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第32話 それ、声変わりじゃない?

 カラオケ配信から二週間が経った。あの配信以降、ミオリの人気はうなぎ登りだった。

 あの日のアーカイブは、今も毎日何千というアクセスがある。

 ユウイのパートナーのミオリ、として個人の配信もやってはいたのだけれど、今まではパッとしなかったアクセス数が、ここ数日は急激に伸びている。

 さらに定期的にやるようにした歌配信は、ユウイ個人の配信へのコメント数よりもはるかに多かった。

 それが嬉しくもあり、どこか寂しくもあった。


「だからさ! 俺は、どれだけミオリちゃんに人気が出てもユウイちゃん一筋だから! 聞いてる!?」

「聞いてる。わかったから」


 ミオリの人気が出たことを最初は好意的に見ていた市村だったけれど、ここ数日はまるでミオリをライバルかなにかのように敵意剥き出しだ。

 最初は誰も知らない女の子だったのに、たった一か月ちょっとでユウイのライバル扱いされるぐらい人気になっただなんて、やっぱりミオリは凄い。

 とはいえ、ミオリの人気が出たことに感心しているだけじゃなくて、ユウイも頑張らなくては。

 それに、そろそろふたりでの配信もしたい。なかなか日程が合わなくて、あの日からずっとひとりずつの配信ばかりだった。


「あ、城崎」


 教室を出て行く城崎を追い掛け、ひとけがないことを確認してから俺は声をかけた。


「み、三浦君? どうしたの?」


 驚いたように振り返る城崎は、どこか気まずそうに見えた。

 俺、なにかした……?


「あ、いや。次の配信の日程を決めたいなって思って。いつが暇?」

「えっと……」


 困ったような表情を浮かべた城崎は、申し訳なさそうに両手を合わせた。


「ごめんなさい、今ちょっと忙しくて……」

「あ……そう、なんだ」


 たしかに個人配信でも人気が出ている今は、ユウイとふたりでの配信や収録よりも個人のものを優先して撮ったほうがいいのかもしれない。

 そうわかってはいるけれど……。

 それから一週間が経っても、二週間が経っても、俺たちがふたりで配信をすることはなかった。


「――ごめんなさい」

「……っそ」


 何度目かの誘いを、何度目か断られ、仕方がないとわかっていても俺の心はささくれていた。

 素っ気ない返事をしてしまうぐらい許してほしい。

 

「ご、誤解しないで! ユウイちゃんと背信したくない訳じゃないの!」


 城崎は慌てて言うけれど、俺にはそれが答えのようにしか思えなかった。

 自分ひとりでも人気が出たから、俺は用済みになったってことなんだろ?

 そもそもユウイのパートナーになろうとしたのも、ユウイの人気を足がかりに人気YouTuberになりたかっただけなんじゃないかって、城崎がそんなこと思うわけないってわかってるのに、どうしても疑いの目を向けてしまう。

 疑い、というより、悲しみの方が強かった。

 城崎は、ミオリはどうしてしまったんだろう。あんなにユウイのことを好きだと言ってくれていたのに……。


「はぁ……っ……んんっ」


 ため息をついた拍子に、喉の奥に違和感を覚えて二度三度と咳き込んだ。

 風邪、かな。

 普段なら、風邪なんて引きたくないけど、風邪を引けば配信はできない。つまり、ミオリを誘う必要も、そして断られることもなくなる。


「俺って、こんなに弱かったっけ」


 思わず呟いて、なにを言ってるんだと自嘲気味に笑った。

 なにが弱かったっけ、だ。俺は元々こういうやつじゃないか。自分の外見から、特徴から逃げて、ユウイとして活動することを選んだ。俺自身はというと、前髪を伸ばせるだけ伸ばして、人の目を避けて、誰かと関わることも拒絶した。

 弱くて、みっともない人間だ。

 外見だけじゃなくて中身も、中学生の頃から変わっていない、ダサい人間だ。



 結局、それ以上城崎と会話をすることもないまま、俺は自宅に帰った。


「ただいま……」

「おかえりなさい」

「え? どうしたの」

「どうしたのって、お母さんが家にいたら変?」

「変ってわけじゃないけど……んんっ」


 リビングのドアを開けると、珍しく母親の姿があった。普段は仕事で夜まで帰って来ないからビックリしてしまう。


「あら? 喉、どうかしたの?」

「あー、風邪かな。なんかイガイガしてて」

「熱は?」

「いや、なさそうだけど」

「ふーん?」


 母親はなぜか俺のことを上から下までじっくりと見てくる。居心地が悪くなって「なんだよ」とぶっきらぼうに言うと、母親はニッと口角を上げた。


「もしかして、それ、声変わりじゃない?」

「声変わり……?」


 その言葉に、俺はビクリと肩を震わせた。

 けれど俺の態度に気づくことなく、母親は嬉しそうに話を続ける。


「きっとそうよ。ふふ、よかったわね。高い声嫌だ! ってずっと言ってたものね」

「あ、ああ。まあ、そうだけど」

「どうしたの? 嬉しくないの?」

「嬉しくない、わけじゃないよ。当たり前だろ」


 そう、嬉しくないわけがない。

 ……きっと、ユウイとしての活動をはじめる前なら。

 ううん、ミオリと一緒に配信をするまでなら、声変わりがきたことを飛び上がって喜べただろう。

 でも、今は――。

 声変わりをするということは、ユウイとしての活動の終わりを表していた。

 コンプレックスからはじまったものだったのだから、終わりを迎えるのはいいことだ。それに声変わりということは、これを機に身長だって伸びるかもしれない。成長期を迎えるのかもしれない。

 そうなれば、もうコンプレックスに怯えることもなくなる。イイコトずくめじゃないか。

 そう、イイコトずくめのはずだ。なのに、どうしてだろう。

 こんなにも、寂しく感じるのは……。



 喉の調子が悪くなってから、今日で三日。相変わらず熱もなければ、頭痛もない。咳でもあれば風邪かなと思えるのに、それさえない。


「三浦ー!! 聞いてくれよ!!」

「市村か……、おはよ……」

「うわっ、昨日に増して今日は声ガラッガラだな」

「まあな……」

「俺も中学の時に声変わりだって、喋りにくかったの覚えてるわ」

「あっそ……」


 喉の違和感のせいで、いつもよりも話すのが億劫だった。市村への返事もおざなりになってしまう。

 けれど、市村はそんな俺の態度にへこたれることもなく、隣の席の椅子に座ると「それでさ!!」と話し始める。


「ユウイちゃんがここ数日、ずっと配信をしてないんだ!!」


 そう言って市村はスマホの画面を俺に見せてくる。表示されているのはユウイのチャンネルページだ。


「ユウイちゃん個人の動画もだけど、ミオリちゃんとの方なんてもう一週間以上アップされてなくて……Xには風邪だって書いてたけど本当にそうだと思うか? もしかして、このまま引退しちゃうとかないよな!?」

「いや、俺に言われても……」


 俺じゃなくて、ミオリに、城崎に聞いてくれ、という思いでいっぱいだ。

 俺だって配信できるものならしたかったさ。でも、ミオリに断られ続け、そのまま声変わりがはじまったせいで個人の投稿もできずにいた。

 でも、本格的に声が低くなってしまえば、もうユウイとしての活動はできなくなってしまう。そのときは、今までありがとうの気持ちを伝えるために、一回ぐらい配信をしたい。


「ユウイちゃんもミオリちゃんも、やめちゃうのかな……」

「どうだろな……」


 大丈夫だよ、なんて無責任なことは言えない。特にユウイに関しては、終わりが近いことがわかっていた。あとはいつ、最後の配信をするか、だ。

 ミオリとの動画も終わりにするなら、そう配信するべきだと思うけど……。

 自然と、視線を城崎に向けていた。

 あの日から、城崎は放課後になるとすぐに教室を飛び出し、朝も遅刻ギリギリに登校していた。さすがに授業中はいつも通り真面目だけれど、休み時間になると机に突っ伏して眠っていることもある。

 いったいなにを忙しそうにしているのか、今の俺にはわからない。

 少し前なら、城崎のこともミオリのことも、一番俺がわかってるって思えたのに。


「なに見てんの? 城崎?」

「ち、ちが……」

「なんか、最近城崎疲れてるよな」

「……市村もそう思うか?」


 思わず尋ねると、市村は軽く頷いた。


「思う、思う。なんか授業中もたまに上の空なときあるし。この前なんかスマホ睨みつけてるからなにかと思ったら、カレンダーを見ながらブツブツなにか言ってたよ」

「そう、なんだ」


 忙しくて、ミオリとしての活動はできないってことなのか。

 ……イチサのときと、同じだ。

 しょせん、YouTubeは虚構。現実が充実したり忙しくなれば、二の次三の次になってしまう。

 俺にとってユウイは逃げ場所で、現実よりも大事な存在だった。

 でも、そんな人ばかりじゃないってイチサのときに思い知ったはずなのに、ミオリは、ミオリなら、ユウイとずっと一緒にいてくれるって勝手に思い込んでいた。

 ……三か月限定のパートナーだってことも、忘れて。


「俺って、勝手だな」

「ん? なにか言った?」

「なんでもない」


 自分だって声変わりしたら捨てなきゃいけない場所なのに、どうして他人が大事にしてくれると思っていたんだろう。

 ミオリだけは違うって、思い込んでいたんだろう。

 笑っちゃうよな……。

 ミオリが忙しかろうが、落ち着こうが関係ない。

 俺がはじめたユウイの終わりの日は、俺自身が決めよう。

 いい加減なことをせず、きちんと終わらせよう。

 今まで、コンプレックスに悩む俺に居場所をくれた、たくさんの視聴者さんへ、最後に感謝を伝えたいから。



「三浦君、今、ちょっといいかな」


そう言って城崎が話しかけてきたのは、俺が最後の配信をしようと決めた日の、前日の放課後だった。

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