第34話 ケーキ、食べさせてくれる?
玄関のドアを開けると、やけに大きな荷物を持った城崎の姿があった。
「ごめんね、遅くなっちゃって」
「いや、大丈夫だよ」
ミオリの着替え? と、思ったけれど、着ているワンピースはオフホワイトのきれいめニットワンピで、おそらくこのまま配信する予定なのだと思う。
だとしたら、いったいなにを持ってきたんだろう。
「城崎、それって……」
「そ、そろそろ時間だよね! 急いで準備するね!」
「え? あ、ああ」
聞かれたくないんだろうな、と思わせる態度で、城崎は足早に俺の部屋へと向かう。
まあ、聞かれたくないことを無理に聞くことはしないけど、なんかあんなにあからさまな態度を取られると、ちょっとだけ傷付いてしまう。
ふたりで配信の準備をすると、いよいよ時間になった。
「じゃあ、はじめるよ」
「うん!」
んんっ、と何度か咳払いをする。いつもより少し声はガラッとしているけれど、ここ数日の中では一番マシだと思う。
のど飴を大量に舐めた甲斐があった。
久しぶりに隣に座るミオリはやけにご機嫌だ。
ジッと私が見ていることに気づいて、頬を赤らめながらふにゃっとした笑顔を見せた。
なんで、今さらそんな顔で笑うんだよ。
もう全部終わりにするって決めたのに、どうして……。
「……っ」
ミオリから視線を外すと、私は『配信開始』のボタンをクリックした。
「こんにちは! ユウイです! ちょっとお久しぶりの配信になっちゃったけど、みんな元気してるかな?」
話し始めると、コメントが一気に増える。みんなずっと待っていてくれたんだと思うと、それだけで胸が熱くなる。
「心配かけちゃってごめんね。風邪引いちゃって声が出なくなってたの。だから、今日いつもより声がガラガラしてるけど許してね」
――ハスキーボイスなユウイちゃんも可愛いよ!
「ホント? そう言ってくれるとホッとするよー!」
そこまで違和感をもつ人はいなかったようで、コメント欄は心配と久しぶりの配信への喜びであふれていた。
「ミオリの配信久しぶりだよね? 元気してた?」
「…………」
「ミオリ?」
隣にいたはずのミオリは、いつの間にかフレームアウトしていてソファーの影に隠れてなにかをしている。いったいなにを――。
『パンパンパンッ!!!』
「……っ!?」
その瞬間、部屋の中で大きな破裂音と、それから色とりどりの紙吹雪が飛び散った。
そして。
「ユウイちゃん、お誕生日おめでとう!!!」
そう言って、ミオリは――大きなホールケーキを私の前に差し出した。
クリームの塗り方も荒いし、崩れかけて形も悪い、でも一生懸命作ってくれたことがわかるケーキだ。
そしてそのケーキの真ん中には、ヘロヘロの文字で『ハッピーバースデーユウイちゃん』と書かれたプレートが載っていた。
これは、まさか。
「下手でごめんなさい! 一生懸命作ったんだけど、どうしてもうまくできなくて……」
「え、あの、ミオリ……? まさか、ここのところ忙しそうだったのって……」
「ケーキを作る練習をしたり、あとはケーキ屋さんでバイトしたりしてたの。ケーキのことならケーキ屋さんかなって思って」
ケーキの作り方を勉強したくて、ケーキ屋さんでバイト……。ミオリ、というか城崎らしい真面目な発想に笑いそうになる。
でも、それよりも、もっと突っ込みたいところが私には――ううん、私と視聴者さんたちにはあった。それは。
「ねえ、さっきハッピーバースデーって言ってたよね?」
「うん! バースデーケーキなの!」
「誰の?」
「だからユウイちゃんのだよ!」
まるで『自分の誕生日忘れちゃったの?』とでも言わんばかりの笑顔を見せるミオリに、私は残酷な真実を告げた。
「私の誕生日、来月だよ?」
「え? えええええっ!?」
――マジかよ
――嘘だろ
――天然!? ドジっ子!?
――好きな人の誕生日、間違うとかどこの少女漫画??
――ケーキを出してきたときから嫌な予感はしてた
「嘘、でしょ……?」
「ホント」
「みんなで私を騙そうとしてるとか……」
「あると思う?」
「ない、よね……。えええ、嘘でしょ……そんな、まさか……」
ショックを隠しきれず、ケーキを机の上に置いたあとミオリはその場に崩れ落ちた。
や、うん。気持ちはわかる。サプライズでケーキを用意したら誕生日間違ってました、なんて一番恥ずかしいよね。
最初こそ突っ込み笑っていたコメント欄も、ミオリのあまりの落ち込みようになんとも言えない空気が漂っていた。
――ま、まああるよね! こういうことも!
――二回祝えてラッキーってことで!!
――むしろユウイちゃんがこの世に生きていることに感謝すべきだから毎日が誕生日みたいなもんだよ!!
最後のコメントはよくわからないけれど、みんなミオリを慰めようと必死だった。
「そんな、私……えええ……」
「なにを忙しそうにしてるのかって思ったら……」
「驚かせたくて……」
「はぁ……。私、ミオリに嫌われたんだと思ってたんだから……」
ホッとして、思わずポロリと本音をこぼしてしまう。
そんな私の言葉に、ミオリが驚いたように顔を上げた。
「嫌うわけないよ!!」
「だって、配信しよって言っても断るし、私との会話はめんどくさそうだし、素っ気なかったし……」
「そ、それは……。ほとんど毎日バイトして、バイトのない日は家でケーキを作る練習をしてたから……」
「だからって、私の誘い、全部断ることないでしょ」
「ごめん……」
しょんぼりとするミオリを見ていると、これ以上責めることはできない。
でも。
「私、ミオリに嫌われたから、今日で配信を終わりにしようってそう思ってたの」
「なんで!?」
「なんでって、だから……」
説明しようとする私の腕を、ミオリが掴む。
真正面から、まっすぐに私を見つめるミオリの瞳は痛いほど真剣だった。
「私がユウイちゃんのこと嫌うなんてことあるわけないよ! それに今だって、ユウイちゃんに好きになってもらうために必死なんだよ!」
「ミオリ……」
「これからも、ずっとユウイちゃんと一緒にいたいし、本当のパートナーになれるように頑張るから! だから、配信をやめるなんて言わないで!」
ああ、こんなにもミオリはユウイを想ってくれている。ユウイを大切にしてくれている。
その気持ちがあまりにも嬉しくて、ありがたくて、泣いてしまいそうだ。
コンプレックスのかたまりだったはずなのに、ユウイという存在が、いつの間にか裕唯の中でかけがえのないものになっていた。
それを気づかせてくれたのは、ミオリだ。
間違いなく、ユウイの一番はミオリなんだ。
「ねえ、ミオリ」
私は甘えた声で、ミオリに言う。
「ケーキ、食べさせてくれる?」
「えっ、あ、う、えええ……!?」
一瞬で赤く染まった顔を全力で左右に振る。
「無理無理無理無理!!」
「ええ……ダメ、なの?」
小首を傾げて上目遣いで悲しげにミオリを見つめる。
「そ、その表情、ズルい……」
「どうズルいの?」
「そんなふうに言われたら、断れない……」
「知ってる」
ふっと口角を上げると、ミオリはさらに顔を赤くさせる。
「ユウイちゃん、ズルいよ……」
「そう、私、ズルいの」
「うう……」
困ったように言いながらも、ケーキと一緒に用意してあったらしいスプーンを手に取ると、ぷるぷると震える手でケーキをすくい上げた。
「あ、あーん」
私の口元に、ミオリがケーキを運んでくれる。
そっと口を開けると、ケーキごとスプーンが口の中に差し込まれる。
「んっ……」
口いっぱいに広がる甘くて優しい味。
「美味しい……」
「ホント!? よかったぁ……」
ホッとしたように目を潤ませるミオリが可愛くて、口元が緩む。
そんな私たちを見ていたコメント欄は大盛り上がりだ。
――ユウイちゃんの今の表情ヤバイ!!
――ぷるぷるしてるミオリちゃん可愛い!!
――手作りケーキヤバイ!!
――ってか、今のまるでファーストバイトみたい!
「ファースト、バイト?」
聞き覚えのない単語を見かけて、つい読み上げてしまう。
「ねえ、ミオリ。ファーストバイトってなに?」
「えっ、あっ、そ、それは……」
私の問いかけに、どうしてかミオリは赤い顔で手に持ったスプーンをぎゅうっと握りしめている。
プラスチック製のスプーンが折れてしまわないか、ちょっと心配になってしまう……。
でも、その反応は、ミオリはファーストバイトの意味を知っているのだろう。
「ミオリ?」
ダメ押しのように名前を呼べば、ミオリは観念したのか目を伏せて口を開いた。
「けっ、結婚式で……新郎新婦がお互いにケーキを食べさせあいっこするの……。『一生食べるものに困らせない』とか『一生おいしい料理を作る』みたいな意味があるらしくて……」
小声で恥ずかしそうに説明してくれるミオリはめちゃくちゃ可愛い。
でも、きっと。
「ねえ、ミオリ」
もっと可愛い姿が見える気がして、私はミオリが用意してくれていたスプーンを手に取ると、ケーキを載せてミオリの前に差し出した。
「あーん」
「っ!? なっ、まっ」
「待たない。ほら、口、開けて?」
「んっ、まっ、むっ、むり……」
「無理じゃないから。ね? ほら、早く」
左手の親指で、そっとミオリの唇をなぞる。
「んんっ……」
吐息が漏れ、口が開く。
トロンとした目で、私を見るミオリの表情にゾクゾクする。
「あーん」
「あ……んっ……」
ああ、可愛い。
それに、愛おしい。
今まで感じたことのない感情を、ミオリに抱いてしまう。
この感情は、ユウイとして? それとも裕唯として?
まだその答えはわからない。
けれど、その答えがわかる日はたぶんそう遠くない、そんな気がした。




