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病院【時間】

ウメノが用意してくれたココアと言う飲み物はコーヒーや紅茶とまた違う色をした甘い香りがする飲み物だった。小さな紙コップに入れられて湯気が踊るそのカップは三つ用意されて一つは自分、もう一つはカイ。そして最後の一つはカナエに渡された。ベッドにテーブルが作られてそこに置かれるとカナエはじっと見つめてゆっくりココアのカップに手を触れる。

「カナエ、熱いよ」

「熱いんだ」

「熱いよ。少し冷まして飲みな」

溢して火傷でもしたら大変だと言って少し冷ましてから飲むと口の中に甘いは甘いが今までの甘さと違う味が広がる。

「…美味しい」

「美味しいね!すごく甘い!」

「私も飲んでいい?そろそろ…」

「うん…大丈夫。ゆっくり飲もうか」

カナエも自分達に続いて飲もうとすると、ウメノがコップに手を添えてゆっくり傾ける。カナエの喉が上下して動いたのが見えてカナエも自分達と同じ飲み物を味わったんだなと分かった。

「…美味しいね」

「ね。美味しいねココア」

「ココアって、こんなに甘かったんだね」

「?カナエも飲むの初めてなのか?」

「ううん。何度かある」

「その時と違う感じがしたの?」

「同じ淹れ方だよ?」

ウメノがそう首を傾げながら尋ねる。

「…何だか…今飲んでるのがすごく美味しいの」

「ふーん?」

変わった事は特別無いのにと不思議な目で同じはずのココアを眺める。紙コップにあったココアはあっという間に無くなり空になったコップにはそこにココアが満たされていたと言う匂いだけ残してゴミになってしまった。

「雨止まないね」

「雷も鳴ってるな…」

「明日は晴れるかな…」

三人でガラスの天井を眺めながら呟く。ずっと首を上に向けていると疲れてくる。上を向いていた首を元に戻すと急に出来てしまった暇な時間をどうしようか考える。本は読んでしまったし授業は今日の分は終わってしまった。夕飯まで手伝う事もなければ…いっそ昼寝でもしてやろうかと思ったがそう言う気にもなれない。

「二人はプラネタリウムを見たんだっけ?」

そう思っていると唐突にカナエが話しかけてくる。

「見たよ。すごく綺麗だった」

「他にはどんな場所に行ったの?」

「プラネタリウムの前に映画館行ったな」

「そう!映画館!」

「映画館…?」

「何も上映してなかったんじゃない?」

話を聞いていたエリカも会話に入って来る。

「上映…してたんだ。一部屋だけずっと映像映してた」

「そうなの?」

「うん。悪い人と正義の人が戦う映画」

「ジン君。何て人が出てくる映画だった?」

ウメノに聞かれて映画館での記憶を思い出しながら出て来た人物の名前、どういう流れで彼等が共闘したか。そしてその道中の出来事と結末を言う。カイも途中途中で「あったあった」と参加しながら映画の事を思い出していた。

「あれだ。若手俳優が主演するってすごい宣伝してた映画だ」

「あ~思い出した!共演してた女優とその後交際発覚してニュースになってたやつ!」

「結構年の差があるカップルでさ…」

「ウメちゃん先生も見てた?」

「見てましたよ~もう~今の今まで忘れてた」

何やらウメノとエリカが二人で盛り上がっていた。その騒がしい様子にヒデタカも部屋にやって来て何の話をしていたの聞き映画の話をするとヒデタカも少し考えたような素振りを見せた後に「あぁ!あれか!」と声を上げた。

「ヒデタカも知ってるのか?」

「…出てた女優が好きだったんだよ…思い出した」

「その好きは性愛か?」

「…ジン。その直球で聞くの控えろ…ふわっとした感じで聞いてくれ」

「…どう聞けばいいんだ?」

「え?えー…彼女にしたかった?とか?」

「彼女にしたかったか?」

「……はい」

「ふーん」

ヒデタカが照れたような恥ずかしいような表情をして近くの椅子に座った。朝から診察や自分の授業も行っていたため休憩だろうか。

「そこでね。ポップコーンも食べたよ。美味しかった」

「キャラメル味のな」

「すごい小さい粒が綿みたいになってどんどん増えていくから映画館で食べ切れなくてね」

「ミナモと一緒に食べ切ったな」

「ミナモ?」

「ここに来る前…少し前だな。水族館に寄ったんだ。そこでミナモって言う女の人に会ってな」

「生きてた人がいたの?」

「うん。ムギって言う亀もいた」

「亀もいたの!?」

カナエが声を上げて驚いた。自分達もまさかその時は生きた人に会えるとは思わなかったが水族館にただ一人と一匹のミナモとムギと言う生存者がいた事を話すと周囲は信じられないと言った様子だった。

「すごく楽しかったなー…立体映像図鑑見せてもらって海の生き物教えてもらってさ」

「大きな水槽があってな、そこにいた生物をミナモに教えてもらったんだ」

海亀のムギと暮らすミナモと過ごした日を思い出しながら話す。水槽に揺らめいている水を見て、かつてそこにいた存在していた海の生物を教えてもらいながら水族館に泊まった事をページを捲るように思い出しながら話す。

「エスカレーターに初めて乗ったんだ」

「どのタイミングで乗れば良いか分からなくて困ったな」

「エスカレーターって動く階段?私、乗った事ないな」

「乗ってる間は良いけど乗る時と降りる時怖かったぞ」

「いつの間にか階段途切れて転んだもんねえ」

そうだ。水で満たされたトンネルをエスカレーターで昇りながら呆けて転んでしまった。あれはなかなか痛かったし恥ずかしかった。

「泳ぐ生き物…海亀ってどんなの?」

「えっとねえ…」

紙とペンある?とカイが聞くとウメノが服のポケットから小さなメモ用紙とペンを渡してくれてカイが礼を言って受け取るとその紙にムギの姿を描く。甲羅に泳ぐのに適した手足。カイが何度もかわいいと言っていたムギの顔をうまく特徴を捉えて描いている。

「こんな感じ。大きさはこのぐらいだった」

「思ったより大きいね?」

「うん。結構重たかった」

「持ったんだ」

「一緒にどこか移動する時はミナモが箱に入れてその箱台車に乗せて運んでたんだ」

「へえー…ミナモさんって、どんな人?」

「水族館の事は知り尽くしてたな。行動力も生活能力もあって、しっかりした女性だった」

「ミナモも描こうよ。ジン描いて」

「俺カイみたいに上手くないんだよ…」

記憶の中で顔ははっきり分かってもそれをそのまま絵に描けるかと言えば違う。多分だが思っている事を何らかの形にするならばその形を作るために今のように誰かに教わったりする必要がある。

カイは自分が本を読んでいた時に絵を描いていたり歌を歌っていた。経験が違うのだ。だから仕方ない。

「…こんな感じだった」

「……人だって言うのは分かるよ」

「カナエ、直球に言って構わない」

「………下手だね」

「……だろうな」

「エリカ。こう言うの味があるって言うんじゃない?」

「…間違ってない。間違ってないは無いけど」

「何で俺に描かせたんだ。結果分かるだろ」

「何かたまに見たくなるんだよね。ジンの絵…」

「夢に出そう…」

カイの描いたムギの隣に描かれたミナモのような何かはカナエの眉間に皺を寄せて初めて見る表情を作り、わざわざ近くに来て見に来たウメノとエリカは何とか褒めてくれようかと思ったのか言葉を探しているらしい。

「分かってる。無理に褒めなくていい。俺はこう言うの苦手なんだ」

「どんな絵描いたんだ?……すごいな」

あまりの出来にヒデタカも寄って来て絵を確認するとそれはどういう意味のすごいなのか問い詰めたくなったが夢に出そうと微妙な表情で呟いていたカナエがベッドの柵にその絵を貼ってもらうようにお願いした。

「夢に出るぞ」

「何だかかわいく見えてきて」

「夢に出たら教えてよ。僕の描いたムギかジンの描いたミナモか」

「後者は悪夢になるぞ」

「うなされてたら起こすから平気だよ」

「まあ、夢も何も見ないよりはいいかもね」

そう言って笑うカナエのベッドの柵に貼られるムギとミナモのような絵はカナエの眠りを妨げるかそれとも安眠をもたらしてくれるのか分からない。

「それでね。イルカショーを見たんだよ」

「え?どうやって?」

「その時水族館の前に寄った教会で立体映像機器を拾ったんだ。水族館のイルカショーを記録してるのがあってミナモが持ってたイルカショーの映像と俺達が持ってた映像機器で再生する事が出来たんだ」

「どんなショーなの?」

「えっと…ウメノー紙頂戴!また描くから!」

「はいはい。どうぞ」

ウメノからまた一枚紙を貰いその紙に今度はイルカショーを描いていく。立体映像で目の前に起こった飛沫やイルカの姿は全て透けて体を通り抜けてしまったが空に高く飛び上がるイルカとそのパートナーとなる人間。歓声を上げる観客の声、子どもだったミナモが両親と楽しげに見ていた記憶。

「いいなあ」

「いいなあ?」

「二人はどこでも行けて」

「カナエは?ここ以外にどこかに出た事は?」

そうカイが聞くとカナエは無言で首を振った。生まれてこのかた病院以外に知らない。外に出る事はあってもそれはエリカと同じ様に散歩に出るぐらいで自分達のように自由にどこでも行ける事は出来ない。

ベッドに寝たままのカナエを見つめて「ならリハビリしてどこでも行けるように」とは、言えなかった。つい無言になってしまう。

「それじゃここに水族館作ろうか?」

「え?」

「は?」

「美術館も行ったし美術館も作ろうか?」

「作ろうか?」

「どうやって?」

突拍子も無い事を言い出すと思ったらカイは特に気にする様子も無く行けないなら作れば良いと言った。だからどうやって作るのかと尋ねるとヒデタカとウメノに空いてる部屋はまだあるのかと尋ねて二人もカイの言葉に戸惑いながらも空き部屋はある事を答える。

「それじゃまず水族館から」

「だからどうやって…」

「ジン!協力して!」

「だからどうやって!?」

「空き部屋案内してー!」

「どうするかだけ教えてくれよ!」

カイの言葉に戸惑いながらも腕を引っ張られてヒデタカとウメノに空き部屋を尋ねる。二人は困惑しながら皆のいる部屋から少し離れた部屋を案内すると真っ二つになったベッドに割れた窓。皆が暮らす部屋程ではないがなかなか広い。割れた窓からはまだ振り止まない雨は降り注ぎ部屋の床を濡らしていた。

「うん。十分」

「何が?」

「ベッドに片付けて。ガラスも全部掃する。それとガラスの容器無い?あるならありったけ用意して」

「うん?」

「ガラスの容器って…コップとかならあるけど」

「それで良いよ。綺麗に洗ってそれで中身を透明で満たして。丁度いいや。雨が降ってるからそれを使おう」

「じゃあ外にバケツとか置いておくからそれを使う感じで良い?」

「うん。お願い」

「とりあえずカイの言う通りにするけど…どうするんだ?」

「言ったじゃん。作るんだよ。水族館も美術館も」

「?今から作るのはどっち?」

「水族館」

「??分かった?」

言われるままにまずは部屋の中を片付ける。壊れたベッドを運び床に散らばる破片を片付けて綺麗にする。もっと綺麗にするためにと、バケツに満たされた雨水を床に撒いてブラシで擦る。前に大浴場で掃除をしたのを思わせる。

「綺麗にしたら…どうするの?」

「棚とかある?椅子でもいいや」

「使ってない棚や椅子はいくらでもあるぞ」

「それじゃそれを綺麗にして並べるよ」

「分かった?」

言われたままにいくらでもある棚と椅子を綺麗に拭いて運んでカイの指示通りに並べる。一日では終わらないので切り上げて夕飯にする事にした。

「ここからどうするんだ?」

「ジン。美術館から持って来たクレヨンまだあるよね」

「あるけど…それが?」

「手伝ってね。描くのは僕だけどジンの記憶力が必要だから」

「描く…?」

何を?と先程から疑問しかない状況で夕飯を食べ終えるとカイは車に積んでいたクレヨンとメモ用紙を持って来た。そしてそれらを寝ている部屋で広げる。

「水族館入って一番最初に見たのは?」

「熱帯魚だな」

「色はこれで合ってる?」

「一番近いのはその色だな。それは…少し明る過ぎる。この辺りに模様があって」

「うん。詳しく指示して」

「…ヒレはここ。形はそれよりもっと丸みがある」

「分かった」

「金魚は赤だけど、でも金色が混じるような色だった」

「赤と黄色混ぜたらいける?」

「やってみてくれ」

何かあった時のため。記す物がある時に使っていた紙をひたすら水族館を泳いでいたであろう魚の絵で埋めていく。映像と写真で記録されていた生物の絵をカイが描き自分が細かな指示をしていく。


「とりあえずこれで良いかな?」

「透明な容器はこれで全部なんだ」

コップや試験管と呼ばれる細長いガラスの容器に透明な雨水で満たして部屋に不規則に置いていく。

「思ったより少ないね」

「割れてたからな…」

「でも。いいや」

部屋の様子を見てカイは納得して更に絵を描き続ける。熱帯魚、金魚。爬虫類に海洋生物が絵に描かれていく。

「あとこれ貼って」

「これ…美術館の絵か?」

「わ…あそこの美術館にも寄ったの?まだこんな綺麗に残ってたんだ」

「ポストカードがたくさんだな」

「それをね、壁に貼って」

「…美術館作るってそう言う事?」

「行けないなら作ればいいよ」

ここは病院で水族館でも美術館でもないが。それを見てきた存在はここにいる。カナエは殆ど動けない。自分達のように歩いて走ってましてや車に乗って遠くに行く事は叶わないだろう。ならカナエが見る事が出来ないと思っているその空間を少し移動すれば行ける場所に作ってしまえばいいと言うカイの発想は自分には無い。

そもそもそこまで行動しようと言うのが思い浮かばない。

「……」

「ジン。これ貼って」

「カイはさ」

「ん?」

「カナエが好きなのか?」

「、」

「カナエを彼女にしたいのか?」

「……あのさ」

「違うのか?」

「せめて二人しかいない時に聞いてよ」

「何で?」

「恥ずかしいじゃん!」

カイは随分久しぶりに怒って背中を向けてしまった。カナエにたいしてこうも行動すると言う事はつまりそう言う事なのではないかと思い、聞いてみたがカイはそれを恥ずかしいと言って水族館と美術館を作る作業に没頭して答えてくれなくなってしまった。

そうしていると様子を見ていたヒデタカに肩を叩かれて耳打ちされる。

「だから直球でそう聞くのは控えろって」

「駄目だったか?」

「カイも言ってたろ?恥ずかしいって…自分の感情を他の人に暴かれるのって恥ずかしいんだよ…中身を見透かされてみたいでな」

「俺は」

「何?」

「カイがカナエを好きなら喜ばしい事なんだと思ってる」

「そうなのか?」

「嫌いや無関心でいるより良いし。愛情って幸せになれるだろう?」

「…確かにそうだけど」

「うん」

「……カナエちゃんは」

「分かってる」

「…え?」

「両親も同じだった」

「ご両親も?」

「カナエ、長くないだろ」

この病院に来てベッドに寝る三人を見て分かっていた。両親も同じ状態だった。

初めから分かっている事を伝えるとヒデタカもそしてウメノも驚いたように止まりこちらを見つめる。

「だったら楽しい記憶や誰かに愛された記憶は多い方が良いだろう」

カイも同じだ。カナエの事を分かっている。


「水族館と美術館、早く完成させよう」


ほんの少しでも今は時間を無駄には出来ない。











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