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第5話 私をあなたのパートナーにして!

 廊下を歩く俺たちの間に、冷たい空気が流れる。


「私、『あなたの正体を知っている』わ」


 その言葉の意味がわからないわけじゃない。一言一句違わない言葉は、昨日のDMの送り主が城崎であることを示していた。

 どういうつもりだ……? いったいなにが目的なんだ?

 疑問はあったけれど、わざわざ認めてやる必要もない。俺は小さく首を傾げた。


「なんの話?」


 しらばっくれる俺の顔に、城崎は手を伸ばした。

 城崎のほっそりとして長い指先がおでこに触れた。


「なっ」


 反射的に身をかわした俺は、廊下の壁に背中をぶつけた。

 なにが起きたのかわからない。なんで俺のおでこに触ろうとしたんだ? そんなシチュエーション、ラブコメ漫画で「熱、してない?」ってヒロインが主人公のおでこを触って体温を確認するときぐらいしかないだろ!

 って、落ち着け。動揺している場合じゃない。


「なにするんだよ」


 できるだけ落ち着いた声で問いかけると、城崎を睨みつける。

 けれど城崎はそんなことお構いなしに俺との距離を詰めてくる。背中が壁に当たっているせいで、これ以上下がることも逃げることもできない俺は、まるで壁ドンでもされているかのような体勢になった。


「ちょ、待って……」

「待たない」


 いや、それセリフが男女逆だから。

 心の中で突っ込んでいる間にも、城崎は俺に近づき、そして――指先で俺の前髪を掻き上げた。


「やっぱり!」


 なにがやっぱりなんだ、そう言いたかった。でも、それよりもあまりにも近い距離にある城崎の顔に言葉を失う。クリッとした大きな目、きめ細やかな肌、なのに薄らと上気したような桃色の頬、唇はリップを塗っているようには見えないのにぷるるんとしている。

 前髪というバリアを通さす、真っ直ぐに見た城崎はあまりにも可愛すぎた。

 ユウイが可愛いことは自覚している。一紗だって他の女子に比べたら飛び抜けて可愛い。でも、至近距離で見た城崎の可愛さには適わない。そりゃあ男子たちが『キツイ性格さえなければ一番可愛い!!』と言うだけのことはある。

 でも、そのとびっきりの可愛さをもつ城崎は、今俺の目と鼻の先に立ち、ひとり納得するように頷いていた。


「やっぱり三浦君がユウイだったのね!」


 その言葉に、スッと頭の中が冷静になっていくのを感じた。


「――なんのこと?」

「とぼけなくてもいいのよ! ほら!」

 

 目を細め、城崎をジッと見つめる。けれど、そんな俺の反応なんてお構いなしに、城崎はポケットからスマホを取りだした。そこに表示されてるのはユウイと、それから俺の小学校時代の写真だった。写真の中の俺は、まだ前髪を下ろすことなく、女の子と間違うような可愛い顔で無邪気に笑っていた。そう、今のユウイを少し幼くしたような顔で。


「友だちの家で見せてもらったときから、絶対にそうだと思ったの! あっ! 安心してね。友だちって言っても別の高校に進学した子だから、今の三浦君のことは知らないの。ユウイちゃんについても詳しくないみたいだから三浦君=ユウイちゃんだって気付いていないみたい」

「…………」

「はあぁ、本物のユウイちゃんだぁ……可愛い……嬉しいぃ……」


 興奮気味を通り越して、恍惚とした表情を浮かべる城崎に思わずたじろぎそうになる。

 この様子を見るに、城崎はユウイのファンなんだろう。でもだからと言って、私生活を侵されるのは困る。


「それで? ユウイになんの用?」

「ユウイちゃんから話しかけてもらってるうぅ……」

「は?」

「あ、え、えっと、あの、その。あ、ああ、あの! コホン」


 わざとらしく咳払いをしたあと、頬を赤く染めたまま城崎は言った。


「女装して百合ドルをやっていることをバラされたくなければ、私を人気YouTuberであるユウイの新しいパートナーにして!」

「……断る」

「なんで!?」


 突拍子もない提案を、俺は即座に却下した。

 まさか即答されてると思っていなかったのか、思わずといった様子で城崎は声を上げた。泣きそうな顔――どころか、目に涙を溜めて俺を見つめてくる姿を見ていると、悪いことを言ってしまったような気になる。けど、俺別に悪くないよね……? 脅迫染みた方法で「パートナーにして!」なんて言う方が悪いよね……?

 なのに、目を潤ませて見つめられると、俺の方が酷いことをしたような気になってくる。

 この目を見ていちゃダメだ。

 スッと目線を逸らすと、それでもどうにも気まずくてもごもごと口ごもるように言ってしまう。


「いや、なんでって言われても……。そういうのは募集してないから……」

「で、でもイチサちゃんと別れたんでしょ……?」

「それはそうだけど……」


 でも、だからといってすぐに別の女の子をパートナーにするなんて考えられない。いくらイチサとの関係が契約の上だけのものだったといえ、俺の中では……。

 黙ってしまった俺の手を、城崎はそっと握りしめた。


「私じゃ、イチサちゃんの代わりになれないかな……?」


 手のひら越しに、城崎の手のぬくもりが伝わってくる。

 柔らかい……。

 男の俺にはない柔らかさにドキドキしてしまう。


「わ、私もねYouTuberやってるから、役に立てることもあると思うの! ユウイちゃんのパートナーになりたいの!」


 その言葉に、俺の中での疑惑が確信に変わった。

 送られて来たDMのアカウントに紐付いていた動画。そこに映っていた人物に見覚えがあった。


「やっぱりあの動画、城崎だったんだね」

 


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