第8話 ユウイちゃんのパートナーになれるならなんだってする
胸を張り、「三ヶ月でユウイちゃんより人気YouTuberになってみせるから!」と言い切った城崎の手が小さく震えていることに俺は気付いてしまった。
自信があるわけじゃないのだろう。
それでも、ユウイを引き留めたいという思いで、城崎はできるかわからないことを口にしている。
なんか、その姿がすごくいじらしくて、思わずキュンとしてしまう。
だって、可愛くない? 俺のためにぷるぷる手を震わせながら「なってみせるから!」なんて胸張ってるんだよ? めっちゃ可愛いじゃんね?
張った胸がささやかに自己を主張している姿から目を背けながらも、俺はどうするべきか悩んでいた。
ここまで言わせて、でもやっぱりと断るのはさすがに可哀想というか、申し訳ないというか。「やだ」なんて言って、またさっきみたいに城崎のクリッとしてて綺麗な目を涙で濡らしてしまうのは……。あの城崎可愛かったよな。もう一回ぐらいなら……って、おい。俺はなにを考えてるんだ。
「……三ヶ月って」
脳内の妄想を振り払うように、俺は城崎が提示した『三ヶ月』という期間を、確認するように口にした。
俺の言葉に希望を見いだしたのか、城崎は勢いよく頷いた。
「うん! 三ヶ月! 三ヶ月でユウイちゃんより人気になってみせるから! 一緒にいて良かったって絶対に想わせて見せるから!」
一歩、城崎が前に踏みだし、俺との距離がさらに縮まる。
俺のブレザーの胸元に、城崎の胸の先端が、わずかに触れた。
「……っ!」
「だから、それまではやめないで……」
上目遣いで俺を見つめる城崎の視線から逃げられない。
ああ、もうこんなのどうしたらいいんだよ。
心臓がどきどきとうるさく響いている。これ以上近寄られたら、俺の心臓の音が城崎に聞こえてしまいそうだ。
正直に言えば、城崎の言うとおりやめるのはいつだってできる。
それが明日になっても三ヶ月後になっても変わらないと言えば変わらない。
なのに、どうしても俺は城崎の頼みを頷けないでいる。
そんな俺にしびれを切らしたのか城崎は――。
「お願い! 私、なんでもするから!」
もうほとんどくっついていると言ってもおかしくない距離で城崎から言われれば、百人中百人が頷いてしまうであろう、言葉を口にした。
なんでもって、意味わかって言ってるのか? いや、絶対わかってないだろ。
城崎のポンコツっぷりに呆れるを通り越して苛立ちさえ覚える。だってそうだろう。他の男子にもこんなこと言ってみろよ。なにされるかわかったもんじゃない。
「ふーん、なんでも?」
だから俺は、つい苛立ち紛れに言ってしまった。
「なんでもって、たとえば?」
いじわるな質問だとわかっている。けど、自分の発言に対して、相手がどう思うかも考えない城崎を困らせてやりたくなった。
案の定、城崎はようやく自分の発言がどういう意味を含むのかわかって、顔を赤くさせた。
「そ、それは、その、な、なんでもはなんでも、だけど……」
なんでもと言いつつ、なんでもいいというわけじゃないのが伝わってくる。
「あの、えっと、その」
困ったようにソワソワし始める城崎は、まるで飼い主がどこに行ってしまったかわからず困っているチワワのようだ。可愛い。キューンって鳴いてくれないだろうか。いや、鳴かれても困るけど。ってか、鳴かれたりなんかしたら俺の中の変な性癖が目覚めてしまいそうだ。
この辺で切り上げるべきかな。
俺は肩をすくめた。
「なんでもする、なんて言うとつけ込まれるから気をつけた方が良いよ」
「ううぅ……」
「変なことをさせようとする奴だっているんだ、から……って、え……?」
俺が言い終わるよりも早く、城崎はすぐそばにある俺の両肩を掴んだ。
「しろ、さき……?」
「ユウイちゃんのパートナーになれるならなんだってするんだから!」
肩を掴んだまま背伸びをすると、城崎は真っ赤な顔を俺に近づけてきた。
「ちょ、な、なにを……」
「黙って」
ギュッと目をつむったまま、キツく噛みしめた唇が俺に触れようと近づいてくる。俺の肩を掴む手は、小さく震えていた。
間近で見ると、城崎の睫毛はくるんとカールしているのがわかった。
それから、なんだろう。すごく、いい匂いがする……。香水みたいに甘ったるい匂いじゃなくて、優しくふわっと香ってくる……。
ずっとこのままこの距離でいたい――。
「って、ストップ!」
自分と城崎の顔の間に、慌てて手を挟み込んだ。その瞬間、城崎の唇が、わずかに俺の手に触れた。
「……っ、あっ、わ、わた、し……」
驚いたように目を見開き、それから自分が口付けたのが俺の手のひらだとわかったようで……。安心したのか、瞳からボロボロと大粒の涙をこぼしながら、廊下にへたり込んだ。
「……はぁ」
ユウイのためにここまでしてくれるのかと思うと、無碍にはできない。あと、ここまでやってしまう城崎だ。俺が今断ったところで、違う手段でユウイに近づこうとするかもしれない。それどころか、無茶な方法で人気を獲得して、それからもう一度「ユウイちゃんのパートナーにして!」なんて言ってくる可能性だって否定できない、というかやる。城崎ならきっとやる。今の俺には自信を持ってそう言える。
「学校では、絶対に内緒にできる?」
「……! うん! もちろん!」
「俺のことユウイちゃんって呼んじゃダメだからね」
「わかった! ユウイちゃん!」
「だから!」
「あっ」
間違えちゃった、とばかりにてへへと笑う城崎に俺はため息を吐く。
俺、選択間違えてない? 大丈夫?
まあもう、こうなったら後戻りはできない。
「……じゃあ、三ヶ月だけだからね」
「やったぁ! ありがとう、ユ……じゃなかった、三浦君!」
「って、おい! くっつくな!」
嬉しさのあまり飛び上がって俺に抱きついてきた城崎を、慌てて引っ剥がす。
顔が熱くて仕方がない。
赤くなっているであろう自分の顔を隠すために、俺は城崎から距離を取りながら右腕で口元を隠した。
この選択が間違いだったのか、正しかったのか、今の俺にはわからない。
でも――。
嬉しそうに笑う城崎を見ると、ユウイのことをこれだけ心配して、愛してくれる人がいるというのは嬉しい気がして、少しだけくすぐったさを感じていた。