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図書館

その建物の中に入るとジンは目を輝かせた。

水族館から発って車を走らせ着いたのは特に特徴の無い建物だった。歪んで扉の意味が無くなった入り口から中へと入るとまずは階段とエレベーターがある。エレベーターを使おうとボタンを押してみるが動く気配は無かった。その様子にエレベーター嫌いのジンは安心していた。途中で停止したら閉じ込められると怖がっているのはいつか治るのだろうか。

階段で上へと上がるとその先に何とも小さなカフェがあり、中の椅子とテーブルも片手で数えられるぐらいしかない。

いつものように探索して食糧を見つけようとするとジンがある文字に目を奪われていた。

「…図書館」

「図書館?」

「本がいっぱいある所だよ」

「本が?」

「そう!本が!」

水族館に泊まった時もミナモが持っていた本を読んでいたが読むのが早いジンはミナモが説明していた立体映像図鑑以外は読み切っていたが、それでもまだまだ読める本があるなら読みたいらしい。階段を駆けて行くジンを追って行くとそこには確かに本がたくさんある空間があった。

棚は所々抜けているがこんな大量の本は初めて見る。

「すごい…すごいぞカイ!見てみろこんなに本が!」

「あ、うん」

「今日は泊まるぞここに!」

「何日泊まる気?」

「まあまあそうすぐ何泊か決めなくてもいいだろ?」

一番近い棚から本を一冊二冊三冊と取り側にあるソファーに座りページを捲る。

「……」

これは長くなる。

ジンは何でも読む。その中で特に好きなのは科学や歴史、人が見つけた発見した物を綴る本や研究してきた歴史を読むのが好きだ。文学や伝記も読む。シェルターにいた頃に棚いっぱいにあった本は端から端まで読みつくし、気に入った本は内容を一度読めば覚える事が出来るのに何度も繰り返して読んでいた。

ただ好まないのはファンタジーや恋愛小説は好きじゃない。どちらもジンにとっては“現実的じゃない”と一言で読みはするけど一度で終わる。

自分はファンタジー小説は好きな方だ。人が魔法や空想の動物と語り合いながは共闘したり争う展開にそれぞれの正義や信念を貫くのが好きなのだ。何より想像力を高めてくれる。

恋愛小説はよく分からないが人が人を好きになるのは素晴らしいと思う。

「…難しそうな本ばっかり」

ジンがひたすら活字を追っているのを見て自分も何か読んでみるかと一番近い棚を見ると“偉人コーナー”とあり知らない名前の人間が題名となった本がいくつも並び、一冊手に取り読んでみるが面白いと思えず他の棚へと行く。

「……?」

大きさがバラバラでページ数の少ない本、子どもの頃に読んで貰った絵本がたくさんある。

「わ、懐かしい…」

シェルターを出る時にいくつか本を持って来たが“もう子どもじゃない”と言う理由で絵本は全て置いて来た。持って来た本はジンが選んだ最初から最後まで文字だけの分厚い本。

「…やっぱり持ってくれば良かった」

今から戻って取りに行こうとも何ヵ月かかるか分からないし戻った道に食糧はもう無いだろうからそんな真似は出来ない。

ジンのように近くの椅子に座り絵本を開く。これを読んでくれたのは母で、たまに父、そしてジン。

色鮮やかな絵が好きで何度と読んで貰い、字を覚えてからは一人で読んでいた事もあった。

「…ん?同じ絵だ」

懐かしさを感じていると同じ絵柄の絵本がまだある事に気付き、題名も少し違う。どうやらこの絵本はいくつか違う話の物があるらしい。

「こんなにあったんだ…」

同じ登場人物が別の話の中で動く描写は不思議な感覚だったが、あのシェルターにあった一冊の絵本の中で完結していた物語にまだ続きがある事が何だか嬉しくも感じた。

「ジン、ジン!」

「……」

「これ見てよ!昔読んだ本の別の話!」 

「…ん」

「何回も読んだよね。懐かしくない?」

「…そうだな」

「…聞いてる?」

「聞いてる…」

聞いてはいるけど関心は無いようだ。

ジンは何を読んでいるのか覗いてみると推理小説のようで読むのが早いジンはさっさとページを捲っている。

「…面白い?」

「面白いよ。何でこんな面倒な手間かけて人を殺してるのか解いていく様が面白い」

「…ふーん」

「読む?」

「いい…」

そう言って絵本を元の場所へと戻ししばらく動かないジンを見て走り出したジンを追ったため見れなかった下のカフェに探索に行く事にした。

「ジン、下のカフェに行ってくるね」

「駄目」

「何で?」

「俺も行くから駄目」

「小さいカフェだし一人で十分」

「待ってろ…これ読み終わったら行くから…」

そう言って鈍器のような分厚い本を手にしたジンを見て読むのがいくら早くてもこれは時間がかかるぞと分かり口ではとりあえずジンに「分かった」と言ったが目線が本に移ったのを確認してゆっくり慎重にここから出る。音を立てないように階段を降りてあの小さなカフェへと向かう。

扉は開いており中へ入ると思っていたよりも物が散乱していていない。図書館で本を読んだ後に一息つくために作られたのか今まで見て来たカフェに比べてどうも飲み物や食べ物の数は少なかった。

「コーヒー…コーラ…紅茶…オレンジジュース」

飲み物はこの四つしかないらしい。

「サンドイッチ…日替わりケーキセット…カレー」

食べ物に至ってはこの三つのみらしい。日替わりケーキセットはどうやらその時は季節のイチゴショートケーキとやららしい。

ケーキは絵で見た事があるが写真にあるような三角計の形をしていない。長期保存用のケーキだと説明された缶に詰められた甘いパンケーキなら知っている。

「生クリーム…どんな味だろう」

絵本には真っ白で柔らかく口に入れると笑顔になるような甘い物だと書いている。その甘い味がどんなものなのか、柔らかいのがどれだけ柔らかいのか自分には分からない。

「…あ、やった」

カフェを探索していると四角い缶に保存されている長期保存のパンをいくつか見つける事が出来た。それと同時に同じ様に缶に入ったオレンジジュースも見つかる。これを持ってジンに報告すれば褒めてくれるだろうと向かおうとしたが、まだまだ読み終わってはいないだろうと思い直しもう少し探索をする事にした。

リュックに手に入れた食糧を詰めてもっと隅まで探索すると半分に割れた板があり、そこには何やら書かれている。

「…期間限定…そふとくりーむ?」

割れてはいるが繋げると読む事が出来る。文字だけでは想像出来ないそれは食べ物だろうか。ここにあるという事はそういう事なんだろうと首を傾げる。

クリームとあるという事は生クリームの仲間だろう。それなら甘く柔らかい物であると想像出来る。食べてみたいがもう残っていないだろうかとあまり望みを持たずに探索していると冷蔵庫、コンロ、食べ物がある場所でよく見てきた物とは違う何かを見つける。

「?」

触ってみると手袋越しでも冷たい事が分かる。氷か何かが入っているのかととにかく触ってみると一ヶ所動く事に気付いた。ボタンのように押す物ではなく少し引っ張るような、そんな箇所がありいつもならジンに「触るな」と止められるが生憎今は読書に夢中でジンはおりません。

「まあ…爆発するわけじゃないでしょ」

独り言を一つ、そう呟き引っ張る。

「……ん?」

するとその機械から白い何かが出てくる。

「ん?え?何?」

受け止める物も何もないため手を離すと止まる気配が無く白い何かが垂れ流される。慌てて余る程にあるカフェの食器からコップを一つ手に取りその白い物を受け止める。

「ちょっ…止まらないんだけど!?」

いつかのジュースが止まらないあの日を思い出す。もういいと言っても止まらないそれは恐らく今回も同じでもういいと言っても止まる気配が無かった。コップが一杯になり次の器を用意して受け止める。その器も一杯になり更にもう一つ用意する。

「え、どうしよう…このまま止まらなかったら…」

このカフェが白く溢れるのだろうか。

「…ジン!ジン!」

聞こえるはずが無いが助けを求められるのはジンしかいない。出せる限りの大声でジンを呼び、器を変えながら白く冷たい物で溢れたそれを置いていく。

「ジン!こっち来て!」

「カイ!」

「ジン!?」

「カイ!何やってるんだ!?…本当に何やってるんだ!?」

すると声が届いたのか慌てた様子でジンがやって来る。目の前の光景に心底意味が分からないと言う表情を見せると自分の顔が恥ずかしさで熱くなる。

「…何やってんだ」

「…分かんない…」

「あ…これか…」

そう言って呆れたような表情のままに機械の後ろの部分を触ると途端に何も無かったかのように止まる。

「あ、止まった…ありがとう」

「後ろに作動ボタンがあったから止めた…」

「なるほど…作動ボタン」

「で?待ってろって言ったのに何一人で行動してるのかな?カイ君」

「…えっと…あ、見てみて!ほら保存食あったよ!」

「うん。俺の質問に答えようか?カイ君」

腕組みをして口許は笑っているけど目が笑っていない。ジンは怒ると無表情でも迫力があるのに変に笑顔があると余計に怖い。

「…だってジンが本ばっかりで暇になって」

「俺が読み終わるの早いの知ってるだろ?少し待てば一緒に探索したんだ」

「分かってるけどさ…」

「あのな、カイ」

「はい…」

「…読み終わってカイがいない事に気付いた時…焦ったぞ」

「下のカフェに行くって言ったんじゃん」

「それでも、それでも……目の届かない所に行くなよ…」

組んでいた腕を解いて後ろの壁に体を預けて顔を伏せる。そしてジンは大きく息を吐いた。

「…一人にするなよ…」

「…ごめん…」

本気で焦ったのだろう。走ってここに来たらしくこめかみから汗が流れていた。僅かな時間ではあるがジンを不安にさせるには十分な時間だったらしい。

「それで…何これ?」

「何だと思う?」

「ここにあるって事はまあ…食べる物なんだろうな」

「これがクリーム?」

「クリーム、ねぇ」

コップに入ったそれを見てジンは手袋を取ると指でその中身を一掬いして口に入れる。

「…どう?」

「冷たい…甘い…」

「美味しいの?」

「美味しいよ。前にプラネタリウムで食べたのと同じような感じ」

「僕も食べる!」

「分かった分かった。座って食べるぞ。それと何かスプーンとか…」

カフェの椅子に座りコップに並々とある白いクリームをスプーンで掬って食べる。冷たく甘いそれは口の中を痺れるような美味しさで包んでくれた。

そこであの文字を思い出す。

「あ、これが期間限定そふとくりーむか」

「これそんな名前なのか?」

「割れた板にそういう風に書いてあったの。アイスと似てるね…仲間かな?」

「それよりも柔らかいけどな……あ、だからソフトってあるのか」

納得したようにスプーンで掬いながらジンは食べていく。コップ一つに皿の器にもあり、更にもう一つあるそれは食べ切れるだろか。

「…溶けてきたな」

「寒くなってきた…」

「…上に持って行くぞ」

「えぇ?」

リュックを背負い直してソフトクリームを持ったジンの後を追って図書館に戻る。そのまま着いて行くと本が並ぶ空間とは別の扉に入ると中は狭くテーブルと椅子があるだけの部屋だった。

「ミナモが住んでた部屋と同じように従業員専用の部屋なんだろうな」

「うん…それで?」

「ここ、電気通ってるだろ?」

「うん?」

「こうするんだよ」

ジンが何かを操作すると部屋の中が一気に暑くなる。壁に設置された機械から温かい風がどんどん出てくるらしか暑いぐらいに温度が上がる。

「何の機械?」

「暖房器具…だな、ミナモの部屋に設置されてるの見て使い方とか聞いたんだよ」

「そんなのあった?」

「カイはムギと遊ぶのに夢中だったからな…」

「…あ~…なるほど」

でも暑くない?と尋ねるとこのぐらいが食べるのに丁度いいんじゃないかとジンがソフトクリームを差し出す。

「…何かすごい贅沢じゃない?」

「そうだろ?」

上着も脱いでしまう程に暑くなった部屋の中でたくさんある冷たいソフトクリームを食べる。正直なところ何が贅沢で何が貧乏なのか分からないが十分あるのにそれ以上を求めるのが贅沢な事ではと思っている。もう食べなくても十分なのにそれなのにわざわざ食べるためにここまで暑くする必要が無いのに暑くして食べる。

「口の中…甘い」

「冷たくて甘いな…しばらく甘いのはちょっと控えよう」

「どれぐらい?」

「二、三日かな?」

「そんなもんなの?」

空になった器を見て笑う。子どもの頃にこんなに甘い物を食べられる日なんて無かった。無いのは分かっていたため我慢をしたりなるべく時間をかけてゆっくり食べていたと思い出しながら話すと、ジンが「そうだ」と声を上げて部屋を出る。すぐに戻って来たと思ったら手にはあの子どもの頃に読んだ絵本を持っている。

「懐かしいな」

「…ね、懐かしいよね」

「俺はあのシェルターにあった一冊で完結したと思ってたんだ。そうじゃなくて…こんなに別の話があったんだな」

「うん。うん…そうだよ」

「…ごめんな。他の本に夢中であんまり構えなくて」

「いいよ。子どもじゃないんだから」

「読み聞かせしてやろうか?」

「だから…子どもじゃないんだよ」

「えーっと…ネズミの子どもは花の町へ行きました…」

「読み聞かせ始めないでよ……」

両親に読み聞かせをしてもらう毎日を少し変えたくて難しい本を読んでいるジンの服を引っ張りこれを読んでと絵本を差し出した。

『これ読んで』

『これ読み終わったら』

『今読んで、今』

『ちょっと待って』

子どもの自分は我が儘だった。

手を引いて構ってもらいやりたくないことはしたくないと泣いていた。体が大きくなるにつれて流石にその感情をきちんとコントロールする事は出来るようになったがあの頃と似たような会話を今日も繰り広げた。

あの頃は読み終わらないジンに無視されたと思い泣いてしまった。それを見ていた両親が頭を撫でて慰めた。そしてまだページが残っているのに本を閉じて『ほら読んであげる』と手招きしたジンを覚えている。

「…ねえ、あの分厚い本読み終わった?」

「終わったよ」

「…気付いたけどさ…もしかしてジンが読むの早いのってぼくのせい?」

「……?」

「子どもの頃遊びたいから早く読み終わってって何回も言ったでしょ?」

「あ…あー…確かに速読覚えたのはそれぐらいからか?」

納得したようにジンが頷いた。開いていたページに指を挟んで閉じる。

「かもな…自覚は無かったけど…」

「やっぱりそうなんだ…結構我が儘だったからね僕」

「そんなもんだろ。子どもなんて…ほら続き読むぞ」

「二つしか違わないのに」

閉じていた本を開いて再びあの子どもの頃のように読み聞かせをする。この後登場人物かどうなるのと思う弾んだ子どもの心は少し薄れてしまったが、それでも変わらずに読み聞かせをする存在がいる。

「…寝るか?」

「もう少ししたら寝る…」

「分かった」

部屋の温度が高い事と満腹なためかいつもよりも早く眠気が襲ってくる。ジンの絵本の読み聞かせる声が遠くなるのを感じていると「その前に歯磨きと体洗うぞ」と引っ張られて半分意識がどこかに行きながら狭く温かい部屋の椅子をベッド代わりにして眠った。


「ねえ…」

「選べないんだよ」

「選べなくても選んでよ!そんなたくさん車に詰めるわけないでしょ?」

「じゃあ何冊かここで読み切るから」

「それで昨日もそのまま泊まって…住む気!?」

「……ちょっと悪くないかもな」

「駄目に決まってるでしょ!」

この本とこの本を持って行くと言い始めて気付くとかなりの数を持って行こうとするジンを止める。これで何度目か分からないが選べと言っても選べずに何冊かここで読むと言って減ったと思えばまた増える。これでは終わらないと感じて厳しくするとようやく何冊かに絞り出発する事にした。

「…はあ~行くか…」

「今までで一番名残惜しくしてるじゃん…」

「本は知識が凝縮されてる。歴史がまとめられてる。人が作る話がそこにある…面白いんだよ…」

「はいはい。それじゃ行くよ」

「…カイが運転するの久々だな…」

「本読みたいんでしょ?」

「…読む」

「適当に進むから文句言わないでね」

「言わない言わない」

本当に久しぶりに運転をする。忘れないために定期的に運転はしていたがジンが本を読む事を考えると長くなりそうだ。

何だか今度はこっちが子どもみたいだな。

早速本を開いたジンを横目にそう思う。これも持って行く譲らない態度に呆れながら答えるの光景が何だか自分が今度はお兄さんになった気分だった。

「…なに笑ってるんだ?」

「何もないよ。読んでなよ」

少しお兄さん気分で良くなったまま次に到達するどこかに車を走らせた。



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