第26話 ユウイちゃん……酔ってる……?
無事に生地ができあがり、オーブンで焼き上がるまでの時間、ミオリとふたりで宿題をすることにした。
本当は身バレとか学校バレを防ぐ為に配信をストップしようと思ったんだけど……。
――俺も一緒に宿題する!
――作業配信だ!
――ユウイちゃんとミオリちゃんと勉強できたら捗るだろうなー!
なんて言われてしまえば、止めるわけにはいかない。
この時間、配信でやっててみんな楽しいのだろうかと思うのだけれど、お絵かきの実況配信と似たような感じで普段の会話も楽しいらしいので、垂れ流すことにした。
さすがに視聴者が0になれば切ろうと思ったけれど、こんな配信でも変わらずに見続けてくれる人たちには感謝しかない。
「ユウイちゃん、そこ違うよ」
「え、嘘。だって、さっきこっちの公式使うって……」
「さっきの問題とは全然違うでしょ?」
「一緒に見えるんだけど……」
数学の課題をユウイの部屋でしているわけだけれど、さすがは委員長。頭の良さが俺とは違う。おかげで視聴者の人にユウイが勉強はそこまでできないことがバレてしまった。
「はああ、難しい……。でも、ミオリの教え方が上手だからわかりやすい!」
「ありがと。弟と妹に教えることがあるから、慣れてるのかも」
「そっか、弟妹いるって言ってたもんね」
――ユウイちゃん、妹扱いされてる?
――お姉ちゃんがミオリで妹がユウイちゃんとか俺得すぎて
――ミオリお姉ちゃん、俺にも勉強教えて!!
「ミオリおねえちゃ~ん!」
「あっ、ごまかさずにここ直してね」
「うう、厳しい……」
――ユウイちゃん、意外とおばk……
――きっと文系少女なんだよ!!
――俺も同じ辺りやってる! えー、ユウイちゃんとミオリちゃんが同じ学校にいたりなんかしたら毎日がはっぴっぴなのに!
可能性としてはなくは、ない。今だって数百人が同時接続してくれているんだ。本当に同じ学校の人が見ていても不思議ではない。
身バレ防止のために、手元はなるべく映さないようにしているけれど、公式の話をすれば、 どの単元をやっているかは丸わかりだ。
やっぱり判断を間違えた気がする。もともと決めていた通り、配信中に勉強はしないほうがいいかも――。
「あっ、そこも間違ってる」
「え……っ!」
ミオリが私の手元を覗き込むと、髪が私の頬に触れた。その瞬間、ふわりと甘い香りがする。シュークリームよりも甘くて、ぞくぞくするその香りが私の理性を奪っていく。
身体の奥が熱くなって、いつもよりも気持ちが高ぶる。
「だから、そこは……って、きゃっ」
「ミオリ、いい匂いがする」
「え、な、ユ、ユウイちゃん……?」
「ミオリってば甘い……食べちゃいたい……」
「あっ、んんっ、ま、待って……」
髪に顔を埋めると、そのまま顔を首筋へと移動させていく。
きめ細やかな肌は、触れるとサラッとしていてこのまま舌を這わせたい衝動に襲われた。
こんなの、我慢しろって言う方がおかしいだろ。
「ねえ、ミオリのこと、味見したいなぁ」
「ユウイちゃん? ね、ど、どうしたの? あっ、ダ、ダメッ……」
――こ、これ大丈夫?
――俺たち、見てはいけないものを見てしまっているのでは
――百合展開キター!! いけ! ユウイちゃん!!
そっと唇で触れたミオリの首筋は、柔らかくて。
「ミオリ、冷たい」
「え、冷たいって……ち、違う。ユウイちゃん熱い! なんで? 熱……?」
私の頬に、額に、ミオリは手を当てる。その手が冷たくて気持ちいい。
「えへへ、もっと触って~」
「ユウイちゃん……酔ってる……?」
「酔ってなんかないよお~?」
――わ、ホントだ。酔ってる
――え、お酒飲んだ?
――でも、ずっと配信してたし……
――あっ、さっきミオリちゃん、カスタードの香り付けでラム酒入れてなかった?
「入れた、けど……ちょびっとだよ……? それに飲んだ様子なんてなかったし……」
――ラム酒の匂いで酔った説……?
――え、めっちゃ下戸じゃん
――お酒に弱いユウイちゃん可愛い
「酔ってないって~~。えへへ、ミオリ可愛い」
「~~っ、酔ってたとしても嬉しい……!!」
「えへへ、ミオリは私のこと好きー?」
「好き! 大好き!」
「ありがとっ、嬉しいなぁ」
ギュッて抱きつくと、ミオリは声にならない声を上げて叫んでいる。そんな姿も可愛いなぁ。
――尊いものを見ている!!!
――いいぞもっとやれ!!!
「ちょ、ちょっと休憩しよ! ほら、ユウイちゃん。お水飲んで?」
「ありがとお」
ミオリが手渡してくれるお水が冷たくて気持ちいい。ふわふわしてる気分はもっと気持ちいい。
今ならいろいろミオリとお話できそうな気がする。
よくわかんないけど、酔ってるってみんな私のこと言ってくるし、ちょっとぐらいハメを外してもいい、よね?
「ねえねえ、ミオリに聞きたいことがあるんだけど」
「なあに?」
「ミオリはどうしてYouTuberになろうと思ったの?」
あの日、ユウイに送って来たDMに紐付いていたアカウント。あのアカウントが投稿していた動画は、イチサとのお別れ動画をアップする前々日に投稿されていた。
つまりユウイがイチサとお別れするのと関係なく、あの動画をアップしていたことになる。
「それは……」
ほんの少しだけ、ミオリの手が止まった。
聞いてはいけないこと、だっただろうか。それとも配信だから?
「ごめん、言いたくなかったら別に……」
「ううん、大丈夫。……前にユウイちゃんには話したことあったと思うんだけど、中学一年の時にお父さんが死んじゃったの」
「あ……うん、言ってたね」
まさかその話しに繋がると思っていなくて、私は申し訳なさでいっぱいになる。
ようやくクリアになってきた頭に公開が襲いかかる。
もっと事前に会話の内容まで打ち合わせておけばよかった。なんでこんな……。
「やっぱりこの話は――」
「そのときにね、ユーチュー……テレビでね、アイドルの子が喋ったり笑ったりしてて、それを見て泣いてばっかりだった弟と妹が笑顔になったの。弟たちだけじゃなくて、私も自然と笑顔になってて……。それでアイドルってすごいなって」
そこまで言うと、ミオリは私をジッと見つめた。
「ミオリ?」
「私がその人に笑顔にしてもらったみたいに、私も誰かを――笑顔にしてくれたその人さえも――笑顔にできるような、そんなYouTuberになりたいってそう思ったの」
「そう、だったんだ」
「でもね、ずっと勇気が出なくて、私なんかって、やりたいって思いながらも理由をつけて逃げてたんだ」
「なのに、どうしてやってみようって思ったの?」
「……ユウイちゃんのおかげだよ」
ミオリは、私に笑顔を向ける。とびっきりの笑顔を。見た人みんなを魅了してしまうような、そんな笑みを。
「少し前にね、ユウイちゃんがアップしてた動画で、夢を追い掛けるか悩んでるって男の子の相談に『やりたいって思ったらそのときにやらないと後悔するよ!』って答えてたでしょ? あの言葉に背中を押してもらったの。私も、後悔しないように頑張ろうって」
「そ……っか、そうなんだ……」
胸の奥が、目頭が熱くなる。
まさか自分の言葉が誰かの勇気になるなんて、思ってもなかった。
でも、たしかにこうやって私の、俺の言葉に勇気をもらったと言ってくれる人がいて、それが誰かの人生を変えることもあるのだと思うと、ちっぽけな自分の言葉にも意味があるのかもしれないと思えるから不思議だ。
「……ありがとう」
「なんでユウイちゃんがお礼を言うの? 感謝してるのは私だよ。私の背中を押してくれてありがとう。勇気をありがとう」
ミオリの言葉に目尻から熱いものがこぼれたのを、誰にも気づかれないようにそっと拭った。




