病院【仕事】
この病院は水道、ガス、電気は全てまだ機能している。それでもいつ止まるか分からないので極力節約しているのだと言う。
手洗いで洗濯するのはベットシーツ、衣服、タオルその他。冷たい水で洗うのは慣れているがこうも量が多いとなかなか大変だ。
「普段は二人でやってるのか?」
「いや、交代で一人でやってる。一人は診察して一人が家事をみたいな感じでな」
「それじゃあ今日はウメノが診察?」
「いや…ジンとカイに任せて私もこれから診察に行く。洗濯終わったらそれは屋上に干しておいてくれ」
「はーい」
「分かった」
腕を捲って水を絞る。大量に出てきた水に捲った袖を濡らしながら可能な限り水分を絞った洗濯物を籠に入れて言われた通りに屋上に向かう。水分を絞ったとは言え大量の洗濯物は重い。
「普段一人でやってるのか…これ」
「大変だねえ」
「と言うか…いいのか?」
「何が?」
「男の俺達が女の洗濯物するの…カナエとエリカは気にならないのか?」
「…え、そうなの?」
「女は男に下着とか触られたくないんじゃないか?」
「そう言うの考えないようにしようよ…ほら屋上だよ」
「おー…天気いいな」
階段を昇り扉を開けると雲一つ無い青空の下で洗濯物を一枚一枚干す。少し風があり干した洗濯物は揺れていて冷たい風を起こしている。全て干し終えて空になった籠を持って彼等がいる部屋へと向かう。
この病院に着いた日の夜に言われたのは朝、入院患者の三人が目を覚ます前に起きて朝食の準備をする。その後、朝の診察を終えたら彼等の衣服の洗濯をする。今日は起きる事が出来ずまずは洗濯から行っている。
昼食を終えたら掃除をして洗濯物が乾いていたら取り込む。夕飯までの間は自由に過ごして夕飯後にはお風呂。これは手伝わなくて大丈夫と言われた。
就寝の時間は自由だが朝きちんと起きるようにしろと言われた。
「風呂は大丈夫って…本当に大丈夫なのか?」
「さすがにそこまでは無理でしょ」
「いや、カナエやエリカは分かるがジュンなら同じ男だし」
「そこまでする必要無いんじゃない?それに僕らも初対面の人に裸になってお風呂手伝ってほしいかって言われたら断るでしょ」
「歩ける様子が無かったし…それで本当に一人で何か出来るのかって」
「…三人とも歩けないなかな」
「じゃないか?寝てるか椅子に座ってるかしか見てないしな」
「…治らないのかな…」
「それは…俺達よりヒデタカやウメノが分かる事だろう。聞いてみるか?」
「んーん…いい」
首を振りカイは断った。自分も彼等の今の具合を確認してはみたいがいきなり聞いてもすぐには話してはくれなさそうだと思っている。自分の体の事を昨日会ったばかりの人間に話されるのはあまり気分が良くないかもしれない。例えばカイが採血を見て倒れた事を自分がカナエに話せばきっとカイは怒るだろう。
まずは、彼等と話そう。
「洗濯物干し終わった」
「多分すぐ乾くよ」
「ありがとう。昼食まで時間があるからのんびりしてて」
「分かった。ちょっと病院の中見ても?」
「あっちこっち壊れてるから止めた方が良いよ」
ウメノと話していたエリカがそう言って止める。診察はもう終わったのか三人ともベッドの上でそれぞれ過ごしていた。ジュンはヒデタカと何やら話しており聞き耳を立てると過去のこの世界の事なのか知らない名前や知らない建物の名前を出しながら少し大きめな声で話している。ヒデタカはそれを聞きながら頷いていた。
エリカはウメノの診察が終わって何やら行っている。手を動かしたり足を上げたり下げたりとベッドの上で体を動かしている。
「エリカ、足動くのか?」
「ん?少しね。歩いたりするのも少し出来るよ」
「皆歩けないと思ってた」
「完全に歩けないわけじゃないの。少しでも長く歩けるようにリハビリ中」
「そうなのか」
エリカの様子を見てカナエを見る。ならカナエも少しでも歩く事は可能なのだろうか。
そう思いカナエを見ると目が合いベッドに寝ているカナエは特に誰かと話したり本を読んだりするわけでもなくただベッドに寝ていた。
「カナエ」
「ん?」
「カナエは何かしないのか?」
「何か?」
「寝てるだけじゃ退屈じゃないのか?」
「まあ退屈は退屈だけど、私はあまり」
「車に本が何冊もあるから持って来ようか?」
カナエと話しているとカイが話に入って来る。自分の側にいてここに来てからあまり積極的に話していないと思ったらカナエに退屈をどうにかする提案をして来た。
「本があるの?」
「家から持って来た本と、途中で図書館があったんだ。そこから何冊か拝借して来た」
「待ってて持って来るから」
「あ、でも…」
カナエが何か言いかけたがそれを聞かずにカイは走って車に本を取りに行ってしまった。行動が早いなと感心しているとどうもカナエが何かを言いづらそうに視線をさ迷わせている。
「本は嫌いか?」
「いや…そうじゃなくて…難しい字とかはあんまり読めないの」
「そうなのか?」
「それに体力も無くて…あんまりずっと本を持ってたりとか難しいかもしれない」
「だからカナエちゃん。リハビリの時間増やそう?放って置くとますます体力無くなるよ」
カナエがあまり本に対して喜ばない理由を聞いてヒデタカがそう言ってきた。普段から言っているの事なのか困ったような表情をしてカナエに視線を合わせていた。それにカナエは少し俯いて誤魔化すように笑っていた。
「お待たせ!」
そうしているとカナエの答えを聞かずに走って行ったカイが戻って来る。手には元々持っていた本と図書館で手に入れた本がカイの両手に持てるだけあった。
「たくさんあるね」
「見せてもらっても良い?」
「どうぞー」
ウメノとエリカがその本に驚きながらも興味を持ってくれたらしい。そう言えばこの病院にも本があるかまだ聞いていない。昼食の落ち着いた時間にでもなったら聞いてみよう。
「…伝記に純文学、歴史書に…図鑑?」
「ジャンルバラバラね?」
「ジンが選んだんだよ」
「厳選したんだ。持って来たくても来れないのもあった」
「…絵本まであるの?」
「子どもの頃に読んだ絵本だな」
「懐かしくてねー」
分厚く読みごたえがある本ばかりの中に一冊だけある絵本は存在感を放っていた。その絵本を手に取りカナエは一ページ一ページ捲って見ている。あの図書館から持って来た物だ。厳選した本の間に持って来た覚えの無い薄い本があった事に気付いた時はカイは悪戯がバレた子どもの頃のように誤魔化した笑っていたのを覚えている。
その絵本を捲るカナエを見て先程のあまり難しい字が読めないと言っていたのを思い出し、カナエの手の中にあった絵本を取って一ページ目を広げカナエにも見えるように側に座り提案する。
「読んでやろうか?」
「え?」
「ネズミの子どもは花の町へ行きました…」
「待って、待って待って」
「え?」
「恥ずかしいから…」
「…他の本が良かったか?」
「いや…その…、子どもじゃないから私…絵本の読み聞かせはちょっと…」
カイに接するのと同じ感覚でカナエと話すとどうやらこれは良くなかったらしくベッドで寝ているカナエが恥ずかしそうに顔を隠していた。
「さっき難しい字はあんまり読めないって」
「さすがに絵本は読めるから、大丈夫だから」
「ねえジン困ってるから」
「え?そうなのか?」
「ごめんねカナエ…」
「大丈夫大丈夫…驚いたけど」
「ジン君」
カイと同い年ならカイと同じ様に接すればいいのかもしれないと思っていたらそのカイに呆れたような表情をして止めらカナエはカイの言う通りに困ったような表情をして笑っていた。その時後ろから持って来た本を開いていたウメノとエリカに呼ばれて側に行くとベッドの近くの椅子に座るように促される。
「…ちゃんと十七歳の女の子として扱いなさい。絵本の読み聞かせで喜ぶ年頃じゃないから」
エリカに小声でそう言われた。表情やカナエに聞こえないように話している辺りどうやら注意されているらしい。
「…十七歳の女の子としての扱い…?」
「そう、いきなりあんな近くに来たら驚くでしょ?まずはお互い話して距離を詰めてからにしなさい」
「…あれは良くなかったのか?」
「…洗濯の時に男女の洗濯物一緒にしていいのかとか聞いてきたり昨日男女一緒の部屋で過ごすのはいいのかとか聞いて来たのに何でそこは分からないの?」
「洗濯物の事や寝室に関しては両親がそう言うのだって教えてからだ。でも十七歳の女の子の扱い方なんて教えてもらってない」
「いやでもそれは……あ」
「そうかずっと側にいたのは家族だけだものね…」
他人同士の男女で区別するべき事などは両親から教わった事がある。簡単に一緒に過ごさない。体の違いを理解する。寝室は別々に過ごす。などなど教わったが自分と同年代の女性にはこうしましょうなどとは教わっていない。せいぜい力が男性よりも弱いからその子を助けないと思うなら守ってあげなさい、それぐらいだ。
「シェルター…なんと言うか箱入りね」
「箱入り?」
「大事に大事に育てられたって事よ」
エリカがそう呟く。
初対面の夜に自分達が外に出る前にどこで過ごしたか説明をした。地下にあるシェルターで十七年間両親と共に過ごしていたと話すと信じられないと言われてしまった。ただその信じられないと言われた直後にヒデタカとウメノが健康状態を調べて何も問題が無かったため恐らく本当の事だろうと言われ更に信じられないと言う雰囲気になっていた。
自分達にとってはそれが当たり前の日常で毎日朝から番まで家族と過ごして家族に教わり家族と遊ぶのが常だった。本や両親からの話で外の事、まだ世界がこうなる前の事は勿論聞いていたがそれはあくまで話だけだったので想像でしか補えない。
「あのねジン君。十代の若い男女が近い距離にいていいのは家族同士か心を許した恋人同士だけ」
「恋人」
「そう。お互いが好きってなったらだよ。まだ録にお互い知らないのにいきなりぐいぐい行っちゃ駄目」
ウメノがそう小声で話す。エリカも側で頷きながら聞いていた。恋人は知っている。恋愛感情を持ったペアの事だ。
「それじゃ聞くが、恋愛感情を持つ前の男女の距離の取り方は?」
「あれが正しいかもね」
そう言って笑いながらエリカが指を差す。
そこには絵本の開いたカイがカナエのベッドの側にある椅子に座ってカナエと話していた。ベッドに寝たままのカナエは口角を上げて笑いながらカイと話している。
「この絵本、子どもの頃に違う話を読んだの」
「本当?僕も読んでた」
「シリーズが一杯あってね。私は雪の町に行く話を読んでた」
「そんなのあった?それ知らない」
「雪の町で雪だるまと遊ぶ話なの」
「何それすごい楽しそう」
「最後は雪だるまが溶けてお別れだけどね」
「え…」
お互い子どもの頃に共通で読んでいた絵本の話をしている。カナエの話す声はゆっくりだがカイはその声に自分の声を被せる事無く聞いて頷いている。普段は何か興味を持てば肩を叩いたり袖を引っ張りして「見てみて」と急かすカイにしては珍しい光景だ。カナエの話す早さがゆっくりだからそれに合わせているのだろうか。
「あ」
「ね?」
「相手に合わせろって事?」
「まあまあ正解」
「まあまあ外れでもある?」
「後は自分で考えなさい」
対人関係にはっきりとした正解は無いのかと不思議に思う。確かに今までなら家族との接触は生まれた頃から一緒の人間で性格や考えている事も何となくではあるが予想出来るためあまり深く考える事は無かった。しかしいざ、家族以外の人間に会うとなると同じ問いかけをしてとカイとは全く異なる答えが返ってくるかもしれないし、初めの内はその人間、他人の思考なども分からないから首を傾げて質問するしかない。
ステラは人工知能ではあるがその広い知識で何かあればすぐに答えてくれた。
ミナモは自分達より年上で落ち着いており何かあっても冷静に答えてくれたり言葉を探していた場面があったのを思い出させる。
そして現在、新たな人間関係に模索中。しかもカイが上手く接しているという新たな一面が発見された。
「難しいな思考する人間って」
「まあこれから知ればいいよ」
「それじゃよろしく頼む」
「あ、あぁうん」
人ととの接し方は本には無い。
それなら実際に接して知っていくしかない。本で得られる知識は無限にあるが対人関係に関してはこれは生存している人間がいなければ学ぶ事が出来ないため今の状況はかなり貴重だ。
「ジン、カイ」
「ん?」
「なーに?」
「昼食の準備を手伝ってくれ」
「分かった」
「…はーい」
ヒデタカに呼ばれて昼食の準備に着いていく。皆が過ごしている部屋から離れた場所、他の部屋の扉とは違う少し頑丈そうな扉には鍵がかけられておりヒデタカのズボンのポケットから鍵の束が取り出されてその中から一つ手に取ると頑丈そうな扉の鍵は開けられて中へと入れるようになる。
食糧庫なのか中には部屋中に保存食が天井に届く程にあった。シェルターにいた頃も似たような部屋と似たような光景があったを思い出す。
「こんなにあるんだな」
「動ける人がいた頃にかき集めてな」
「へぇ...それでどれを取ればいい?」
「そこの箱の中にあるお粥を二つ、後フリーズドライのスープ五つ。カイはそこの箱の中の水を五本取ってくれ」
「水五本?重い…」
「持って行く時に手伝うから」
ヒデタカに言われた通りに箱から指定された物を取り出す。ヒデタカは別の箱から三つ食料を取り出していた。どうやら食事は五人全員同じ物と言うわけではなく人に合わせて選んでいるらしい。
「粥は誰が食べる?」
「カナエちゃんとハイザキさん」
「柔らかい食事じゃないと食べられないのか?」
「調子が良いと他の物も食べられる。今日は少し疲れてるからこっちにしておく」
「カナエ調子悪いの?」
「昨日からお客様が来てるからいつもと違う環境にはしゃいで疲れてるんだ」
「はしゃいでるのか?」
「少し、楽しそうに見えるかな」
そう言ってヒデタカはカイが持つ五本の水の内二本を持って部屋へと戻る。調理はどこで行うのか、そう聞くとあの部屋の手前に調理器具を持って来ておりそこで温めたりお湯を沸かしたり調理をしているらしい。
案内された調理部屋は狭く、むき出しの棚には食器と調理器具が置かれていた。その一つの鍋を手に取ると水を入れてコンロに火をかける。沸騰したお湯の中に保存容器に入った粥をそのままいれて容器ごと温める。もう一つのコンロでお湯を沸かすと食器を五つ出すように言われて適当に取るとこれじゃないと言われる。
「具体的にどの食器か言ってくれ」
「そこの木のお椀、黒いやつ」
「分かった」
今度は正解の食器を取る。五つ並べるとフリーズドライのスープを入れて沸かしたお湯を中に注いでいく。そうするとただの四角い固形物が崩れていき食器の中には良い香りのするスープが出来上がった。
「二人は?お湯いるか?」
「いらない。今日はパン食べるから」
「分かった」
「見て、何とクリームパンです」
「分かった分かった」
自分達は自分達の食糧があるためそれを彼等と一緒に食べる。今日はカイがヒデタカに見てと言っていたクリームパンだ。中に入ったクリームは柔らかく甘いがパンは少し固く何度と噛むことになる。
「飲み物は?」
「水あるから」
「温かいのがいいだろ」
「別に冷たくても…」
「水筒の水、鍋に入れな。それお湯も入れていい水筒だろ?」
「さあ…試した事はない」
「多分平気なやつだ」
そう言ってヒデタカは自分達の水筒の中身を冷たい水から温かいお湯にした。何でも内蔵を温めるのは良いらしい。ほんのり温かくなった水筒と彼等五人分の食事が用意出来たらトレイに乗せて運ぶ。
「ご飯ですよー」
「昼食だよ」
「どこに並べればいい?」
「ベッドにトレイごと乗せて」
そう言ってウメノが三人のベッドに何やら操作すると彼等のベッドにテーブルが出来上がる。
「…便利なベッドだな」
「そう。動かなくてもご飯がここに置けるの」
「それじゃ置いておくぞ」
「…どうも」
まずはジュンのベッドに置く。目を合わさずに短く礼を言われた。ジュンはあまり話しをしてくれない。言葉を作り上げるのが下手なのだろうか。それとも自分やカイがまだ人との接し方を上手く出来ていないせいだろうか。
「ありがとうねー」
「いいえ残さず食べて下さいね」
「勿論!」
ヒデタカはエリカに食事を置いた。エリカの明るい声がよく聞こえて振り向くと目が合い笑ってくれる。カナエとジュンと違い、エリカの食事は粥ではなかった。ヒデタカやウメノと同じ食事だ。
「カナエここに置く?」
「うん。ありがとう」
「これで足りるの?」
「うん。平気」
「…隣で食べていい?」
「私、すごい食べるのゆっくりだよ」
時間かかって待たせちゃうとカナエが言う。
「じゃあ僕もゆっくり食べる」
「ご飯食べたらまたお仕事あるんでしょ?私のせいで遅れちゃうから」
「…分かった」
カナエの側で昼食にするのを諦めたカイが側に来る。笑ってもない悲しんでもいない、言葉にし辛い表情で側にいた。
「その顔何?」
「お腹空いた顔」
「そんな顔なのか?」
「そうだよ」
「ほら食べるよ。座って二人とも」
ウメノはカナエの側に、ヒデタカはジュンの側に座り自分達はエリカの側にあった椅子に座り昼食を開始する。見ると、粥以外の三人は手を使って当たり前に食べるがカナエとジュンは手の力が弱いのかゆっくりとした動作で少しづつ少しづつ口に運んでいる。時折溢してしまいそれをウメノとヒデタカが食事の手を止めて片付ける。
あぁだから毎日シーツを洗濯しているのか。
「ジン、カイ」
「ん?」
二人の様子を見ているとエリカが話しかけてくる。
「午後はどうするの?」
「洗濯物が乾いてたら取り込んで…その後は掃除?」
「あたし、散歩に行きたいの。手伝ってくれない?」
「散歩?」
「車椅子を押してくれない?」
ウメちゃん先生、いいでしょ?とエリカが尋ねる。ウメノはヒデタカと顔を見合わせた後に頷いて了承した。
「掃除が終わったらね」




