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第25話 ユウイちゃんになら、いいよ?

 放課後、ソワソワしながらリビングで待っていると、ドアを開けてミオリが入ってきた。

 シンプルな若草色のワンピースに薄い水色のエプロン姿で可愛い。エプロンの丈が少し長いおかげで、スカートの裾が隠れているのもとてもいい。あと。これは別にそういう意味じゃないけど、エプロンの裾から太ももが見え隠れしているのはもっといい。いや、別に不埒な意味じゃないけども。


「ユウイちゃん……? あの……」

「あ、ごめんね。ミオリのエプロン姿があまりにも可愛かったから」

「かっ……! ユウイちゃんが可愛いって……可愛いって言った……」


 瞬間湯沸かし器のように真っ赤になったかと思うと、ミオリは両手で頬を覆う。

 そんな照れた姿さえも可愛く思えて仕方がない。

 この子、こんなに可愛くて今までよく他の男子からちょっかいかけられずに来られたよな。そう思うと、学校での委員長キャラはありがたい。あのキャラじゃなければ、きっと今頃……。


「ユウイちゃん?」

「ふふ、駄目だね。配信中だっていうのに可愛くて見とれちゃってた」

「きょ、今日のユウイちゃん変だよ……?」

「そう? 私のために可愛い格好してくれたのかなって思ったら嬉しくって」

「それは……そうに決まってるでしょ。ユウイちゃんにちょっとでも可愛いって思ってもらいたくて……だから……」


 あー、真っ赤になってちょっと涙目でもじもじしてるのかわいすぎ。何この可愛い生き物。今までよく城崎の言動が小動物に見えてしょうがなかったけど、違うわ。小動物より可愛い。ウサギもハムスターもアラスカンマラミュートもこの可愛さには絶対に叶わない。

 そしてミオリの可愛さに心射貫かれたのは俺だけではないようで、コメント欄も可愛いの嵐だ。わかる。わかるけど、この可愛さを見られていると思うとなんだかちょっとだけムカついてしまう。


「あー、もう! ミオリってば可愛い! そんな可愛いこと言ってると、襲っちゃうよー?」


 冗談めかして言う俺に、ミオリは少しだけ考えるような表情を浮かべたあと――。


「ユウイちゃんになら、いいよ?」

「……っ、」


 いつの間に、こんなあざとさを覚えたのかと小一時間説教をしたい。そしてこういう反撃をするならあらかじめ教えておいてほしい。俺の心臓がもたない。壊れてしまう。あと上手く返せないから!!


「ユウイちゃん……?」


 心配そうなミオリとは反対に、コメント欄は盛り上がっていた。


――ミオリちゃんの反撃でユウイちゃんがダメージ喰らってる!!

――素で照れてるユウイちゃんかわいすぎ!!

――ユウイちゃん可愛い! 天使!!!


「……ごめん、ちょっとだけ待ってね」


 立て直そう。そもそも可愛さのあまりふざけた俺が悪い。

 ちゃんと、今日の配信をしよう。

 一度、二度と大きく深呼吸をすると、「私」はいつものユウイの笑顔をミオリに向けた。


「お待たせ! よし、それじゃあ気を取り直してやっていこうね!」

「ユウイちゃん、ホントに大丈夫……?」

「大丈夫だよ!」


――あ、ユウイちゃんが復活した!

――ミオリ、強敵だ! ユウイちゃん頑張って!!

――ユウイちゃんがタジタジになるのちょっと可愛い!


 好き勝手言うコメントに目を通しつつ、私はキッチンの方へとミオリと移動した。


「今日はミオリがお菓子を作ってくれるんだよね?」

「え、あ、うん。上手に作れるかわかんないけど……」


 不安そうにミオリが言うから、私はミオリの細くて長い指を取った。


「こんなになるまで頑張ってくれたんだもん。どんなお菓子だって、今まで食べたなによりも絶対に美味しいよ」

「あっ……、ユ、ユウイちゃん……」


――ミオリちゃんの手、絆創膏でいっぱい……。

――あああ、めっちゃ頑張ってんじゃん!! ミオリえらい!


 コメントも良い感じにミオリを応援してくれている。

 ただ、まあ……。


「それで、なにを作ってくれるんだっけ?」

「ユウイちゃんが好きだって言ってたから、シュークリームを作ろうと思って」

「嬉しい! 私、シュークリーム好き!」

「よかった! 美味しくできるといいなぁ」


――ん? シュークリーム……?

――え、どこに指を怪我する要素が……?

――ほら、それは、あれだよ! あれ……えっと……いや、ないな……。


 困惑するコメント欄。わかる。私も不思議だったし謎だった。

 でもなんか、よくわかんないけどミオリらしい気がしてくるからおもしろい。


「それじゃあできあがるのを楽しみにしてるね!」

「頑張る!」


 ミオリがぎこちない手つきでシュークリームの生地を作り始める。それを隣で黙って見ているだけ、というのは映像的にもおもしろくないし私も退屈だ。


「ねえねえ、今日はお菓子作りをしてるけど、ミオリはなにかしたいことってある?」

「え、あ、ああっ」


 ミオリはバターを測るため手のひらに乗せたバターにナイフを押しつけていた。けれど手の熱で溶けたバターはぬるんとまな板へと落ち、ミオリは小さく悲鳴を上げていた。いや、そもそもなんで手の上? 最初からまな板の上で切ればいいのでは?


「大丈夫? 怪我とかしてない?」

「大丈夫! あのね、バターを切るときに包丁で切ると手を切るってわかったから、バターナイフで切るようにしてるの! そしたらほら、切れないでしょ?」


 切れてはいないけれど、バターでぬるぬるになった手のひらを見せてくれるミオリに苦笑いを浮かべてしまう。


――バターまみれ……

――ちょっとエロくない?

――まな板の上で切ろうよ!!


「え、あ、そっか! まな板!」


 コメントを見てようやく気づいたようで、ミオリはえへへと照れたように笑った。


「『ドジっ子なわたしでもシュークリーム作れちゃった☆』って動画で練習してたんだけど、その子が手の上で切ってたからそういうもんなんだって思っちゃった」

「その動画、ちゃんとシュークリーム作れてた……?」

「作れてたよ! 途中で生地が焦げたりクリームが絞り袋から暴発しちゃったりしてたけど」


 なんで! クリームが!! 暴発するの!!!


――なんで! クリームが!! 暴発するんだよ!!!


 もうツッコミが追いつかない。私だけじゃなくて、コメント欄も心配と困惑でみんな戸惑っている。なんなら私の心の声とコメント欄がシンクロしてしまっている。

 よくない。いや、これはこれでいいのか? ミオリのキャラが迷走してる気がするけど、もう愛されてくれたらなんでもいいかもしれない。


「そ、そうなんだ。ミオリはクリーム、暴発させないでね……?」

「大丈夫だよ。お掃除すっごく大変だったから、もう暴発させない!」

「やったんだ……」


――やったんだ……。

――クリーム暴発したら、天井とか壁とかヤバそう

――クリームのお掃除をするまでがシュークリーム作りです?

――こんなシュークリーム作りは嫌だ


 私も嫌だよ。

 や、まあ暴発ささないならいい。させそうになったら私がとめればいいだけの話しだし。

 バターと薄力粉の計量が終わり、鍋でバターを溶かしはじめる。

 そろそろ声をかけてもいいかな……? 薄力粉を測っている途中で声をかけようものなら、辺り一面粉まみれにしそうだったからな……。


「それで、ミオリ? ミオリはなにがやりたい?」

「んー、私はユウイちゃんと一緒にいられればそれでいいんだけど、そういうこと、じゃないんだよね?」

「そうだね。この企画の趣旨はちゃんと覚えてる?」

「……覚えてる。三か月の間に、ユウイちゃんに振り向いてもらわなきゃいけない」

「そうだね。じゃあ、ふたりでいろんなことをして過ごす方がいいんじゃないかな?」

「そうだよね……うーん」


 唇を尖らせて考え込む姿さえも可愛いなんて、きっとこの世界を探しても文鳥かミオリぐらいだろう。

 けれど上手く思いつかないのか、ミオリは考え込んでしまう。そうこうしている間に溶けすぎたバターは沸騰寸前だ。


「ミオリ、バターは大丈夫?」

「え、あ、大変! 薄力粉入れなきゃ!」


 事前にふるいにかけていた薄力粉をそっと入れる――はずが、慌てたせいでボフッと勢いよく鍋に落ちた。途端に辺りに粉が舞い散って辺りがキラキラと輝いている。


「あああっ、ど、どうしよう!」

「大丈夫だから、落ち着いて」

「う、うん。とりあえず混ぜなきゃだよね!」


 自分を落ち着かせるように頷いて、それから木べらで薄力粉を手早く混ぜる。


「したいことが思い浮かばないなら、行きたいところは? ミオリの好きなところでもいいよ」

「好きなところかぁ。あ、美術館が好き! ユウイちゃんと行きたいなぁ」

「美術館は……難しいかも」


 撮影許可が取れるところじゃないと難しい。ただふたりで出かけてその感想を配信するだけではおもしろくない。

 あとはまあ、美術館じゃ画面映えしないだろうなっていうのもあった。


「そっかぁ。あ、じゃあ逆にユウイちゃんは? 好きな場所どこ?」

「私? んー、海かな? 泳ぎたいとかじゃなくて、砂浜を散歩したり貝殻を拾ったりするのが好きかな」

「海のお散歩いいね! 今度一緒に行きたい!」

「いいよ。海デートだね」


 サラッと言った私の言葉に、ミオリは首まで赤くなる。

 その反応が可愛くて、わざと言っちゃった、なんてミオリには秘密だけどね。

 でも、ミオリは私の予想以上に、テンパってしまう。


「デッ……!!!」

「待って! 手元!! 手元見て!! 焦げてる!!」

「えっ、あっあああっ!!」


 焦げかけたバターを前に涙目になるミオリは、可愛いけどどこかポンコツで、憎めなくて、ちょっぴり愛おしささえ感じる。


「ううう……。これ、大丈夫かな……」


 焦げかけた鍋に卵を加えてなめらかにしていくミオリを見ながら、からかいすぎないように、と思うのに話しているうちにだんだん楽しくなってきて、ついついやりすぎてしまう。

 そのたびに赤くなるミオリに私も、そしてコメント欄も大盛り上がりだ。

 ふいに、城崎に言われた『三浦の気持ちもは言っている』という言葉がよみがえる。

 こうやって話していて楽しいと思うのは、ユウイの気持ちなのだろうか。それとも裕唯?

 ……もしかしたら、どちらもなのかもしれない。

 だとしたら、少しぐらいはユウイの中に裕唯が、そして裕唯の中にもユウイが存在しているのかもしれない。


 そんなことを思いながら、卵を入れすぎてシャバシャバになりかけている鍋の中身に苦笑いを浮かべていた。


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