水族館【4】
水族館のカフェは不思議な雰囲気だった。テーブルのすぐ側にある水槽は中にはやはり何もいないが底に沈む小石と揺れる海藻。水の揺らぎだけで十分であった。ミナモに渡されたカフェのメニュー表という物にはまだ食糧がたくさんあった頃のカフェの飲み物や料理があった。
水中に住まう生物をイメージした物が多く、見ているだけで楽しむ事が出来る。
「紅茶は平気?」
「平気、何でも食べれる」
「これ…顔が描いてあるね」
「俺のは違うな」
カフェのキッチンでお湯を沸かして紅茶を淹れる。ミナモが用意してくれたそのカップにはカイのにはアザラシの顔らしい、大きくカップには描かれたつぶらな瞳と鼻と髭に人間とは異なる形の口が何とも可愛らしく描かれている。
自分のカップには魚が泳ぐように一周して描かれている。魚と一口に言っても模様や大きさなが全て異なり面白い。
「はい。ポップコーン」
「キャラメル味だそうだ」
「久しぶりに食べるわ。ありがとう」
「ムギは食べれる?」
「駄目よ。ムギはムギのご飯があるから」
自分達が座るテーブルのすぐ横に水に入った箱に入るムギがいる。食べる物は異なるがこうしていると一緒に食事をしているようで何とも賑やかだ。
袋に入れられた僅かなキャラメル味のポップコーンをミナモが用意してくれた水族館の生物が描かれた皿に移す。道中で何度か摘まんでいたため本当に僅かしかない、
「甘い…美味しい」
「美味しいよね。僕この味大好き」
「ここに来る前に作ったんだ。黄色い粒を入れてそしたら弾けてな」
「そこで大きな映像を見たんだ。面白かった」
「結末は納得出来ないけど」
「…ポップコーン…映像……映画館に行ったの?」
「映画館?」
ミナモ曰く大きなスクリーンに映し出された映像にたくさんの椅子がある場所。それならそこは映画館という娯楽施設であると説明された。
「あれが映画…本で知っていたけど実物はあぁなんだな」
「楽しい場所だったもんね」
「まだ映画が上映してたのね」
「人はいなかった。でも一室だけずっと映像が流れていたみたいだ」
「へぇ…私も見たいかも」
「行けばいい。まだ自動運転の車はあるのか?」
「壊れて動かないのよ。あぁ…そうだ。その車の燃料まだあるからあなた達にあげるわ」
「え?いいのか?」
「でもミナモ。その車直るかもしれないよ?」
「いいの。私はここで生きるのに十分だから、今からどこに行こうなんて思わないの」
それに、ムギは水から離して生きるのは難しいしここで彼女と生きると決めているとミナモは真っ直ぐ言った。
「そうか…それじゃ貰うよ。ありがとう」
「いいのよ。使わないし役に立つなら有難いもの」
「……」
「カイ?」
「どうしたの?」
「いや………ムギって…女の子だったんだ」
そう言えば性別の事なんて話していなかったとミナモは思い出したように言った。こちらもそう言えばムギはムギとして接していたため気にしてはいなかった。
「…女二人暮らしなんだな」
「えぇ、女と女の生活よ」
紅茶を飲みながら新たな事実に何故か笑いそうになる。恐らくあまりにも真剣な顔でムギの性別を知ったカイが面白かったからだろう。
「…僕男の子だと思ってた」
「…ムギを」
「うん…遠慮無く触ってた…失礼しました…」
いや別に構わないと言おうとしたミナモが真剣で深刻な表情のカイに耐えられなくなり吹き出して笑ってしまった。それにつられて自分も笑い笑われたカイは顔を伏せてムギに無遠慮に触った事を謝っていた。
水族館のカフェにはひたすら笑い声が響いていた。
カフェでの休憩を終えるとミナモが普段生活の場にして入るという従業員の休憩室に案内される。窓がありここは外の光がよく入る。車がまだ動いていた頃にあちらこちらから使える家具を集めたらしく、ベッドや小さなソファーにクッションがある。元々あったのはシンプルなテーブルに椅子。テーブルの上には数札の本があり、随分読んだのかなかなか年季が入っている。
「服はこのロッカーに入れてあるの。入りきらない本もこの中に」
細長い収納、ロッカーがいくつもありその内一つを開けると確かにテーブルにある本以外にいくつもの本が収納されていた。
「…ミナモ、これ?」
「そう。それがここの従業員さんの日記…」
ロッカーにあった手書きの表紙の日記は一枚捲ると名前が書かれたカードのような物が挟まっていた。
「セントラルアクアパーク…スタッフ…ナミヤ」
「ナミヤさんって方の日記なの。長く勤めていた方みたいでね…」
「…読んでも?」
「さっき言ったけど…結構…」
「うん。向こうで読んでくる。カイは読むか?」
「悲しい日記?」
「かもね」
「…それじゃあ遠慮しておく。僕はこっち読んでも?」
“海の生き物図鑑”と書かれたそれは立体映像付きの分厚い本だった。あまり悲しい話には踏み込みたがらないカイは日記を避けて図鑑を開いた。
「向こうで読んでくる」
「分かった」
カイをミナモに任せて日記を持って歩く。水族館の中で一番大きな水槽の前、いくつかあるソファーの内で一番水槽に近いソファーに座り日記を開く。
綺麗な字でそれは始まりまずは日常が突然壊れてしまった事の嘆きからだった。
この国は豊かだった。他国が餓えや自然災害、戦争により滅亡する最中独自に食糧を生産し与え餓えないようにひたすら量産し植物が枯れないように徹底的に管理していた。
娯楽を作り、娯楽を与え、食糧を与えて日々が何も心配無いように過ごす。
他国の事など知りはしない。
そんな体制を貫き自国を守り続けたが国全てにバリアでも張れるわけではないのだ。
奪うために突然攻撃をされて守るために戦い滅んでしまった。
それでも生き延びたのだ。頑張ろう。
水族館に残った人々力を合わせていたが勿論食糧は尽きる。気を紛らわすために水族館の生物等で行うパフォーマンスは楽しかったが日が経つとそれも無意味になっていく。
ある日、一人が水槽に潜り魚を取った。
それを境に次々と水槽から消えた。
カフェのキッチンから焼く匂いがする。煮る匂いがする。
頭では分かる。それでも心が着いていかない。
「……目が」
彼らのためにこの水族館に就職した。他国が滅んだ今、また再び生態系が世界中に復活するように水槽にいる彼らの仲間が増えていくようにと願いを込めていた。
“目が合うのだ。彼等と目が”
言葉を介さなくても伝わるそれが引き裂かれるように辛い。それでも私は残酷に食べてしまった。
「……」
日記には数えられない程に謝罪する文があった。ここでどれだけ辛い出来事があったのか時折強くなる筆圧に乱れた筆跡、感情がそのまま映されている。
“あんなに撫でていたのにあんなに可愛がっていたのに段々とその感情が消え失せる事が恐ろしい”
日記の彼、ナミヤは自分が変わる様もそのまま書いていた。水槽から生物が消える最中、海亀の夫婦が水槽を泳いでいるのを見て自分が完全に変わってしまう前にナミヤはその海亀夫婦を見つらかないように水槽から外にある車に移動させたらしい。
“どうか生きてほしい。彼らが生きていると嬉しい。私はこの感情を忘れたくない”
水槽から何もいなくなったように見えて、人が一人、二人と減っていきナミヤも生きているか不明だが家族がいる家に帰るために水族館を出ていく日。
“海亀夫婦を水槽に戻した。願わくば彼らが生きて子を成しその子が生きていればまだこの水族館には存在する理由がある”
ここは水中に住まう命が守られる場所だ。
「……ムギが生まれたのはこの人が頑張ったからか」
初めは不安を和らげるために見せた動物のパフォーマンスや泳ぐ魚を解説したりと和やかな雰囲気から段々と暗い感情が剥き出しになる様子は恐ろしかった。変わり行くのは周りだけではなく自分もそうである事へと怒りや絶望、悲しみが息苦しくなる程に詳細に書かれていた。
日記を片手に戻ると図鑑から飛び足す立体映像を見ながらミナモに教えられているカイがこちらを向いて笑う。ミナモもこちらを見たが手にある日記を見て笑わずにこちらをじっと見た。
「どうだった?」
「…辛い…頭に、重い感じが来るというか」
「そうでしょう?」
「でも、読めて良かった…このナミヤ、この人のおかげでムギがいるんだな」
「そうよ。命って結局…誰かの助け無しに生まれないのね」
「でも…何でナミヤはその海亀夫婦を残していったんだろうな。一緒に連れて行くとか…そういう行動はしなかった」
「多分、そこまでもう余裕はなかったんじゃない?」
「余裕?」
「感情的な余裕、最後の辺りはもう。筆跡もめちゃくちゃで追い詰められていたんだと思う。そんな中で自分以外の命を守り育てる程の余裕はもう無かったと思うの…」
「あの水槽に戻した事で精一杯なんだな」
顔も知らない彼が最後に残そうと残ってくれと願いを込めた命は今確かにある。後悔と謝罪、様々な暗く悲しい思いが綴られた日記だが良くやってくれたと、その日記に向かい思いを込めて表紙を撫でる。
「ジン、これすごいよ」
「ん?立体映像図鑑だっけ?」
「そうよ。所々見えないけどね…」
カイが開くページには魚が泳ぐ様子が立体映像で見れる。分厚いページには何匹かの魚や動物が載っておりそれに見たい生物の写真に触れるとその生物の生態や動く様子を見れる。確かに所々触れても反応が無かったり立体映像が現れても掠れてしまい分からない物もあるが十分楽しめる物だった。
「すごいな…こんな感じなのか」
「面白いでしょ?」
「こんな風に生きてたんだね。ペンギンもアザラシも…あんなぬいぐるみみたいな見た目で立派に生きれるのが不思議だったから」
「そう。色んな進化を遂げて生きてるの」
「進化…」
一ページ一ページ時間をかけて捲り見れる物全てを見ていく。全ての生物が何故こうなのか理由があり人間のように言葉を介さない彼等は本能で狩りをして泳ぎ異性と結ばれて子を成し受け継いでいく。
「何か、こうして見ると…博物館でもだったけど、人間以外にこんなに動物や魚、爬虫類…生き物がたくさんいたんだね」
「不思議だな、それかかつてみんな共生していた」
「すごい事よ。今は…もういないけど」
「存在が無くなっても、こうやって記録が残ってる」
「昔の人に感謝だね」
「…そうね」
その日は立体映像図鑑を見ながらミナモに説明してもらいどんどん時間が経つと日が暮れていきカフェのテーブルでまたムギも一緒に夕飯を囲んだ。ミナモがまた温かい紅茶を淹れてくれて、自分達と同じような缶詰めに入った野菜スープを温めてゆっくり食事をした。
完全に夜になると、再び外の水槽へ行くとこの水槽に夜の月が映り込みまるで夜空が目の前にあるような不思議な感覚になる。
「綺麗だな…」
「たまに、こうやって眺めてる。気持ちが落ち着くの」
「確かに…落ち着くな」
「いいね、ムギ見てよ。綺麗だよ」
カイがムギに話しかけて指を差す。水槽に浮かんだ月が揺らいでいる。ムギは興味があるのか少し前に進んでそれをカイが追いかける。今日会ったばかりだが随分仲良くなったように見える。
「…二人とも、明日はどうする?」
「長居しないよ。明日、明後日にはまたどこかに行こうと思う」
「そうね…動けるなら留まらない方が良いもの。私はここに最後までいると決めたけど……でも最終的にはどうしたいの?」
「食糧集めて…ミナモみたいに定住出来る所が見つかれば良いけど…お父さんが言うには国の重役がいた場所なら何があっても住めるような場所があるかもしれないって言っていたんだ」
「お偉いさんならお金かけてそういう場所を確保してそうね。なら…もっと遠く、この国の中心になっていた場所に行く事になるかもね」
「その前に寄り道はたくさんしたいんだ。俺は二歳まで外にいたから少し記憶はあるけど…カイは外に出たのはほんの数ヶ月前なんだ。俺も大概無知だけど…カイに外の人間がどんな生活していたか、どんな文化があったか一緒に辿りたいんだ」
「じゃあ、長い旅になるかもね」
「かもしれない…あ」
ミナモとこれからの事を話しているとカイの歌声が聞こえる。ムギに聞かせているのか子どもの頃の童謡だ。
「……カイって…歌上手いわね…」
「俺もそう思う」
「本当に上手いわよ。綺麗な声…」
両親と自分以外に聞かせた事がなかったため新たな人間の感想は自分の事のように照れ臭くなる。
何曲か歌い終わった後にそろそろ寝る事にしてカイとムギを呼んで眠る事にした。ミナモはムギと自分のベッドで眠り、自分とカイはあの大きな水槽の前でソファーに寝そべり眠る事にした。
明日か明後日にはここを出る事にしていると告げるとカイは分かっていた事だが少し寂しそうに表情を暗くした。頭を撫でてやると子ども扱いされたと表情を今度は怒らせた。
「出るの明後日にして、ムギともう少し仲良くなるから」
「俺ももう少しミナモに海の事を聞きたいからそうしておこう」
毛布を被りおやすみと告げると一日で多くの事があったせいかすぐに寝入ってしまった。
「明後日には出る」
翌日ミナモにそう告げる。ほんの少し表情を動かしてミナモは返した。
「それじゃ今日はまだいるのね」
「もう少し教わりたい事があって」
「ムギ、遊ぼう」
「カイ!先にミナモに遊んで良いか確認!」
「何で遊ぶの?」
「外の水槽で」
ムギは泳ぐけどカイは体調を崩す可能性があるから足をつけるだけにする事、甲羅以外を触る時はミナモに確認する事など条件を付けて自分とミナモがすぐ側にいる事も入れて外の水槽に移動する。
水筒にお湯を入れて水槽の近くに座り込み立体映像図鑑に加えてそれよりも更に厚い図鑑を持ち込みミナモに海の生態系を教えてもらう。
「こんなに種類があるのか?」
「まだまだ解明されてないのもあったかもしれないわ」
「今は海は渇れてるけど…信じられないぐらいの生物が本当にいたんだな」
「そうよ。そんな生物を食べたり研究したり生活に取り入れたりね」
「生活に取り入れ…観賞魚の事か?」
「そうよ。それに貝をアクセサリーにしたりね。ほら…これとか」
ミナモがポケットから取り出したのは小さな白い貝殻のネックレスだった。
「あ」
「え?」
「そうだ…ここに来た時にこういう貝殻が埋め込まれたトンネルがあったろ?」
「あるわね」
「それが気になって…一つ取ったんだ」
リュックから取り出したトンネルの中から千切った貝殻を見せる。ミナモはあぁと声を上げながらそれを見つめて怒られるだろうかと構えたいたが特に何も怒る事はなかった。
「記念に取っておいたら?」
「いいのか?」
「…それを見て、たまに思い出したら?ここの事を」
ミナモは怒る事はなかった。ただほんの少し寂しそうに笑った。
「…ミナモーー」
「なーに?」
水槽で遊んでいたカイがムギに合わせてこっちへ来る。足は何も拭いていないらしく雫を滴しながらムギと共にゆっくり歩いて来る。
「何見てるの?」
「貝のネックレスよ」
「え?僕のネックレス?」
「訂正するわ。貝殻のネックレスよ」
「その前に足拭け、びしょびしょだろ…」
「ムギもびしょびしょだね」
「ムギはいいんだよ」
リュックから取り出したタオルで足を簡単に拭きながら自分の隣に座ると、カイはミナモから白い貝殻のネックレスを見せてもらい感嘆の声を上げた。
「…内側が七色に光ってる…綺麗…」
「綺麗でしょ?あげるわ」
「え?悪いよ、ミナモが持ってなよ」
「まだいくつか水族館のお店に残ってるから…明日にはここを発つんでしょ?記念よ記念」
「…記念」
「ジンにも言ったわ。それを見てたまにここの事を思い出してって」
「たまにじゃなくて毎日思い出せるよ。ミナモにムギの事…」
「楽しい…ここには辛い記憶も残ってるけど…俺達がいた間は楽しかったな」
「うん。私もそう思う…久しぶりに会えた人が二人で良かったわ」
「ねぇミナモ、ここが人でたくさんだった頃の話聞かせて」
「そうね…私が子どもの時の話よ」
歩きながら話しましょうかと言ってムギは用意された箱に乗せられて今度は自分が台車を押す事にした。いつもと違う人間が押す事にムギは不思議そうな表情をした気がした。
台車を押しながら、ミナモの視点で水族館を案内される。水槽に入った熱帯魚を見てその色鮮やかな魚が家でも飼える事を知り両親にねだった事。
大きな水槽に泳ぐ魚とその魚の何倍も大きい鮫。鮫が他の魚を食べてしまわないかと気が気でなかった事。
観賞魚、金魚のコーナーはその不思議な雰囲気に酔いそうになり両親の影に隠れながら見ていたらしい。
「何だか…他の水槽と違って妖しい雰囲気があったの」
「へぇ…ひらひら泳いでいるのが他の魚と違う雰囲気してたのかな…」
ミナモの思い出を辿る。エレベーターのトンネルで見惚れて転んでしまった事、しばらく忘れていたが自分達が似たような事をしたため思い出したらしい。
アザラシの水槽で何度と目が合うためきっと私が好きなんだと思っていたら、他の人にも同様に目を合わせていたためただただ人懐こいだけだった。
ペンギンの歩く姿を両親が指差してミナモも赤ちゃんの頃はあぁだったと笑い少し怒った。
「カワウソは…かわいくてね…でも餌の時間ですごい勢いで食べるのに少し引いたわ」
「立体映像図鑑で見たけど…確かにあれは怖いな」
「小魚の頭からがっつり行くもんね」
そして、そろそろ時間だからと言われて来たのがあのイルカショーの場所。たくさんの人が座り今か今かと待っている。あの瞬間があの記憶が輝くように楽しかった。
ミナモの思い出を振り返りながらまたあの外の水槽に戻って来た。
「…また見たいわ」
「映像とか、残ってないのか?」
「ショーの練習で録画映像は残してあるけど…見れる機器が壊れて見れないのよ」
「そうか…」
「立体映像だから…専用の映像機器が必要で車が動いた頃には何か修理出来る物がないか探したけどどこにも無いのよ」
「…立体映像」
「…専用機器」
「……ん?」
「…あ」
「え?」
カイが走り出す。突然の事に驚いているミナモだが事情を説明する。
もしかしたら自分達が来る途中で手に入れた映像機器で再生出来るかもしれないと告げるとミナモが目を見開いて驚く。
「でもその映像機器…すごく貴重よ?どこにあったの?」
「何か…結婚式の映像があった所…」
場所や建物の特徴を話すとミナモが納得したように声を上げた。
「そこ、すごい歴史のある教会だわ。偉い人達やお金持ちが式を上げる定番の場所だから…あぁ、そうか…そこに」
「ミナモ、そのショーの映像…」
「取って来る!」
ミナモも走り出す。もしかしたらここの辛い記憶だけではなく楽しかったあの頃の記憶がまた甦るかもしれない。突然走り出していなくなった二人をムギが不思議そうに見つめている気がした。彼女の甲羅に手を当ててゆっくり撫でながら二人を待つ。開いたままの図鑑が風に揺られて捲れていくと慌ただしい足音はカイだ。
「持って来たよ!充電いっぱい!」
続けてカイより軽いが遅い足音、ミナモが息を切らせながら走って来て手には教会で見たのと同じ球体の映像が記録された物だ。
「これ…これが」
「ジン、再生の仕方…」
「覚えてる。大丈夫…ミナモ、貸して」
「えぇ…」
教会で読んだ映像の再生方法は全て覚えている。しっかり再生する球体を嵌め込み教会で行ったのと同じ手順で再生の準備をする。
「……?」
「どうしたの?」
「いや…前の丸いのと違う感じがするんだ」
「どこが?」
「何だか前のになかった切れ目があると言うか…」
そう話していると球体が回りだし、再生が始まると思うと球体が割れていきそこから光の粒が飛び出す。驚き体を引かせると周囲の景色に飛び出した光の粒が段々と形を成していく。前の教会での結婚式の映像よりもずっとずっと遠くまで、この水槽の周りの椅子が全て立体映像で埋まっていく。
「……ジン!」
「え?…え!?」
カイが指差す方向に振り向くと水槽から一匹の大きな魚が飛び出す。いや、魚ではないあれはミナモが教えてくれた生物。
「イルカだ…!」
立体映像のイルカが水槽から飛び出し大きな飛沫を上げて水槽へと戻り濡れると察して身を守ったが飛沫も全て立体映像、自分達の体をすり抜けて行く。
『皆様!お待たせいたしました!人とイルカの絆の結晶!イルカショーの始まりです!』
男性の低い大きな声が辺りに響き渡る。
二匹のイルカと二人の男女が深々と頭を下げて音楽と共にショーが始まった。




