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第21話 ユウイちゃんが悲しい顔をしないならなんでもいい

 ピリリとした空気が廊下に漂う。

 どうにも気まずくて目を逸らしたいのに、城崎がそれを許してくれない。

 針のむしろってきっとこういうことを言うんだと思う。城崎の視線が突き刺さって痛い。どうして怒っているのかわからないし、なんで悲しそうなのかはもっとわからない。

 でもこんな表情をさせている原因が俺にあることだけは理解していた。


「ねえ、答えて? 私と三浦君、いったいなにが違うっていうの?」


 他のやつが言ったら、きっと嫌みだと思う。ほらほら、言ってみろよっていう煽りかなとさえ思う。

 でも城崎は真面目に俺に問いかけていた。誰もがわかる答えを、俺に自分の口から言えというのか。

 本気で言っている城崎の方が、きっと残酷だ。


「全部違うだろ」

「全部ってなによ」

「俺は陰キャで、城崎は陽キャ。俺はボッチで、城崎は男子にもモテてて友だちのいっぱいいる。それから……」

「なにそれ。そんなの見せかけだけで、その人の本質とは全く関係ないでしょ」


 城崎の言っていることもわかる。でも、そんなの綺麗事だ。

 少なくとも、周りは俺たちを同じ人種だとは思わない。


「とにかく……俺は、城崎が仲良くするようなタイプじゃないんだよ」


 ふいっとそっぽを向く。けれど、視界の端に泣きそうな表情をして俺を見つめる城崎の姿が目に入った。


「あ……」

「……っ」


 目尻に滲んだ涙を拭うと、城崎はキッと俺を睨みつけた。


「私は! 三浦君のことをそんなふうに思わない! 私が誰を好きになるとか、誰と仲良くなるかは私が決めることだから!」


 そう言うと、城崎は踵を返して俺の前から立ち去った。

 残された俺は、ただその場に立ち尽くすしかできなかった。



 いつまでも廊下の隅に突っ立っているわけにもいかない。

 予鈴が鳴り響く廊下をとぼとぼ歩くと、俺はしょんぼりした気持ちを抱えたまま教室に戻る。

 自分の席に向かうと、ひとつ前の席には真田ではなく市村の姿があった。先生に呼び出しでも喰らったのだろうか?

 不思議に思っていると、市村がぐるんと身体を回してこちらを向いた。


「うわっ」

「お、悪い。ビックリさせた?」

「まあ……」

「ごめんなー。あ、今真田のやつ担任から呼び出されて職員室行ってんの。SHRまでには戻ってくると思うんだけど」


 まるで俺の心を読んだかのように市村は言う。ひと言も聞いてないのに、的確に答えてくる陽キャのコミュ力すごい。俺には真似できない。

 ポッケからスマホを取りだした市村は、なぜか俺の方を向いたまま画面をスワイプする。前を向け、前を。と、思うけど陽キャに対してそんなツッコミをする勇気はない。


「なあなあ、三浦ってさ。昨日のユウイちゃんの配信見た?」

「え、あー……まあ」

「やっぱり! なんとなく三浦は見てるんじゃないかって思ったんだ!」

「マジかよ」

「舐めるな、俺の動体視力!」

「それを言うなら、観察眼とかじゃないのか?」


 陽キャとか陰キャとか忘れて思わず突っ込んでしまった俺に、市村はニヤリと笑った。


「俺がユウイちゃんの話をしたときに、ほんのちょっとでも反応したやつをチェックしてたから動体視力だ! ちなみにこのクラスでだと三浦と萩原と……」


 何人かのクラスメイトの名前を挙げたあと、市村は教室の前方を指差した。

「それから城崎だな」


 思わぬところで城崎の名前が出てきて、あやうく肩をビクつかせそうになるのをなんとか堪える。

 よく見てるな、こいつ。

 感心していると「それでさ!」と市村は身を乗り出してきた。


「昨日のユウイちゃん、めっちゃ可愛くなかった? 普段も可愛いんだけど、緊張してるミオリちゃんをエスコートしてるっていうか、お姉さんぶってる感じが本当に可愛くてキュートで最高だったよな!! 三浦もそう思うだろ?」

「お、おお……?」


 急に凄い熱量をぶつけられ、たじろぐ俺なんてお構いなしに市村は語り続ける。


「イチサちゃんと一緒のときのちょっと引っ張られてる感じも可愛かったんだけど、ミオリちゃんの前で私が頑張らなきゃって背伸びしてるユウイちゃんも可愛かったんだよなぁ。たとえるならまだまだちっちゃいと思ってた小学二年生の女の子が一年生を前にしてお姉さんぶって「だいじょうぶだよ! わたしがついてるからね!」ってちょっと不安な気持ちを押し隠して言ってるみたいな!」

「小学生……詳しいの?」

「いや? 俺、姉ちゃんしかいないからわからん!」

「そ、そうか」


 もはや気迫に押されてタジタジになってしまう。

 でも、ミオリとセットのユウイはどうやら好意的に受け入れられてそうでホッとする。

 市村になら聞けるかもしれない。


「……なあ」

「ん?」


 まだ語り足りなさそうな市村に、俺はおずおずと切り出した。


「市村はさ、ミオリ、ちゃんについてどう思う?」

「どうって?」

「だから、その、ユウイちゃんと一緒に配信することとか……」

「ん? 別にいいんじゃないか?」


 俺の問いかけに、市村は想像以上の軽さで答える。

 え、普通もうちょっと考えたりしない? なにその「晩ご飯はカレーでいい?」「別にいいんじゃないか?」みたいな熟年夫婦的会話。

 黙ってしまった俺に、市村は慌てて言葉を続ける。


「もちろん『どうでもいい』って意味じゃないからな! ユウイちゃんにそんな感情を抱いたことなんて生まれてこの方一度もない!」

「あ、ああ」

「そりゃあ新しい子と配信するってなると、反感買ったりとか不満をいったりするやつもいると思うからちょっとは心配だよ。特にイチサちゃんとお別れした直後にあの配信だったから、ユウイちゃんがどっかで叩かれてないかとかファンおりますって言われてないかとか心配で、XとインスタとTikTokを昨日から徘徊しまくったぐらいだ」


 俺よりもチェックしててビックリだよ、市村。でも、ありがとう。ファンって本当にありがたい存在だなって思う。


「ほとんどなかったから俺は安心したね!」

「ほとんどってことは少しはあったんだ?」

「まあ、そりゃね。でも、安心しろ! 全部俺の熱い説得で撤回させたから!」

「説得……撤回……」


 ……ちょっと暴走しすぎな面があることは否めないけど。


「……でも、ユウイちゃんが楽しそうだったからいいかなって」

「楽しそう?」


 市村はふわっと優しい表情を浮かべると、スマホの画面に視線を落とす。

 そこには昨日の配信のワンシーンが映し出されていた。

 ミオリの隣で笑うユウイは、市村の言うように楽しそうだった。

 と、いうか俺、ユウイとしてこんなふうに笑ってたんだ……。

 一応、ザッとは配信を見返していたけれど、どちらかというと発言内容とかコメントのチェックがメインで、自分がどんな表情をしていたかなんていちいちチェックしていなかった。


「たしかに、楽しそう……だな」

「だろ? 俺はユウイちゃんが悲しい顔をしないならなんでもいいんだ。一番つらいのは、ちょっと前みたいにひとりで苦しそうに全部抱えて苦しそうに配信してることだから」

「そっか……」


 ありがとな、と言いそうになって、慌てて呑み込んだ。

 でも市村の気持ちが本当に嬉しい。

 普段コメントでしか見ることができないファンの熱量を直接受け取って、ちょっとだけ照れくさかった。


「あれ? 珍しい組み合わせじゃん」


 そのまま市村と話していると、頭上から誰かの声がした。

 顔を上げるとそこには、戸田の姿があった。

 俺と市村を見比べてニヤニヤと笑っている。


「なになに、三浦は今度は市村と喋ってんの? どしたの、キャラ変? やめとけって、陰キャがなにやっても陰キャなんだからさ」

「なっ、お前ら!」

「なんだよ、冗談だよ。じょーだん」


 キャハハと笑って、言いたいことだけ言うと戸田はその場から去って行く。市村がなにか言い返そうとしてくれたけど、もう戸田の耳には届いていないようだった。


「ごめんな、あいつ悪いやつじゃないんだけど」


 すまなさそうに謝る市村に俺は首を横に振る。

 戸田の言う通りだ。俺が市村や城崎と一緒にいることは、やっぱり周りから見たらおかしくて、それは俺自身も理解していた。


「いや、俺こそごめん」

「なんで三浦が謝るんだよ」

「だって俺なんかと一緒にいたから……」

「は?」


 市村の冷たい声が、記憶の中の城崎の声と重なって聞こえた気がした。

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