教会
三角屋根の建物は今まで見てきた建物の雰囲気とはどこか違う気がする。どちらかと言えば今まで見てきた建物は無機質な、無機物で作られた建築品という物でしかなかったが辿り着いた建物はその雰囲気はどこか人を呼び寄せるような温かな雰囲気を感じられた。
白い壁に高い場所にある窓らしき部分はいくつもの色の違うガラスを使って作っているのか綺麗な色鮮やかな窓だった。
「お店…カフェ…そういう感じじゃないね」
「確かにな、何だろうな」
「まあ入れる建物には入ってみよう」
カイに肩を押されるようにして扉を開けるとこれもまた中は初めて見るような作りになっていた。床は柔らかい布が敷かれて外から見えていた窓もまた今まで見た事の無い作りでどう開けるのか分からず首を傾げた。
開けるのを諦めて中にあるもう一つの扉を開けるとそこはたくさんの長椅子が並べられていた。方向は同じ、大学のように目の前の一ヵ所を見つめているようだった。テーブルにしては小さいそれはカラフルな窓を背にしておりどこか仰々しい。
そのテーブルの側に立ってみると、いないはずの椅子に座る人達が見えるような気がしてすぐに離れた。
「何だろう、何か勉強会でもしてたのかな」
「かもな、椅子の数が相当だし…たくさんの人がここに来てたんだろうな」
何の話をしていたのか分からないが、このテーブルに立つ人は慕われていたのだろう。他に何か分かる事が無いかと周囲を探索する。テーブルからそう離れていない場所にもう一つ扉があるためそこを開けると椅子とテーブル。こちらは人一人が座るだけにあるような小さな物だった。そのテーブルの上には綺麗なネックレスがあり持ち上げてみると重みがあり、ここの建物に住んでいた人の物だろうか。
「他に何かある?」
「テーブルの引き出しに本はあった」
「何か面白い事が書いてあるかな…」
開いて文字を追うとそこには人ならざる存在達の話が書いてある。自分達には見えない、神様の存在の話だ。
「…役には立たないな」
「難しい話だね」
「何かに縋るのは別に悪い事じゃないけど…今となってはな…」
「これ書いた人はどう思ったろうね」
「最後まで信じてたんじゃないか?」
目には見えない神様を。
閉じた本は元の場所に戻して探索を進めると、片手より少し大きい丸い凹みがある機械と、それと一緒になっているのか球体の機械がある。
「…日付と…名前が書いてある?」
「二十年ぐらい前だね、フサイ…?」
「夫妻、お父さんとお母さんの関係性みたいなやつ」
「何だろう」
「ここにこの丸いのがピッタリ入るけど…そこからどうすればいいんだ?」
見つけた場所周辺にこの機械が動くための説明などが無いかと探す。すると、先ほど見てすぐに閉じた本の最後のページにあの機械の写真が載る薄い本が挟まれていた。
「…これ、映像機器だ」
「映像機器?」
「立体映像を映す機械みたいだ。映すにはそれなりに広くないと駄目みたいだけど」
「今も見れるのかな?」
「壊れてなければ…」
初めて見る言葉ばかりが並ぶその本にどうやれば映るのかを一ページ一ページ捲りながら辿っていく。どうやらその映像機器に充電させれば使えるらしい。充電に使うコードはあったが千切れて中身が見えており使う事が出来なかった。
「駄目か…」
「駄目なのか…」
どうせなら見てみたい。ここで何が行われていたのか、かつて自分達が知らない世界を生きていた人達の映像が見れるのかもしれないと期待していた。
「…太陽充電?」
「…え?」
「環境に優しい太陽充電って最後のページにあるけど?」
「そこまで読んでない…見せてくれ」
もしもの時のため、環境に優しい太陽を使った充電方法があります。機械上部の右側を外してパネルを露出させて太陽に当てて下さい。
「ここか?」
書かれている通りにその部分を外すと確かに絵にある通りのパネルと言う部分が見えた。そのまま書かれている通りに外へ出て太陽の当たる場所へと置いておく。
「……これどれぐらいかかるんだ?」
「…一時間で十分の映像が再生可能ですって…」
「しばらくこのままか…」
「昼寝でもする?」
「いや、まだ見てない所があるんだ」
映像機器が充電されるまで中へと戻り、あの映像機器が見つかった場所とは別に奥の方へ扉がもう一つある。そこを開くとどうやら物置のようで使われていない椅子やテーブルが無造作に置かれている。食器もありどれか持って帰るか確認したが欠けていたり割れていたりと使える物ではなかった。
「これは何だろうね」
そしてもう一つ、部屋の片隅にある大きなクローゼット。中に何があるのか期待して開けるとそこには真っ白な服があった。
「……これ」
真っ白なフリルときらめく飾りによく見ると布には花の模様の刺繍がされている。
子どもの頃に読んでもらった本、その絵本に出てくるお姫様が着ているようなその服。
「ドレスだ」
「ここにお姫様がいたの?」
「いや…そうじゃなくて…普通の人が祝い事に着たりする時があるから」
「ここで何かお祝いしてたの?」
「…だとしたら、納得出来るかもしれない。ここの雰囲気は騒いだり遊んだり…そういう雰囲気よりも静かに拍手したり祝う雰囲気が似合いそう」
「綺麗なドレスだね」
「本当だな…これだけこんなに綺麗に残ってるなんて」
それほど価値のある服だったのだろうか、確かに作るのにどれだけ手間をかけたのだろう。
それと気になるのはドレスとは別にある薄い布のこれまたヒラヒラした何かだ。
「…ちょっと失礼」
破けないように静かにその薄い布だけ取ると長くどう使うのか分からない。飾りにしてもどうこのドレスと飾り付けるのか分からない。しかし何とも優しい肌触り、こんなの今まで知らない感触だ。
「マント?」
「このドレスにマントってのは…ちょっと考えづらいな」
光に当てると輝くそれは宝石のような石が輝いていた。ドレスと同じように大きな物ではないが刺繍も施されている。
「マントじゃないなら…こう?」
「…う~ん…前も思ったけどおしゃれって分からないな」
カイがその布を頭から被り回って見せる。キラキラと輝く布は確かに注目を受けるだろうけどもこの面積のある布を着けて歩くのはなかなか難しいのではないかと思ってしまう。おしゃれよりもどう動けるか邪魔にならないかを考えてしまう辺り、このドレスや布を作った人には怒られそうな考えだ。
多分その人等はそういう事を想定してこのドレスや布を作っていないのだろう。いかに着る本人が良く見えるか、美しくあるかなんだろうか。
「…カイ、それ気に入ったのか?」
「綺麗だよね。何に使うか分からないけどこれ着けてた人は嬉しい気持ちだったろうね」
「かもな」
そのまま布を纏ったカイと部屋を出る。他にも部屋は無いかと思ったが内装は思っていた以上に狭い作りだったらしくあっさり探索は終わってしまった。
一番広い部屋の椅子が多く並べられた場所へと戻ると今のカイと同じ?ように布を纏った物が目につき布を取り払って見ると、そこにはピアノのような物があった。
ピアノには似ているが、これもまた何とも仰々しいというか本当にピアノなのかそれともその仲間のピアノではない何かなのか疑う。試しに白い鍵盤を押してみるが何の音もしない。
「音出ないな…」
「壊れてるのかな?」
「人がいて…楽器みたいなのがあって…演奏したのか」
「歌も歌ってたのかな」
「楽器があれば歌えるだろうな」
「無くても平気だよ」
人が一人いれば平気だよとカイは言う。
「まあそうか」
「けど」
「けど?」
「役割が無くなったのは悲しいかもね」
そう言ってカイはピアノらしき楽器を指でなぞる。長い事使われていなかったそれはなぞった指に黒い埃が付いていた。
「どんな音を出したんだろうね」
「どんな音だろうな」
ピアノに似た音色を奏でていたのだろう、それともまったく違う音を奏でていたのだろうかと考えいると、あの映像機器を太陽の下に置いてからそれなりに時間が経ったのではと気付き、もう一度指でピアノらしき楽器をなぞり外へ出る。
「充電完了?」
「…ここがどれぐらい充電出来たか分かる部分みたいだけど…まあ出来たは出来たな」
早く確認してみたいがために少しの充電でもまあ大丈夫だろうと思い、改めて映像を見る手順を確認する。
「これが映像が収められてるやつ」
「これをここに?」
「そう、そしたらこの球体のここの部分をここに合わせて」
丸い凹みに映像が収められてるという球体を設置して本にあるようにきちんとした方向に合わせないと始まらないらしい。何度か回すとカチッという音がして一段沈んで外れないように固定された。
「そしたらここのボタンを押して」
「どんな風に再生するんだろう」
「その前にちゃんと動けばいいけど…」
ボタンを押してみたが何の反応も無い。充電が足りなかったのかそれとももう見えない部分が壊れているのかと落胆してしまいそうだった。
「頼むよー見せてー」
「あんまりいじるなよ…」
カイが再生ボタンを何度も押す。カチカチと音だけが鳴ると思い相変わらず何の反応も無い。やはり時間が経ち過ぎているのかとこのまま元の場所に置いて戻そうとした時、映像機器に嵌め込まれた球体がゆっくり回転し始めた。驚いて黙ってその様子を見つめると回転する球体から様々な光が飛び出して来たため手を離してしまいそうになったがカイがそうならないように受け止めてゆっくりあの、仰々しいテーブルの上に置く。
何が起こるか予想がつかなかったため、テーブルに映像機器を置いて離れようと振り替えると目の前にあの多く並んだ椅子にたくさんの人が座っている光景が見えた。
「え?」
「これ…」
「人がいる…いや」
よく見ると後ろの椅子が透けて見える。これはこの映像機器が見せている立体映像のようだった。多くの男女が椅子に座り何か話している様子が見える。一番前の椅子にはそれなりに年齢を重ねた男女が座っている。口元には穏やかな笑みを浮かべていた。
次第に映像と共にノイズのような音が聞こえて来たと思うとこの人達の声も聞こえて来た。
『何年付き合ってた?』
『やっとだね、長かった』
『この後どこで披露宴?』
『この度は本当におめでとう』
やはり何かの祝い事なんだろう。この映像に記録されている人達には自分達は認識されていないとは言え目の前に立つのは何となく居心地が悪く、どこか空いている椅子に座ろうと探し、一番後ろの椅子にカイと並んで座った。
「みんな綺麗な格好してる」
「…俺達場違いな格好だな」
「男の人はみんな似たような格好だけど」
「確かにみんな黒い服だな」
あれはスーツ。仕事や大事な時に着て行く服だと覚えている。
「女の人はみんな華やかだね」
「キラキラしてるな」
「爪すごいよ。見てよこの人」
カイが指差す方向にいる女性の爪は確かに綺麗に色があり、更に輝く石が乗っている。
「…絶対不便だろこの爪」
「綺麗だからいいんじゃない?覚悟の上では…」
「覚悟してこの爪に…」
記録にある彼等の観察をしていると音楽が鳴り響く、すると椅子に座っていた彼等が振り向き一瞬こちらに気付かれたのかと思ったが見ているのは扉の方向だった。
「…何だろう」
「あ、扉が開いた…」
扉が開いた先には一人の男性がいた。他の男性と同じようにスーツはスーツだがあの人の物はそれよりも質が良い物に見えた。ゆっくり歩きあの仰々しいテーブルの前に立つ。気付くとそなテーブルの場所に老年の男性がいた。その人の服は他の誰とも同じではない。
「何か、すごい緊張してない?」
「確かに強張ってるな」
テーブルの前の男性は何も落ち着く事が出来ない映像でも緊張している様子が伝わった。大丈夫なのかこの人はと思いながら見つめていると再び扉が開く、そこには年齢をそれなりに重ねた男性とその傍らにあのドレスを着た美しい女性がいた。
頭にはあの薄い布を被り、そこから見える表情は微笑んでいた。
「……綺麗な人」
「本当…綺麗な人だね」
「これあの人のか」
「失礼しました。お借りしてます」
カイはすぐにあの布を頭から取って畳んでおく。ドレスの女性はゆっくり男性と共に歩いていく。その方向には緊張したスーツの男性、ただ先ほどのひどく緊張した姿よりも表情が和らいでいる。
ドレスの女性の手が年配の男性から離れてスーツの男性の手を取る、年配の男性は離れて行き椅子に座るとあの独特な服を着た男性が静かに話し始める。初めて聞く言葉で意味はよく分からない。ただ静かにその言葉が響くのを聞いてスーツの男性とドレスの女性は「誓います」と宣誓した。
「…妻、夫……これ、結婚式?」
「結婚式?」
「一緒になるための儀式…、お祝い?」
「へえ、初めて見た」
「俺も初めて見たよ」
祝い事だからもっと賑やかに楽しく行う事だと思っていたが実際はこんなに静かに穏やかに進んでいくのかと感心しながら見つめる。ドレスの女性はこの空間にいる中で一番綺麗でスーツの男性もそのドレスの女性の前では誰よりも格好よく見える。
「幸せそうだね」
「好きな人同士で一緒になれるからな」
「良かったね、おめでとう」
「おめでとうだな」
結婚式が進む様子を見ていると、お互いの指に揃いの指輪を着けていく。あれは両親も同じようにしていた。誓いを立てる証みたいな物なのだろう。
「あ、よく見たら何人かあの人達と同じようにお揃いの指輪してる」
「へえ...じゃああの人達も結婚してるのか」
見れば意外と多くいるものだ。
その人達が同じくここで結婚式を行ったのかは分からないが、同じように穏やかな幸せを感じていたのだろうか。
「…ん?」
「あ、布取った」
指輪も交換してするとあの顔に被せていた薄い布を捲り、スーツの男性とドレスの女性は顔を合わせる。じっと見つめていたかと思うとゆっくり顔を近付けて。
「………おぉ」
「………ほぉ」
唇を重ねてキスをした。
初めて見るそれにどんな反応が正解か分からず目線を逸らしながら確認して変な声を上げてしまった。
すると割れんばかりの拍手が起こり、自分達も参加しているかのように拍手をした。
すると段々と映像は消えていき元の誰もいない廃墟へとなってしまった。
「……なるほど」
「うん、なるほど」
過去の映像、幸せな記憶を見れて良かったが最後のキスシーンが再生されてしまいうまく感想が言えなかった。
「…幸せな記憶だったな」
「…そうだね。幸せな映像だった」
「……」
「…持ってく?」
映像機器を指差してカイが提案する。確かにまた同じような映像を記録している球体があれば過去の出来事を見る事が出来るかもしれない。
ただ今日見た物は。
「…その映像が入ってるのは置いてくか?」
「うん。ここでの思い出は置いていこうか。あのドレスの側に置いておこう」
映像機器だけを車に詰んで記録されているの球体はあの薄い布と共にドレスの側に置いておいた。あの女性、このドレスを着ていた女性とその側にいたスーツの男性はあの後どうなったのだろう。二十年も前の記録のあの日から、あの二人以外にも二人を祝福していたあの人達は。
「…この映像の人達、生きてると思うか?」
「可能性は……低いかもね」
「でも、こんなに幸せな時があったんだな」
「うん。側に寄り添える人がいるなら尚更」
「…真似して言うか」
「何を?」
「あの二人を祝ってた人達が言ってた言葉」
「あぁ…そうだね」
ドレスがあった部屋を出てあの二人が見つめ合っていたテーブルの正面、二人を祝福していた人達と同じように呟く。
「お幸せに」




