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病院【授業】

カイ以外が驚いた表情で自分を見ていた。その視線に体が固くなり、どこかに視線を逸らそうとしてもどこにも安心して視線を置ける場所が無かった。

「…もう一回聞く…」

「…分かった」

「博物館で読んだって言うその歴史の説明文もう一回言える?」

「…この巨大な生物がいた時代は遥か昔…」

博物館で読んだ文章を視線を向ける彼等に答える。記憶にあるその文章を右から左になぞりながら思い出して途中にあった絵での解説やレプリカだとあった人間が存在する前の生物の説明文を口に出して行くとヒデタカが口を開いたまま呆然とする。ウメノは口に手を当てたまま黙っておりエリカは教科書を開いたまま止まりジュンはベッドに寝たまま視線だけ驚いている。カナエもベッドに寝たまま視線をこちらに向けて無言で驚いていた。カイは周囲の視線に段々と表情を曇らせながら椅子から立って自分の側に来る。

「何か…怖いんだけど…」

自分の代わりにカイが代弁してくれている。確かに正直な話怖い。

「え、あぁ…ごめん」

「ジン…何かした?してないよ?」

「ごめん。そう言うことじゃないんだ。えっと…」

何か悪い事でもしたわけではなく視線が集まり信じられない者を見る視線をひたすら向けられているのは居心地が悪かった。

事の発端は授業を始めようとなった時だった。


ウメノから渡された“教科書”は学校に通う学生が使う本であるらしく表紙が裂けて汚れていたが中身は問題無かった。ベッドで寝たままのカナエも同じ教科書を持っており車椅子に座ったエリカがまず自分とカイがどの程度読み書き出来るのか確かめるために指定されたページを開いてそのページを読み上げるように言った。カイは一応読めるが辿々しく読み上げていた。

「緊張してる?」

「だって人前で読んだりしないもん」

「音読は大事だよ。言葉を覚えるから」

「ふーん?」

「ジンは次のページを読んで」

「分かった」

この話は知っている。シェルターにいた頃に読んだ事のある話だ。読み上げるのもカイにせがまれて絵本を読んでいた事もあったため慣れている。

「うん…まあジンは二人よりお兄さんだしね」

「まあ一応…俺はこの話作った人の別の本読んだ事あるな」

「そうなの?面白いよね」

「面白かった。よく覚えてる」

「どんな話だっけ?」

「カイは読んでない。読ませようとしたらつまんないった言ってた」

「子どもの頃と今は違うよ?どんな話だっけ?」

そう聞かれたのでシェルターの本棚にあったその一冊の本の話を記憶の中にあるページを捲って話し出す。ウメノが「よく覚えてるね」と感心した声を上げたのを聞いていたが段々とその表情が変わっていったのを感じて止める。

「…ごめん。授業続けてくれ」

「…え?」

「え?」

「ジン。覚えてるのはその話だけ?」

「いや?他にもあるけど」

「他にもって?」

「読んだ本は他にもあるし…後は」

「ここに来る前に博物館に行ったんだ。その時大昔の生物の歴史が書いてあってのも覚えてるでしょ?」

「あぁあれか」

本と同じ様に博物館にあった歴史の説明を声に出して行くと周囲が自分を見る目が変わっていくのを感じた。その雰囲気に口を閉じたがヒデタカがもう一度聞く、もう一回説明してくれと言ってその視線に目を逸らしながら答える。

「…何なの?」

「ごめん。ジン、ちょっと来て」

「え?ちょっ…何!?」

ヒデタカに腕を掴まれて部屋から出させられた。これから人生初の同年代との授業が始まりそうだったのに一体何事だ。

「コンノさん!授業はカナエちゃんとカイ君だけでお願い!」

「わ、分かった」

「待って!ジン何かした!?」

「何もしてない!ちょっと色々聞きたいだけ!」

後ろからカイの声が聞こえた。追いかけようとしてくれたのかそれをウメノに止められて部屋の扉を閉められる。ヒデタカに腕を相変わらず掴まれたまま最初に案内された診察室へと再び連れていかれるようだ。

「ヒデタカ!」

「どこまで覚えてるんだ…」

「ヒデタカ!腕!」

「記憶力が異常に良いだけとか?それか…」

「ヒデタカ!腕痛い!」

「あっ…悪い」

「ごめんねジン君。ちょっと座ってくれる?」

診察室に入るとウメノに座るように促されるが腕を痛い程に掴まれて連れて来られた現状に二人に不審な目を向けざる得ない。その視線から逃れるように俯いてヒデタカが先に座った。

「体に異常は無かったんだ」

「それは私も見ました」

「ただ…どこまで覚えてるんだ?ジン」

「どこまで?」

「今まで見てきた光景や、読んできた本。全部覚えてるわけではないだろう?」

「え?」

「昔読んだ本の内容…聞く限り寸分違わず覚えてるみたいな口振りが信じられないんだ」

「つまり何?俺がおかしく見えたから慌てて調べようって事?」

「…詳しく知りたいだけだ」

「ジン君。子どもの頃の記憶ってどこから覚えてる?」

「え?えっと…」

そう言われて過去の記憶を遡っていく。両親の手に引かれて出掛けていたのは二歳になる前の頃。その時何を読んだのか何を読み聞かせてもらったのかを聞かれて正確に答える。その絵本の内容は覚えているかと聞かれてそれも正確に答える。それから着ていた服の色や模様。母のお腹が大きくなっていた頃の話。生まれたばかりのカイが着ていた服の模様。そしてシェルターに移り住んだ頃の話。

「…どこまで言えばいい?」

「覚えてる事、とにかく話してくれ」

「…シェルターに住んでから国がこうなる攻撃を受けて」

その頃に声が一時的にではあるが出なくなりストレスやショックによる失声症だと初めて病名が分かった。それからシェルターの中で読んだ本や両親との会話、カイが話せるようになった頃に交わした会話など事細かく話すとヒデタカがそこで止めてウメノを見る。

「どう思う?」

「カメラ・アイ…それか完全記憶能力ですかね?」

「私もそう思う。ジンの話し方だと記憶が混同しているような様子は無いし」

「初めてです。私、こんな能力の子」

「滅多にいないからな…焦った」

「……俺」

「ん?」

「俺、おかしいか?」

「…ごめんね。不安にさせて…何もおかしくない。あなたは素晴らしい力を持ってるって事」

「素晴らしい?」

「凄まじい記憶力の持ち主だよ。目で見た光景そのまま覚えて忘れる事が無いんだ」

まさか生きている内にそんな人間が存在しているとは思わなかったと二人が大きく息を吐いて座る。

「力って…そんな事言われた事が無かった」

「無い?ご両親とかはその力を褒めたりとか無かったのか?」

「……」

ヒデタカからの視線に目を逸らして口を閉じる。ヒデタカがこちらに視線を向けたままに自分が口を開くのを待っていた。この状況にどんな言葉が一番良いのかそんなのは知らない。ただ振り絞るように出た言葉は二人に、そして自分に思い聞かせるような言葉だ。

「ジン?」

「俺は…」

「うん?」

「俺は、普通の人間だから」

「……?」

膝の上で握った手に一層力を込める。爪が手の平に食い込んできっと次に手を開いた時は爪の跡が残り赤くなっているであろう。

「…先生」

「…分かった」

ヒデタカのかさついた手が膝の上で握った手に触れた。力を入れて握り過ぎたせいでやはり赤くなり手の平にくっきりと爪の跡が残っていた。その手をヒデタカが包んで跡が消えるように優しく握っている。その行動に少し戸惑いながら顔を上げると真剣な目でこちらを見ているヒデタカと目が合う。

「……」

「ジン」

「え?」

「ジンの授業は私がやろう」

「ヒデタカが?」

「カイとカナエより年上のお前には二人と同じ授業よりも別の先生がついて教えた方が良さそうだ」

「それって俺の事調べたりする目的が無い?」

「いや、初めにジンが言ったろ?ジンが知りたがってた医療知識を俺が教える。多分だが…お前、現国の授業は向いてない」

「向いてない?」

「人の作った話やその文章を読み解いて自分の答えを出すよりも、はっきりとした答えが分かってる方が好きだろ?」

「まぁ…でも純文学は好きだが」

「それは歴史や化学よりもか?」

「そう言われると…」

「なら良いだろ?」

「なら良いって…確かに医療知識は求めてるけど」

「明日からで良い。滞在期間を延ばせ」

「良いのか?」

「構わない」

「…それじゃあよろしく頼む」

「うん。急に悪かったな、戻って良いぞ」

「分かった」

唐突に行われた診察は終わりを告げて自分の持つカメラ・アイ、もしくは完全記憶能力とやらを説明されて医者二人が驚いていた。シェルターにいた頃は悩まされていたものだ。何せ声を失う原因となった記憶がどうしても忘れる事が出来ず別の記憶を詰め込もうとしてと未だに鮮明に思い出す事があるのだ。年月を経て思い出しても支障が無い程度の記憶にはなってきたが嫌な記憶も忘れたくても忘れられないというのは呪いのようにも思えるのだ。

(必要な知識を覚えておけるのは良いけど)

全てを知る事が出来るのは神様だけだ。

本を捲っていた晴れた日の記憶。椅子に座った父が自分を見つめてそう言った。


ジンが診察室から出て足音が聞こえなくなる程に離れたのを確認して先生と目を合わせる。

「本当にいたんですね。驚きました」

「話し方で…あぁ初めは記憶力が良いんだなって思ってたら…間に入ってる挿し絵の細かい色まで話し始めておかしいと思った」

「博物館の説明文、何回もじゃなくて一回読んだきりだって言ってましたよね」

「背中に汗かいたよ。勉強した事はあっても実際にそう言う人間は初めてだから怖がらせたな」

「えぇ…腕掴んで連れて来た時の顔怖かったです」

「…尽きないな知的好奇心」

「だけど、少し気になりません?」

「あぁ…表情が沈んでたな」

何万人いて一人いるかいないのかの力の持ち主に驚いて素晴らしい力だと、言った時喜ぶ訳でもなく戸惑う訳でもなく顔を伏せて沈んだ表情をした。そしてその後自分は普通の人間だと自分達にはっきりと告げた時、何か…何かあったのかとその雰囲気が語り膝の上で握った手が赤くなっているのに気付き咄嗟に手を重ねる。そしてゆっくり顔を上げてこちらとようやく目線を合わせた時、十九歳の青年の顔には見えずまるで迷子の子どものように視線を不安げに彷徨わせていた。

そしてこの子どもの不安は何か、自分が主治医となり先生となり取り除けるかと一瞬悩み出た答えは彼の授業の先生になると言う答えだ。

「先生教えるの得意です?」

「…分からない…人に教えるのは初めてだ」

「私も手伝いますよ」

「すまない…」

「…ジン君、平凡な人間からすれば一回見たら忘れないって羨ましい力にも見えますけど…」

「嫌な記憶もずっとあるんだ。当人しか分からない事もあるだろう」

「そうですよね…全部覚えてる…全部」

「この世界がこうでなけりゃ…あの子は大学に行って…勉強して立派な大人に」

「それもそうですけど…私は彼が殆ど人がいなくなった後に出てきて良かったとも思います」

「どうして?」

「この世界がこうなって…それでもまだ人が生き残ってた頃におかしな新興宗教が出来た例もあったじゃないですか」

「あー…あったな」

病院にやって来た生存者の中にその新興宗教の人間がいたのだ。

大型ショッピングセンターで生き延びた人間達がおかしな事を始めたらしい。

廃材でおかしなシンボルを作り出して生存者の中で最も美しく若い少女を女神として崇拝し始めたのだ。女神とされた若い少女は父親が自分をおかしな存在にしておかしな事を始めたと戸惑いながらもまだ十代の若い少女は大人に逆らえる事が出来ず女神として生きる事をされたのだ。

ショッピングセンターの人間はその女神を崇める事で救われると信じて果てには配られた食糧を供物として差し出し死んでも女神の導きがあるため楽園に行けるなど信じていた。

「それでショッピングセンターの人間は全員死んで…病院に来た人間だけ生き残った」

「胸くそ悪い話でしたよね」

最終的に女神とされた少女と心中すれば間違い無く楽園に行けると狂気になり女神だった少女が死んだ事で目が覚めた生存者は病院に助けを求めて来た。

「あー…嫌な話だった。神様に仕立て上げられた女の子が気の毒でならない…それで?それが?」

「それぐらいの人が生きていた頃に外に出ていたら…その女の子と同じ道を歩まされたかもしれないんじゃないですか?」

「ジンが?」

「あの記憶力を神様の力だーなんて言う人がいたかもしれないじゃないですか。しかも、綺麗な顔をしています」

「確かに…女性的と言うわけではないけど」

「だから、今のタイミングで良かったのかもしれません。もし今より人がたくさんいたら…極限状態の人間が彼を崇拝するかも…何て…そう思うんです」

「そうか…良かった…良かったのかな?」

ジンの曇った表情を思い出しながらそう呟く。シェルターから出るまではきっと両親に愛されて生きて来たはずなのにあの表情は何を意味するのか。


皆がいる部屋に戻るとカイが教科書を持ったままにこちらに駆け寄って来てくれた。

「何?何の話してたの?」

「…俺の記憶力が良いって話」

「へ?それが何?」

「他の人より覚えておける量が多いんだって、それがヒデタカとウメノが関心持って色々聞かれたんだ」

「そうなの…?」

「そうだよ。カイ君は…気付いてなかったの?」

教科書を広げたカナエに授業をしていたエリカがそう尋ねる。それにカイが振り返って答える。

「だって他の人を知らないもん」

「あ、そうか」

「…でもそれだけ?何かあった?」

「…ヒデタカが」

「え?」

これは今日から授業してくれる予定だったエリカにも言わなくてはいけない。二人より年上の自分にヒデタカが医療知識の授業を行う事になったと告げるとカイは一緒に授業を受けられない事に不満そうでカナエは頷いていた。

「三人で受けるんじゃないの?」

「元々何か医療知識が欲しくて寄った訳だしな」

「良いと思うよ」

「カナエは賛成なのか?」

「お医者さんは一人でも多い方が良いもの」

「別に医者になる訳じゃ…」

「二人はここにずっといる訳じゃないでしょう?」

「まあ、でも授業受けるからもう少しいる事を許してくれた」

「ここから出たら生きてる人にまた会うかもしれない」

その人が怪我や病気をしてたら治せる知識があるってすごい希望だよ。

ベッドに寝たまま授業を受けるカナエにそう言われた。確かにそうだ。自分達が怪我や病気になった時だけではなく今後また誰かに会った時に助けを求められたら狼狽えるような事にはならず、知識を活かせる。

「…出来る限り頑張る」

「ジンがお医者さんなら僕は?」

「じゃあ助手で」

「じゃあ出来そうな事教えてね。先生」

「気が早い」

すっかり自分を医者扱いしている。そんなカイに笑いながら返すとエリカが手を叩く。

「ねえ、カイ君。まだ授業中だよ」

「え…えー…現国難しい…」

「難しいから考えるんだよ」

「カナエは分かるの?」

「分かるよ。ずっと教えられたもん」

同じ授業を受ける二人が並んで座りエリカの教えを受けている。教科書の中にある話を読み解いてその作者の心情を考えてみようと言う内容だった。その問題に正解はあるのかと思う、心情なんて変わるものだしその作者だってこれがあなたの考えてる事ですね!と言われても首を振るだろう。この問題は一つの文章を読み解いてそこから大衆が何を想像するかが答えのような気がする。

(なる程、現国は向いてないか)

確かに不確かな答えの問いかけは納得がいかない。これはこうならこうするべきだと言う確固たる答えがあると何とも爽快だ。

純文学と呼ばれた本やあまり面白くないが恋愛小説と呼ばれる本を読んだ時は登場人物が動き、答えを出してくれるが…こちらに答えを委ねるのは好きではない。

「答え出た?」

授業中のカイがエリカに聞かれる。

「…難しい…だって顔も知らない他人の考えを想像するんだよ。答えあるの?」

「それが現国だよ」

「カイ。答えないと宿題にされるよ」

「宿題…?」

「明日までに考えておいで」

「え?明日までに?」

「そう。これが宿題だよ」

あたしからの初めての贈り物だよ。

そう言って笑うエリカにこの問題の答えを今日一日考えるのかと絶句するカイを見て隣のカナエは耐えきれないように笑い出した。


明日もまた授業がある。






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