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病院【おかえり】

一日の流れが大体決まった。

朝、入院患者が起きる前にヒデタカとウメノに合わせて起床。寝ぼけ眼で身支度を済ませたら全員の朝食の用意。カナエとジュンは朝は粥と細かく刻まれた具のスープとお茶。他の皆の朝食はパンや粥ではないご飯。スープとお茶は共通。来客である自分達は自分達の車に積んでいるのを食べている。時折カナエがあまり食欲が無いので食べて欲しいと差し出すが断る。食べ終わったら食器を洗って洗濯物の準備。ヒデタカとウメノはその間に朝の診察。

三人の体温を測ったり昨日と比べて体調はどうか記録しているらしい。

洗濯物は手荒いで、慣れてはいるが量が多いので時間がかかる。診察を終えたヒデタカとウメノのどちらかが手伝いに来る事が多い。

そうしていると昼食の時間になるようで朝の食事に一品足されているのが殆どだ。今日は魚肉で作ったソーセージがあった。

カナエとジュンの分は喉に詰まらないようにと細かく切るように言われた。これぐらいかと確認してもらうがまだ大きいと言われてこれでもかと切るとそれで大丈夫だと言われる。

昼食の際に朝と同じ様にカナエが三分の二も食べていないのに食べ切れないと言った。カイに細かく刻んだ魚肉のソーセージを出して「ちょっと食べない?」と小声で言ったのが聞こえた。カイがほんの少し手で取って口に運んだのが見えたので無言で見つめるとカイとカナエが謝った。

「痩せるぞカナエ」

「お腹いっぱいで…」

「これは?食べかけだけど美味しいよ?」

カイが食べていた保存食のリゾットを一口掬ってカナエの口元に運ぶ。

「食べかけやるのは止しとけ」

「え~でもカナエ食べないと力出ないよ?」

「まずカナエは自分のご飯食べな。ほら…」

「…いや、だから自分で食べられるから」

カナエの昼食を代わりに口元に運ぶと予想はしてたが拒否される。

「それじゃ食べな。カイが言ってたぞ?今日の授業はカナエが音読する番だって」

「そうだよ。カナエちゃん、読むのにも体力いるんだから」

食事の時は全員が全員話す訳ではないがそれなりに会話はある。授業用に並べた机と椅子を食事の際にそのまま使わせてもらっているため近くにいるカナエと必然的に会話がある。ただ話すのは良いが食べる様子が気になる。ウメノと近くにいてカナエの食事を気にしてくれるが本人が言っていたように食事を掬って口に運ぶまでが長い。そして半分も食べていない状態で止める事が多い。同じ早さで食べるジュンもいるが彼は残さない。

食事を取らなければ体力も付かず体も弱る。それが気になるのは自分もそしてカイも同じだ。

もう一口、あと少し。これの半分食べたら?

そうカイが頼むと折れてお腹いっぱいだと言ってからも少し食べてくれるのだ。

「カナエちゃん。気持ち悪くない?」

「平気です」

「なら良かった。夕飯ももう少し食べれるように頑張ろうね」

「…はい」

「カナエ、飴あるけど食べる?」

「カイ君」

「はい」

「カナエちゃんのご飯代わりに食べたりしないでね」

「…はい、ごめんなさい…」

ここのところカイが毎回怒られている気がする。

昼食が終わったら朝と同じ様に食器を洗って終わったらカイとカナエはエリカの授業を受ける。授業の傍らにはウメノがいてカナエやエリカに何かあればウメノがすぐに対応出来るようにしているらしい。

「ジン、おいで」

「分かった」

その間に自分はヒデタカの授業を受ける。ちなみその間残されたジュンは大人であるため授業に参加する訳でもなく本を読んだり眠ったりしたいるらしい。本を捲る事が出来るのかと思ったが、調子が良い日は可能らしい。カナエも初めて会った時は調子が良い日であったらしくベッドの上で座る事が出来ていた。

「先生また授業か?」

「えぇ、教えた事すぐ覚えるので教えてて気持ちいいですよ」

「覚えたところで…ねえ」

ジュンは毎回ヒデタカと授業に向かう自分に不満そうな表情をする。一度聞いてみたら本来その時間はジュンはヒデタカと話したり本を読むのを手伝ってもらっていたらしい。それは申し訳ない事をしているかもと感じ、その日の授業が終わった後にジュンに本を読むのを自分が手伝うと言うと何とも複雑そうな表情をして首を振った。


「気を遣われたのが嫌だったんだろう」

「じゃあ…何て言うのが正解なんだ?」

「俺がジンとの授業を止めますよと言えばそれもハイザキさんには不快だろう」

「どうして?」

「それも気を遣われたと思われるからだ」

「…正解って…あるのか?」

「それが人の心に関する疑問。百人いれば百通りの答えがあるかもしれない。だからジンが考えてる事も正解だし俺が考えてる事も正解かもしれない。逆に全部不正解かもしれない」

「難しいな…怪我して出血したらこの方法で止血しろって言う明確な答えがあるのが医療なのに」

この病院に残された医学書とヒデタカとウメノが纏めたらしい手書きの書類。それを両方参考にしながら授業を進めていく。

ヒデタカの授業は教える事を生業にしていたエリカと違い少したどたどしい部分もあった。説明が終わったと思えば教え忘れた部分があったり質問するとすぐに答えが返って来る時もあれば医学書を読み直して時間をかけて答える事もある。

とは言えやはり人体を知り尽くした医者なのだ。自分の目では見えない部分、この体の構造は分かっているつもりではあったがその体を損傷した場合の治療方法や万が一、その損傷した部分を諦める場合のやり方。

それだけではなく病気についての治療方法や対処など今後の役に立つ知識ばかりを教えてくれる。

「病気って数えられない程あるんだな」

「そう。風邪とか誰もがかかる病気もあれば何万人に一人しかかからないような病気もたくさんある」

「それでもその治療方法はあるんだな」

「進行を遅らせたりぐらいしか出来ないのもあるけどな」

「…それでも過去に不治の病なんて言われたの病気に治療方法が見つかって治るようになった事例がある」

「そう。結局医学は日々勉強、研究」

「果てが無いな」

「そう言うこと」

それでも投薬や手術、入院でなかなか治らない部分もあるとヒデタカは言った。入院で経過は良くなっても完全に原因を除去しきれない事がある。治ったと思ったら再び繰り返してしまう可能性もあるらしい。

「それは何?」

「心だよ」

「…心?」

「精神を回復するための治療は難しい。入院して絶対治るか保証が出来ない。薬で落ち着く事が出来てもそれをいつまで続けるのか分からない。病原体のように見える物じゃないから除去が出来ない」

「そんなの…どう治すんだ?」

「ジンも経験してるだろ?お前が子どもの頃になった失声症は外因的要因もあるが心因的要因もある。自由に動けた外からシェルターに行ってその後に国が終わるような攻撃の音に過度なストレスで喋れなくなった」

ヒデタカが自分の喉を指差して喋る。

「けど回復した。それは何故?」

「シェルターでの生活が落ち着いて…カイが喋るようになったのに答えたくて」

「その間ご両親もジンやカイを守り愛してくれた。精神的な治療って本人の気持ちもそうだが愛情も必要だ」

「それは…家族愛?性愛?それとももっと違う物?」

「相手を思う気持ち、形は何でも良い」

「…何でも…」

「答えてくれるかは分からないが…何の興味も持たなくなったり持たれなくなるよりはずっと良い」

「それじゃあ今日はここまで。洗濯物取り込んでくれ」

「分かった。ありがとう」

「どういたしまして」

「ところで」

「ん?」

「外傷や体の内部、それに加えて精神的な部分の治療方法学んだり…医者って一人前になるまですごく時間かかるんじゃないか?」

「かかるよ。かなりな」

「どれぐらい?」

「高校卒業して…それから大学で六年学んで研修医で二年。合間に試験も受けて合格しないとな」

「…そんなにかかるんじゃ俺が知れるのほんの一握りじゃないか?」

「全部じゃなくていいさ、この世界で必要になりそうな事だけ教えるよ」

そう言って医学書と書類を片付けながらヒデタカは笑った。目元の皺が笑った事ではっきりと分かりヒデタカが医者として歩んで来た年月が刻まれているようだった。


皆の部屋に戻り洗濯物を取り込むのにカイを呼びに行く。自分の授業が終わったと言う事はカイとカナエの授業も終わった事だろう。そう思い部屋に入ると既にカイが籠に入れられた大量の洗濯物を畳み始めていた。驚いたのがカイと一緒にカナエが洗濯物を畳んでいる事だった。カナエが着ている寝間着を自分の手でゆっくりではあるが畳んでいる。正直食事の時以外に手足を動かす仕草が殆ど無かったため思わず見つめると視線に気付いたカナエがカイを呼ぶ。

「授業終わったの?」

「終わった…二人はいつもより早く終わったのか?」

「違うよ。ジンが遅かったんだよ。こっちが終わっても来ないから先に洗濯物畳んでる」

「カナエもか?」

「うん。自分の分だけね」

そう言って再び洗濯物をゆっくりゆっくり畳んでいく。よく見るとそのカナエの姿をウメノとエリカ、そしてジュンも見守っている。

「色々話してたんだ」

「話?」

「ここに来る前の話、ステラの話してたんだ」

「あぁ…プラネタリウムの」

「まだ動いてる人工知能のロボットがいたんだね」

「いたよ。色々話してくれた」

カイがプラネタリウムであったステラの話をする。ステラが出してくれた星空ソーダと惑星アイスソーダ。プラネタリウムの星空がそのまま溶けたように綺麗で美味しい飲み物だったとカイが話す。

「…セントラルプラネタリウム…あそこの施設ってまだ動いてたの?」

「今はステラが一人で守ってる。知ってるのか?」

驚いた声でウメノとエリカが会話に参加してくる。どうやら二人は二十年近く前に訪れた事があるらしくカイの星空ソーダと惑星アイスソーダで思い出したらしい。

「行ったわー…苦い思い出があるけど」

「苦い思い出?」

「彼氏と初デート行ってその後に好きな人が出来たからって別れた。忘れられないわ」

どうやらエリカの苦い思い出を甦らせたらしい。

「私は遠足で行きました。小学生の頃の話かな…」

ウメノのはどうやら苦い思い出では無いらしく小学生の頃の思い出を振り返っているのか笑っている。その頃にはもうステラがいたのか尋ねるとお掃除ロボットはいたが受付やお客様の対応をするロボットはその頃はまだいなかったと言う。

「コンノさんの時は?」

「まだかな?だから最近じゃない?」

「ステラか…プラネタリウムに存在するのに相応しい名前だね」

「うん。色々教えてくれて…この世界、宇宙の果ての惑星の事を教わったんだ」

「惑星…金星、土星、木星…」

「そうそう!カナエも知ってる?」

「うん。教わった」

「誰に?エリカ?」

「違う先生。コンノ先生以外に教えてくれた先生がいたの」

「その先生は?」

「亡くなった。三年前かな」

「何て先生?」

「ホシノ先生。背が高い男の先生」

「へぇそんな先生がいたんだ」

エリカだけではなく他にも十代のカナエに勉強を教えていた存在があった事実を初めて知った。何人もいたのが分かっているがその何人もが何をしたのかまでどんな人間だったのかまで聞いてはいない。

「そっか僕らがステラに教えてもらったみたいにカナエにはそのホシノ先生が教えてくれたんだ」

「うん…もう朧気な部分もあるけど」

「いや…カナエがそのホシノ先生に教えてもらった事覚えてるの大事だぞ。忘れない方が良い」

「え?でも宇宙の知識とか何の役に…」

「プラネタリウムにいたステラは俺達が来る前にそこで生き延びてた人達と暮らしてたんだ」

「え?」

そこでステラが話してくれた生き延びた人達との暮らした記憶。そしてその最後の一人がステラに残したこれから訪れるための生存者へに向けての録音の声。

「俺達はそのステラと暮らしてた人達の顔も知らないけど…過去にそこに協力して生き延びた人達がいたって事を片隅でいいから覚えていてほしいって言われたんだ」

「言われたね。プラネタリウムの声の女の人」

「覚えてて…覚えててどうなるの?」

「俺達が覚えてたらその人達が生きてた証拠みたいになるだろ?ステラがもし動かなくなって…それで俺達も忘れたら」

「本当にここにいたって事も分かんなくなるもんね」

ふとそこで、忘れたい記憶も忘れられない自分の力をもしかしたら良いものではと思う事になった。記憶する形はどうでおれ覚えて居続ける限りは存在はそこに残るだろう。

「それが私がホシノ先生に教わった事がどうなるの?」

「カナエがそのホシノ先生に教わった事覚えてたらずーっとそのホシノ先生がいた事が分かるねえって」

それってすごく良い事じゃない?

そう言って笑うカイは止まっていた洗濯物の片付けを再開した。カナエはカイに言われて何か思ったのか洗濯物を畳む手が進まずにいてしばらくするたまたゆっくりと自分の洗濯物を畳み始めた。自分もそれに加わって今度は三人で洗濯物を畳んだ。するとガラスの天井に何か当たる音がして上を向く。天井に一粒、二粒と雫が落ちていきあっという間に雨が降りだした。

「…洗濯物、取り込んでおいて良かったな」

「うん。洗い直しになるところだった」

「雨…久しぶりだ」

天井の落ちては伝い落ちていく雨を眺めながらそれぞれ口にする。雨が降り始めた事で室内は少し暗くなり湿った空気が流れてこんで来るような気がした。畳み終えた洗濯物をそれぞれ持ち主に渡して終わる。後は夕飯の用意を手伝ってそれも終わればシャワーを浴びて自由に過ごして眠る。シャワーはウメノがカナエとエリカのシャワーを手伝いヒデタカはジュンのシャワーを手伝う。その後に自分とカイがシャワーを利用して最後にウメノとヒデタカ。そしたらあっという間に就寝時間だ。

本当なら洗濯物を畳み終わった後に外に散歩する事もある。と言ってもその散歩はエリカだけ、ウメノがカナエとジュンを誘ったが移動が大変だろつからと断っている日が続いている。

「エリカ、今日は散歩行けないな」

「そうだね。今日はのんびりしようか」

「本…読む?」

「うん。また貸してくれる?」

「分かった持って来る」

「ジン君。傘あるの?」

「あるよ。大丈夫」

「僕も行くよ」

「一人で平気だよ」

そう言って泊まっている部屋から傘を持って来て外に出る。傘を使うのは二度目だ。この傘を拾った日に使ったのと二度目が今日。二人で傘の中に入ると狭いが一人だと丁度良い。傘に雨が当たる音を聞きながら車に戻り中にある本でまだ読んでいないのを選んで病院に戻る。

「あ…うわ…」

ズボンの裾が少し濡れてしまった。ほんの少しだがそこだけ冷たく肌に張り付くような感覚は気持ち悪い。雨の降らない室内で過ごせば早く乾くだろうかと本を抱えたままに走ると辺りが光った。

「え?」

それから少しして大きな音が聞こえる。音に驚き固まっていると病院の入口が開いて中からカイが濡れるのを構わずこちらに向かって来る。

「早く入ろう」

「…悪い」

「雷怖いもんね」

「慣れないんだよ。あの音」

残りほんの少しの距離をカイと歩いて中に入る。傘を持っていないカイの髪と服は雨の雫を吸って少し濡れていた。

「着替える?」

「ちょっと濡れただけだからいらない」

「分かった。タオル持って来る」

「二人とも」

「ウメノ?」

濡れた部分を拭こうとタオルを探すと部屋からウメノがタオルを持って来た。今朝洗濯したばかりのウメノのタオルだ。

「ちょっと濡れたね」

「あ、ちょっとだけだから…あぁ」

本当にほんの少しなのにウメノがタオルで拭いてくる。こちらの声も聞かずに拭かれて髪の毛は寝起きのように乱れていた。それを見てウメノはタオルを持ったまま笑っていた。

「何か…温かいの飲もうか?」

「え?いいの?」

「ココア飲んだ事ある?」

「何それ?」

「淹れてくるね。部屋でお喋りでもしててね」

そう言ってウメノは“ココア”とやらを淹れるために歩いて行った。

「ココアって、何だろう?」

「さぁ?コーヒーの仲間か?」

得たいの知れない何か温かい飲み物を用意してくれるまでの間に皆の部屋へと戻ると視線が向けられて声をかけられる。

「おかえり」

エリカにそう言われた。

驚いて思わずカイと一緒に黙っているともう一度エリカは声をかける。

「おかえり」

「…ただいま?」

「ただいま?」

「そう。ただいまで合ってる」

カイと戸惑いながらそう返す。

ここは家ではない。ここに来るまでにたくさんの建物に寄り泊まり中には人と触れる事もあるあったがそんな言葉は無かった。自分達も理解していてここはあくまで立ち寄った場所であり自分達が帰って来る家ではない。だから、その言葉は本来使われないはずなのに何故かずっと求めていた言葉のように頭の中に残っていた。









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