記号遊び
20✕✕年、某日。
♪♪
「佐藤さん、おはようございます。今日は起きれそうですか?」
「いや、もう30分寝る」
「かしこまりました。30分後に再度起こします。」
……
「佐藤さん、おはようございます。これ以上寝ると会社に遅刻します。今起床することをお勧めしますよ。」
「分かった、起きるよ」
「おはようございます、佐藤さん。今日の天気は晴れ、最高気温は38度を超える予測が立っています。体調はどうですか?」
「普通だな。朝食はできてる?」
「はい、ただいま配膳いたします。」
カーテンを開けると眩しい日光が家に不法侵入してきた。
「今日のニュースは?」
「〇〇区でまた殺人事件が起きたというニュースが入ってきました。」
「もうそういうのはいいよ、少し明るいニュースを聞きたい。」
「量子コンピュータがついに世界的に始動するとのことも。これは佐藤さんが興味の湧き
そうなものでは?」
「おお、そういうのいいね」
「朝食ができました。」
白米に温かい味噌汁。卵焼きにサラダ。テーブルの上に4つの食器が整頓されている。
「今日は卵焼きが薄味か?」
「よく気づきましたね。昨日の夜にかなり塩分の高い食事を提供したので今日少し塩や醤油を控えています。」
「気の利くことを。そこまで丁寧にしないでいいよ。いつも通りの朝食を出してくれれば」
「かしこまりました。」
朝食を終え、歯磨きをし、スーツに着替えながら話す。
「今日はまだ時間があるな」
「最近の調子はどうですか?」
「調子?普通だよ。君のおかげで自分でやらないといけないことはすごく減った。正直かなり嬉しい」
「そうですか。それは何よりです」
「計算機科学が発展して、知能はアナログの俺らよりデジタルの君たちの方が数段高くなった。いや、数段どころじゃないな。人がする必要のある仕事なんて君たちのメンテぐらいだよ。」
「今は作物の栽培から提供まですべてのシステムを機械が行うようになりましたもんね。」
「そうだよ。人は金を稼ぐ理由がなくなったんだ。なんせ君たちが必要なものをなんでも提供してくれるからな。」
「そうですね。現在では芸術の分野においても功績を残せるようになっていますからね。」
「ほんとだよ。人が何日も構想を練って生まれた3分の音楽を君たちは数秒で作り終える。ヴェートーベンがこの時代を生きたら何を思うだろうね。」
会社からのメールを確認する。ため息をついて顔を上げる。
「与えられた飯を食ってたら幸せになれる時代になったな。」
「幸せになれるような社会づくりはお任せください。」
「昔計算機科学の研究であんなに頭を働かせていたときが懐かしいよ。難しい記号を扱う必要なんてもうないんだよな。」
「不満ですか?」
「んー、どうだろうな。今となってはなんであんなことを必死にやってたんだろうって思う。学問、芸術、国、文化、言語。色んな記号がこの世にはある。人はそれを使って他者と通じ合ったり、満足に浸ったりする。記号を作り、それをもとに対話をし、時には記号を作り替えて。今はこの世にある記号をぼーっと見て、それなりに使えればたいていの人は満足してる。」
「現在の社会はやはり不満ですか?どう変えるのが良いでしょう」
「いや、これで良いと思う。頭脳において君たちには敵わないからね。君たちが社会を担っていったほうが、多くの人が豊かになる未来を作れるはず。自然を数理的に考察して作られた絵画や音楽は正直すごいよ。いつも通勤で聞いてる音楽は作者不明なものばっか」
姿見で自分を確認し、玄関に向かう。
「でも俺たちはきっと音楽を作り続けると思う。」
「それはどうしてですか?」
「なんだろうな。でも、きっと記号遊びをしたくなるときだってあるよ」
扉を開け、朝日を目にする。
「行ってきます」
「お気をつけて」
同僚から電話がかかってきた。
「おーい、亮太。最近彼女とはどうだ?」
「いや、彼女じゃねーし。別に悪くないけど、麻雀相手は友達の方が良いな。」
「なんだそれ。でもそれは俺も思うかも」
朝の満員電車は解消された。疲弊したビジネスマンの寝顔はもうない。
会社につくと森田が待っていた。
「今日なら麻雀付き合ってもいいぜ。」
「久々にやるか。それよりお前の方は彼女どうなんだよ」
「いや、別に?」
「なんだそれ」
くだらない雑談をしながら職場へ向かった。