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第27話 コンプレックスから逃げるために、YouTuberをはじめたの

 ふわふわとした浮遊感と、若干の火照り具合がようやくマシになってきた。え、俺ホントに酒の匂いで酔ってたの? 弱いにも程があるのでは?? ってか、城崎の前で酔っちゃったの恥ずかしい……。と、いうか配信!! 配信中に酔うとかなにやってんだよ……。


「ユウイちゃん……?」


 突然、黙り込んでしまった俺――じゃなかった。私を心配そうにミオリが覗き込む。


「ごめん、大丈夫。やっと頭がクリアになって、ひとり反省会をしてたところ……」

「反省なんてすることひとつもないよ? それに」

「それに?」


 もったいぶりながらも、ミオリはなぜか頬を赤らめながら口を開く。


「酔ったユウイちゃん、可愛かったから……」

「え、あ、そ、そう……?」

「そう! 頬を赤らめて、目を潤ませる姿はまるで生まれたての仔ウサギ!! 震える身体を私が抱きしめて温めてあげたいって何度思ったか! 配信中じゃなかったら危なかった……。誰の目もなければきっと私……」


 私、のあといったいなにが続くのか気になるような、聞くのが怖いような複雑な気持ちだ。


「もしもあのときユウイちゃんが『熱い……』なんて口走ってたら、きっと私はもう正気じゃいられなかった。ブラウスのボタンをひとつずつ外して『どう? まだ熱い? じゃあもう少し外す……?』なんて尋ねながら、そのボタンをひとつまたひとつと……」

「ちょ、ちょっとミオリ。落ち着こうか?」

「でも、私ちゃんと我慢したの。だって、配信中にそんなことをしたりなんかしたら」


 そう、配信中にそんなことをしたら警告を通り越して一発アカウント停止になりかねない。そこはミオリの理性に感謝――。


「他の人にユウイちゃんの素肌を見られちゃうもの! 見るなら私だけのときにするわ!!」


 前言撤回。ミオリは理性をどこに置いてきたんだ?


「はっ、私、すごいことに気づいちゃった……!」

「ど、どうしたの……?」


 今度はいったいなんなんだ。という私の気持ちとコメント欄は完全にシンクロしていた。

 ミオリは私の方に身を乗り出すと、ブラウスのえりに触れた。


「配信を止めればよかったのよ!!」

「そういう問題じゃないよね!?」


 勢い余って突っ込んでしまったけれど、絶対に間違っていない。だってこのままだと今すぐ配信を止めて私に迫ってきそうな勢いなんだもん。


「待って、ミオリ。落ち着いて?」

「私、落ち着いてるよ? もし落ち着いて見えないとしたら、それは私の理性を壊していくユウイちゃんのせいだよ。きっと淫魔に魅入られた人間ってこういう気分……」

「私を淫魔扱いしないで?」


 どうしよう。だんだんボケとツッコミみたいになってきた。でも、ミオリは真剣に言っているから余計にタチが悪い。どうにか落ち着かせないと。


「ミ、ミオリ! もうすぐシュークリームの生地が焼けると思うから、焼けたら続きをしようね!」

「あ、そうだった……。うまく焼けてるといいんだけど……」

「大丈夫だよ。もしも失敗してもまた作ればいいんだよ。お菓子作りなんて何度でもやり直しがきくんだから」

「ユウイちゃん……。やっぱり優しい!」

「わっ」


 勢いよくミオリが私に抱きついてきた。背中に腕を回され、身体をギュッと抱きしめられる。

 え、これどうしたらいいの? 抱きしめ返していい……わけないし、でもだからってこのまま硬直してるのも変だよね? というか、ミオリはどうして急にこんな大胆な行動に出たの? ミオリも酔ってる?

 にしても……。

 耳元にかかるミオリの温かい吐息がくすぐったい。それ以上に感じるのは、押しつけられた胸の膨らみだ。作り物の私の胸とは違う、柔らかさが服越しに伝わってくる。

 どうしたら、と戸惑っている私を抱きしめたまま動かないミオリ。動かないというよりこれは……。


「ミオリ……?」

「え、えへへ」

「なんで抱きついてきたミオリのほうが照れてるの……」

「だ、だって……勢いとどさくさに紛れて抱きついてみたものの、やっぱり恥ずかしくて……」

「抱きしめられた私の方が恥ずかしいんだけど……。ほら、とりあえず身体を離して」

「はぁい……」


 恥ずかしそうに、でもどこか残念そうにミオリは身体を離す。それまで触れていたぬくもりがなくなり、身体が熱を失っていくように感じた。

 自分の感情がじぶんでわからなくなる。ミオリと一緒にいるとドキドキするのは、恋なのだろうか。それとも好きだと言ってくれるドキドキを恋と勘違いしている?

 どちらかわからないけれど、ミオリと一緒にいる時間を心地よく思っていることはたしかだった。


「そういえば」


 ようやく気を取り直したのか、ミオリがふと思い出したように言う。


「ユウイちゃんがYouTuberをはじめたきっかけはなんだったの?」

「え……?」

「前にイチサちゃんから誘われてっていうのは聞いたことあったけど、誘われただけでYouTuberをするかな? って思って」

「それは……」


 自分が問いかけたことなのに、いざ自分にその質問を向けられると答えに詰まる。

 別に隠しているわけじゃない。聞かれなかったから話す機会がなかっただけだ。

 ……なんて言葉が、自分自身への言い訳であることはわかっている。

 本当は言わなくていいように仕向けてきたし、ひた隠しにしてきた自覚もある。

 でも……。

 ミオリにだけ言わせて、私が言わないなんて卑怯、だよね。


「……たいした理由じゃないんだけど。私ね、昔自分自身の存在がコンプレックスだったの」

「え……? こんなにか……っ」


 こんなに可愛いのに?

 きっと、ミオリは、城崎はそう尋ねたかったに違いない。

 そう、私が本当に女の子だったら可愛く生まれたことはきっと自身になったと思う。

 でも、私は――俺は、女の子じゃない。可愛く生まれることがプラスにはならない。


「そのコンプレックスから逃げるために、YouTuberをはじめたの。ミオリに比べたらくだらないし、たいしたことないでしょ?」

「そんな……っ」

「あ、ほら! シュークリーム焼けたみたい! キッチンに行こ?」


 この話題から逃げたくて、ごまかしながら私は言う。

 けれど、そんな私の腕をミオリは掴む。


「たいしたこと、なくなんてない!」

「ミオリ……ありがと、優しいね」

「優しさで言ってるわけじゃないよ!」 


 私の腕を掴むミオリの手に、力が込められたのがわかった。


「そりゃ、私はなにがどんなふうにコンプレックスだったのかもわからなければ、ユウイちゃんがどれだけ苦しんできたのかもしれない。でも、そんなコンプレックスを乗り越えてこうやってYouTuberをやっているのは凄いことだって思う!」

「そう、かな」


 ミオリの言葉は、心に響く。

 逃げてばかりだった私――ううん、俺の心の奥に突き刺さる。


「だから、たいしたことないとか言わないで! 自分の痛みや苦しみを、自分でなかったことにしないで!」

「ミオリ……」


 ああ、こんなこと言われたら、駄目だ。

 胸の奥に押し込めていた痛みが、辛さが、悲しみが、かさぶたが剥がれた傷口から流れ出るようにあふれてくる。


「ユウイちゃんは強いよ。コンプレックスから逃げるため、なんて言いながらユウイちゃんとしてたくさんの人に笑顔を届けてるんだから。私もそのうちのひとりだよ。ユウイちゃんの配信を見ると元気になるの。笑顔になれるの。明日から頑張ろうって、そう思えるの」

「そんな、こと……」

「それは、私だけじゃないみたいだよ」

「え? あ……」


――俺もそうだよ! ユウイちゃんのおかげで元気になれた!

――ユウイちゃんの笑顔を見ないと一日が終わらないよ!!

――ユウイちゃん大好き!! めっちゃ好き!!


 たくさんのコメントが、ユウイを元気づけようとしてくれているのがわかった。

 ううん、きっと元気づけるという言葉は正しくない。

 自分たちが、どれだけユウイを好きかを、ユウイのことを想っているかを伝えようとしてくれているんだ。


「もう、みんな……」


 あふれる涙を拭うと、私はミオリに、それから画面の向こうに微笑みかけた。


「ありがとう。私も、みんなのおかげで笑顔になれるよ」




 ようやく焼き終わったシュークリームのシュー生地を、おぼつかない手つきでミオリは半分に切る。

 その手つきにヒヤヒヤするけれど、なんとかシュー生地の下部分にカスタードクリームを絞り出し、無事にシュークリームは完成した。


「う、うう。形が変になっちゃった……」

「そんなことないよ」


 絆創膏をたくさん貼ったミオリの手を見ると、たくさん練習してくれたんだということが伝わってくる。

 好きなお菓子を聞かれたときに、つい素直にシュークリームなんて言ってしまったけど、もっと簡単なお菓子にしておけばよかった。そう思いつつも、何度も失敗したり怪我をしたりしながら、こうやって作ってくれたことが嬉しい。


「いただきます」

「ど、どうぞ。召し上がれ」


 ミオリは緊張した面持ちで、シュークリームを口へと運ぶ私をジッと見つめている。

 そんなに見つめられると食べにくい、という言葉はシュークリームと一緒に呑み込んだ。


「んっ、美味しい!」

「ホント!?」

「うん、ホント!」

「よかったぁ」


 ホッとしたように、ふにゃっと笑うミオリが可愛くて、私も自然と口元が緩む。

 形が多少歪なことなんて関係ない。

 ミオリが、私のことを思って一生懸命に作ってくれたシュークリームは、今まで食べたどんなお菓子よりも美味しく感じた。

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