第19話 ユウイちゃん、もしかして耳、弱いの……?
翌日、学校で会った城崎はここ数日と同じ――いや、それよりもっと挙動不審だった。周りをキョロキョロと見回したり、俺の方をジッと見たりと、なにかありますと言わんばかりの不審者っぷりだ。
でもまあ、それも仕方ないことだと思う。だって……。
「なあなあ! ちょっと聞いてくれよ!!!」
登校してきた真田を、待ってました! とばかりに捕まえた市村が、教室中に聞こえるぐらいの声で呼び止めた。
「どうした? またユウイか?」
もはや慣れたもので、はいはいと市村をあしらいながら真田は自分の席に向かう。
俺のひとつ前の席にドカッと座った真田を追い掛けるように市村が話を聞けとばかりに追い掛けてくる。
「またって言うな! あとユウイちゃんを呼び捨てにするな!! 様付けにしろ!」
「はあ? お前だって芸能人を呼び捨てにしたりするだろ。それと一緒だよ。俺だってユウイがクラスメイトだったらさん付けにするわ」
「ユウイちゃんがクラスメイト!?」
その言葉にビクッと肩を振るわせたのは、俺じゃなくて城崎だった。しかも、俺の方をチラチラみてくる。
いやいやいや。そんなに露骨に反応すると、周りはいったいなにごと? って思うだろ。城崎がユウイファンのことがバレたらミオリ=城崎ってことも気付かれるかもしれない。
……あとでもう一度しっかり話すか。
ちなみに市村は、ユウイの話をするのに必死で城崎の不審な態度には気付いていないようだった。
「ふ、わあああ……そんな幸せなことがあったら俺毎日朝早くに学校来て、まずはユウイちゃんの机拭いて、床掃除もするわ! それからユウイちゃんが来たら一番に「おはよう」って声かけるよな!」
「よなって言われても。ってか、お前ちょっと気持ち悪い」
「委員会とか一緒になったりして、放課後ふたりで居残りして「遅くなったから送って行くよ」とか言っちゃってさー!! ユウイちゃんの好きなミルクティをさりげなく「これ、好きだろ?」って差し出して「えっ、市村君、どうして私がミルクティ好きってわかったの?」「ユウイちゃんのことならなんだって知ってるよ」「市村君……♡」とかさーー!!」
ドン引きしている真田を置いてけぼりにして市村は語り続ける。
ユウイへの会いを語ってもらえるのは嬉しいし、愛してくれるのもすごくありがたいことだ。
でも、市村のこれはちょっとテンションがぶっ飛びすぎて怖い。いや、でもなんかこのテンションに既視感が……。
「あ」
こちらを振り返った城崎と目が合った。
そうだ、城崎だ。市村と城崎、ふたりのテンション、似てるというか近いんだ。
その瞬間、ブブッという音を立ててスマホが震えた。城崎からだ。
『市村君ちょっと怖いね! ユウイちゃん気をつけてね!』
……どの口が言ってるんだか。
小さく首を振り、スマホをポケットに戻す。
けれど、それが不服だったのか城崎は二度三度とメッセージを送りつけてくる。
いったいなんなんだよ。
仕方なくもう一度スマホを開くと……。
『ユウイちゃんがこの学校に通ってること、知ってるのは私だけって思うとドキドキしちゃう……』
『ユウイちゃんと待ち合わせして学校に行ったり、放課後ふたりでお出かけしたり……♡ はあぁん、夢みたい……』
『ねえ、今度一緒にお弁当食べない? 私、ユウイちゃんのために作ってくるから!』
このテンション、いったいなにが市村と違うというのだろう。
でも、お弁当企画は良いな。ただし学校ではなくて、配信用だけれど。
無料で取ったスタンプを適当にひとつ城崎に送ると、今度こそスマホをしまった。
その間にも、市村と真田の話は続いていた。
「それで、ユウイちゃんがミオリちゃんを連れてきて!」
「ミオリちゃん? なにそれ、ユウイの新しい彼女?」
「ちが! わ、ないけど……。でも、まだ彼女じゃないんだ!」
「つまり今は都合のいい女だと」
「違うっ! そんなことあるはずがない!」
思わず口をついて出てしまいそうになった言葉を必死に呑み込んだ。
ちなみに、俺が呑み込んだはずの言葉を、市村は顔を赤くして真田に投げつけていた。市村グッジョブ。
「ミオリちゃんはユウイちゃんのことが好きで一生懸命なんだよ!」
思ったよりもミオリよりの意見を言う市村の話に耳を傾ける。
視聴者の人たちがミオリをどう思っているのか、気になっていた。
「俺にはわかる。きっとミオリちゃんはユウイちゃんのことが好きで好きでしょうがなくて、イチサちゃんのことで傷付いているユウイちゃんをなんとか元気づけたい! そう思って『私がイチサちゃんのことを忘れさせてみせる!』って言ったんだって! その気持ちがすっごく伝わってきて、配信を見ながら俺は泣きそうになったよ。ミオリちゃんのユウイちゃんにやめてほしくないって気持ちがあまりにも尊くて!!」
市村ってめっちゃいいやつじゃない!? え、内情知ってるの? ミオリのこと全部理解してる? 視聴者の人ってみんなこうなの!? すごくない? 俺ビックリなんだけど。
同じことを城崎も感じていたようで、驚いた表情でこっちを向いていた。
いや、だからそんなにあからさまに反応をするなと。
でもまあ、これはしょうがないか。ここまで市村が推察しているというのは俺も予想外だった。
「つまり、お前はミオリ推しになったと?」
「いや、俺はユウイちゃん一筋だから! どっちかっていうとミオリちゃんとは同担だな! 俺の分もユウイちゃんを元気づけてくれ! って思いながら応援する!」
「お前っていいやつだな……」
わかる。ホントいいやつ。
でも、城崎。お前までコクコク頷くな。バレる。
このまま話を聞いていたかったけれど、城崎の態度にヒヤヒヤして胃が痛くなってきた。授業がはじまる前にトイレに行っておこう……。
席を立つと――慌てて席を立った城崎の姿が視界の端に映った気がした。
いや、まさか。でも、城崎なら……。
「ユ……み、三浦君!」
教室から出た俺を呼び止めたのは、名前を呼び間違いそうになるのをどうにかこらえた城崎だった。
「……なに」
「あ、あの。私ちょっと聞きたいことがあって」
コホンと咳払いをひとつした城崎は、俺に近づくと――耳元で囁いた。
「あのね、ユウイちゃんってなんのお菓子が好き?」
「は?」
「次の配信のテーマ! お菓子作りでしょ? どうせならユウイちゃんが好きなものを作りたいなって思って」
ふっと吐き出した息が、俺の耳にかかる。
「ひゃっ……!」
「三浦君?」
「ま、待って……」
慌てて距離を取ると、耳を押さえる。
恥ずかしい、顔が熱い。
な、なにを反応してるんだと自分が情けなくなる。
でも、あんな距離、反則だろ! あと耳に息を吹きかけるのはもっと反則! レッドカード! 一発退場!!
心臓のドキドキをどうにか落ち着かせようとする俺の前で、城崎はにんまりと笑った。
「ユウイちゃん、もしかして耳、弱いの……?」
「待て、近寄るな! あと俺は三浦……!」
「ふふ、かぁわいい……」
スイッチが入ったのか、目の前にいる城崎はもはやただのミオリだった。
一歩、また一歩と俺を壁際に追い詰めるように近寄ってくる。
「ちょ、待って……」
「待たない……ね、ユウイちゃんのお耳、可愛い……」
ついに背中が壁にくっついてしまって、これ以上逃げ場がない。
城崎は俺の耳に手を伸ばすと、そっと触れた。その感触に、思わず背筋に電流が流れるような感覚が走る。
そんな俺を恍惚とした表情で見つめたあと、城崎は俺の耳元に唇を寄せた。
吐息が、耳に触れる。
「んっ……」
「あぁんっ、可愛い声。もっと、聞かせて……?」
その声は、耳の中を犯すかのように、俺の中に入ってきた。




