第31話 ユウイじゃなくて、俺とでもカラオケに行ってくれた?
「今日はすっごく楽しかった! ありがとう!」
カラオケからの帰り道、城崎は言う。お互いにユウイとミオリの格好から着替え、いつも通りの俺と城崎の姿に戻っていた。
「俺がしたのは企画と配信だけ。ほかにはなにもしてないよ。城崎が頑張っただけだから」
「でも、三浦君の後押しがなければあの曲は歌えなかったから」
そう言うと城崎は少しの沈黙のあと、再び口を開いた。
「あの曲ね、お父さんが大好きだったの」
「城崎のお父さんって……」
たしか、中学の頃に亡くなったって言ってたはずだ。
城崎を見ると、静かに頷いていた。
「お父さんが死んじゃって、悲しくて、つらくて、あの曲を聴くだけでも苦しい時期があったんだ。でも、あのままだとお父さんが好きだった曲まで嫌いになっちゃいそうだったから、いっぱい練習したの。お父さんが好きだった曲、から私もお父さんも好きな曲に変えるために」
「そう、だったんだ」
「上手に歌えてたかな……?」
「もちろん。今まで聞いた歌の中で一番よかった!」
俺の言葉に、城崎は少しホッとしたような表情浮かべてはにかんだ。
「ユウイちゃんとカラオケに来られて嬉しかった!」
城崎の屈託のない笑顔に、どうしてか胸の奥がモヤモヤする。
ユウイとのカラオケは嬉しかった? じゃあ、俺とは?
ユウイじゃなくて、俺とでもカラオケに行ってくれた?
……そんなくだらない問いかけは、全部言葉として出てくる前に呑み込んだ。
城崎は、ユウイの中に俺がいると言っていたけれど、結局ミオリが見ているのはユウイであって俺じゃない。
わかっていたことだ。なのに、どうしてだろう。
胸がこんなにも酷く痛むのは。
最寄り駅に辿り着く。あとはお互い家の方向が違うので、バラバラに帰るだけ。
少し寂しいけれど、一緒に帰るわけにもいかないし、そもそも理由もない。
誰かに見つかるリスクもあったので、改札を出たところで別れることにした。
「それじゃあ、お疲れさま。また明日――」
そう言って足早にその場をたちさろうとしたそのとき、駅構内に一際大きな声が響いた。
「お姉ちゃん!」
「え?」
その声とともに小学生ぐらいの男の子が城崎に向かって駆けてきた。
「えっ、空人!? どうしてここに!?」
「お姉ちゃんのお迎えに……っと、うわっ!!」
「あぶなっ……!」
「うっううっ、うわああああああん!!!!」
勢いよく駆けよって来たその子は、城崎の目の前で盛大に、転けた。
「だ、大丈夫!?」
「おねえちゃあああん、痛いよおおお!!」
地べたに座り込んだまま大粒の涙を流すその子を、城崎は慌てて慰めている。
「ああっ、血が……。急いで帰って消毒しようね。……三浦君、ごめん。私、これで帰るね。また明後日、学校で」
そう言って城崎は弟を立ち上がらせると、手を引いて帰ろうとする。
悔しかった。
たったのひと言も、頼ってもらえなかったことが。
「……城崎」
「え?」
「家、どこだっけ」
「明和公園の近くだけど……」
「じゃあ、俺送ってくわ。弟、背負うよ」
泣きじゃくる弟の前にしゃがむ。
自分でもらしくないことをしているとわかっていた。
でも、このままにしておけないと思ったし、少しでも役に立ちたかった。困っている城崎を見て、なにか自分にも手助けができたらと思った。
ユウイじゃなくて、俺が城崎を助けたかった。
「で、でも……」
「いいから。ほら」
もう一度促すと、城崎は少し悩んだあと
「じゃあ、お願いします」
そう言って、弟に俺の背中に負ぶさるように言った。
「じゃあ行くよ……っと」
背中に城崎の弟を背負うと、ずっしりとした重さを感じる。
「だ、大丈夫?」
「大丈夫」
これぐらいなら平気だ。
安心してもらおうとしっかり頷くと、城崎はホッとした表情を浮かべた。
「やっぱり男の子だね」
「え?」
「私とは力が全然違う」
背も低くて、女子みたいな顔をしていて、背丈も城崎とそんなに変わらない。
でも「男の子」だと言われると、ちょっとだけ嬉しい。
言ってくれたのが、城崎だから、きっと余計に嬉しい。
この感情は、いったいなんなんだろう。
ミオリに、そして城崎に感じる想いの正体を、俺はまだ知らないでいた。




