意したから!」

「あら楽しみだね」

「それじゃ行こうかカナエちゃん」

「ハイザキさん。しんどかったら言って下さいね」

扉を開けて客を招き入れる。

物置小屋は姿を無くして今日から水族館と美術館。

「うわ!」

「わー…」

「……は」

「すごいでしょ?」

左側の壁には水族館を泳いでいた魚達を描き右側には美術館の絵画のポストカードを貼り小さいながらもそこに本物があるかのように再現した。カイが言ったように本物には叶わないがそれでも可能な限り再現したそれはカナエの目を見開かせた。

「…すごい。本物みたい」

「絵画のポストカード…うわー…そうそう美術の授業で見たのはこんな絵だった」

エリカは美術館のポストカードに目を奪われながらもっと近くで見たいと言い車椅子を押す。

「これ…魚の絵は二人が描いたのか?」

ほぼ無言だったジュンが初めてここで口を開けた。少し驚きながらも答える。

「描いたのはカイだ。俺は色とか指示してた」

「ねえ。これは何て魚?」

「熱帯魚だねー。えーっとね」

「ネオンテトラ。温和な性格の熱帯魚」

「解説はジンがしてくれるよ」

「カイもやれ」

「僕綺麗だったとかかわいいしか言えないよ」

「これ知ってる。金魚だ」

いつの間にかカナエの車椅子を押しているカイが絵に描かれた水族館に夢中になっている。指を差してこれは何だろうと言いながら一枚一枚絵を辿る。

「それでこの水越しに見てるとね。何か泳いでるように見えない?」

「あ、だからこんなたくさんコップとかあるわけ?」

「そうだよー。ゆらゆら揺れてさ、そうするとヒレもゆらゆら揺れてるように見えるんだ」

「へー…こんな感じなのかな?水の中で泳ぐ魚は」

コップに満たされた水を通じて魚を見つめる。確かに水中を自由に泳ぐ魚が存在するかのように揺れていた。

「ジン君ジン君」

「ん?」

「この絵の解説とか覚えてる?」

「これ?覚えてる。作者の名前は…」

絵画を見ていたエリカに作品の説明を頼まれる。美術館にあったその絵の描かれた時代と作者の名前。そして何故これが描かれたのかを美術館にあった通りに話していく。

「ジン。これは何だっけ?」

「それ?それは描かれた時代が…」

「ジン!この魚の名前何だっけ?」

「その魚?えーっとそれはな」

「ジンー!このエイって魚!ここが顔じゃないならどこが顔なの?」

「その魚は目の位置が…」

「あれ?この絵知ってるけどタイトル何だっけ?ジン…この絵の」

「ちょっと待て!順番に説明するから!」

あちらこちらから呼ばれて頭がどうにかなる。

こっちもすぐに思い出せる訳ではなく記憶を辿って説明しているのだから便利道具扱いしないでほしい。

「…とりあえずカイとカナエからな」

「はい」

「お願いします」

カイとカナエの質問に答えながら説明するとカイは思い出したように声を上げてカナエは初めての知識に声を上げた。

「で?次はウメノとエリカ?」

「うん。この絵のさ…」

「これは描かれた時代が…」

絵画を見ていたウメノとエリカに説明する。二人とも美術の授業で習った絵がありただ作者や題名など思い出せないでいたらしく説明を終えるとそうだそうだと手を叩いていた。

「そしたら…ヒデタカとジュン?」

「この絵のタイトル何だっけ?」

「この魚なんだが…」

ヒデタカも見た事がある絵だが思い出せないらしく。記憶を辿って行き説明をすると昔、母と見た絵だと言っていた。物凄く退屈であったがこの絵は母がすごく見たがっていたとはしゃいでいたため覚えていたらしい。

「思い出せて良かった…」

そう言ってヒデタカはポストカードを見つめる。横顔が少し幼く見えた。

「ジュンは?」

「…この魚は」

「えーっとそれは…」

大きな水槽で過去に泳いでいたはずの魚らしい。その魚の名前と生息地など説明をするとジュンは声を上げた。

「煮物にすると旨いんだ」

「…煮物に」

「よく食べた」

「…そうか」

もうちょっと楽しい思い出とか無いのか。

「……母が」

「ん?」

「…母が作ってくれた」

「…そうなんだ」

何だ。ちゃんと思い出していたのか楽しかった過去の事を。

水族館と美術館の鑑賞は思っていた以上に時間を要した。一周すればすぐに終わるだろうと思っていたが一枚一枚の絵画や魚に興味を引かれて説明や感想を述べている内にあっという間に時間は過ぎる。

「カナエちゃん?しんどくない?」

「平気!ねえカイこの子かわいいね」

「かわいいでしょ?カワウソって言うんだよ」

「ハイザキさん平気です?」

「少し疲れた…部屋に戻るよ」

「分かりました。先に戻りましょう」

「ジュン。戻るのか?」

「ずっと座ってるの…なかなかしんどくてな」

「そうか…この部屋そのままにしてくからまた好きな時に見てくれ」

「分かった分かった……ありがとう」

「、いや。いいよ」

ジュンとこんなに話したのは初めてだった。

ヒデタカに車椅子を押されながら部屋へと戻って行くのを見つめていた。

「かわいい水族館だね。楽しかったんだ」

「楽しかったよ。もう少し上を見てもらっても?」

「ん?あ…すごいね」

「そうか。見たんだっけ?」

美術館を見終えたウメノとエリカは水族館に来た二人の視線を動かす。

少し首を傾けないと見えないのは空に高く飛び上がるイルカの姿だ。立体映像で見たあのイルカショーは会う人間全てに伝えたい程の感動がある。

「ん?イルカの側にいるのは?」

「もしかしてあの人がミナモさん?」

「そう。ミナモとムギ」

「格好いい感じのお姉さんだね」

イルカショーを一緒に見ていたミナモとムギも描いた。エリカ曰くミナモは格好いい女性に見えるらしい。一緒に見た記憶までは共有出来ないがミナモやムギの事をここの住人の記憶に留めておく。

「ジン!こっち来てー!」

「ジン!この絵は何ー?」

「分かった分かった」

そうしていると今度は美術館に来ていたカイとカナエに呼ばれる。絵の題名とその絵が作られた時代の説明をすると水族館の説明よりは反応が薄い。

「水族館の方が好きか?」

「どっちか選ぶならね。水族館かな」

「美術館は何か凄かったね」

「歴史の勉強にもなるぞ。まずはこれから説明する」

「何だっけこれ?」

「見た事あるような無いような…」

人の歴史が詰まった絵画の説明をするとやはり水族館と比べて興味は薄いらしく途中で二人とも欠伸をしているのを見て説明を止める。

「…失礼しました」

「…ごめんね」

「はい。続けるぞ」

欠伸をしていたが段々とカナエは興味を持ったのか目を開けて説明を聞いていた。時折座っている事に疲れたのか大きく息を吐いていたため休むかどうか声をかけたが首を振った。

「カナエちゃん。無理は駄目よ」

「うん…」

「カナエ、続けるぞ」

「うん、」

絵画の説明を続ける。歴史の解説と美術館にあった説明をそのまま話し続けるとカナエは時折その絵の感想を挟みながら真剣に聞き続けた。

「絵は」

「うん」

「ずっと残ってたんだ」

「残ってたな。焼かれる事とかもなくてずっと」

「描いた人の…証」

「証?」

「その人がいた事…その人が残した物」

「形は様々だと思う」

「そうだね。絵だけじゃない」

「……私」

「ん?」

「死んだら何も残らないと思ってた」

「…そうなの?」

「どんなに苦労して建てた物だって何年もかけて作った造形物も」

「うん…」

「人も記憶も」

「覚えてるだろ?死んだ人達」

「時間が経てば忘れるから、何も残らなくなるって思ってた」

「そうでもないよ。水族館でミナモが昔のイルカショーの映像見てね。その人達の事をずっと覚えてるって言ってたんだ」

そしたらこの人達がここにいた事がずっと残る。

「残るんだ…ずっと」

「残るよ。ずっと」

「…そっか…そうなんだ」

「カナエ?」

「何でもないよ。ずっと誰かの記憶に残るってちょっと嬉しいかもね」

「嬉しいよ。カナエも僕達の事覚えててね」

「忘れないよ。ぜーったい」

「それじゃさ、こっち来て」

「ん?」

カイがカナエを置いて部屋の一番向こうに行く。水族館と美術館の境目のような場所に立ちカナエを待っていた。カナエの車椅子を押してやろうかと思い後ろに回る。

するとゆっくりではあるがカナエの両手が車椅子の車輪に触れて前に進もうとした。思いも寄らない行動に手伝う手を止めてカナエを見守る。水族館にいたウメノとエリカも驚いてカナエを見ていた。

ゆっくりと本当にゆっくりとした進みであったがカナエは前に進んだ。歩いて行けば三歩も無い距離だがカナエはカイの元に自分の力で歩み寄る。

「…来れたね」

「来たよ」

「そんなカナエに…贈り物」

「贈り物?え?わ!かわいい!」

カイがカナエに贈ったのは水族館でミナモから貰った貝殻のネックレスだ。カイにこれをカナエにあげても良いか聞かれて自分達が着けるよりもカナエの物になった方が映えるようなきがしたのだ。

「いいの?貰っていいの?」

「うん。カナエに似合うと思うから」

「カイ」

「ん?」

「着けてやれば?」

「え?」

「私からもお願い!着けてみたい!」

アクセサリーなんて無かったからとカナエは今まで一番明るい表情をさせながらカイに頼んだ。頼まれたカイは少し戸惑いながらカナエに貝殻のネックレスを着けていた。

「どう?」

「…すごい似合う。やっぱり似合う!」

「カナエちゃんかわいいね」

「白い貝殻のネックレス素敵だよ」

褒められてカナエは少し顔を赤くしていた。

水族館と美術館は結果として大成功として今日は終わった。普段は無い事でカナエはその後長く昼寝をしていた。カイもはしゃいでいたためかカナエの側で眠っていた。同じ部屋ではウメノとエリカは診察を終えた後に水族館と美術館の話題に花を咲かせていた。


「ジン」

「ヒデタカ、ジュンも」

授業は無くなったためヒデタカから医学書でも借りて読もうと思った矢先、診察室から出て来たヒデタカと車椅子に乗ったジュンと会う。

「カナエちゃんの事聞いた。驚いたぞ」

「俺も…まさか自力で車椅子動かすとは思ってなかった」

「そうだな…ご両親も同じ状態だったんだって?」

「そう。だから…長くないって事は分かるし…今の状態から動く事が出来るなんて…」

「そうだな…ほぼ奇跡だ」

「…快復するか?」

「分からない…」

「まあ…そうだよな」

恐らくヒデタカは自分よりもずっと多くの同じ症状をした人間を見てきたはずだ。そんなヒデタカが分からないと首を振るようであれば自分にもまったく分からない。

「…両親は、カナエと同じ状況になってからすぐに死んだから」

「そうか…二人はよく生き延びたな」

「外に出されなかったからな。シェルターの中にいれば安全だって」

「確かにな…だからジンもカイも肌白いんだな。日に照らされる事が無かったから」

「白いんだな…俺達」

「白いよ。ウメノが言ってたお人形さんみたいだって」

「人間だが?」

「お人形みたいに整ってるって事だよ。二人がそうならもしかしたらご両親芸能人とかかもな。シェルター作るぐらいに裕福だし」

「…さあ?俺は両親が何をしてたか知らないんだ」

「?じゃあ逆に…ご両親の何を知ってるんだ?」

そうヒデタカに聞かれて考える。

両親の何を知っているか、両親は自分達を愛して守ってくれた。知識を与えてくれた。ただ確かにその前の事を知らない。知らないと言うよりも教えてもらえなかったのだ。職業と言うのがある知り大人は皆その職業に応じた仕事をしているらしく両親に職業は何かと聞いたら「ジンとカイのお父さんとお母さんが仕事だよ」と言っていた。

じゃあその前は?

忘れちゃったな。

そう言ってはぐらかされた。

「…教えてくれなかった。俺とカイが知ってるのはお父さんの名前とお母さんの名前?」

「そうなのか?」

「お父さんがキリヤ、お母さんはナギって名前だ」

「キリヤ?」

「うん」

両親の事で分かる事、名前を告げると黙っていたジュンが驚いたように声を上げてこちらを見た。

「…その男。身長はジンより少し高いか?」

「確かそうだな…俺はお父さんの身長を越せなかった」

「お母さん、ナギさんは小柄だろう?髪は…カイと同じ栗色で」

「そうだけど…ジュン、もしかして知り合いなのか?」

「…お前の顔見てどこかで見たような顔だと思った…そうか、お前…キリヤの息子か」

「なあ、知ってるのか?シェルターで暮らす前の両親を」

「知ってるよ。俺が政府で働いてた時キリヤも同じように働いてた」

「え?」

ここで初めて父親が国に関わる人間だと知った。













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