水族館【2】
両親とカイ以外の人間をシェルターを出てから初めて見たと思わず凝視してしまう。すると水槽の中の女性はこちらを指差す。何かあるのかと後ろを向いたが特に何も無い。すると女性は違うと言うように首を振り太股の辺りを叩いて何か伝えようとする。真似して叩いて見ると自分の太股に携えられた銃が当たり“もしかしてこれ?”と言うように銃を指差すと女性は頷く。
そしてその銃をどこかへやってくれと身振り手振りで伝えて来る。
「確かに銃持った人間がいきなり来たら怖いよな…」
「あの人何も持ってないし外して仕舞えば?」
「……まあ女の人だしな、怖がらせるのは良くない」
「僕もナイフ外しまーす」
護身用のその銃とナイフを外して分かりやすく遠くに置く。その様子を見た女性は背中を向けて歩き出すと水槽の中に扉がありそこから出て行ってしまう。亀だけが水槽に取り残されて相変わらず優雅に泳いでいた。
「まだ…生きてる人がいたのか」
「僕初めて見た。ママ以外の女の人」
「ここに住んでるのか?」
「ステラみたいに?ステラとは違うかな…?」
女性の事を話していると向こうから足音が聞こえて来たためそちらを向くと、先ほどのつなぎの女性が歩いて来るのが見えた。距離を少し空けた場所で止まりこちらを観察するように見ている。
「…あなたは」
「こんにちは!」
口を開かない女性に質問しようとすると、カイの元気な挨拶が響き向こうは驚いてしまった。
「初めまして!僕はカイって言います!」
「…ここに住んでる人か?勝手に入って申し訳ない。人がいるとは思わなかったんだ」
「こっちはジン!僕のお兄ちゃんです!」
「……初めまして…ジンです」
挨拶はしっかりしましょう。
過去に両親から教えられたが使う機会がまったく無かったそれが今カイによって元気良く役立っている。
「……初めまして…ミナモです」
無言だった女性がようやく口を開いてくれた。
「ミナモ…ここにいるのはあなただけ?」
「人間は私だけよ。あとはあなた達が追いかけた亀のムギだけ」
「…あの亀、ムギって名前があるのか」
「あなた達は」
ミナモが一歩踏み出して質問を始める。
「何処から来たの?」
「何処から?ここに来る前は第十三セントラルステーションって所にいた」
「それよりも前よ。家は?何処に住んでたの?」
「家の場所?正確な場所…住所は知らない。地下にあるシェルターに住んでた」
「シェルター?そこにはあなた達以外に誰がいたの?」
「両親と住んでた。両親とカイの四人で十七年住んでた」
「…十七年地下のシェルターに?」
聞かれたままに話すがミナモの表情がこちらを怪しむような表情になり嘘を吐いている訳ではないのでこちらも何ともそれ以上は言えない。
自分達以外の存在を知らずに生きていたためもしやこの事実は外の人間にとってはおかしな事実なのだろうか。
「……だからそんな健康的なのね」
「え?」
「こっちの話よ。じゃあ何か奪ったり盗みに来たの訳じゃないのね」
「食糧や水は外にある車に積んである。ここにある食糧や水はミナモやムギの物なら手を出さない」
「その代わりに」
「え?カイ?」
こちらに敵意は無い事を告げるがカイが横から口を出す。
「代わりに…?」
「ここの事を教えて、まだまだ見てない所がありそうだから」
「ここの…水族館の事を?でもムギ以外はもう何も無いわよ?」
「ミナモはここの水槽にたくさんの生き物が泳いでた頃の記憶はあるのか?」
「え、えぇ…一応」
「ならそれを教えて欲しい。俺とカイは何も知らないんだ」
そう言って自分達の銃とナイフを蹴りミナモの足元へと渡す。
「俺達が信用出来るまでそれはミナモが持ってて良いから」
「……ジンとカイって言ったわね」
「うん」
「…命を奪える物を人に簡単に渡すもんじゃないわよ…」
そう言ってミナモは自分と同じように銃とナイフを蹴り、二つは再び自分達の元へと戻って来る。拾わずにそのままにしておくとミナモはため息混じりに言った。
「それは二人が持ってなさい…でも目に映ると不安になるからそのリュックにでも入れて頂戴。そしたらここの案内をしてあげるわ」
言われてリュックの中へと銃を仕舞い、カイも同じようにナイフをリュックへと仕舞う。それが住んでふと顔を上げるとミナモの側にムギが水槽越しに寄って来てまるで自分とカイのように側にいるように見えた。
「…ここはね、この水族館の中で一番大きな水槽なの」
「今はムギが贅沢に使ってるんだな」
「中にはどんな生き物がいたの?」
「たくさんよ。鰯が群れを成して泳いでいたりね、エイもいたわ」
「どんな魚なの?」
「鰯は小さいの、小魚と言う程の小ささではないけど…群れを成して泳ぐ姿はとっても綺麗なの」
「へぇ…そんな魚が…」
頭の中でその魚がこの水槽を泳ぐ姿を想像する。あの立体映像で見た魚のように動き、それが何十、何百と連なるのだろうか。
「鮫もいたわ、知ってる?鮫」
「知識としては知ってる、でも実物は知らない」
「…本当に世界から離れた所で生きてたのね」
「うん。だから今知ってる最中」
「果てないわね。じゃあ次はこっち」
ミナモに着いて行くと壁に埋め込まれた水槽とは違い、台座のように一つ一つの水槽が飾られている。球体の水槽であったり四角い水槽であったり、様々な形の水槽が台座の上にあり、その中心に他の水槽より一回りも大きい円柱の水槽がある。
「ここには何が?」
「金魚よ」
「…金魚?」
「赤や白、黒もいたわね。あなた達あの方向から来たなら熱帯魚のコーナーは見た?」
「うん。ゴーグルで泳いでるのを見たよ」
「大きさはそれよりも大きいけど…色鮮やかで綺麗なの、赤や白の優美な彼らがここで灯りに灯されて泳いでいたわ」
「…確かに他の水槽とは雰囲気が違うな。何だか静かな感じがする」
「観賞魚だとそうかもね」
「観賞魚?」
「食用とは別に人に癒しを与えたりペットとして飼われる魚よ。熱帯魚もそうね」
「人に食べられる目的の魚とただ見られるための魚がいたの?」
「人が勝手に決めてるだけだとね。そういう風に捉えられてる」
「へぇ…」
様々な形が並ぶ水槽にいた金魚の写真がある。目を見張る程に赤い魚、こちらを射貫くような大きな目に泳ぐためのその部分。
「ミナモ、ここの部分がヒレ?」
「そうよ。ここがヒレ、ここがエラ、尾びれはここ」
「…へぇ」
「ここの部分が水中でヒラヒラするの?」
「泳ぐためにそうなるわね」
「何かヒラヒラして…ドレスみたいだね」
「あぁ…そう思われるから綺麗に見えて観賞されるようになったのか?」
「いつからそうかは分からないけど…もしかしたらそうかもね」
実物を見ていないから分かりはしないが、綺麗な物を閉じ込めて観賞する事が自分達の癒しになったのかと思うが、勝手に連れ去り勝手に飼育されて水槽の外から人間に四六時中覗かれるのはどんな気分になるのだろうか。
「ミナモ、魚に脳みそはあるのか?」
「……何急に?」
「物を考えたり、感情はあるのか気になるんだ。ここは綺麗だけど…魚は四六時中ここにいる事にストレスは感じないのか?」
「…環境は変わったりすると亡くなる事もあるわ。そうならないようにするのが水族館の役目だけど」
「水族館って、魚を観賞させて楽しませるのを目的としてる建物じゃなくて?」
「そう思われるけど実際は違うのよ」
普段触れる事が出来ない水中の生物を知る事、そしてその種の保存や調査、研究などを行っているのが水族館らしい。人を呼び込み楽しませるのも勿論大事だがまずは彼らが未来永劫生きる事が出来るように努める事が大事だと言う。
「…まあ、何もいなくなったけどね」
「ムギはいるだろ?」
「一匹だけよ」
「それでもいる。俺達は初めて水中を泳ぐ本物を見れたよ」
「ミナモがムギを守ってくれたの?」
「まぁ、色々あって育てる事が出来たのよ」
「じゃあ、何もいなくなったわけじゃないね」
「…そうね」
こちらから目を背けてミナモは歩き出す。次の場所へと案内してくれるらしい。
水族館は二階建ての建物であるらしく今度はそこへ案内してくれるらしい、ミナモの後ろを着いていくとそこは水中をくりぬいたように作られたトンネルに階段があった。思わずカイと共に見惚れてしまうとミナモが少し待っててほしいと止められてそれに従うと何か操作するような音が聞こえてトンネルの下の階段が動き始めた。
「動いた!」
「階段が動いた!」
「エスカレーターを知らないの?」
「知らない…初めて見た」
「便利よ、ただ乗るだけで上に移動出来るのだから」
「なるほど…体が動かなくても移動出来るんだな」
「そうね」
「もういい?」
「いいわよ、さあ乗って」
「……」
「どうしたの?」
「…どのタイミングで乗れば良いんだ?」
「ミナモ…合図して…」
「…なるほど、正真正銘の箱入りなのね…ようこそ文明へ」
呆れたような表情のミナモが合図をしてそのタイミングで足を出すと一瞬よろけたが手すりに捕まり背を伸ばして立つと改めてその光景に息を飲む。
水中の中に飛び込んだようだった。
水族館の明かりが水中を泳いで明るく照らし揺れている。その光景が周囲を囲むように視界に広がり言葉が出ない。
「水って…綺麗だね」
「本当にな…」
「ムギはこんな綺麗な場所を泳いでるんだ。上にも下にも行けていいな」
「そうだな…水中の中なら地面に足を着ける事も無いし…!!」
水中のトンネルを見ていると途端に前に押し出されるような衝撃があり手を付いて転んでしまう。後から来たカイも同じように前に出されて転んでしまう。下を見るとただの地面で動く階段は途切れていた。
「…ごめん。降りるタイミングも合図すれば良かったわね」
「次から頼む…」
「…勿論」
立ち上がり初めての“エスカレーター”を体験すると二階は一階とはまた違う生き物がいるらしい。
横に長い水槽は今までの水槽と違い、魚とは別の水陸両用の動物がいるらしい。
「ここにはアザラシがいたわ」
「…何だこれ?体全部ぶよぶよしてそう」
「アザラシよ。海獣の一種、かわいい見た目だけどしっかり肉食、魚を丸飲みするわよ」
「喉に詰まらない?」
「詰まったらとっくの昔に滅んでるわよ」
「…弱そう」
「陸だと這うようにしか移動しないけど水中だと素早いわよ、魚を丸飲みするぐらい丈夫さはあるわ」
「こんな…こんな見た目で?」
「こんな見た目でよ」
何だか脂肪しかなさそうな丸い形のその動物は大きな目をしたかわいい見た目でとてもじゃないが誰かの手を借りずに生きる事以外出来なさそうな見た目をしている。
しかし人間がそう捉えても彼等はずっと強い生き物であるとミナモは教える。
「この子もそうなの?」
「えぇ、ペンギンもそうね」
「このペンギンも丸飲みするのか」
「喉に…」
「だから詰まらないわよ」
何でそこに引っ掛かるのよとミナモに言われる。
「大きい動物じゃないだろ?」
「種類にもよるけど…このペンギンはまあ大きくはないわね」
「それなのにそんな事が出来るのか…信じられなくて」
「進化の結果かもね。こうした方がもっと生きられると思ってそうなった…何てね」
「あの部分が足?」
「そうよ」
「あれで歩くの?」
「そうよ」
「どうやって…?」
「…こう、えと……後で教えるわ」
「何で後で?」
「実演するの恥ずかしいのよ。立体映像図鑑があるからそれを後で見せるわ」
「そんなのがあるのか?」
「少し映像掠れてきてるけどね」
写真に映るその生物は綺麗に色が分かれた不思議な模様をしており足らしき部分は平たくそれで歩けるのかと疑問に思うばかりだ。真っ黒な顔らしき部分はどこに目があるのか分からない。小さくて、何とも弱々しそうである。
「何でこんな風に色が分かれてるんだろう」
「全身同じ色じゃないんだな」
「そういう風になったのも、何らかの意味があるかもね。下の爬虫類コーナーは見た?」
「見た、凄い模様や色がいた」
「大きな爬虫類もいるけど、よく知られてる爬虫類は小さいの」
天敵も多いしあの小さな生物を食べてしまう動物はたくさんいる。そんな周囲の危険から身を守るために周りの風景と擬態して生きる事が出来ている。
「それじゃあこのペンギンも?」
「かもね」
この模様も、私達人間から見れば何がどうあってこの配色なのか分からないように見えるけども意味があってのこの模様。彼等は下の爬虫類と同じように身を守るためにこのようになっている。
「進化の結果?」
「かもね」
「ならその結果の前にそれなりに犠牲がいたのか?」
「その前の事は…私はそこまで知らない」
「ジンー!ミナモー!」
「何ー?」
「何かぬいぐるみみたいなのがいる!」
「ぬいぐるみ?」
「あっちはカワウソの水槽よ」
「川…嘘」
「見た方が早いわ」
そう言ってミナモの後を着いて指を差した写真には確かにカイの言う通りにぬいぐるみのような存在がいた。毛で覆われたその体につぶらな目、短い手足。
「…かわ…うそ」
「かわいいでしょ?」
「か、わいい…何これ?」
「大人気の動物だったわ。ペンギンみたいに水中も泳ぐし陸にいれば四本足で走るの」
「かわいい…見たい、見たかった」
カイが本気で悔しそうに呟いている。
「でも肉食で食べてる時は結構怖いわよ」
「これで肉食!?」
「肉食の顔じゃないよ!」
「見なさいこの牙を…」
「おぉ……このかわいい顔で油断させて噛みつくのか?」
「つまりこう…!」
「違うと思うが!?」
カイがカワウソを想像で再現している。手をカワウソに見立てて噛みつくように首を襲う。痛くはないが初めての場所での興奮で気分が高揚しているらしくしつこく絡んでくる。
「止めろ…止めろってカイ」
「僕はカワウソです」
「カワウソ、噛むな」
「ミナモ…合ってるか?カワウソはこうなのか?」
「こうじゃないわね」
自分の首を襲っていたカワウソは離れていきミナモが更に説明を進めようとするとふと、向こう側から光が漏れている事に気付く。人工的な光ではなく、明るい外の光だ。不思議に思い見ていると自分の視線に気付いたのかミナモも同じ方向に目を向けて「あぁ」と呟く。
「あっちはね。イルカショーの会場」
「イルカショー?」
「賢い生物でね。見た目は鮫と似ていると思うかもしれない。けど…人と心を通わせてパフォーマンスをするの」
「人と動物が?」
「会場に行っても良い?」
「良いわよ。見ながら説明するわね」
光が漏れる方向に行くと僅かに開いた大きな扉の隙間から外の光と風が吹いているのを感じる。ミナモが開けようと手をかけていたため協力しようと同じように手をかける。少し、重い扉がゆっくり開き室内にいたからか眩しい昼の光が差し込むそこは無数にある椅子が半円状に並びその椅子が向かう方向には大きな水槽があった。
「広い、明るいな…」
「たくさんの人が見るからね」
「椅子が…今まで一番たくさんある!ここにこんなに人が来たの!?」
「来たわ。私も子どもの頃に来た事があるの」
「ミナモが子どもの頃?」
「二十年近く前よ。あの時は、ここ会場の隅から隅まで人がいたの」
「みんなその“イルカショー”を見てたの?」
「見てた。大きな歓声を上げてたの」
会場は高い場所から低い場所、様々な高さから眺める事が出来るらしく水槽に近い一番下の椅子まで着くとそこにはかつてイルカショーを行っていたらしい写真があった。大きな水槽にあった鮫の写真とイルカの写真、確かに見た目は似ているがイルカの方がどこか愛嬌がある。
「どんなショーだったの?」
「高く高くイルカが飛んでね、天井から吊り下げられたボールにタッチするの」
「飛ぶの?」
「正確にはジャンプね、想像よりもずっと高く飛ぶのよ」
「他には?」
「人と泳ぐの、イルカに押されるように人がプールと一週してね」
「…人とイルカ、人間と動物が」
そんな風に息を合わせてこの水槽を泳ぐのかと、言葉だけでは信じられない過去のその出来事に写真の動かないイルカと人を見つめる。
「それで、最後はイルカに協力してもらって人が飛ぶの。すごく格好良かった」
「え?」
「本当よ?」
「それってすごい事じゃない?」
「人と言葉は違うし、そんな風にどうして協力し合えるんだ?」
「不思議よね。でも、不思議だけど通じ合うの」
「通じ合う…」
「それって僕も出来る?」
「イルカはいないだろ?」
「ムギと泳ぎたい」
「え?」
あの亀と?
そう呆気に取られていると何故かミナモは考えるようにして返事をした。
「ここのプールで少しならいいんじゃない?」
「え?でも…」
「ムギも私とばかりじゃ退屈でしょう」
そう言ってミナモはここで待っていてと言いもと来た道を戻っていった。
「……いいのか?」
「ミナモがいいならいいんじゃない?あと今日はここに泊まろうよ。まだまだ見てない場所があるでしょう?」
「ミナモに聞いてからな。何でも男女が同じ場所で寝るのは良くないらしい」
「パパとママは?」
「あれは家族だから…」
そう言えばあの大きな水槽の目の前にソファーがいくつかあった。並べておけばベッドのようになるかもしれない。揺らぐ水を眺めながら眠るのは面白そうだと少し胸が踊る。
「…二十年近く前はここにたくさん人がいたんだな」
「前に結婚式の映像見たでしょ?それよりもたくさんの人がここに来た」
「想像つかないな、俺達が生まれる前の世界」
「ジンは少し分かるでしょ?」
「覚えてるのは…シェルターじゃない家とその周り…こんな場所には来なかった」
ミナモは自分達の知らない世界の記憶がある。今さらそれを知って何になるのかと言われても自分の知る知識を少しでも増やしたい。それが今はいなくなった命の記憶でも戻ることの無いほんの一瞬の記憶でも閉じ込めておきたい。
外に設置されたこの水槽の水が風に揺らいで音を立てる瞬間も忘れぬように記憶に刻む。いつ自分達がこの世界からいなくなってもあの時は楽しかったと言う記憶が少しでも多い方が幸福だろう。




