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第24話 俺の知ってる城崎はドジでポンコツで可愛い

 城崎の細くて綺麗な手が俺の頬に触れる。

 それだけじゃない。

 すぐ近くに城崎の顔があって、ぷっくりとした唇が俺に近づいてくる。

 心臓がどきどきとうるさい。

 このまま、今度こそ。

 思わずツバを飲み込んだ音が、やけに大きく聞こえた。

 

「ユウイちゃん……私……」


 ほんのわずかでも動けば、唇が触れる。

 俺は自然と目を閉じ、そして――。


「んっ」

「ふぁっ……!?」


 唇とは違うそれは、俺の鼻の頭にぷにゅっとした感触を与えた。

 今のは……。


「……え?」


 恐る恐る目を開けると、目の前で城崎が真っ赤な顔をして自分の鼻を押さえていた。


「ち、違うの。あの、私……」


 恥ずかしさからか、泣きそうになりながら城崎は必死でなにかを俺に伝えようとする。

 俺は俺で、鼻といえど、城崎のものと触れたという事実が気を動転させる。


「ご、ごめんなさい! 私……っ」

「い、いや。俺の方こそ……。そ、その鼻が……」

「言わないで……! わた、私……!」


 余計なひと言のせいで、城崎が余計にグズグズになってしまう。

 で、でも俺だって今どうしていいかわからないんだ。だって、城崎と鼻が触れて……今のって、つまり、どういうこと? 鼻と鼻が触れあうのは鼻チュー?

 俺、城崎と鼻チューしたの? なんで? どうして?


「い、今のって……」

「違うの! だから、その! とにかく違うの!」


 いつもの城崎はいったいどこへやら。首まで真っ赤にさせて泣きそう――ううん、泣きじゃくりながら言う城崎は委員長の威厳が台無しだ。

 でも、そんな城崎を可愛いと思ってしまうから不思議だ。

 顔が可愛いのはもちろんなんだけど、表情をクルクル変えて、笑ったり泣きそうになったり照れたり怒ったりしている様子が愛らしい。

 裕唯としているときは、なるべく感情を押し殺して、できるかぎり静かにいようとする俺を、どんどん巻き込んで静かにいさせてくれない。

 でも、おかげで一紗とのことを考える暇もなくて、前だけを向くことができた。


「……城崎のおかげだな」

「私? え、わ、私まだなにかしちゃった……?」

「……いや」


 心配そうに俺を見上げる城崎に、思わず口元が緩む。


「普段はあんなにしっかりものなのに、俺の知ってる城崎はドジでポンコツで可愛いなって思って」

「かわい……っ、って、待って? ドジでポンコツって褒めてないよね?」


 一瞬、嬉しそうに顔をほころばせたあと、城崎は唇を尖らせた。


「ふっ、ふはっ……。そういうところだよ」


 思わず噴き出してしまう。

 めまぐるしく変わる表情を見ていると、いくら可愛いとか綺麗だっていったって、城崎のこういうところをあいつらは知らないんだと思うと、胸がすく。

 そんな俺を見ていた城崎が、驚いたように目を丸くする。


「……っ、三浦くんって」

「え?」

「う、ううん! なんでもない!」


 なにか言いかけて、言葉を途切れさせる。

 いったいなんだったのか、気にはなったけれど、それよりも――。


「絆創膏……?」

「えっ、あっ、やだ!」


 なんでもないと言って手を振る城崎の左手に、いくつもの絆創膏が貼られていることに気づいた。さっき頬に触れられたときは、右手だったからこんなことになっていたなんて知らなかった。

 でも、どうして?


「み、見ちゃ駄目!」

「え、城崎?」


 絆創膏を見られたくなかったのか、城崎は慌てて自分の手を背に隠す。

 でも、その態度が俺の中でまさかを浮かび上がらせる。


「城崎、もしかしてシュークリームを作る練習とか、してたりする……?」

「……っ、ち、ちが……」


 口では否定しようとするけれど、泣きそうになりながら顔を赤くする城崎を見れば、それは肯定でしかなかった。

 でも、待って。もし本当に城崎の怪我がシュークリームの練習のせいだとして……。え、どうやったらあんなに手を切るの? そもそも包丁なんて焼いて冷ましたシューを半分にするところ以外で使わないし。

 いろんな疑問が沸いてきて、思わずジッと城崎を見てしまう


「なあ、やっぱりさっきの絆創膏って」


 俺からの問いかけに、城崎は肩を振るわせる。言葉でなにかを語らなくても、それが答えだった。

 それ以上なんて言っていいかわからず、俺も言葉に詰まってしまっていると、城崎はおずおずと言った様子で重い口を開いた。


「だって、家族以外のためにお菓子をつくるなんて初めてだったから、ちゃんと作れるか不安で……」


 そういえば、幼い弟がいる言ってたっけ。

 どそれにしても……。

 胸の奥がキュッと締め付けられて、苦しい。


「え。あ……」


 こういうとき、上手く話すことができない自分が嫌になる。

 ユウイなら、なにかあってもきっとサラってこなすんだ。

 自分自身のはずなのに、どうしてこの姿の俺は駄目なんだろう。情けないんだろう。

 こんなとき。きっとユウイなら――。


「そうやって俺のために、一生懸命頑張ろうってしてくれてるのが嬉しい。ありがとう」

「ふ、ふぁあああ……」


 俺の言葉に、城崎は目をパシパシとしばたたかせて、それから両手で口元を覆った。


「ユウイちゃん……」


 思わず漏れこぼれる城崎の言葉に嫌になる。

 結局、城崎にとっても俺は必要なくて、ただユウイの――。


「三浦くんに言われてるはずなのに、ユウイちゃんに言われているみたいで不思議な感じ……」

「そう……?」

「うん……。ふふ、ありがと。三浦くん」

「あ、いや。ううん、俺はなにも……」


 首を振って困ったように笑う俺に、城崎はふふっと表情を和らげた。


「そうやって笑うと、ユウイちゃんだ」

「え?」


 城崎の言葉に、思わず小さく声を上げた。

 ユウイはたしかに俺だ。

 でも、俺がユウイなのであって、ユウイが俺なわけではない。

 ユウイは作られた存在で、だからこそみんなから愛されている。愛してもらえている。

 だから、俺とは違う。

 そう思っていた。

 でも。


「ユウイちゃんの存在が作られたものだとしても、作っているのが三浦くんなら三浦くん自身の気持ちも、ユウイには入ってるはずだよ」

「そう、かな……。そうだと良いな……」


 そんなふうに思ったことはなかった。いつも俺は、裕唯は、ユウイのおまけ、もしくは影に過ぎないと思っていた。

 でも、城崎がユウイだけじゃなくて、俺のこともちゃんと見てくれているという事実に嬉しくなる。


「それに」


 城崎は言葉を続ける。


「前にも言ったかもしれないけど、私三浦くんの声好きだよ」

「俺の、声? 裕唯の声じゃなくて?」

「三浦くんの声だよ? 話し方って言うのかな。相手がどう思うかを気遣って、人を傷つけないようにしているところとか、凄く素敵だと思う」

「え……。そんな、こと……」


 思わず、言葉に詰まる。

 恥ずかしさと照れが入り混じり、どうしていいかわからなくなる。

 ユウイじゃなくて、俺の話を城崎はしている? どうして。だって、城崎が好きなのはユウイで、俺じゃない。

 なのに、今の城崎はまっすぐ俺を見て、俺の話をしてくれている。

 ユウイじゃなくて、俺を見てくれている。

 それが、どうしようもなく嬉しい。


「しろさ――」

「あとね、可愛い声も三浦くんにあってていいと思う!」

「でも、女みたいだろ……?」

 

 つい卑屈に言ってしまう。

 でも、そうなるのもしょうがないというか。ずっと、女みたいな声だとからかわれてきた。馬鹿にされたことも一度や二度じゃない。

 なのに、そんな俺の声を、あってると城崎は言う。


「ああ……。女みたいだから?」


 顔も女みたいだから、女みたいに高い声が合うと、城崎はそう言いたいんだろうか。

 だとしたら――。


「そりゃ、他の男子に比べると高いけど、ほら! 私に比べるとやっぱり落ち着いた男の子の声だよ」

「男の子の、声……?」

「うん。信じられない?」


 城崎には申し訳ないけれど、どうしても信じることができなくて、俺は黙ったまま頷いた。


「そうだよね、じゃあこうしようよ。私と一緒に声を出してみて。そうしたらきっと、三浦くんにもわかるから」


 それでなにがわかるのか、俺には全くわからないけれど、せっかく城崎が言ってくれているのでやってみることにした。


「じゃあ、いくよ。せーの」


「「あーーーーーー」」


 ふたりの声が重なる。

 その音には、明確な差があった。


「……ホントだ」

「でしょ? 甲高い感じの私の声と、深みのある静かな三浦くんの声。重ねてみれば、やっぱり違うなってわかるでしょ?」


 俺はコクコクと頷いた。

 まさか、そんな。

 でも、耳に残る城崎の声は、たしかに俺のものよりも高く細く、女の子の声だった。


「……ちゃんと、男子の声、してたんだ」

「そうだよ」


 ふふっと笑う城崎に、俺は。


「……ありがとね」


 ボソッとお礼を言った。

 そんな俺に、城崎はおかしそうに笑う。


「その言い方、ユウイちゃんそっくり」

「そりゃ……俺ですから」


 当たり前のことを言ってみせると、城崎はもう一度笑った。


 その笑顔が、やけに可愛く見えて仕方がなかったのは、どうしてだろう。

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