病院【健康診断】
先生、先生。すぐに来てください。
いつになく慌てた様子で飛び込んで来た彼女に驚きながら何があったのかと尋ねると外に生きている人が二人もいるらしい。
この世界に残された貴重な人間だがそれだけで招くかどうか判断がつかずにいたがその二人はしっかりと武器を持っているのが見えたためここに残された物を奪う目的もあるかもしれないと慌てながら彼女は私に伝える。
「どうすればいいでしょうか?」
「こちらも護身用の銃はあるからそれを持って行こう」
「何とお話しましょうか」
「まずは目的を聞こう、それで判断しづらいかもしれないかど敵意が無いのが分かればいいけど」
「敵意が無いと分かれば…招き入れます?」
「…どんな二人だった?」
「男の子です。二人とも若い…多分十代か、二十代…とても若い男性です」
「若い?しかも十代か二十代ぐらい?」
「はい。どう見てもそれぐらいにしか」
驚いて聞き返す。十代二十代程にしか見えない若い男性。この世界でそこまで若い年齢が両足で立って生きている事実はにわかに信じがたい。
「若返りの治療とかで見た目の年齢が止まってるんでじゃないか?」
「だけどその治療も後遺症があったじゃないですか?耳が聞こえなくなったり目が見えなくなったり…彼等はそんな風には見えなかったんですよ」
「五体満足?」
「五体満足です」
本当にか?と疑いの気持ちが強くなり、彼女が嘘を吐く事は無いしこんな嘘を吐いても特に何かあるわけでもない。こうなると後は自分でその事実を確かめる他無いだろう。
「あ、それと…」
「何か?」
「肌が白いです。不健康な白いじゃなくて…本当に日を浴びた事が無いぐらいに真っ白な肌でした」
「外国人…?」
「いえ、肌が白いだけの同じ国の人間です」
「地下にでも籠ってたのか?」
ますます疑問が増えていき首を傾げながら護身用の銃を持ち院内の彼等に声をかけて件の彼等に会いに行く。
女性がいなくなってからしばらくするとあの洗濯物が干されていた場所に再び物音がして視線を向けると今度は何と、女性と男性一人づつ出てきた。シェルターを出て以来父親以外に男性に会うのは初めてでどう声をかけようかこれまた考えているとこちらが口を開く前に向こうから声をかけてきた。
「…初めまして」
「は、初めまして…」
「初めまして!こんにちは!」
「こ、こんにちは…」
向こうは恐らくこちらを警戒しながら言葉を選んでいるのだろう。当たり障りなく同じ言葉で返したが隣のカイが元気良く挨拶をして向こうの二人も驚いている。
「あー…君達、どこから来たの?」
「どこから?住んでいた場所を言えばいいのか?」
「ま、まあ…うん」
「ここから随分離れた場所から来た。道順を正確に言えばいいのか?どう言えばいい?」
「この前には神社、神様がいる所にいたよ。その後適当に走ってたら夜中にチカチカ光る所が見えたからそこを目指したらここに着いたの」
「…夜中に…あぁなるほど」
何か思い当たる事があるのらしいがはっきりと答えてくれない。ミナモの時はすぐに仲良くなれたと思ったが今回はそうもいかないらしい。
「なあそっちに何かしようとかは悪い事は企んでいないんだ」
「それならこれは仕舞うのでー」
カイがナイフを外して車の中に仕舞っていく。もう少し警戒心はあった方がいいと思う。
「…それじゃあ聞くが…君達はここに来て何をしに来た?何をしたい?」
「人がいるなら話を聞きたい。どんな話でもいい、俺達はこの世界がこうなった後に外に出てきたから何も知らないんだ」
「仲良くなれたらいいねえ」
「食糧を奪おうとかそう言う気持ちも無い。自分達の分はある。でも逆にあげる気も無い」
敵意は無い。何かを奪おうとする気も無い。欲しいのは生存者の話と可能であれば病院と言う事もあり医学的な知識を教えて欲しい。
「医学的…?」
「今後何かあれば知っておいて役に立つだろ」
「考えてるねえ」
「カイも必要最低限覚えておきな」
「…考えておく」
自分達の気持ちを伝えて後は向こうの回答を待つ。
「……一旦その武器をどっかにやってくれる?」
「それならそっちもその武器をどこかへやってくれ」
「君が、それを撃たない保証は無いだろう?」
「あなたもそれを撃たない保証は無いだろう」
「…ねえあんまり警戒しないでよ」
カイが服の袖を引っ張り耳打ちするが、交流したいのは本心だが向こうが自分と同じ様に銃を持っている以上は対等であるようにこちらも銃を捨てない。
「……分かった」
「先生、いいんですか?」
「こっちが銃を捨てたら君も捨ててくれ。それを確認したら君達を招き入れるからそこで待っててくれ」
「分かった」
「中に入れてくれるの?」
「とりあえずな」
“先生”と呼ばれた男性がこちらに見えるように分かりやすく銃を置く。それを確認したらこちらも同じ様に銃を置いて置いた場所から離れる。お互い目を逸らさずに様子を見ると男性は頷いて一緒にいた女性と共に姿を消す。
「…ちょっと怖かった」
「怖かったか?」
「撃つんじゃないか?撃たれるんじゃないかって」
「…必要な警戒とは思うけど…なかなか心臓に悪いな」
一息吐いてうるさく鳴る心臓を落ち着かせていると病院の扉がゆっくり開いた。中から先程の男性が一人こちらを確認すると銃は持っていませんと分かりやすく示すためか両手を挙げている。真似してこちらも挙げると安心してくれたのか向こうも大きく息を吐いた。
「こちらへ」
「お邪魔します」
「よろしく頼む」
カイと共に病院の中へと入ると今まで嗅いだことの無い独特な匂いに少し顔をしかめる。
「…改めて、私はノグチだ。君達の名前を聞いても?」
「俺はジン」
「僕はカイ」
「…?名字は?」
「名字?必要無いから名前だけ覚えていればいいと言われたから知らない」
「…必要無い?」
「おかしいか?」
「いや…不思議なだけだ」
「ノグチは名前なの?」
「いや?名字だけど」
「何で名前を名乗らないで名字だけ名乗るんだ?名前は?」
おかしな名乗り方をするものだと不思議に思いながら尋ねると困惑したように答えた。
「ヒデタカ…」
「よろしくヒデタカ」
「よろしくねーヒデタカ」
「……タメ口」
挨拶をしたのに何故か更に困惑していた。何に困惑しているのか首を傾げているとヒデタカはその理由を答えた。
「君達まだ若いだろ?私は君達より随分年上だけど…普通ならそう言う時は敬語を話すと思うが」
「年上だと敬語を使わないといけないのか?」
「そうなの?」
「周りの大人にそう習わなかったか?」
「両親に敬語なんて使わない」
「パパとママは僕達と対等だってさ」
「あ、あぁそう…」
初めて見る表情をヒデタカはしていた。笑ってはいるがひきつっていて笑ってはいるが何だか無理やり笑っているような誤魔化すような嫌な笑い方だった。
「ところで聞きたいんだが…」
「え?」
「ここは病院として機能しているのか?」
「かろうじてね…」
「じゃあ人が他にも何人もいるの?病院って人を助ける所なんでしょ?」
「……ここには私を含めて五人いる」
「そんなにいるのか?」
「そんなに?」
先程見た女性とその他に後三人もここで生存していると言う事に驚く。確かにステラやミナモの話では世界がこうなってから至る所で身を寄せ合い生存していた人間はいるらしいが自分達がここに辿り着くまでにそこまで多く人間が一つの場所に生きていると言う事実は驚いた。
ヒデタカとあの女性以外に人がいるなら話を多く聞けそうだ。
「ヒデタカ。食糧は自分達の分がさっきあるって言ったのは覚えてるか?しばらくここに滞在しても?」
「しばらくって…具体的には何日?」
「まずは三日間、勿論ヒデタカ達が出ていけと言うならすぐに出て行く。大丈夫であれば滞在期間を延ばしてここで情報や知識を十分に身につけたら出て行く」
「僕達まだまだ知らない事多いからお願い」
「………」
「駄目か?」
「その前に確認したい事がある」
「何を?」
「健康状態」
そう言って案内されたのは小さな部屋だった。壁は真っ白であるがいくつもの写真や端から端まで文字が書かれた紙が白い壁を隠すように貼られていた。背もたれの無い、椅子だろうか。それが二脚。何とも寝にくそうで小さいベッドらしきものもある。椅子の側のテーブルにもいくつもの紙や本があった。
何だか不思議な雰囲気の部屋だと思っていると金属音がし、その方向を見ると初めて見る物ばかりが並べられている。銀色のスプーンのような物や小さな明かり。何に使うのかと見つめていると部屋の椅子に座ったヒデタカが向かいの椅子に座るように促す。
「まずは君から確認する」
「健康状態を?」
「そう。その後に君も診る」
「はーい?」
何を確認するのかいまいち把握していないカイは部屋を眺めている。そんなカイを横目にヒデタカと向き合った。
「改めて、ジンって言ったね」
「そう。ジン」
「年齢は?」
「十九歳」
「十九歳…やっぱり若いな」
「若い事に何か?」
「いや…ちょっとそれじゃ…目を見て」
「…?」
言われた通りに目を見つめる。すると目の前にヒデタカが指を一本立ててこの指を追うように指示される。何の意味があるのか言われた通りに視線を追う。次に手に触れて手首にも触れる。ヒデタカの手は乾燥していて皮が剥けていた。
「手を開いて、閉じて。ゆっくり開いて」
「立って見せてくれ」
「背中を見せて」
何だか体をやたらと見られ一ヵ所一ヵ所きちんと機能しているのか確かめられるように動かされている。
「視力、聴力問題無し…身体機能も大丈夫そうだな」
「まあ…特に異常は感じた事は無いな」
「じゃあ次、腕だして」
「はい」
素直に腕を出すと何やら探している。次に探していた物が見つかったのかそれを持って振り返るヒデタカに思わず椅子から立って距離を取る。
「座って」
「…何する気だ」
「採血、ちょっと血を取るだけ」
「そんな事してどうする」
「健康状態を診るって言っただろう?見た目だけじゃなくて体の中の健康状態も確認するから必要なんだよ」
理由は分かったが素直に従えない。つまり今からその針でどうにかして自分の血を取ろうという事だろうと分かると黙って従い腕を出す気にはなれない。
「…何それ?」
「何って…注射だよ」
「注射って?」
「血管に針を刺してそこから病気に対するワクチンを接種したり血を取って健康状態を調べたりするのに必要な物だ」
「腕に針を刺すの!?」
自分が椅子から立った事で不審な目でヒデタカを見つめていたカイが今から行おうとする事とヒデタカが持つその危なげな道具に驚く。
「君達注射した事無いのか?」
「ワクチンとか接種した事無いの?」
そう言って部屋にやって来たのは先程の女性だ。手には何やら紙とペンを持っている。
「ワクチン?そんな針でやった事はない。覚えてるのは口から飲んだ」
「経口摂取のワクチンか…なるほどね」
「一瞬痛いだけだ。すぐに終わる。十九歳だろ?子どもじゃないんだ頑張れ」
「年齢は関係あるのか?針を刺す行為は年齢重ねて慣れるものじゃなくて過去の経験がどうにかしてくれるものじゃないか?」
「……そうかじゃあここで経験して馴れろ」
「待て、急かすな。ちょっと考えさせてくれ」
ヒデタカはそう言うがそもそも腕に針を刺して血を取りますという行為が果たして安全なのか疑問なのだ。もしかするとここに来たのは失敗だったろうか。人がいるし病院の医学書や知識を得たいが今から逃げ出しても構わないだろうか。
「…ねえジンの次に僕もやるの?」
「やるよ」
「…嘘でしょ」
「…別に嫌がらせでやるわけじゃないんだ」
ため息を吐きながらヒデタカは話す。
ここは病院であり怪我や病気の人間を助ける場所である。過去に何人も治療して何人も看取ることなり後悔もあるという。
そのため今日新しく来た自分とカイに何らかの体の異常が無いか確認し、治療が必要な状態ではないか内部までしっかり診ておきたい。敵意が無い、貴重な生存者なら可能な限り生き延びてほしいと思っているとヒデタカは話す。
「……」
「それに」
「それに?」
「ここには入院患者がいる」
「入院患者?」
「私とウメノが治療をしている三人の患者がいるんだ。彼等は体が弱っているし、君達が知らない内に外で病原体を貰っていたら体が弱っている彼等には致命傷になる」
「そんなの無いと思うけど…」
「病原体は見えないんだ。だから内部の健康状態を診るんだよ」
「ちょっとでいいからね」
ウメノの呼ばれた女性が両手を合わせて頼んで来る。ヒデタカも椅子に座ったままこちらを見て腕を差し出すのを待っていた。他にも人がいる、しかし自分達の責任で彼等の命が危ぶまれる可能性がある。恐らく二人に取っては自分達よりその三人の入院患者とやらの方が大切だろう。自分達に生き延びてほしいと思っていると言う時よりもその話をしている時の方が切羽詰まっていた。
「…分かった」
「…分かってくれて嬉しいよ」
再び椅子に座りヒデタカと向き合う。腕を差し出するとウメノかゴムひものような物で腕を縛り何の意味があるのかと思ったが次にヒデタカが腕を指で叩くようにして何かを確かめている。
「…採血ライトあれば一発なのに…こういう時に昔のやり方が役立つんだな」
「採血ライト?」
「針刺すのにいい血管を見つけてくれる医療道具だよ…壊れて使えなくなってな…あ、ここだな」
「ちょっとチクッとするよ」
「分かった…」
「力抜いて」
「…分かった」
今から針を刺すというのは緊張する。ついヒデタカが自分の腕に針を刺す動作を見つめていると動きを止めてこちらと目を合わせる。
「…刺す所見るのか?」
「…自分の血ってあんまり見ないから…」
「あぁ…そう。刺すぞ」
そう言って細い針が皮膚を突き破り刺さる。一瞬届いた痛みに少し顔を歪ませたがすぐに慣れるもので針と一体になった容器に赤い自分の血が溜まっていくのを見つめていた。赤い、暗い赤い色の血だ。人の血は見た事があるが毎回思っていた色よりも暗いその色に気分が沈む。
「ヒデタカ、この色って健康?」
「それはこれから調べる」
「気分は悪くない?」
「平気だ」
「それじゃ抜くぞ…また一瞬痛いぞ」
健康状態を調べるのに十分な量を取れたらしく刺さっていた針は抜かれる。血が入った容器はしっかり蓋をされてウメノに渡された。
「それじゃ次は…」
カイの番だと思い振り返ると青ざめてカイはその場に倒れた。背負っていたリュックごと倒れてしまい中に入っていた水筒だろうか、それが床とぶつかりうるさい音を立てた。
「…カイ!?」
「え?ちょっと!どうした!?」
腕まくりした状態で倒れたカイを抱き起こす。青ざめて体の力が抜けている。何があったのか皆目検討がつかず混乱しているとヒデタカが側に来てカイの顔を覗き込み手を取り何か確認している。
「…気失ってるな…」
「え?」
「ウメノ、この子ジンの採血見てた?」
「見てました。ずっと」
「それでか…大丈夫だ。ちょっとベッドに寝かせよう」
訳の分からないまま気を失ったカイをヒデタカと一緒に部屋のベッドに寝かす。本当に気を失っただけらしく目を閉じたままに眠るように呼吸をしていた。
「血、駄目か」
「注射もした事が無いみたいでしたし…それですかね」
「…どういう事だ?」
「迷走神経反射って言ってな…まあ血を見たり針や注射からの恐怖心で気分が悪くなったり気を失う事があるんだ」
「そんなのがあるのか?」
「あるよ。そう言うのがな」
「…ヒデタカは医者なのか?」
「今更か?私もウメノも医者だよ」
「名乗っていなかったから…知らなかった。そうか、二人とも医者なのか」
「そう。この病院にたった二人のね」
明確に職業を持っている人間に初めて会った。ミナモも水族館の飼育員だが世界がこうなる前からの飼育員ではない。この二人は恐らく世界がこうなる前からここで医者として働いていた人間なのだ。
「その内目覚ますだろうから今の内に診察しておくか」
「そうですね」
二人の医者の存在に感心していると自分を置いて気を失っているカイをさっさと診始めた。そんなに健康状態を知りたいのと少し呆れたがカイを診ていたウメノが採血をした場所にテープを貼る。
「?痛くないけど?」
「止血するから貼っておいて、三十分ぐらいしたら取ってね」
「分かった…」
腕は貼られたテープに少し血が滲んでいた。どうやら採血した後に動いた事で少し出血してしまったのだろうか。
ベッドの上で気を失ったままに同じ様に採血されるカイにもウメノはテープを貼る。青ざめて未だ目覚めないカイの頬を撫でながら健康状態を知らされるまで待つ事になった。




