水族館【1】
紙に書かれた場所はやはり所々の目印になりそうな場所がもう無くなりここはどこなのかと迷いながらようやく辿り着く事が出来た。
どんな形であろうと肩を落とす事は無いようにと誓ったその場所はかつての姿、恐らくそのまま残っているであろうまるで大きな飛沫を上げたような形のその建物に圧巻される。
「ジン、見てよ」
「え?…あ」
「床を魚が泳いでる」
「絵が描かれてるんだな」
カイに言われて下を見るとあの建物に続く道には魚の絵が施されていた。水を表現するように青く塗られたその道に魚が泳ぐように描かれている。
「魚が泳ぐ…こんな感じなのか?」
「さぁ…実物見た事無いから…でも魚は僕達みたいかな歩かないから泳ぐんでしょ?この絵の通りにしてるのかな?」
「どういう風に泳ぐんだろうな」
床の絵を見ると魚だと分かる形の生き物もいれば見た事の無い奇妙な生き物も描かれていた。これは何だと一つ一つつい観察してしまう。
「ここに描かれてるのってみんな食べられるのかな?」
「全部は…そうじゃないんじゃないか?何か、これとかまったく食べる気が起こらないし」
「怖いねこれ」
足らしき物が何本も付いているそれも魚と同じ様に泳ぐ生物なのか分からないがここに描かれている以上はそうなのかもしれない。
床の絵を観察し終えるとようやく入り口までやって来る。中は薄暗くよく見えない、前に行った博物館を思い出させるような雰囲気だ。
「入り口まで絵が描いてるよ、かわいいね」
「凝ってるな」
ようこそいらっしゃいましたと言わんばかりのその入り口に手をかけると鍵が掛かっている。何度押しても引いても動く事がなくどうしたものかと思い正面の入り口を諦めて他の場所はないかと周りを見る。
「あ、ここ」
「…出た、“従業員専用”」
「今日だけ従業員です」
「…鍵が…掛かってないな」
正面の入り口よりもずっと簡素な入り口はあっさり自分達を中へと招き入れてくれた。何やら掃除道具や掲示物があり、そこを抜けると薄暗い空間へ続く道があり博物館と同じ様にこの方向へ進むと水族館を見れると直感してカイを呼んでその方向へ進む。
「…お……おぉすごい」
「水の中が見える…」
その先にあったのは大きな大きな水槽だった。
歩くには十分な優しい明かりと、水槽は中が良く見えるようになのかしっかりと照らされており揺れる水がよく見えた。
小石が敷き詰められており、まるでその水槽の中で朽ちたような木が沈んでいる。
「…やっぱり魚はいないか…」
「一匹でも見れたら良かったのにね」
「水槽は生きてるけど中で泳ぐの見たかったな」
「これさ、僕達が水槽に入れない?」
「…展示物にはなりたくないな…」
確かにこんな大きな水槽で泳げたら面白いがここで泳ぐと自分達が水族館の展示物になる気がする。看板に書かれた名前とまったく違う生物が水槽で泳いでいたらここに来る人間が今後もいないとしても違和感は拭える事は無いだろう。
魚がいない水槽から更に進むと最初に見た水槽と違い小さな水槽がいくつもある場所へと着く。その場所には“熱帯魚”の文字があり、ここにはかつてこの水槽で泳いでいたであろう魚の写真が貼られてその魚の生態が説明されていた。
「ジン、これこれ!」
「んー?」
相変わらず魚はいないが写真と生態系の説明文で彼等が泳いでいた様子を想像しようとすると、カイが笑いながらある物を持ってやって来た。
「…これ、あれか?」
「博物館にあったやつ。これ着けたらまた何か見えるんじゃないの?」
過去に博物館を訪れた時にあったゴーグルだ。
あの時はこれを着けると目の前の骨が肉体を得てかつての姿を見せてくれたが今回はその骨やそういった類いの物は存在しない。
「…こちらをご利用いただくと…水槽の中からかわいい熱帯魚が皆様の前を優雅に泳ぎます」
「何それ、楽しそう!」
「想像つかないな…とりあえずやってみるか?」
「やろうやろう!」
ゴーグルが置かれていた机にそう説明されており、どんな光景が広がるのかと思いカイと共にかけてみる。すると、ゴーグルが起動したのか小さな音を立ててゴーグルを通して見る光景が変わっていく。
あの説明にあったように、目の前の水槽から小さな魚が出て来た。何も泳いでいないはずの水槽から一匹、二匹と出て来て水の無い空中を泳いでいる。
「…綺麗…」
「かわいい…!小さくてかわいい!色も綺麗!」
あまりに非現実な光景に圧倒されながらその色鮮やかで小さな存在が泳ぐのを見つめ、何とか感想を呟いた。カイはその光景に興奮したようにはしゃぎながら泳ぐ魚を追っている。
目の前に綺麗な、明るい光を閉じ込めたような色の魚が泳ぎ思わず手を差し出す。不思議な事に自分の手の平の上で止まりまるで挨拶するかのように一泳ぎしてすぐにどこかへと行ってしまった。
「……?」
魚に挨拶されなと戸惑っていると、向こうからカイの歌声が聞こえて色鮮やかな魚に聞かせているのかいつも通り綺麗な歌声を響かせている。
「聞かせてるのか?」
「うん。見てよ、この魚をこんな小さいのにたくさんの色がある」
「ゴーグル通しての立体映像だから、生きてる魚じゃないんだよ」
「それでも何か歌いたくなってさ」
そういう映像なのか分からないがカイの歌に反応するように魚達が空中を泳ぎまるでその歌に合わせて踊っているようにも見えた。
カイの歌は綺麗だ、この魚もきちんと生きていたならこの声が聞こえただろうにと勝手に残念に思うと目の前を泳いでいた魚が水槽へと帰り、周囲は何も映さないただ水槽があるだけの空間になった。
「あ、これ時間制限あるのか」
「お一人様三分までだって、短いね」
「まあでも…誰かがずっと着けてたら他の見たい人も見れないしな」
「かわりばんこにしてたんだね」
ゴーグルを戻して他の水槽へと向かう、道が分かれていて少し明るく見える方へと向かうとそこは初めて見る緑があった。
「…木がある」
「葉っぱもある…初めて見た」
「本物か?これ…」
「…本物知らないからな…分かんないや」
「シェルターに小さい木もあったろ?感触は少し違うけど…本物…かな?」
水槽と大きな葉っぱが揺れる木々、見た事の無い植物がそこにある。触れると冷たいそれは本物かどうかの判定が着くほどに本物の感触を知らない自分達には難しく、偽物だと分かるもの悲しくなる気がして本物とする事にした。
「爬虫類ゾーンだって」
「爬虫類…うわ、すごい生き物」
「…何かちょっと…博物館で見たのと形似てないか?」
「向こうはもっと大きくて牙もあったじゃん?」
「そいつが小さくなった感じ?俺は似てると思うけど…」
「滅亡したけど似てる生き物が出来たとか?」
「…あ」
そんな不思議な事が起こるのかと思ったが、もしかしたらそうかもしれない。何千何万と時が過ぎて別の形でまた再生されてもおかしくはないのかもしれないと不思議な気持ちでその生き物の写真を見つめる。
「どれもこれもすごい見た目だね。爬虫類ってこんな感じの生き物ばっかりなんだ」
「博物館で見たのはみんな毛だらけだったり強そうな皮膚してたけど…みんなつるんってしてるな」
「…この子は毒があるって」
「体に毒が?」
他の生き物の一線超えて派手な見た目のその生き物は確かに毒があるらしく迂闊に触ってはいけないらしい。
「体に毒持ってるのか?何で?」
「攻撃されないように?」
「…僕は毒があるから触るなって?」
「見た感じも他の綺麗な色した生き物と違うからな…そうやって守って来たのかも」
「最初からそういう予定でこの色に生まれて来たのかな?」
「どうだろう?不思議なもんだな…そうやって生まれた来たわけじゃなくてもそうなったのか…」
たくさんの空の水槽にはかつてその水槽にいたであろう生物の写真のその生態、それにら彼等がこうである理由はこうだとと書かれており、初めから生まれた時からそうであったのか徐々にそうなっていったのかまでは書かれていないが、あの可愛らしく泳いでいた色鮮やかな魚達は住まう地域によってあの色に生まれて来たらしい。熱帯魚というものはまるで人の目をその色で楽しませるかのように生まれた存在にも思えるし、逆に人に触れさせないように惹き付けるような色とは逆の禍々しい色をした毒を持つ爬虫類。
どれも人間の視点ではあるが、それぞれその形に生まれた意味がきちんとあるのが不思議だった。
「こんなにいるんだね。生き物って」
「シェルターにいた時に本があったろ?そこにもたくさんの生き物が出て来た」
「…あった…ね?」
「……あったんだよ。俺はよく読んでた。でもまだまだ知らない生き物がいる。ましてや本だと挿し絵ぐらいしかなかったから…想像しか出来なかった」
「…想像で描いた事あったじゃん?ジンの描いた動物さ、悪夢に出る動物みたいで怖かった」
「…仕方ないだろ想像なんだから」
本物の想像は違うんだよ。
見ないと分からない、歩いて何処かへ行って触れてみないと学べない事がたくさんある。
爬虫類ゾーンから抜けると短いトンネルがあり、上にはキラキラと小さな光を放つ物が見えて、今まで見た物とは違うそれに不思議に思い眺めているとカイが確かめてみたいと言って調べる事になった。
「何か踏み台とかある?」
「無い……」
「へぇ…」
「……俺が踏み台になれと?」
「…ジンの方がちょっと大きいじゃん…」
「ちょっと探せばあるだろう。踏み台探して来るぞ」
「早く見たいのに…」
カイを無視して来た道を戻る。最初の熱帯魚の場所に行くと立体映像のゴーグルを置いているテーブルに椅子があり、それを持って行く事にした。キラキラ光るトンネルに椅子を置いてその上に乗ると天井のキラキラの正体は今までの明かりとは違う、悪いとは思ったが一つ力任せに千切りカイに見せる。
「わ……えと?綺麗だけど…」
「多分…貝殻だな」
白く小さな欠片は光を当てると不思議に七色に光るように見えた。
「貝殻…」
「これも海の生き物なんだよ。どこが目なのか口なのかさっぱりだけど…確かこの貝殻に中身があってそれが本体でこの貝殻はつまり…」
「綺麗だね。でも中身が無いって事はこの貝殻の生き物は追い出されたのかな?」
「……かもな、綺麗だから追い出されて住んでた奴はどっかで平和に暮らしてるかもな」
「ふーん…それを飾り付けようなんて面白いのか残酷なのか変なの考えるね」
「自分より小さい生き物の考えなんてどうでもいいんじゃない……あぁ」
「え?」
「大丈夫だ。ここの貝殻中身が無いのを見つけて飾ってるみたいだから元々住んでた奴を追い出して飾ったやつじゃないみたいだ」
「そうなんだ!」
トンネルの暗さで気付かなかったが入り口付近にそう書いてあった。それでもここまでの数の貝殻を集めて飾るのもなかなか大変だろと思ったが、自分が知らない“海”の存在はずっと広く大きいらしくもしかすると大した労力ではないのかもしれない。
トンネルの中をゆっくり歩くと再び水槽がある。今までで一番大きな場所で大きな水槽だった。ここでのんびり見る事が出来るのか大きなソファーや小さなソファーが不規則に並んでいる。
「大きい…」
「わ、すごい…!」
大きな水槽、壁一面が水槽なのではなと思うぐらいに大きな水槽が目に映る。やはり何もいないと思っていたが影が見えた。
「……?」
「何か、いた?」
「動いた気がする…」
「まさか…」
まさかとは思う。
じっと見つめていると水槽の水が揺らぎ、その水中を悠々と泳ぐ生き物がいた。立体映像ではない、本物の水の中を泳ぐ生物だ。
「…あれは」
「何あの生き物…あ、あっちに行っちゃう!」
「えと…あれは…」
早くはない泳ぎでその生物は水槽の中を移動する。初めて見た動く水中の生物にカイは自分を放っておいて走り出す。カイの足音が向こうに行くのを聞いて慌てて追いかける、追いかけながらあの生物はあの形はと記憶の中を探り思い出す。
母が読んだ絵本の中の登場人物、人物ではないがそれにそっくりだ。
短い手足にのろまの代名詞、固そうな背中に背負った甲羅。
「…思い出した!亀だ!」
「え?」
「あの生き物だよ!亀だ!子どもの時に、ほらカイは三歳だった時にお母さんが絵本読んだろ?それに出てきたやつ!」
「…それって水中泳ぐっけ!?」
「…いや、その本は泳いでなかった…」
でも今水槽の中にいるその生物は亀以外に思い当たらない。追いかけていると時折こちらの様子を気にするように目をこちらに向けて再び泳ぎ出す。
「意志疎通出来るのか…?」
「亀って喋れるの?」
「人間と動物だと言語が違うからな無理なはず…」
それなのに亀は水槽の中からこちらに来いと言うように泳ぐと、壁一面にあったと錯覚する程の水槽の端で止まり浮上する。
その方向に目を向けると更に驚く。
「…え?」
「…人?」
向こうもこちらを見て目を見開き驚いている。
亀が水中から上がった先、水槽の分厚い壁の向こうにいたのは、つなぎを着た長い髪を一つに纏めた女性の姿だった。




