『約1c㎡の世界』
この約1c㎡の窓からは、いろんな世界が広がっている。空も海も、山も川も、街や人だって見える。
そんな魔法の道具。
わたしの宝物。
さあ、次は何を見ようか――
『約1c㎡の世界』
浩子は学校へ向かう。自転車をこいで、川沿いを走るいつもの毎日。天気がよくて、すがすがしい五月の風が肌に気持ちいい。
学校に着いたのは八時。朝のホームルームが始まる八時半までまだ時間があった。自分の席に着いた浩子は、魔法の道具を出して約1c㎡の窓を覗いた。
すると美紀の顔が見えた。
浩子は美紀のところまで歩み寄って行った。
「美紀おはよー」
「あら浩子おはよう、ってまたそんなくだらない物学校に持ってきて!」
「くだらなくなんかないもん!」
「浩子ちゃんと受験勉強してるの?大学行けないよ?」
「わかってるよ…」
浩子は弱い口調で言った。
授業が始まっても浩子は勉強に集中出来なかった。「窓辺のこの席が悪い」と決め込んで、教室の窓からずっと外を眺めていた。魔法の道具はカバンの中に大切にしまっている。
昼休みになった時、浩子は担任教師に呼び出された。担任教師は職員室で待ちくたびれた顔をしていた。
「五十嵐、お前だけだぞ進路希望書出してないの。」
「すみません。」
「大学行かないのか?専門学校とかか?」
「一応大学にはいこうと思ってます。でも今は部活の方で頭いっぱいで…」
浩子は先生の顔が見れなかった。
「そっか、コンクール近いもんな。先生も怒ってるわけじゃないからな。まあ一応明日までに進路希望書出して。」
「はい。すみませんでした。」
そういって浩子は職員室を出た。
放課後、夕日に包まれた学校を背に、浩子は自転車をこいだ。遠くの山に夕日が沈んでいくのが見えた。赤が青に混ざって溶け込んでいくような夕焼け空。オレンジ色の雲の形は瞬く間に変わってゆく。上空は風が強いらしい。川沿いを走る途中で浩子は自転車を止め、この空を眺めていた。
ふと我にかえった浩子は、カバンの中から魔法の道具を取り出した。そして約1c㎡のファインダーごしに夕焼け空を見つめ、シャッターをきった。
「コンクールはこの空でいこう」
浩子は夕日が山に隠れる最後閃光を、魔法の道具の中に閉じ込めておいた――
完
久しぶりの投稿です。短い内容ですが、やりたいことは詰めたつもりです。感想、意見、ご指摘等ありましたらよろしくお願いします。




