第29話 恥ずかしくて、歌えない……
翌日、学校に着くなり、興奮した市村の姿が見えた。
「三浦!! やっと来たな!!」
「ど、どうしたんだよ」
俺が机にカバンを置く時間ももどかしいとばかりに、市村は駆けつけてくる。
「ユウイちゃんがデート配信をするっていうんだ!!」
「あ、ああ。そのことか」
「そのことか、じゃねえよ!! 大ニュースだろ!?」
ちなみに俺の前の席に座っているはずの真田がぐったりしているところを見るに、すでに散々真田相手に語り尽くしたと見える。
一瞬、顔を上げた真田が『あとは、任せた』と視線で語っていた。なんか、ごめん。めっちゃごめん。責任持ってあとは話を聞きます。なんの責任なんだよって感じもするけど。
「外での配信、はじめてなんだっけ?」
配信は見ているけれど、ファンに成り立てかそこそこ、ぐらいに思われる程度に返事をする。あまり詳しいと、変に思われても困る。あと、語れる奴認定されるのはもっと困る。
「そうなんだよ!! あーー、カラオケと食べ歩きどっちになるんだろうな。ふたりで外で歩いている様子なんて見られるだけで天国だし、なんなら場所を特定してあとから聖地巡礼とかしてみたりしてな!? あ、でも言っとくけど、お店の人とか地域の人に迷惑をかけるような聖地巡礼は以ての外だからな!? ちゃんと覚えておけよ?」
「やらねえよ……」
「でもさ、カラオケも捨てがたいっていうか。ユウイちゃんの歌声聞きたいじゃん!? 配信中、たまに鼻歌を歌ってたりするんだけど、それだけでも俺の心は浄化される思いなのに、ユウイちゃんが歌ってるところなんて配信されてみろ! その場で成仏してしまう!!!」
歌を聴いて成仏ってどういうこと!? ユウイの歌声はお経で、市村は悪霊かなにかなの!?
「じゃ、じゃあ市村は食べ歩きの方がいいってことだな?」
「お前は俺の話のなにを聞いてたんだ!! 俺は!! ユウイちゃんの歌声で昇天したい!!!!」
ヤバイ、クラスメイトがみんな市村に注目している気がする。このままだと俺まで市村と一緒にユウイトークで盛り上がってた奴って認識されてしまいそう。いや、もうされてる気がする。だって、クラスメイトの俺を見る目が普段の十倍ぐらい冷たい。今までだって決してあたたかかったわけじゃなくて、どちらかというとその辺に落ちてる石ころを見るような目だったのに、今日はカラスに突っつかれて穴の空いたゴミ袋でも見ているかのような視線を感じる。
「わ、わかった。わかったから、ちょっと落ち着け」
「俺は落ち着いている! あ、ちなみに」
市村はポケットに入れていたスマホを操作すると、画面を俺の目前へと差し出した。
「ユウイちゃんの設置したアンケート結果は、今少しだけカラオケが優勢だ。このままだとアンケートはカラオケになるんじゃないかな」
「へえ……。今こんな感じなんだ」
結果が出てから見ようと思っていたから、アンケート画面のチェックをしていなかった。ちなみに市村はもちろんカラオケに投票していた。
「お前はどっちに投票する?」
「え、俺は……」
俺が投票するのはルール違反な気がする。けど、もし俺が投票するとするなら。
「……カラオケ、かな」
「だよな!! 三浦ならそう言ってくれると思ってたよ!! やっぱりユウイちゃんの歌声、聞きたいよな!!」
「ま、まあ……。あと、ほら。ミオリ……ちゃんの、歌声も聞いてみたいなって……って、おい、苦しい……!」
「あ、悪い」
市村は「同志よ!!」とでもいうかのように、背後から俺の首に腕を回す。がっしりとした腕で締め付けられると、体格差で息が止まってしまいそうになる。
バシバシと腕を叩くと、俺の状態に気づいたのか市村はようやく腕を放した。
「ミオリちゃんかー。たしかに、可愛い声してるしな! でも俺はやっぱりユウイちゃんだな。まあミオリちゃんの歌声が聞きたいっていう三浦の気持ちも否定しないけどな!」
「ど、どうも……」
否定するしないの前に、俺を解放してくれ……。
そんな俺の切なる願いは――思いも寄らぬ形で、いや、むしろその人しかいないという方が正しいかもしれない。
「三浦君、ちょっといい?」
背後から聞こえてきた辺りを凍りつかせるような冷たい声の持ち主によって、叶えられた。
「あ……城崎、おはよ」
「おはよう。三浦君、今ちょっといいかな?」
「え、あ、いい、けど……」
ちなみに市村は、城崎の声が聞こえたと同時に飛び上がって俺から距離を取っていた。巻き込まれまいとするかのように。
返事をしながら、市村に行ってもいいいか確認しようとすると、今の今まで俺と話していたくせに、そんな事実はなかったとばかりに俺から目を逸らした。
こいつ、俺が城崎からなにか怒られると思ってるな。
……まあ、間違ってはいないかもしれないけど。
城崎は相変わらず冷ややかな目で俺を見ている。ミオリとしてユウイを見つめるときとは全く違うものだ。
「じゃあ、ちょっとついてきて」
廊下へと出て行く城崎について、教室に来たばかりの俺は再び廊下へと連れ戻される。
ツカツカと歩いて行く城崎の後ろをついていくと、人気のない特別教室へと連れて行かれた。
「あの、城崎? いったいなんの……」
「なんの、じゃないわよ!! 食べ歩きデートとかカラオケデートってどういうこと!?」
いったいなんの話かと思ったら、アンケートの話だった。なんだ、それならそうと言ってくれればいいのに。なにを怒られるのかと、ヒヤヒヤしたじゃないか。
「え、あ、それのこと? ほら、昨日言っただろ。『今度さ、カラオケで配信しない?』って。忘れちゃった?」
「言ってたけど!! まさかアンケートまで採ってると思わなくて!」
「市村から聞いたけど、カラオケが優勢らしいよ」
「らしいよ、じゃなくて! 無理よ、私……! カラオケ配信で歌うなんて……!」
「なんで?」
拒否する城崎の気持ちが、俺にはわからなかった。
「なんでって……」
「だって、城崎。アイドルになりたいんでしょ? 歌だって練習してるじゃん。なのに、配信で歌うのはいやなの? どうして?」
「それは……」
俯いて、もごもごとなにかを言っている。
上手く聞き取れず、城崎の口元に耳を傾けた。
最初こそためらっていたけれど、やがて諦めたのか城崎は消え入りそうなほど小さな声で囁くように言った。
「みんなに聞かれるのも恥ずかしいけど……ユウイちゃんとふたりでカラオケになんて行ったら……恥ずかしくて、歌えない……」
「……っ」
なに、この可愛い子!!! この可愛さを計算じゃなくて、自然にやっているのが恐ろしい!! え、大丈夫? こんな可愛い子を野放しにしておくの危険じゃない? 今すぐに保護してもらったほうがよくない!? おまわりさーん! この子、危ないですよー!!!
って、いけない。あまりの動揺に、脳内が市村に乗っ取られるところだった。
落ち着け。落ち着いて、それで……。
そっと視線を向けると、恥じらいながら目を潤ませている城崎の姿が見えた。
ダメ、可愛い。
「な、に……言ってるんだよ」
脳内を必死に落ち着かせると、俺はどうにか取り繕って、なんとか声を絞り出した。
「アイドルになったら、もっとたくさんの人の前で歌うんじゃないの?」
「それは、そうだけど……」
「前にアップしてた動画、あれ歌めちゃくちゃ上手かったし大丈夫だよ」
「あっ、あれはっ! 何百回って撮ったうちの奇跡的に一番歌えた動画なの!! いつもあんなに上手なわけじゃないし……音だって外しちゃうとき、あるし……それに……」
まだためらうようなことを言う城崎に、俺は最後の一手をしかけた。
「でもさ、一緒に行ったら……ユウイの歌声、聞けるよ?」
「ユウイちゃんの……!?」
城崎はバッと顔を上げる。その目の色が変わったことに気づいて、ちょっとだけ怖じ気づく。でも、もう引き返せない。
「し、しかも、みんなは配信でだけど、ミオリはパートナーだから、特別に生で聞けちゃう」
「特別っ! 生歌……!!」
「でも、行きたくないっていうなら……」
「行く!! 行きます!! はああん、ユウイちゃんの生歌……! 私だけが聞ける生歌!! カラオケボックスの壁になりたい。ううん、マイクになってユウイちゃんに握られて、唇を当てられて、それで吐息を吹きかけるように歌声を注がれたい……」
最後の方はいったいなにを言っているのか、全く理解できなかった。壁からのマイク? 吐息を注ぐ……?
ふ、深く気にしないようにしよう。うん、そうだ。城崎だってきっとノリと勢いで言ってるだけで、本人も意味がわかってないはずだ。うん。本当になりたいって思ってたら、結構だいぶ怖いからな。
「じゃあ、まあそういうことで……」
「あっ、三浦君! 待って!」
暴走して自分の世界に入っているうちに逃げてしまおう。そんな俺の魂胆は、やすやすと見破られ、城崎に腕を掴まれ引き留められた。
「ま、まだなにか……」
「あ、あのね……」
もじもじと膝を擦り合わせるようにしながら、城崎は小声で言った。
「下手でも、笑わないでね」
「当たり前だろ」
それに、下手ならそれはそれでおいしい。
「下手でも可愛いから大丈夫だよ」
「それは大丈夫って言わないの!」
「ええ……」
もう、なんて返すのが正解なのかわからない。
「と、とりあえず、まあアンケート結果を待とうよ。その結果次第だから! どっちになってもいいように準備だけしといてね!」
結果がどうであれ、俺の中ではカラオケデートに決まっているけども。
「そ、そうだよね。まだカラオケにならない可能性も……。あああ、でも、ユウイちゃんの歌声は聞きたいし……」
まだなにか言っている城崎を置いて、俺は今度こそ廊下から逃げ出した。
――城崎は、まだ知らない。アンケート結果すら、俺に味方することを。




