第23話 ポンコツ可愛い城崎さん
ふたりでドーナツを食べてから二日が経った。
今日はユウイとミオリの配信日だ。教室の自分の席に座り、俺は城崎の方へと視線を向ける。
昨日の放課後「とびっきりのシュークリームを作ってみせるから!」なんて言ってたけど、無事完成したのだろうか。無理だったときのために一応、家にあるお菓子の材料はチェックしてきたけれど。
大丈夫だろうかと心配をする、暇もないぐらい城崎は色々とやらかしていた。
朝からとにかくソワソワして落ち着きがない。といっても、授業中はいつも通り落ち着いて話を聞いているし、当てられればサラッと答えてしまう。
「誰のこと見てるんだ?」
「え、あ、び、ビックリした」
いつの間にか四時間目の受業が終わっていたらしく、真田の席に座った市村が俺をジッと見ている。ちなみに持ち主である真田の姿はない。
「真田なら、購買にパン買いに行ったぞ」
「そう、なんだ」
勝手に人の心を読むな。
「あってた? そんな顔してたからさ」
市村はカラッと笑うけど、俺にとっては笑い事じゃない。
あまり顔を見られたくなくて、鼻先まで伸びた前髪をわざとらしく引っ張る。そんなことしたって髪が急に伸びるわけじゃないことはわかっているけれど、どうにかして隠したかった。とくに、ユウイのことが好きな市村には。
「それで? なにを見てたんだ? あ、もしかして委員長?」
「……っ、べ、別に」
言い当てられて、反射的に否定してしまう。
けれど、その態度が余計に肯定しているように思えるのか、市村はひとり納得したように頷いた。
「へえ、三浦は委員長みたいなタイプが好きなのか」
「だから、そういうんじゃないって」
「委員長、モテるもんね。なにげに可愛い顔してるし」
「違うって。人の話を……」
「でも、ユウイちゃんには負けるけどね! 見てよ、この可愛い笑顔! 存在が天使だよね!! 声も鈴が鳴るように可愛くて、抱きしめたら壊れてしまいそうな程に細い身体。なにもかもが可愛い!」
相変わらずユウイの熱狂的なファンである市村だったけれど、そのおかげで話題が城崎からそれて助かった。
このまま忘れてくれれば――。
「で、その委員長がどうしたって?」
「だから、どうもしてないって」
「でもジッと見てただろ?」
ユウイ馬鹿だと思っていたけれど、思ったよりも周りを見てはいるらしい。
上手く誤魔化せないかと思ったが、これ以上否定し続けるのも変に思われそうだ。
「……今日の城崎、なんかいつもよりも挙動不審だなって思って」
「挙動不審? どこが?」
「ほら、あれとか」
俺が指差す先を市村が視線で追い掛ける。
そこにはキョロキョロと周りを見回し、それから立ち上がろうとして机の上に置いたペンケースを床に緒としてぶちまける城崎の姿があった。
普段あんなにシッカリしているはずなのに、なんか可愛い。床に散らばったペンを拾うためあたふたする城崎は、まるで大好物のヒマワリをばら撒いてしまい、どれから拾えばいいかと目移りしているハムスターのように愛らしかった。
「ホントだ。ペンケース落とすなんて、委員長らしくないな」
「あ、尻餅ついた」
「委員長でも尻餅なんてつくのか」
「周りに見られてないかキョロキョロしてる」
「みんな驚きすぎてガン見してんじゃん。あ、委員長恥ずかしくて泣きそうになってる」
ついつい市村とふたりで実況してしまう。
「あ、恥ずかしさに耐えきれず教室を出て行くぞ」
「無事、出て行けるか……?」
「あああ、委員長、痛恨のミス! 閉まっているドアに気づかず思いっきり額を打ち付けてしまう!」
「痛そう……」
ゴンッという音が俺に席にまで聞こえたほどだ。だいぶ強く打ち付けたに違いない。赤くなっていなければ良いけれど。
教室から出ていったけど、ちゃんと保健室に行くのだろうか。行く、よな? 行けよ?
「今日の委員長どうしたんだろうな」
「ホントにな」
理由はわかっているけれど、口にすることはできない。
「いつもの委員長は凜々しいけど、今日はなんかポンコツ可愛いな」
「ポンコツ、可愛い……たしかに」
市村の表現があまりにも今日の城崎にピッタリで、笑ってしまうを通り越してストンと入ってきた。
ポンコツ可愛い城崎さん。どこぞのラノベのタイトルかよ。
でも、あんなにポンコツだと、なにかありますって言っているようなもんだ。
このままだと周りから変に思われて、それをキッカケにミオリのこと、そしてユウイのことがバレるのも時間の問題かもしれない。
それは避けたい。全力で、なんとしてでも避けなければいけない。
「……俺、ちょっとトイレ行ってくる」
「ほいほーい」
城崎が教室から姿を消したことにより興味を失ったのか、ユウイの情報をチェックし始めた市村に一応断りを入れて、俺は席を立った。
教室を出て城崎の姿を探す。いったいどこにいるのか――。
「あ、城崎」
「え、三浦君?」
俺が声をかけてきたことに、城崎は驚きを隠さない。
「え、ど、どうしたの?」
「いや、その」
周りに聞かれていないか確かめて、俺は自分の額を指差した。
「おでこ、大丈夫か?」
「え……っ!!!」
城崎は一瞬キョトンとした表情を浮かべたあと、バッと自分の額を両手で額を隠した。
「なっ……どっ……!」
「教室出る時におでこぶつけただろ? 赤くなってない?」
「だ、大丈夫だと思うけど……」
「心配だから、ちょっと見せて」
「あっ……!」
額を隠す手をそっとどけると、そこはやっぱり赤くなっていた。
「痛そう……」
「そ、そんなことないよ! たぶん見た目ほど痛くない!」
「……ホントに?」
「……っ、んんっ……」
赤くなった額にそっと指を這わせる。ツンと突いてしまえば、痛かったときに可哀想だし、かといって一瞬触れただけでは真実がどうなのかはわからないままになってしまいそうだった。だから、指先を這わせてみたのだけれど。
「ごっ、ごめん」
「う、ううん……」
城崎の口から漏れた吐息に、慌てて指を離した。
城崎の額に触れた指先に、わずかに熱が残っている。
「いっ、痛そうだから保健室に行ったほうがいいよ」
「大丈夫だって」
「駄目。ね? 俺もついて行ってあげるから、一緒に行こ?」
「ユ……三浦君がついていってくれる……? ホ、ホントに?」
「ああ。だから、保健室行くよ」
ほら行くよ、と声をかけると、城崎はコクコクと頷いた。
「失礼します」
声をかけて中に入ると、保健室はもぬけの空だった。どうやら保健室の先生は不在らしい。
「湿布、勝手に使ってもいいかな」
ごそごそと棚を漁る俺を、城崎は驚いた表情で見ている。
「そ、そんなことして大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないかな。当番のときはよくやってるし」
「当番って……。あ、そっか。三浦君、保健委員だったっけ」
「そうそう、よく覚えてるね。あ、あった」
ようやく見つけた湿布を手に、城崎のもとへと戻る。
「そこの椅子に座ってくれる?」
「わかった……」
静かに頷くと、城崎は丸椅子に座る。
前髪をそっと手で持ち上げると、城崎は反射的に目を閉じた。
「……っ」
ただ、怪我をした治療をしているだけ。それだけのはずなのに、いけないことをしている気分になるのはどうしてだろう。
無防備に目を閉じる城崎に、いたずらしたくなる。
もしも俺が、このまま城崎の唇に――。
「三浦君?」
「……っ、な、なんでもない!」
俺はいったいなにを考えているんだ。
慌てて湿布のフィルムを外すと、城崎の猫のように狭い額に貼り付けた。
「んんっ、つめ、たい……」
「ごめ……」
「ううん、大丈夫」
そっと目を開けた城崎と、すぐ近くで視線がぶつかった。
「なんか、ドキドキしちゃうね」
「……そう、だね」
普段なら「なに言ってんだよ!」と否定するところだけれど、今日は素直に同意してしまう。
保健室という密室にふたりきり、というシチュエーションが、思考を馬鹿にしているのかもしれない。
「ユウイちゃん……」
「あ……」
城崎の細くて白い手が、俺の頬に伸ばされた。




