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病院【始まり】

子どもの頃の最初の記憶はまだ人が大勢いて大きな家で暮らしていた記憶からだった。家から外に出れば大きな建物が並んでいる通りに出て服やお菓子、玩具が並ぶ夢の建物で両親に手を引かれてやって来ていた。

『ようこそお越しくださいました』

両親を知っているの大人が笑った後に深く深く頭を下げていた。父を見て、母を見てそして自分を見て笑う。利発そうなお子様ですねと褒める言葉が必ず並ぶ。両親を見て頭を下げる大人は何故か好きになれなかった。影に隠れて様子を伺うように見つめる自分にひたすら笑いかける大人とつまらなそうに無表情になる大人がいた。

多くの人が存在していた記憶から少し経った記憶は母のお腹が大きくなっていた記憶だ。

『お母さんのお腹にねあなたの弟がいるのよ』

おとうと

エコー検査で弟だと分かったらしい。自分に兄弟が出来る。この家の中を走る子どもがもう一人増える事が嬉しかった。母のお腹がどんどん大きくなる事に不安を覚えた。こんなに大きくなって大丈夫なのかとお腹にふれるとそこに誰かいるという感覚も未知の物で遠巻きにしていた。

そして母が出産した時に小さく脆く誰かに支えられないと生きてはいけない赤ん坊。弟が誕生した時ただ戸惑っていた。母に促されて初めて母のお腹越しではなく触れた時、柔らかく熱い存在に守るべき存在だと愛おしくなる。

その時側にいた父が自分の肩に手を置いて呟いた。

『必ず支え合って生きろ』

その時の父の表情は何かに耐えるように悲しげな表情だった。

その表情の意味を理解する事が出来なかった。当たり前だ、生まれて二年と少ししか経っていない自分に分かるはずがない。分からないまま頷いて父から目線を逸らして再び興味を弟に移す。

一月二月三月経ち、何故か自分は外に出なくなっていた。両親、特に父が忙しくしているにも関わらず自分は外に出ずにひたすら中にいた。元々暮らしていた家の敷地内で怪訝な顔をした大人達が穴を掘ったり何か作業している。それも何ヵ月もだ。

『何を作っているの?』

『大事なお家よ』

『ここがお家じゃないの?』

『もう一つお家が出来るの』

『何で?』

『何でだろうね』

母はそう言って悲しげに自分の頭を撫でた。

それからその作業が終わるとまた慌ただしく家具や食糧を運んで行く。家の敷地内に出来た地下に続く階段にどんどん運び込まれていく。家の中が段々と空になっていく。これは大きいから諦めよう。本はなるべくたくさん、退屈させないようにしよう。

『ジン。お引っ越しするよ』

『どうして?』

『ジンとカイを守るためだよ』

『そうなの?』

『そう。ほら、おいで』

父に手を引かれる。階段を降りる。

地下に作られたその家は温度が低く階段を降りきると厚い扉が閉められて音が響きその瞬間怖くなり泣き叫んだ。

地下は電気が点いていて明るかったが外に出たいと泣き叫びまだ赤ん坊のカイがつられるように泣いた。両親は黙って抱き締めていて背中を撫でて泣き疲れて眠る。それを繰り返したある日、大きな揺れが響いた。

『あぁ…始まったか…』

父が天井を見て呟いた。

大きく揺れる。何か崩れる音がする。地下にいる自分達は埋もれるのではないかと恐怖してまた泣き叫んだ。今度は息が困難になる程に叫んで泣いた。


「……」

目が覚めて視界に入ったのは今の家となった車の天井だ。

外は暗く、日が昇る様子も無い。久しぶりにこんな真夜中に目が覚めた。もう一度目を閉じ眠ろうとするが一度覚めた目はなかなか眠りに落ちてくれない。隣で眠るカイを起こさないようにゆっくり起き上がり車の外に出る。

「…寒っ…」

寝る時の格好では寒い。両腕で自分の体を抱き締めるようにして温める。

「……はぁ」

本当に久しぶりにあの時の夢を見た。

恐らくこの国が攻撃されて滅亡が始まった日の事だ。この国もやり返したそうで結果双方壊滅。これで今まともに機能している国はもう無いだろうと言う事を父から教えられた。

すぐに教えられた訳でない。地下にいたあの日、激しく揺れる世界に響く攻撃音。攻撃を免れるために怪訝な表情をされて作られたそのシェルターは確かに無事だった。ただその事を理解出来ない自分とカイは混乱して泣き叫び自分に至っては声も出なくなってしまった。元々明かりはあるとはいえ自然光ではない明るさのシェルターにストレスもあったのだろう。

シェルターには自然光を取り入れるために天井が厚い防弾ガラスで作られている場所もあったがそれが開放出来たのはシェルターに生活を移してから約一年後だった。

(また喋れるようになったのもそれぐらいからか)

喋れる言葉の数は少なかったとはいえ口を開いても何も音が出ないのは不便なものだった。出切ればもうああなりたくはない。

「…寝れないな…」

昔の事を思い出して頭がぐるぐる回る。気持ちが落ち着かない。何も考える事をしなければこんな風に覚醒したり気持ちが落ち込む事も無いだろう。

「…寝れないの?」

「…ごめん。起こしたか?」

「うん…外に出た時から起きた…すぐ戻って来るかと思ったけど…戻って来ないから…」

毛布に身を包んだカイが半分も眠った表情で隣に来る。

「ん」

「…ん」

身を包んていた毛布を半分差し出して来たため受け取り二人で毛布に包まれる。それでも外にいる分まだ少し寒い。

「何かあった?」

「夢見た…シェルターに住み始めたばっかりの頃の…この国が滅び始めた日の夢」

「僕は…覚えてないや…」

「カイは赤ん坊だったから…」

「怖かったの?」

「そりゃ怖かったよ。上からすごい音がして揺れて…シェルターが壊れて埋まると思ってた」

「良かったねえ…生きてて…」

「うん…結果生きてるんだけどな…」

それでももしあの日助からなかったらと言う未来も想像してしまう。たらればの未来を考えていたらきりがない。しかも生きているのに不幸な方に悪く悪く考えてしまう。よろしくない。

「…難儀なもんだな」

「難儀だねえ」

「起こしてごめんな。寝よう」

「うん寝よう…ん?」

「え?」

夢の続きを見ないように眠ってしまおうと思った時にカイが半分寝ていた目を開いて自分が背中を向けている方向を見つめる。それにつられるようにして同じ方向、後ろを向くと光が夜空の星と月の明かりしかない夜にチカチカと光る物が見える。

「…何だろう」

「さっきまで光ってなかった…あっちに電気が通ってる建物があるのか?」

「今度はあっちに行ってみる?」

「そうだな…適当に進んでたけど方向が決まったな」

「よし、それじゃ寝よう寝よう」

光が放つ方向を覚えて再び車に戻り眠りにつく。外にいた分すっかり体が冷えている。毛布に包まれて手足を擦り合わせながら目を閉じる。まあ閉じてすぐに眠れるはずもなくしばらくは寝返りを打ったりとひたすら眠気が来るのを待って目を閉じている。隣のカイは元々寝ていたのを無理やり覚醒させられたからすぐに寝入ってしまった。

「……」

たまに生きている事を不思議に思う。

たまたま両親に守られて生き延びる事が出来た。自分と同じ年代の人達はまだ一度も出会っていない。ステラは人工知能で年齢は知らない。ミナモは一回り程年上だった。ムギは…自分達より年下。

自分やカイと同じように守られた人はいないのだろうか。外の出来事で全て死んでしまったのかそれともまだ出会っていないだけなのか。会って何をするかなんて決めているわけではないが、ただ言い合いたいのだ。

“生きてて良かった”

自分とカイが認め合う以外にもその言葉を言い合う人間が一人でもまだこの世界にいればいいのに。


そう思いようやく眠りについて明るくなった頃に目を覚ます。濡らしたタオルで顔を拭いていつものように朝食を食べると昨日の夜に光っていた方向を確認して走り出す。

電気がまだ通っている建物は思いの外多く残っていた。自家発電や予備電力で長く電気が使えるらしい。それらに頼っていない、必要無いと感じていた建物は暗く、中には大きく天井に穴が空いてそこから自然光が降り注いでいたのは確認出来た。

自家発電や予備電力が可能が建物、今まで見てきた中では人が多く集まるであろう建物がそうだ。多く集まり何かあった際の避難の場所としても使える建物。

そこでふとある事に気付く。

「どんな場所だろうね。ジン」

「…なあカイ…途中で光がある事に気付いたよな」

「うん。それまで何も無かったのに」

「じゃあ、光がついてなかったけど俺達が起きてた時に光がついた」

「そうだね?」

「そうすると…光を消したり点けたりする操作をした何かがいるって事か?」

「…あっ、そういう事?」

「あの方向に…ステラみたいな住人や、ミナモやムギみたいにもしかしたら生きてる人がいるかもしれない」

「勝手にその時間帯になると点くって言う発想は?」

「それにしてはだ。あんな時間に点くのが不自然だ」

「なるほど…話が出来る人がいるなら楽しみかも!ステラやミナモ、ムギの事を話したりしてさ」

「どんな人か分からないだろう」

悪人か善人か、それは会ってみないと判断がつかないが。

車をひたすら走らせ瓦礫を避けながら進んで行く。この国が他国がこうなった原因は様々な要因があるが人の悪意が招いたという原因もあると教えられた。カイ以外に話す大人が自分達を無償に愛してくれる両親以外にいなかった自分達はその悪意を持つ人間と言う存在にまだ触れていない。今まで話をしてきた会った存在が自分達に対して敵意を向けるような存在ではなくむしろ友好的な存在であった事はもしかすると奇跡に近い事なのだろうか。

これからもし、出会う人間が自分達の何かを奪う悪意を持つ人間ならば護身用にと持たされたこの銃を人に向けて撃つ日が来るのだろうか。

あの映像で見たように撃てば倒れて人は死ぬ。

守るためとは言え出来るだろうか。

「ジン」

「ん?」

「あれかな?」

「…赤い十字…病院か?」

「病院…?」

周囲にも建物あったが崩壊していたり半分しか残っていないのに対してこの病院はあまり崩壊が見られない。壁に穴が空いている部分もあるがそこが布で隠されている。

「…洗濯物が干されてる」

「え?本当だ」

車を停めて降りると洗濯物らしき服が風を受けて揺れているのが見える。やはり人が生活している。

「服が…一着二着…三着…」

「もしかして何人もいるの?」

「かもしれない…病院だからか?」

人を助ける設備が整っているのだ。もしかするとここに複数の人間が生存していて生活を共にしているのだろうか。

「入る?」

「…いきなり入るのは警戒されるかな」

「じゃあお友達作りに来ましたって言ってみる?」

「俺は医学書とかあればそれを読ませてもらいたいな」

「…ジンは何でも本なら読むねえ」

「恋愛小説はいまいち理解出来ないから読まないけどな、それ以外なら何でも…」

そうどう言って中に入るか考えていると人影が見えた。風に揺られる洗濯物に手をかけて一着づつ丁寧に取り込んでいく。こちらに気付いていないらしくひたすら洗濯物を取り込んでいた。

白いシャツに黒いズボンを履いた、肩ぐらいまでの黒い髪をした女性だ。

「…人だ」

「やっぱり人がいたんだ」

ミナモに続いて家族以外二人目の人だ。

さてどうしたものかと声をどうかけようかと考えていると隣でカイが息を飲んでまさに向こうにいる女性に声をかけようとしているので一度止める。

「何で?せっかくいるのに」

「驚くだろ?まずは大声で声をかけないで慎重に」

「でもあの距離だと大声出さないと気付かないよ?」

「それもそうだけどまずどう声をかけるんだ」

「挨拶じゃない?ねえジン、銃置いたら?」

「…ん~それは」

向こうが善人かどうか分からないだろうと考え話していると視線を感じた。

「…あ」

大声を出さないと気付かないと思われていたが意外と声はこの距離でも届くらしい。洗濯物が入った籠を抱えたままにこちらを見ている女性。目が合いしばらく無言のまま見つめ合う。

「…こんにち」

カイが挨拶をしようとすると女性は早足で消えてしまった。突然の見知らぬ人間に驚いてしまったのだろうか。

「いなくなっちゃったね」

「…もしかしたら中にいる人達に伝えに言ったのかもかもな」

「何で他にもいるって分かるの?」

「洗濯物の数が多かったからな」

「なるほどね」

「…仲良くなれるといいけどな」

「仲良くしたいねえ」

もしかしたら次にこの病院の建物が開いたら銃でも構えてくる可能性もあるが、その時はどう敵意が無いと伝えよう。この病院の中から動きがあるまでカイと待つ事にした。



洗濯物を持って慌てて走る。心臓が飛び出ると思ってしまった。だっていつものように彼等の洗濯物を取り込んでいたら感じた人の気配。僅かに聞こえた男の声。

視線の先には二人の青年がいた。

一人は切れ長の目に随分整った顔立ちをしている。黒髪の艶が若さを主張するように輝いていた。

もう一人は大きな目に男性にしては可愛らしい顔立ちで栗色の髪をしている。隣の切れ長の目の青年よりも幼く見えるが目元以外はどこか顔立ちが似ていた。

ただ太股に見えた武器が一気に青ざめさせてとにかく何とかしなければと守るべき彼等の元に走る。







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